口下手公爵と、ひたむき令嬢

たつみ

文字の大きさ
60 / 84

目的と原因 4

しおりを挟む
 アリスは、リカの執務室には、まだ行っていない。
 先に、別の場所に来ている。
 
「アンタの力が必要なんだよ、ランディ! オレだけじゃ、リカを守れねえ!」
 
 国王の私室に来ていた。
 時間稼ぎをするにしても、あまりに打ち手がなさ過ぎる。
 
 自分の子飼いはエセルハーディのところに行かせていた。
 別宮ならともかく王宮の、しかも国王の私室に踏み込ませるには時間が足りない。
 アリスの「子飼い」には平民も多く、使える貴族に連絡を取らせたとしても間に合わないだろう。

 そう考え、急いでフィランディの元に来たのだ。
 こうしている間にも、リカが狙われるかもしれない。
 思うと、フィランディには、すぐに転移で、リカの執務室に行ってほしかった。
 
 フィランディは、この国随一の魔術師だ。
 彼を除けば、フィランディに敵う者などいはしない。
 国王を「使う」ことにも、躊躇ためらいはなかった。
 アリスにとって大事なのは、リカを守ることだけなのだ。
 
 フィランディ自らが動かなかったとしても、王宮魔術師を動員することはできる。
 それも計算に入れてのことだった。
 
「できん」
「はあっ?! なに言ってんだ! 今さら、アーヴィの肩を持つってなら……」
 
 アーヴィングが、カイルと懇意なのはわかっている。
 兄弟のように育ったのも、世話になったことも、聞いていた。
 突然、王宮に入ったアーヴィングからすれば、王族の面々より、カイルのほうが近しい存在なのも理解はできる。
 
 カイルと父親が争うのを、アーヴィングは望まないだろう。
 だとしても、息子可愛さで国をないがしろにするフィランディではないはずだ。
 
 カイルは、リカ、それに、リンクスも殺そうとしている。
 
「できんものは、できんのだ、アリス」
「アンタは国王だろうが!! 与える者の力を失えば国が乱れる!」
「それくらい、俺がわかっておらんと思うのか」
「だったら……っ……」
 
 アリスは焦っており、苛立っていた。
 リカが心配でならないのだ。
 仮に、リカになにかあれば、アリスにも伝わる。
 
 2人は双子、2人で一人前。
 
 リカが攻撃を受ければ、その種類や苦痛までもが共有される。
 おそらく「与える者」の力が失われかけることによる影響もあるのだろう。
 リカが死んでも、アリスに、その力は受け継がれない。
 双子の場合「与える者」としては、2人で1人と見做みなされるからだ。
 よって、必然的に、リンクスに受け継がれる。
 
 存命中は、リカの意思でもって「与える者」の力を「譲渡」することになる。
 が、死亡の際は、自然と力が「移譲」されるのだ。
 
 カイルが、そこまで知っているとは考えにくい。
 とはいえ、カイルは「与える者」を消すことを目的としている。
 ならば、ウィリュアートンの直系男子を遺すはずがなかった。
 
 きっと、カイルは、国王が「与える者」ではないと知った時に思ったはずだ。
 それでは、いったい誰が「与える者」なのか、と。
 
 現国王は、ガルベリー11世ことザカリー・ガルベリーの子孫だった。
 そのザカリーには、兄がいる。
 王族から離れ、貴族の養子になった。
 
 ユージーン・ガルベリー。
 
 当時の国王には、ユージーンとザカリーしか息子はいない。
 ザカリーが直系でないのなら、答えは簡単だっただろう。
 ウィリュアートンに養子に入った、ユージーンこそが、真の「与える者」だったのだと。
 
 その子孫が、アリスであり、リカであり、リンクスなのだ。
 
 ウィリュアートンの直系男子を皆殺せば「与える者」の力は消える。
 王宮魔術師に魔力を与える存在はいなくなる。
 それが、カイルの狙いに違いない。
 
「物理的にできぬ、と言っている」
「物理的……って……」
 
 フィランディは、それでも、平然としていた。
 焦っている様子もない。
 その態度にも、イライラする。
 
「とっとと話せ! こっちは時間がねえんだ!」
「俺は、この部屋から出られんのだ」
 
 言葉に、理解が追いつかない。
 回転の速い、アリスの頭脳をもってしても「解」が出せなかった。
 
「アリス」
 
 フィランディが、静かな口調で言う。
 予想もしていなかったような「原因」を。
 
「ここには、刻印の術がかけられている」
 
 刻印の術とは、かつて魔術師が存在していなかった時代に使われていた「魔術に類するもの」だ。
 魔力というものが認知され、魔術師が公に認められてからは、すたれている。
 なにしろ、効率が悪い。
 いちいち塗料を使う必要があるし、効果もひとつに絞られているからだ。
 
