42 / 84
百年の恋が冷めました 2
しおりを挟む
アントワーヌは安普請な宿の室内で苛々している。
室内を歩き回ったり、イスに腰をおろしたりを、繰り返していた。
今もまた、歩き回るのをやめ、イスに座ったところだ。
室内が暑いことにも、苛々させられる。
手紙を出してから3日が経っていた。
ファビアンは、ジョゼフィーネの手に渡るようにする、と言ったが、まだ彼女の手元には届いていないのかもしれない。
が、時間は迫っている。
長逗留はできないのだ。
前回は、体調不良を訴えての静養を口実にした。
さりとて、同じ口実は使えない。
今回はファビアンに同行し、抜き打ちの視察するのを名目に、リフルワンスを離れている。
視察先は、リフルワンス国内の領地と報告していた。
そのため、ロズウェルドに長くいることはできないのだ。
遅くとも明日の朝には、ここを出なければならない。
ファビアンから、それまでにジョゼフィーネが現れない場合は、ひとまず諦めるようにと言われている。
リフルワンスに事が露見するということより、アントワーヌの身が危険となるためだ。
ロズウェルド王国内で、リフルワンスの王太子が捕まるようなことにでもなれば取り返しがつかないことになる。
前回も密入国ではあったが、正式な謁見の申し入れをしたため見逃されたに過ぎない。
今回は、謁見を申し入れてもいないのだ。
ただの密入国者として捕らえられれば、当然に断罪される。
だから、ジョゼフィーネを説得し、すぐにここを離れる必要があった。
会うことさえできればなんとかなる。
アントワーヌは、そう思っていた。
(ジョージー……きみは私のことを想い、身を引いてくれたのだろうね……)
あの日、廃園で会う約束をしていたのに、ジョゼフィーネは来なかった。
残されていたのは、別れの手紙。
読んだ際には、かなりの衝撃を受けている。
ジョゼフィーネは、いつもアントワーヌを頼りにしていた。
彼女の世界には、自分しかいなかったはずだ。
気が弱く、控え目で、決断のできない大人しい女性。
それが、アントワーヌにとってのジョゼフィーネだった。
アントワーヌの言うことになんでもうなずいてくれて、否定などしない。
だから、ジョゼフィーネが自分を拒絶するとは、どうしても思えずにいた。
アントワーヌは、ジョゼフィーネが王太子である自分の立場を慮り身を引いたのだと、結論している。
そうなる前に、決断しなかった自分の責任だとも感じていた。
結果、こんなことになってしまったのだ。
謁見の日を思い出す。
イスに座ったまま、前かがみになり、握り締めた両の拳を見つめた。
あの男、ディーナリアス・ガルベリー。
アントワーヌは、より強く手を握り締める。
ディーナリアスはジョゼフィーネを抱きかかえ、謁見の場に現れた。
しかも、そのまま彼女を膝に抱いての会話をしている。
傲岸不遜にもほどがあった。
いかにも大国の王太子といった、尊大さが腹立たしい。
(ジョージーは、あの男を恐れているのだろう)
自分のほうを見ることすらできないほど、恐ろしい目に合っているに違いない。
もしかすると、よけいなことを言えばリフルワンスの王太子を殺すと脅されていたのかもしれない、と思う。
そうでもなければ、ジョゼフィーネが自分の呼びかけに応じないなんて、あり得ないのだ。
(くそっ……私のジョージーに……っ……)
アントワーヌは、ジョゼフィーネは自分のものだ、と思っている。
彼女はずっと従順だった。
アントワーヌが嫌だと言うことはせず、してほしいと言ったことだけをする。
ジョゼフィーネ自身の立場もわきまえていて、けして前に出ようとしなかった。
ほかの貴族令嬢とは違い、文句や不満を言うこともない。
アントワーヌが体の関係を結んできた女性たちは、よく不平をもらす。
そして、少なからず、なんらかの要求をしてくるのだ。
そういう女性には煩わしさしか感じなかった。
さりとて、欲はある。
ジョゼフィーネと関係を結べない以上、我慢するよりほかなかった。
人目が憚られ、ジョゼフィーネを屋敷の外に連れ出すことはできない。
かと言って、あの廃園で情事に及ぶわけにもいかない。
そのため、アントワーヌは長らくジョゼフィーネを「自分のもの」にできずにいた。
口づけくらい、と思ったことはある。
が、やはり人目が憚られたのだ。
万が一、屋敷の者に見とがめられでもしたら、と思い、危険を回避した。
(ジョージーがここに来てくれさえすれば、すべてが正せる)
ファビアンから、この国では「婚姻に女性の意思が必要」だと教えられている。
