理不尽陛下と、跳ね返り令嬢

たつみ

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そんなことってアリですか? 1

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「キース! 大変なことになっちまったッ!」
「どうした、ジーク?」
 
 突然、室内に現れても、相手は驚かない。
 彼の後見人であった男の息子は、こうしたことに慣れているのだ。
 そして、父親に生き写し。
 眩しいほどの金髪も、翡翠色の瞳も、横柄な物言いも、とてもよく似ている。
 
 相手が年上だろうが、関係ない。
 平気で「タメ口」を使って話す。
 
 キースは、執務机の前に座り、手にしていた書類を机の上に戻した。
 その様子を目にすることもなく、ジークはわめく。
 声を出していなければ、頭がおかしくなりそうだったのだ。
 ダークグレイの髪は、かきむしってばかりいたので、ぐしゃぐしゃ。
 同じ色の瞳には、不安と苛立ちが入り混じっている。
 
「ティファがいなくなったんだよッ!」
「いなくなったとは、どういうことだ?」
「オレのせいだ! オレが、あいつを、ちゃんと見てなかったから……っ……」
「お前が慌てていては話にならんだろ。落ち着いて、事と次第を話せ」
 
 年下にさとされ、大きく深呼吸。
 少しだけ落ち着いた、という気にはなれた。
 なにしろ1人娘が行方不明になったのだ。
 実際には、落ち着いてなどいられない。
 
 彼、ジーク・ローエルハイドは、公爵家の当主だ。
 ロズウェルド王国、アドラント地方の領主でもある。
 
 が、ローエルハイド公爵家は、ロズウェルドでも稀有な存在だった。
 ジークの代で領民のいる領地を持ったが、新しい領民の受け入れは、特殊な事情でもない限り、行っていない。
 特異な魔術師の家系でもあるのに王宮には属さず、独立独歩を貫いている。
 公爵家でありながら、国や貴族という枠組みにはとらわれていないのだ。
 
 そして、ジークが訪ねているのは、宰相キーシャン・ウィリュアートン。
 王族であるガルベリーの血筋だった。
 だが、キースの父親が婚姻を機に、ウィリュアートン公爵家に養子に入ったため、ウィリュアートンを受け継いでいる。
 
 ジークとは倍近く、歳が離れていた。
 キースは25歳で、ジークの息子の1つ年下。
 ジーク自身は、今年で46になった。
 
 それでも、元後見人の息子であるキースは、その父親に似て、頼りになる。
 去年、キースの父親が亡くなったあとも、ジークは、なにかと頼りにしていた。
 なにしろ、ジークは、領主としては、あまり「有能」とは言えなかったので。
 
 ここは、キースが宰相としてあてがわれている王宮の執務室の中。
 広い室内を、ジークは、うろうろと歩き回る。
 やはり、どうしたって動揺が抑えきれずにいた。
 真っ暗な声で、キースに言う。
 
「リドレイから連絡があったんだ。ティファが戻らねぇって……」
「今日は、王宮での勉強会に出ていたのではないのか?」
「そっから先が、わかんねーんだよ……」
「王宮にはいないのだな?」
 
 ジークは、力なく、うなずいた。
 ソファに腰を落としたい気分だが、座る気にもなれない。
 ティファは1人娘であるという以上に、ジークにとっては大事な存在なのだ。
 その娘の消息がわからなくなってしまった。
 
「あいつには、魔術がかけてある。どこにいたって、わかるはずなのに……」
「魔力感知に、かからないのか?」
「ああ……。なんでなのかわかんねーんだよ、キース……フィオナの忘れ形見……オレの大事な、たった1人の娘が……学校なんか行かせるんじゃなかったぜ……」
 
 ジークの妻フィオレンティーナは、ティファの出産後、この世を去っていた。
 ティファは、母親を知らずに育っている。
 顔も、写真でしか見たことがないのだ。
 
 きっと寂しい思いをさせている。
 
 そう感じ、ジークは、ティファを誰よりも大事にしていた。
 本当には、領地から1歩も外には出したくなかったほどだ。
 
「ティファは頭のいい子だからな。学びたいという気持ちを無碍にはできんさ」
「けど、それで、こんなことになっちまったんだぞ! オレが、もっと……もっと気をつけてりゃ、こんなことには……」
 