 ただし、アリスには、それを効果的に使う方法に心当たりがある。
 それでも「そっち」だとは考えにくかった。
 
「そんなら傷をつけりゃいいだけじゃねーか! あれは塗られたトコに……」
 
 言いかけて、やめる。
 フィランディが「物理的に出られない」と言った意味が、はっきりとわかった。
 
「なんでだ……?」
「別種のものだからな、あれは」
「そっちじゃねえ!」
 
 この室内には、どこにも、それらしき塗料の痕跡がない。
 普通は術をかけるため、塗料で扉や壁を塗りたくるものなのだ。
 が、室内は、とても綺麗だった。
 
 つまり、アリスの頭をよぎった方法が使われている。
 だとしても、その方法には、ある特定の条件があった。
 アリスの疑問は「そっち」だ。
 
「俺が街に出ていたのは知っておるな?」
「ああ。あの人と派手にやりあってただろ」
「それ自体が、カイルの狙いであった」
「どういうことだ?」
 
 フィランディが渋い顔をする。
 こうなるまで、カイルの狙いに気づかなかったのが、不本意なのだろう。
 
「血だ」
「血……」
 
 フィランディの言葉を聞いた瞬間、アリスは気づいた。
 必要であるはずの「特定の条件」が満たされている、ということに。
 
 血は「個」を特定する。
 
 カイルは、血によりフィランディという人物を特定させた。
 そして「個」を指定して、刻印の術をかけているのだ。
 
「ちょっと、待て……それじゃあ……」
 
 心臓が早鐘を打つ。
 シェルニティをさらいに来た魔術師と、森で遭遇した時以上に、危機感が押し寄せてきた。
 
「あやつも、また囚われている」
 
 ぞくっと背筋が震える。
 フィランディとの戦いで、彼も血を吐いていた。
 大半は雨で流されていたけれど。
 
 最後に吐いた血が、フィランディの服にかかった。
 
 カイルは、フィランディだけでなく、彼の血も手に入れている。
 刻印の術は、その単純さと魔力に依存しないことから、魔術では打ち破れない。
 しかも、目的が絞られているため、非常に強固なのだ。
 
 アリスの率いている機関で主に使用している手法でもあった。
 その機関は「魔術に頼らない」ことを思想にしている。
 だから、アリスは、それが「魔術師」にとって効果的であるのも知っていた。
 使いようによっては致命的になるほどに、だ。
 
「それじゃ、なにか……オレらには、命綱がねえってことかよ……」
 
 アリスも、年中、彼に頼っているわけではない。
 ただ、この間のように、命の危機に瀕している時だけは、彼を思い出す。
 なにがあっても、彼がいれば「なんとかしてくれるはずだ」との思いがあった。
 事実、あの日だって、瀕死のアリスを救ったのは、彼だ。
 その結果、アリスは、リカを守ることができた。
 
 アリスにとっての、心の命綱。
 
 それが、彼の存在なのだ。
 その命綱が、ない。
 
 その上、王宮魔術師も使えないのだ。
 なぜ「刻印の術」によって国王が封じられているかの説明がつかない。
 国王は「魔術師」ではないはずなのだから。
 
「アリス、リカの元に行け。俺は、ここを動けぬのだからな」
 
 言葉に、アリスは、ショックから立ち直る。
 思考を停止させていては、リカを守れない。
 パッと烏に変転し、リカの執務室に向かった。
 
(ないものは、ない……あるもので、なんとかやりくりしなけりゃならねーんだ)
 
 いつだって。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

【完結】きみの騎士

  *  ゆるゆ
恋愛
村で出逢った貴族の男の子ルフィスを守るために男装して騎士になった平民の女の子が、おひめさまにきゃあきゃあ言われたり、男装がばれて王太子に抱きしめられたり、当て馬で舞踏会に出たりしながら、ずっとすきだったルフィスとしあわせになるお話です。 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

【完結】領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...