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後編
人でなし主のじゃじゃ馬慣らし 1
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サマンサは、目の前にあるものに、少し唖然としている。
彼女の想像していたものとは、まるで違っていたからだ。
「……これって……」
おそらく、サマンサの思っているもので正しい。
だが、言葉がうまく出て来なかった。
どう表現すればいいのかが、わからずにいる。
嬉しくないわけではない。
なのに、素直に喜べてもいない。
ただただ、ぽかんとしていた。
どうしてこうなったのか、といった疑問符が頭の上に飛んでいる。
そのサマンサの肩が抱かれた。
サマンサの婚約者であり、数日後には婚姻する男性だ。
「おや。気に入らなかったかね?」
「え……あの……」
「これでも頑張ったのだけれどなあ。礼装の支度もしなくちゃならなかったのでね。急ごしらえなのは認めざるを得ないが、私なりに努力はしたのだよ?」
頑張ったとか、努力とか。
そういうことで、こんなことができるものなのだろうか。
彼が「偉大な」魔術師であるのを、ようやく知ったような気分になる。
(森小屋……小屋……?? 小屋…………)
「まぁね。ちょっとばかし手を抜いたところもあるし、きみに満足してもらえなくてもしかたがないな。気に入らない部分は、今後、相談しながら、手を加えていくことにしようじゃないか、ねえ、きみ」
満足するとか、気に入らないとか。
そういう問題ではない。
彼は、本気で言っているのだろうか。
思って、隣に立つ彼を見上げた。
彼が、首をかしげ、サマンサに顔を向けてくる。
「どうかしたかい?」
「どうかって……どうかしているのは、あなたでしょう?」
「なぜ私が? きみに蹴飛ばされるようなことは、なにもしていないと思うがね。とりあえず、今日は」
2人の前には「森小屋」があった。
とはいえ、とても「小屋」と言えるような代物ではない。
「ああ、もう少し、この辺りを切り拓いたほうがいいかな? きみが庭やなんかも作りたいのなら……」
「ちょっと待って!」
サマンサは、彼の言葉を遮る。
このままだと、森の中に豪邸ができかねない。
目の前の建屋は、すでに「小屋」ではないのだ。
確かに、木ではできている。
屋敷にあるはずの、塀や門もなかった。
それでも「小屋」でないのも間違いない。
下位の貴族の屋敷に近いものがある。
なにしろ、見上げなければ屋根が見えないのだ。
2階建てで、バルコニーまである。
大きさからすると、部屋数はいくつくらいになるのか。
少なくとも、3つや4つではないだろう。
周囲も、木が綺麗に切り出されていて、もうひとつ、ふたつくらいは「小屋」が建てられそうだった。
これ以上、広げられたら、庭というより敷地になってしまう。
庭ならば、今ある土地で十分だ。
畑だって作れそうな気がする。
「ええと……私たち、こじんまりと暮らすのじゃなかったかしら?」
「そうとも。あまり大袈裟な暮らしをする気はないよ。煩わされずに、きみとのんびり暮らしたいからね」
彼は、ちっとも「おかしい」とは思っていないらしい。
本気で、この建物を「小屋」だと考えている。
サマンサは、呆れ顔で、彼を見つめた。
「あなたと私とでは、大袈裟の認識の規模が違うってことを、忘れていたわ」
「必要最低限の規模にしたつもりなのだがね。気にいらないかい?」
「気に入らないわけではないの。ただ……まぁ、ちょっと…………広いわね」
「だが、ラナも含めて、十人くらいは勤め人を連れて来るのだよ? このくらいはなければ、2人きりになれないじゃないか」
ラナと、何人かの勤め人について来てもらう予定ではある。
それは、彼とも話し合っていた。
(彼に選別を任せたのは間違いだったかもしれないわ)
彼らは、ローエルハイドの勤め人だ。
サマンサの知らない家庭の事情というものもある。
そのため、誰を連れて来るかは、彼に任せていた。
だとしても、サマンサの「こじんまり」からすると、料理人など3,4人程度と考えていたのだ。
「あの執事は、なにか言っていなかった?」
「ジョバンニは、少な過ぎるのじゃないかと言っていたが、十人に絞らせたのさ。そこは、私も譲れないところだったからね」
彼は、なにやら自慢げに、そう言う。
あの執事と、どういう攻防があったのかは知らないけれども。
(駄目だわ……2人ともアテにならない……こうなるとわかっていたら、私が口を挟んでいたのに……これが、こじんまりじゃないってことを、教えてあげる必要があったようね……)
サマンサとて、別に吝嗇家なわけではない。
贅沢は好まないが、使うべきところでの財は惜しむべきではないと思っている。
王都やアドラントの屋敷であれば、貴族的な品位維持にも努める必要はあるのだ。
とはいえ、ここは森の中。
しかも、辺境地であり、そもそも来客などは想定していなかった。