ならば、話は簡単だ。
ジョゼフィーネを説得しさえすればいい。
彼女は気が弱い。
あの男を恐れ、なにも言えずにいるのだろう。
婚姻に女性の意思が必要だとも、知らされていない可能性もある。
少なくともリフルワンスでは、彼女に選択権はなかった。
その経験から、意思を示そうなどとは思っていないはずだ。
だとしても、自分が説得すればわかってくれる。
気の弱い彼女だが、きっと勇気を出せるに違いない。
ジョゼフィーネだって、あんな男の元にはいたくないだろうし。
愛する男性がいるので国に帰りたい。
そう言えばすむことなのだ。
それで、ジョゼフィーネは自分の元に帰って来られる。
アントワーヌも、もう彼女を手放すつもりはなかった。
ジョゼフィーネが帰ってきたら、すべきことをする。
そう決めていた。
だが、とにかく時間がない。
今夜を逃せば、次にロズウェルドに来られるのが、いつになるのか。
王太子であるアントワーヌは、口実なくして国を空けられないのだ。
口実の種だって、いくつもあるわけではない。
落ち着かなくて、苛々して、アントワーヌは立ち上がる。
室内を行ったり来たりし始めた時だ。
コンコン。
扉の叩かれる音がした。
すぐに飛びつきたくなるのを我慢する。
扉の外にいるのがジョゼフィーネだとは限らないからだ。
「どうぞ」
扉が開かれ、その向こうにジョゼフィーネが立っている。
おずおずといった様子で入ってくるのを見て、安堵が広がった。
あとはジョゼフィーネを説得するだけで彼女を取り戻せる。
アントワーヌは自分の思い描く結果のみを、信じていた。
室内を歩き回ったり、イスに腰をおろしたりを、繰り返していた。
今もまた、歩き回るのをやめ、イスに座ったところだ。
室内が暑いことにも、苛々させられる。
手紙を出してから3日が経っていた。
ファビアンは、ジョゼフィーネの手に渡るようにする、と言ったが、まだ彼女の手元には届いていないのかもしれない。
が、時間は迫っている。
長逗留はできないのだ。
前回は、体調不良を訴えての静養を口実にした。
さりとて、同じ口実は使えない。
今回はファビアンに同行し、抜き打ちの視察するのを名目に、リフルワンスを離れている。
視察先は、リフルワンス国内の領地と報告していた。
そのため、ロズウェルドに長くいることはできないのだ。
遅くとも明日の朝には、ここを出なければならない。
ファビアンから、それまでにジョゼフィーネが現れない場合は、ひとまず諦めるようにと言われている。
リフルワンスに事が露見するということより、アントワーヌの身が危険となるためだ。
ロズウェルド王国内で、リフルワンスの王太子が捕まるようなことにでもなれば取り返しがつかないことになる。
前回も密入国ではあったが、正式な謁見の申し入れをしたため見逃されたに過ぎない。
今回は、謁見を申し入れてもいないのだ。
ただの密入国者として捕らえられれば、当然に断罪される。
だから、ジョゼフィーネを説得し、すぐにここを離れる必要があった。
会うことさえできればなんとかなる。
アントワーヌは、そう思っていた。
(ジョージー……きみは私のことを想い、身を引いてくれたのだろうね……)
あの日、廃園で会う約束をしていたのに、ジョゼフィーネは来なかった。
残されていたのは、別れの手紙。
読んだ際には、かなりの衝撃を受けている。
ジョゼフィーネは、いつもアントワーヌを頼りにしていた。
彼女の世界には、自分しかいなかったはずだ。
気が弱く、控え目で、決断のできない大人しい女性。
それが、アントワーヌにとってのジョゼフィーネだった。
アントワーヌの言うことになんでもうなずいてくれて、否定などしない。
だから、ジョゼフィーネが自分を拒絶するとは、どうしても思えずにいた。
アントワーヌは、ジョゼフィーネが王太子である自分の立場を慮り身を引いたのだと、結論している。
そうなる前に、決断しなかった自分の責任だとも感じていた。
結果、こんなことになってしまったのだ。
謁見の日を思い出す。
イスに座ったまま、前かがみになり、握り締めた両の拳を見つめた。
あの男、ディーナリアス・ガルベリー。
アントワーヌは、より強く手を握り締める。
ディーナリアスはジョゼフィーネを抱きかかえ、謁見の場に現れた。
しかも、そのまま彼女を膝に抱いての会話をしている。
傲岸不遜にもほどがあった。
いかにも大国の王太子といった、尊大さが腹立たしい。
(ジョージーは、あの男を恐れているのだろう)
自分のほうを見ることすらできないほど、恐ろしい目に合っているに違いない。
