人でなし主と、じゃじゃ馬令嬢

たつみ

文字の大きさ
158 / 164
後編

人でなし主のじゃじゃ馬慣らし 2

しおりを挟む
 彼は、サマンサの怒った顔を魅力的だと感じる。
 それは、家族にも見せない表情だからかもしれない。
 初めて出会った時、彼女には「礼儀正しく振る舞うな」と言った。
 なぜ、そんな条件をつけたのか、理由を今も覚えている。
 
 初めてサマンサを怒らせた時、彼は、彼女から「令嬢らしさ」を奪えたことに、満足した。
 よそよそしく礼儀正しい振る舞いが、気に食わないと感じていたからだ。
 以来、なにかにつけ、サマンサを怒らせている。
 
(我ながら、子供じみている。それでも、やめられない)
 
 くくっと、彼は喉の奥で笑った。
 サマンサは、さらに怒って、彼を罵ってくる。
 ほとんどの場合、彼女の罵声には腹が立たない。
 むしろ、気分が良かった。
 
 貴族的な遠回しな皮肉より、よほど清々しく思える。
 本来、貴族令嬢というのは、人を罵る時も明確な言葉にはしないものだ。
 高位の貴族であれば、なおさら体裁を整えようとする。
 そもそも、彼に罵声を浴びせる者などいなかったが、それはともかく。
 
(最初に私を訪ねた時から、彼女は私を恐れていなかった)
 
 後ろ暗いところがないので、恐れる必要がなかったとは言える。
 貴族らが怯えるのは、自らの罪を吐露しているのと同義だ。
 なにかとがめられるようなことをしているから、彼を恐れる。
 知られて困ることがなければ、恐れることなどない。
 
 とはいえ、ティンザーには後ろめたいことはないはずだった。
 ドワイトは、誠実と刺繍の入った正装でもしているかのような人物だ。
 もとより、彼がサマンサと会うことにした理由でもある。
 ティンザーの家風を好ましく思っていたので、追い返さなかった。
 
 だが、そんなドワイトも、少なからず彼に恐れをいだいていたと知っている。
 ほかの貴族ほどではないが、冷や汗はかいていた。
 そのため、ティンザーというだけでは、サマンサが、彼を恐れなかった理由には成り得ない。
 
 彼女は、最初から、彼の目をまっすぐに見つめてきたのだ。
 
 彼の冷淡さにも、一歩も退かなかった。
 そして、散々、心を暴かれ、疲弊していたはずなのに、彼に怒り散らしたのだ。
 媚びるでもなく嘆くでもなく、怒った。
 薄緑色の瞳が怒りに輝くのが、本当に美しかった、と思う。
 
「なによ?」
 
 彼女は、不満げに顔をしかめていた。
 唇を尖らせ、小さく、彼をにらみつけている。
 
「今、きみに口づけをしたら、ぱたくかい?」
「引っ叩くわ」
「考える余地もないのか」
「ないわね」
 
 つんっとして、そっぽを向くサマンサが可愛らしかった。
 一緒にいると、愛おしいという感情が、自然に胸にあふれる。
 これだから、手放せないのだ。
 ましてや、この想いは、一方通行ではない。
 
「それなら、諦めるよ、ひとまずはね」
「しばらく諦めたほうがいいのじゃない?」
「まぁ、誓いの口づけまで待たされることはないさ」
「その自信は、どこからくるのかしら?」
「私の鼻っ柱を折る気でいるのかな?」
 
 サマンサは答えず、肩をすくめてみせる。
 彼は小さく笑い、軽くサマンサの頭に、自分の頭を、こつんとぶつけた。
 
「さて、それなら口づけは諦めて、行くとしようか」
 
 どこに?と訊かれる前に、点門てんもんを開く。
 室内でも良かったのだが、一応「儀礼的」なことも踏まえ、目的の場所の手前に門を出していた。
 見える景色に、サマンサが、きょっとしたのがわかる。
 
「行くよ、サミー」
「え? でも……っ……」
 
 肩を抱いたまま、門を抜けた。
 大きな建物の前に、2人は立っている。
 あまり好ましい場所ではないが、見慣れた場所でもあった。
 さりとて、サマンサにとっては違うのだ。
 
「こ、ここ……王宮、よね?」
「そうとも。ほかの建物には見えないね」
 
 サマンサは、ずっと外出を控えて暮らしている。
 そのため、彼と訪れるまで、劇場にすら行ったことがなかった。
 当然に、王宮に入ったこともないはずだ。
 
 ドワイトは王宮の重臣だし、リンディも夫を支えるため社交に精を出している。
 公爵令嬢であれば、王宮に入った経験があっても、おかしくはない。
 どこでも入れるわけではないが、令嬢たちの社交のため、解放されている場所もあるのだ。
 高等な貴族教育を望めば、王宮で学ぶこともできる。
 