夜会を開く予定だってないし、誰に見られるわけでもない。
品位の維持なんてする意味のない場所だ。
「いいかい、きみ。考えてもごらん。私たちが、ティンザーを訪ねるのもいいが、たまには、こちらに家族を招きたくはないかい?」
う…と、言葉に詰まる。
彼の提案は、かなり魅力的だった。
「その際、泊まる部屋がなくて、日帰りをさせるのは寂しくはないかね? 点門で簡単に行き来はできたとしても、だ」
うう…と、呻く。
どうにも分が悪くなってきた。
サマンサは、2人で過ごすとしか頭になかったが、居を移すとなれば、ここでの長期的な暮らしを考えることになる。
「子供ができたら子供部屋だって必要になるだろう? きみの家族は、きっと孫や姪、甥に会いたがると思うなあ」
反論の余地がなかった。
この「森小屋」ならぬ「森屋敷」は、今後、2人の家となるのだ。
彼は、正しい。
サマンサも認める。
大袈裟だと感じていた建物に、親しみがわいてきた。
屋敷風ではあるものの、木で造られているからか、暖かみがある。
ふんわりと、将来の光景が目に浮かんだ。
彼とサマンサ、それに子供がいる。
子供たちと遊ぶ兄や、笑う両親。
彼らを取り囲む勤め人たち。
彼は、そういう光景を思い浮かべて、この「森屋敷」を造ってくれたのだろう。
サマンサは、家を見ながら、彼に寄り添う。
最初は、2人だけかもしれないが、この先は賑やかになっていくのだ。
彼女が願っていた幸せが、ここには詰まっている。
「これで、少しは役に立つ魔術師だと思ってくれるかい?」
「どうかしら。子供のために、あなたがブランコを作ってくれたら、そう思うかもしれないわね」
「手厳しいな」
言いながらも、彼の口調は暖かい。
頬に落とされた口づけに、サマンサは微笑む。
結局のところ、彼は、約束を守ってくれたのだ。
『きみの目的に手を貸そう、サマンサ・ティンザー』
当初の「目的」とは違うものになっていたが、彼は、サマンサに応えてくれた。
暖かく愛のある暮らしに、手を貸してくれている。
あの日の冷ややかさが信じられないほど、寄り添った体からぬくもりを感じる。
「式が終わったら、すぐに越せるように手配しているのでね。きみも準備をしておきたまえ」
「そうね。でも、たいして持って来るものはないと思うわ」
「私は、そういう準備の話なんてしてやしないよ」
一瞬、考えたあと、サマンサは顔を赤くして、彼の腕を、ばしっと叩いた。
最近は、ますます彼の「誘い」は本気の度合いを濃くしているのだ。
「あなたったら、本当に破廉恥な人ね!」
「知っているさ」
真っ赤になって怒っているサマンサに、彼が声をあげて笑った。
彼女の想像していたものとは、まるで違っていたからだ。
「……これって……」
おそらく、サマンサの思っているもので正しい。
だが、言葉がうまく出て来なかった。
どう表現すればいいのかが、わからずにいる。
嬉しくないわけではない。
なのに、素直に喜べてもいない。
ただただ、ぽかんとしていた。
どうしてこうなったのか、といった疑問符が頭の上に飛んでいる。
そのサマンサの肩が抱かれた。
サマンサの婚約者であり、数日後には婚姻する男性だ。
「おや。気に入らなかったかね?」
「え……あの……」
「これでも頑張ったのだけれどなあ。礼装の支度もしなくちゃならなかったのでね。急ごしらえなのは認めざるを得ないが、私なりに努力はしたのだよ?」
頑張ったとか、努力とか。
そういうことで、こんなことができるものなのだろうか。
彼が「偉大な」魔術師であるのを、ようやく知ったような気分になる。
(森小屋……小屋……?? 小屋…………)
「まぁね。ちょっとばかし手を抜いたところもあるし、きみに満足してもらえなくてもしかたがないな。気に入らない部分は、今後、相談しながら、手を加えていくことにしようじゃないか、ねえ、きみ」
満足するとか、気に入らないとか。
そういう問題ではない。
彼は、本気で言っているのだろうか。
思って、隣に立つ彼を見上げた。
彼が、首をかしげ、サマンサに顔を向けてくる。
「どうかしたかい?」
「どうかって……どうかしているのは、あなたでしょう?」
「なぜ私が? きみに蹴飛ばされるようなことは、なにもしていないと思うがね。とりあえず、今日は」
2人の前には「森小屋」があった。
とはいえ、とても「小屋」と言えるような代物ではない。
「ああ、もう少し、この辺りを切り拓いたほうがいいかな? きみが庭やなんかも作りたいのなら……」
「ちょっと待って!」
サマンサは、彼の言葉を遮る。
このままだと、森の中に豪邸ができかねない。
目の前の建屋は、すでに「小屋」ではないのだ。
確かに、木ではできている。
屋敷にあるはずの、塀や門もなかった。
それでも「小屋」でないのも間違いない。
下位の貴族の屋敷に近いものがある。
なにしろ、見上げなければ屋根が見えないのだ。
2階建てで、バルコニーまである。
大きさからすると、部屋数はいくつくらいになるのか。
少なくとも、3つや4つではないだろう。
