口下手公爵と、ひたむき令嬢

たつみ

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秤にかけたら 1

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「旦那様、シェルニティ様」
 
 キサティーロは、一部の隙もなく、いつもの執事服に身をつつんでいる。
 彼は、表情をなくした。
 激しい怒りが全身に渦巻いている。
 
 ここは森の家だ。
 王都の屋敷ではない。
 彼が呼ばない限り、キサティーロが、ここに来る理由はなかった。
 
 たったひとつを除いて。
 
 彼は、ソファに座っている。
 隣にはシェルニティがいた。
 彼の表情に、彼女は気づいているはずだ。
 緊張が伝わってくる。
 
「私は、望んでいないよ、キット」
「存じております」
 
 キサティーロが、深々と会釈をした。
 彼は、すくっと立ち上がる。
 
「私は、望んでいないっ!!」
 
 キサティーロは、頭を上げずにいた。
 彼に叱責されるとわかっていたからだ。
 彼にも、わかっている。
 
 かなり前から、わかっていた。
 
 激しい怒りは、後悔の現れだ。
 キサティーロは「完璧」を目指す。
 だからこそ、キサティーロがなにをするか、どうなるかくらい、わかっていた。
 
 自分自身が手をくだすのが最善だと、彼は、知っていたのだ。
 
 なのに。
 
 カイルを見逃した。
 手をくださなかった。
 その決断が招いた結果が、これだ。
 
 彼は、キサティーロを失う。
 
 5歳の彼の子守りを、十歳のキサティーロが担っていた。
 もう30年も、キサティーロは、彼のそばにいる。
 ずっと傍にいた。
 
 両親の葬儀の手配をしたのもキサティーロだ。
 17歳で婚姻し、誰の言葉も聞き入れずにいた彼を、見守り続けてくれたのも、キサティーロだ。
 20歳で婚姻を破綻させ、抜け殻のようなっていた彼に、この領域を勧めてくれたのも、キサティーロだった。
 
 彼の記憶の中に、キサティーロのいない日々はない。
 
 そのキサティーロを失うのだ。
 失うことになると、わかっていて、彼は、カイルを見逃した。
 カイルがなにもせずにいてくれることを願い、けれど、期待もせず。
 
「待って……どういうこと……どうしたの、キット……」
 
 シェルニティのかぼそい声が聞こえる。
 彼の怒鳴る姿など初めて見たせいだろう。
 かなり狼狽うろたえているのがわかった。
 
「シェルニティ様、私は、本日をもちまして、ローエルハイドの執事を退がらせていただきます。そのご挨拶にまいりました」
「退がるって……辞める、ということ……?」
「さようにございます」
「どうして? 意味がわからないわ……そんな急に……」
 
 彼は、理由も知っている。
 そもそも、わかっていたのだから。
 
「私が、カイルを殺したからでございます、シェルニティ様」
「殺した……? カイルを……」
「はい」
 
 キサティーロは、きっぱりと断言した。
 間違いなく、カイルは殺されている。
 だが、時間をかけて、だろう。
 即座に命を奪ったのではないことも、わかっていた。
 
「どうして? 彼……まだ、なにか……しようと……?」
「彼の家には、危険な文献が多くあり、備蓄されていた薬も、残っておりました。それを取りに戻ってきたことから、魔力を失っていても危険であることに変わりはないと判断いたしました」
「だから……殺したの……?」
「さようにございます」
 
 キサティーロは、いつもと同じ。
 感情を揺らめかせもせず、淡々としている。
 30年、ずっと彼が見てきた「完璧な執事」そのものだった。
 
「だからといって、辞める必要はないでしょう? ねえ、キット。ねえ、あなたもそう思う……」
 
 彼は、シェルニティの問いに答えられない。
 黙って、横を向いていた。
 彼女も、この「決定」が覆らないと感じたのだろう。
 言葉を途中で止めたまま、黙っている。
 
「テディ」
「は、父上」
 
 セオドロスが姿を現した。
 キサティーロが、立つように促している。
 そして、キサティーロは、襟にある白銀鎖のラペルピンを、自らの手で外した。
 セオドロスが、驚いたような表情を浮かべている。
 
 キサティーロが、ぴんっと指を鳴らした。
 セオドロスの服装が一瞬で変わる。
 キサティーロと、まったく同じ執事服。
 そのセオドロスの襟に、キサティーロは、ラペルピンをつけた。
 
「今より、お前が、ローエルハイドの執事だ。何事にも完璧であるように」
「……はい………かしこまり、ました……父上……」
 
 スッと、キサティーロが、彼のほうに体を向ける。
 再び、深い会釈をした。
 
「この程度のことで動揺する、若輩な息子にございますが、なにとぞ、お仕えすることを、お許しください」
 
 彼は、両手を握り締める。
 シェルニティのこと以外で、これほど自制を失うことがあるとは思わなかった。
 
「きみが許しを乞わねばならないのは、それだけかね」
「お2人の式を見とどけられないことを、お詫びいたします、我が君」
「待って、キット! 嫌! どうして?! 辞めたからって式に来られないことはないじゃない!」
 
 シェルニティが声を上げ、キサティーロに駆け寄ろうとする。
 その体を、彼は抱きとめた。
 
「どうして?! おかしいわ! ローエルハイドの執事ではなくなったからって、そんなふうに締め出されなければならないの?! ねえ?!」
 
 カイルを殺すか否か。
 
 彼が手をくだすことにより、シェルニティは「自分のために」と罪を背負う。
 彼が手をくださないことで、シェルニティは喪失という感覚に傷つく。
 いったい、どちらが、彼女の救いとなったのか。
 
 計画が破綻しても、しなくても、カイルは死ぬはずだった。
 計画が成功していれば王族に断罪されることを予期していたはずだ。
 そして、計画が破綻し、もしウォルトが死ぬようなことがあれば、カイルも死ぬつもりでいた。
 けれど、カイルは死ななかった。
 
 死ねなかった。
 
 カイルはウォルトと魂を繋いでいると思っていたのだろうが、ウォルトは、そうしなかったのだ。
 カイルから渡されていたはずの「梱魄こんぱく」をかける薬を、ウォルトは飲まなかったに違いない。
 
 キサティーロは、どこかの時点で、決めていた。
 
「シェリー……キットは……参列したくても……できないのだよ……」
 
 ぎゅっと、強くシェルニティの体を抱きしめる。
 彼女を支えるため、そして、彼自身を支えるためだ。
 
 なにかあれば、カイルを殺す。
 その際には、自らの命を賭す。
 
 キサティーロは、決めていた。
 
 そして、それを「完璧」に、やり終えたのだ。
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