人でなし主と、じゃじゃ馬令嬢

たつみ

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後日談

変わらないこと

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 完全に油断しきっていた。
 まさか劇場で、あんなことになるなんて思ってもいなかったのだ。
 
(人目とか……彼には関係ないって忘れていたわ……それに……)
 
 頬が、かぁっと熱くなる。
 婚姻して、そろそろ2年目になろうかと言うのに、未だに慣れない。
 
 サマンサは「ほっそり」した体型になったが、だからといって、自分に確固たる自信を持てるようになったわけでもなかった。
 長年の「癖」みたいなものは抜けきれないのだ。
 そのため、彼が自分に嫉妬するのが不思議でならない。
 
 おまけに、彼は嫉妬心が非常に強かった。
 あげく隠す気もないらしく、平然と言い放ってくる。
 
(もともと彼は私の外見になんかおかまいなしだったけれど……)
 
 本当に、自分のどこにそこまで惹かれているのか、わからなかった。
 体型が変わって以来、男性の視線を感じるようにはなっている。
 嘲笑含みの目つきではなく、性的な意味での視線だ。
 好意的と言えなくもなかったが、そうしたものにサマンサはうんざりしていた。
 
 男女を問わず、貴族は外見で判断することが多い。
 ティンザーの家族以外で、彼女をまともに扱う相手はいなかったのだ。
 なのに、少し見た目が変わっただけで言い寄ってくるのだから嫌にもなる。
 
 手のひら返しは貴族の得意技。
 わかっていても、実直で誠実なティンザー気質なサマンサにとって気持ちのいいものではない。
 どれだけ称賛されようと、嘘くさいとしか感じられなかった。
 
 とはいえ、レジーは例外だ。
 彼以外では数少ない、サマンサをまっとうに扱ってくれた内の1人だった。
 レジーはとても親切で、良い関係を維持し続けてくれている、今も。
 
 友達よりは、少しだけ親しいと言える間柄だ。
 たとえば悩みを打ち明けたり、相談を持ち掛け易かったりする。
 感じの悪いローエルハイドの執事ではなく、アシュリーのために茶会を開こうと考えた際、招待客選別の相談相手として頭に浮かんだのもレジーだった。
 
(彼が、まだレジーにこだわっているとは思わずに行動したのは、慎重さに欠けていたかもね。でも、彼が嫉妬するってことだって忘れがちなのだから、しかたないじゃない。森での暮らしは平穏そのものなのに……もしかしてアドラントの屋敷に戻りたがらないのは……)
 
 アドラントにレジーがいるからではなかろうか。
 なんだか、そんな気がしてくる。
 
(子供ができると性格が丸くなるっていう話は、彼には当てはまらないようね)
 
 行きは馬車を使ったのに、帰りは「あの個室」から王都の屋敷に直行。
 彼は点門という、点と点を繋いで移動する魔術を簡単に使うのだ。
 おかげで、お芝居は2幕目すら観られなかった。
 
 あの個室でも散々、屋敷の寝室でも散々。
 
 朝に出かけたはずだったが、すでに夕暮れが近づいている。
 途中から記憶が曖昧だ。
 サマンサは寝室のベッドの上。
 上掛けをはぐって自分の体を見た途端に呻いた。
 
「あの子を迎えに行く前に、全部、治癒してもらうわよ!」
 
 首元まで襟のある服を着ても隠せるかどうか。
 彼の残した痕は、耳の後ろっかわまでありそうだ。
 鏡を使って見るまでもない。
 その辺りが、ちりちりと小さく痛んでいる。
 
 サマンサはベッドから降りて。
 
「……あ……まったくもう!」
 
 へなへな…と、膝がくずおれてしまった。
 腰にも足にも力が入らない。
 それでも、なんとかクローゼットを開く。
 1番、着替えが楽そうなものを手に取った。
 
 一緒に来てくれたメイドのラナを呼べば良かったのかもしれない。
 しかし、こんな姿を見せるのは、さすがに恥ずかし過ぎる。
 床に這いつくばるようにして、ようよう着替えをすませた。
 その上で、力の入らない足を叱咤して立ち上がる。
 
 髪をおろし、首元を隠し、さらにはショールで首筋から胸元を覆った。
 よれよれしながら、寝室を出る。
 彼に「治癒」させなければ、ティンザーの屋敷にも行けない。
 治癒後、彼をぱたいてからの話だが、それはともかく。
 
「……のよ、ジェレミー」
 
 不意に、甘ったるい声が耳に入ってきた。
 聞き覚えのあるアクセントと口調だ。
 なぜ、ここにいるのかは知らないが、相手が誰かはわかる。
 
 マルフリート・アドラント。
 
 アドラント王族のマルフリートは、今では「女王」となっていた。
 元は別の国だったため、ロズウェルドの王族とは別に、アドラントには独自の王族が存在している。
 マルフリートはサマンサと彼が婚姻して2ヶ月を過ぎた頃から動き出し、結果、望んでいた「権威」を手に入れたのだ。
 
「私が、お忍びをしてまで、ここに来たことの意味はわかるのではなくて?」
「たとえ、わかっていたとしても、私は面倒事になるのは、ごめんだね」
「ジェレミー、私の気持ちを、あなたなら理解できるでしょうに。隠れてコソコソするようなつきあいを私が望むとは思う?」
 
 戴冠式の時のマルフリートの姿を思い出す。
 綺麗に結い上げた白金色の髪と、彼女を飾る王冠。
 同じ白金色の瞳には幼さはなく、堂々としていて威厳さえ感じた。
 民を前に語る口調も今とは違い、甘ったるさはなかったと思う。
 
「やっぱり、私には、あなたしかいないのよねえ、ジェレミー」
 
 どくり、と心臓が音を立てた。
 前は、彼とマルフリートが「取引」をしたと勘付いていたので平気でいられた。
 だが、今の会話に「取引」らしいところは、まったくない。
 それどころか、言いかたはともあれ、マルフリートは懇願している。
 
(彼女……いえ、女王陛下は彼を口説いているの……?)
 
 対して、彼も彼で、きっぱりとマルフリートを拒絶しているふうでもない。
 サマンサの頭が混乱してきた。
 2人がおかしな仲になっているとは、とても思えずにいる。
 なのに、妙な空気に胸がざわついた。
 
「ねえ、ジェレミー。奥様には御子ができたのでしょう? それなら見切りをつけてもいい頃ではなくて?」
 
 見切り、とは、どういう意味だろうか。
 サマンサの心が、ひと際、大きくザワッと揺れた。
 マルフリートがこういう調子なのは、以前からだ。
 それを彼はサマンサよりも知っている。
 
(なぜ、はっきりと断らないの?! 私がこんなふうになるまで……散々なことをしておいて! それとこれとは別だなんて言ったら、脛を蹴り上げてやるわ!)
 
 サマンサは威勢良く、ホールの扉をバーンと開け放ちたかったけれども。
 体がよれよれだったため、力なくギイッと扉を開けるしかできず、誠に不本意な登場となってしまった。
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