 だが、サマンサは、一部の貴族屋敷とティンザーの屋敷しか知らずにいた。
 彼のところに来てからも、別邸に籠りきり。
 彼が連れ出さなければ、夜会や劇場にだって行くことはなかっただろう。
 公爵令嬢として当然にある権利を放棄してきたと言える。
 
「式の会場を見ておきたいかと思ってね。いきなり当日を迎えるというのも驚きがあって、楽しいかもしれないが」
「いいえ! 先に……先に見ておきたいわ」
 
 式の準備は、なにからなにまで整っていた。
 サマンサが、身ひとつで来ても困らないようにしてある。
 ちょっぴり早起きをすることにはなるが、ぶらりと訪れたって、迷子になることさえないのだ。
 もちろん、サマンサを1人で向かわせる気なんてないけれども。
 
「たかが王宮じゃないか。緊張する必要はないさ」
「あなたは来たことがあるから、そうかもしれないけれど……」
「私が来たのは、4年前が初めてでね。そのあとはご無沙汰しているよ」
 
 4年前、彼はジョバンニの爵位を分捕るために、王宮を訪れている。
 現ローエルハイド公爵家当主の初登場に、重臣たちは、真っ青になっていた。
 彼は、16歳で当主になってから、アドラントで暮らしている。
 王宮の重臣の前になど、1度も顔を出したことはない。
 
(当主になったというのも、父上が通知を出しただけだったからな)
 
 その通知に対し、国王から書状が届けられている。
 国王の御名御璽ぎょめいぎょじがなされた「任命書」だった。
 これがなければ、当主としては認められない。
 証文のない口約束のようなものに過ぎないのだ。
 
 一般的な貴族なら、ありがたがり、直接に受け取りに行く。
 低位貴族にいたっては、一生に1度、国王から直接に言葉をもらえる機会でもあった。
 そのくらい、重要視されているのだが、ローエルハイドには関係ない。
 懇意にしていた頃ならともかく、今は疎遠になってもいたので、わざわざ取りに行こうとは思わなかったのだ。
 
「ねえ、サミー」
「な、なに?」
「せっかく来たのだから、寄り道して行こうか。ちょいと緊張をほぐしにさ」
「そんな……勝手に歩き回ったりして叱られたら、どうするの?」
「いいかい、きみ」
 
 サマンサの鼻を、ついっと指先で撫でる。
 にっこりして言った。
 
「私を叱れるのは、きみだけなのだよ?」
 
 彼女の頬が、ふわっと赤くなる。
 その手を取り、歩き出した。
 広くて豪奢な廊下に、サマンサは気後れしているようだ。
 彼の腕に、しっかりとしがみついている。
 
 借りている広間からは、少し離れた場所に向かった。
 この先には、王宮図書室があるのだ。
 誰でもが入れるわけではない。
 許可証を持った者か、王族の許しを得ている者だけとされている。
 
「ねえ、本当に大丈夫?」
「きみが大きな声さえ上げなければね」
「そんなことしないわ……たぶん……」
 
 言葉を付け足すところが、サマンサらしい。
 実を言うと、2人は姿を隠している。
 さっき鼻を撫でた際に、蔽身へいしんの魔術をかけていた。
 周り中にいる魔術師たちには見えているだろうが、近づいて来ることはない。
 魔術師だからこそ、彼に「物申す」者はいないのだ。
 
 彼は、サマンサを連れ、王宮図書室に入る。
 そして、足をとめてから、ある方向を指さした。
 サマンサが声を上げかけ、片手で口を押さえる。
 その口から、小さな声がこぼれていた。
 
(ここからは、こちらで話そう。図書室では静かにしなければね)
 
 彼は、即言葉そくことばで、サマンサに呼び掛ける。
 サマンサは視線を前方に向けたまま、小さくうなずいた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

分厚いメガネを外した令嬢は美人?

しゃーりん
恋愛
極度の近視で分厚いメガネをかけている子爵令嬢のミーシャは家族から嫌われている。 学園にも行かせてもらえず、居場所がないミーシャは教会と孤児院に通うようになる。 そこで知り合ったおじいさんと仲良くなって、話をするのが楽しみになっていた。 しかし、おじいさんが急に来なくなって心配していたところにミーシャの縁談話がきた。 会えないまま嫁いだ先にいたのは病に倒れたおじいさんで…介護要員としての縁談だった? この結婚をきっかけに、将来やりたいことを考え始める。 一人で寂しかったミーシャに、いつの間にか大切な人ができていくお話です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

処理中です...