周囲も、木が綺麗に切り出されていて、もうひとつ、ふたつくらいは「小屋」が建てられそうだった。
これ以上、広げられたら、庭というより敷地になってしまう。
庭ならば、今ある土地で十分だ。
畑だって作れそうな気がする。
「ええと……私たち、こじんまりと暮らすのじゃなかったかしら?」
「そうとも。あまり大袈裟な暮らしをする気はないよ。煩わされずに、きみとのんびり暮らしたいからね」
彼は、ちっとも「おかしい」とは思っていないらしい。
本気で、この建物を「小屋」だと考えている。
サマンサは、呆れ顔で、彼を見つめた。
「あなたと私とでは、大袈裟の認識の規模が違うってことを、忘れていたわ」
「必要最低限の規模にしたつもりなのだがね。気にいらないかい?」
「気に入らないわけではないの。ただ……まぁ、ちょっと…………広いわね」
「だが、ラナも含めて、十人くらいは勤め人を連れて来るのだよ? このくらいはなければ、2人きりになれないじゃないか」
ラナと、何人かの勤め人について来てもらう予定ではある。
それは、彼とも話し合っていた。
(彼に選別を任せたのは間違いだったかもしれないわ)
彼らは、ローエルハイドの勤め人だ。
サマンサの知らない家庭の事情というものもある。
そのため、誰を連れて来るかは、彼に任せていた。
だとしても、サマンサの「こじんまり」からすると、料理人など3,4人程度と考えていたのだ。
「あの執事は、なにか言っていなかった?」
「ジョバンニは、少な過ぎるのじゃないかと言っていたが、十人に絞らせたのさ。そこは、私も譲れないところだったからね」
彼は、なにやら自慢げに、そう言う。
あの執事と、どういう攻防があったのかは知らないけれども。
(駄目だわ……2人ともアテにならない……こうなるとわかっていたら、私が口を挟んでいたのに……これが、こじんまりじゃないってことを、教えてあげる必要があったようね……)
サマンサとて、別に吝嗇家なわけではない。
贅沢は好まないが、使うべきところでの財は惜しむべきではないと思っている。
王都やアドラントの屋敷であれば、貴族的な品位維持にも努める必要はあるのだ。
とはいえ、ここは森の中。
しかも、辺境地であり、そもそも来客などは想定していなかった。
夜会を開く予定だってないし、誰に見られるわけでもない。
品位の維持なんてする意味のない場所だ。
「いいかい、きみ。考えてもごらん。私たちが、ティンザーを訪ねるのもいいが、たまには、こちらに家族を招きたくはないかい?」
う…と、言葉に詰まる。
彼の提案は、かなり魅力的だった。
「その際、泊まる部屋がなくて、日帰りをさせるのは寂しくはないかね? 点門で簡単に行き来はできたとしても、だ」
うう…と、呻く。
どうにも分が悪くなってきた。
サマンサは、2人で過ごすとしか頭になかったが、居を移すとなれば、ここでの長期的な暮らしを考えることになる。
「子供ができたら子供部屋だって必要になるだろう? きみの家族は、きっと孫や姪、甥に会いたがると思うなあ」
反論の余地がなかった。
この「森小屋」ならぬ「森屋敷」は、今後、2人の家となるのだ。
彼は、正しい。
サマンサも認める。
大袈裟だと感じていた建物に、親しみがわいてきた。
屋敷風ではあるものの、木で造られているからか、暖かみがある。
ふんわりと、将来の光景が目に浮かんだ。
彼とサマンサ、それに子供がいる。
子供たちと遊ぶ兄や、笑う両親。
彼らを取り囲む勤め人たち。
彼は、そういう光景を思い浮かべて、この「森屋敷」を造ってくれたのだろう。
サマンサは、家を見ながら、彼に寄り添う。
最初は、2人だけかもしれないが、この先は賑やかになっていくのだ。
彼女が願っていた幸せが、ここには詰まっている。
「これで、少しは役に立つ魔術師だと思ってくれるかい?」
「どうかしら。子供のために、あなたがブランコを作ってくれたら、そう思うかもしれないわね」
「手厳しいな」
言いながらも、彼の口調は暖かい。
頬に落とされた口づけに、サマンサは微笑む。
結局のところ、彼は、約束を守ってくれたのだ。
『きみの目的に手を貸そう、サマンサ・ティンザー』
当初の「目的」とは違うものになっていたが、彼は、サマンサに応えてくれた。
暖かく愛のある暮らしに、手を貸してくれている。
あの日の冷ややかさが信じられないほど、寄り添った体からぬくもりを感じる。
「式が終わったら、すぐに越せるように手配しているのでね。きみも準備をしておきたまえ」
「そうね。でも、たいして持って来るものはないと思うわ」
「私は、そういう準備の話なんてしてやしないよ」
一瞬、考えたあと、サマンサは顔を赤くして、彼の腕を、ばしっと叩いた。
最近は、ますます彼の「誘い」は本気の度合いを濃くしているのだ。
「あなたったら、本当に破廉恥な人ね!」
「知っているさ」
真っ赤になって怒っているサマンサに、彼が声をあげて笑った。
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