 ティファは頭がいい。
 そして、好奇心旺盛でもあった。
 ジークは反対だったが、貴族学校に行くといい、そこを卒業しても、まだ高等な教育を受けたいと言ったのだ。
 見張りをつけ、部屋に軟禁するわけにもいかない。
 勝手に抜け出されるよりはと、結局、ティファの願いを聞き入れている。
 
 ジーク自身が、自由に生きてきた。
 窮屈な思いは、本来、させたくない。
 それに、妻のこともあった。
 彼女は、長らく窮屈な思いを強いられていたのだ。
 娘に同じことはできなかった。
 
「悔やんでいても始まらん。さらわれたのではないのだろ?」
「そのほうが、探せただろうぜ……」
 
 攫われたのではないから、ジークは、大変だと言っている。
 何者かに攫われたのだとすれば、必ず痕跡が残るのだ。
 それを追えば、居場所など簡単にわかる。
 が、ティファは、攫われてはいなかった。
 そのため、追うべき痕跡もなく、現状、ティファは、本当に消息不明なのだ。
 
「お前は、ついて来るなと釘を刺されていたのだったか」
「ああ……けど、もちろん、護衛はつけてたんだぜ? どっさりとな」
 
 直接、ティファを囲ませてはいなかったが、常に数十人もの護衛をつけている。
 近衛騎士もいれば、魔術師だっていた。
 なるべくティファに見つからないようにと指示はしていたが、危険を見逃せとは言っていない。
 
「くそっ! やっぱり、オレがついてくべきだったんだ!」
 
 バンッと、壁を叩く。
 後悔に、押し潰されそうだった。
 
「まさか開き損なった点門に巻き込まれたのかッ?!」
 
 父親に似て、キースも、ものすごく頭がいい。
 すべてを話さなくても、状況を把握していた。
 ジークは、細かな話をするのが苦手なので、とても助かっている。
 今は、悠長に細々とした話をする気にもなれずにいるし。
 
「王宮内で騒ぎになっていたからな。魔術訓練中に、事故が起きたという連絡は、こちらにも入っている」
「事故じゃねえ! そんな危険な訓練、王宮でやることじゃねーだろ!」
「立ち入りを禁じていた時間帯だったそうだ。勉強会とは重複しない時間だったと思うのだが……理由はどうあれ、ティファが、早めに切り上げて出てきたところに巻き込まれたと考えるのが妥当だろう」
「理由なんざ、どうだっていい! ティファの居場所がわかんねーってのが、問題なんだよ!」
 
 点門は、特定の場所にある点と点を繋ぎ、移動を可能とする魔術だ。
 が、未熟な者が扱い、失敗すると、意図しない場所に繋がってしまう危険なものでもある。
 
「向こう側は、見えなかったのだな?」
「警護につけてた魔術師が言うには、ティファは、門にのまれるみたいにして消えちまったらしい……」
 
 感情が昂っていて、抑えつけるのも容易ではない。
 警護についていた者たちを、皆殺しにしたいくらいだった。
 誰1人、ティファを守れなかったのだから。
 
「まずは、ティファを、どのようにして探すかを考えねばならん」
 
 キースの言う通りだった。
 それを考えてほしくて、ジークは、ここに来ている。
 
「あいつは……ティファは……知ってんだろ、キース……」
 
 キースも、難しい顔をしていた。
 どこに転移したかがわからないティファを探すのは、非常に困難なのだ。
 
 ロズウェルド王国は、この大陸で、唯一、魔術師のいる国だった。
 魔力が顕現けんげんすることで、魔術を操れるようになる。
 魔力を有している者を、魔術師は、感知することができるのだけれども。
 
 キースが深刻な表情で、小さくうなずいた。
 ジークの1人娘は、ローエルハイドとしては、特殊な体質と言える。
 
「わかっている。ティファは、魔力顕現しておらん」
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