もしかすると、よけいなことを言えばリフルワンスの王太子を殺すと脅されていたのかもしれない、と思う。
そうでもなければ、ジョゼフィーネが自分の呼びかけに応じないなんて、あり得ないのだ。
(くそっ……私のジョージーに……っ……)
アントワーヌは、ジョゼフィーネは自分のものだ、と思っている。
彼女はずっと従順だった。
アントワーヌが嫌だと言うことはせず、してほしいと言ったことだけをする。
ジョゼフィーネ自身の立場もわきまえていて、けして前に出ようとしなかった。
ほかの貴族令嬢とは違い、文句や不満を言うこともない。
アントワーヌが体の関係を結んできた女性たちは、よく不平をもらす。
そして、少なからず、なんらかの要求をしてくるのだ。
そういう女性には煩わしさしか感じなかった。
さりとて、欲はある。
ジョゼフィーネと関係を結べない以上、我慢するよりほかなかった。
人目が憚られ、ジョゼフィーネを屋敷の外に連れ出すことはできない。
かと言って、あの廃園で情事に及ぶわけにもいかない。
そのため、アントワーヌは長らくジョゼフィーネを「自分のもの」にできずにいた。
口づけくらい、と思ったことはある。
が、やはり人目が憚られたのだ。
万が一、屋敷の者に見とがめられでもしたら、と思い、危険を回避した。
(ジョージーがここに来てくれさえすれば、すべてが正せる)
ファビアンから、この国では「婚姻に女性の意思が必要」だと教えられている。
ならば、話は簡単だ。
ジョゼフィーネを説得しさえすればいい。
彼女は気が弱い。
あの男を恐れ、なにも言えずにいるのだろう。
婚姻に女性の意思が必要だとも、知らされていない可能性もある。
少なくともリフルワンスでは、彼女に選択権はなかった。
その経験から、意思を示そうなどとは思っていないはずだ。
だとしても、自分が説得すればわかってくれる。
気の弱い彼女だが、きっと勇気を出せるに違いない。
ジョゼフィーネだって、あんな男の元にはいたくないだろうし。
愛する男性がいるので国に帰りたい。
そう言えばすむことなのだ。
それで、ジョゼフィーネは自分の元に帰って来られる。
アントワーヌも、もう彼女を手放すつもりはなかった。
ジョゼフィーネが帰ってきたら、すべきことをする。
そう決めていた。
だが、とにかく時間がない。
今夜を逃せば、次にロズウェルドに来られるのが、いつになるのか。
王太子であるアントワーヌは、口実なくして国を空けられないのだ。
口実の種だって、いくつもあるわけではない。
落ち着かなくて、苛々して、アントワーヌは立ち上がる。
室内を行ったり来たりし始めた時だ。
コンコン。
扉の叩かれる音がした。
すぐに飛びつきたくなるのを我慢する。
扉の外にいるのがジョゼフィーネだとは限らないからだ。
「どうぞ」
扉が開かれ、その向こうにジョゼフィーネが立っている。
おずおずといった様子で入ってくるのを見て、安堵が広がった。
あとはジョゼフィーネを説得するだけで彼女を取り戻せる。
アントワーヌは自分の思い描く結果のみを、信じていた。
1
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
※完結しました。
離婚約――それは離婚を約束した結婚のこと。
王太子アルバートの婚約披露パーティーで目にあまる行動をした、社交界でも噂の毒女クラリスは、辺境伯ユージーンと結婚するようにと国王から命じられる。
アルバートの側にいたかったクラリスであるが、国王からの命令である以上、この結婚は断れない。
断れないのはユージーンも同じだったようで、二人は二年後の離婚を前提として結婚を受け入れた――はずなのだが。
毒女令嬢クラリスと女に縁のない辺境伯ユージーンの、離婚前提の結婚による空回り恋愛物語。
※以前、短編で書いたものを長編にしたものです。
※蛇が出てきますので、苦手な方はお気をつけください。
【完結】婚約者なんて眼中にありません
らんか
恋愛
あー、気が抜ける。
婚約者とのお茶会なのにときめかない……
私は若いお子様には興味ないんだってば。
やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?
大人の哀愁が滲み出ているわぁ。
それに強くて守ってもらえそう。
男はやっぱり包容力よね!
私も守ってもらいたいわぁ!
これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語……
短めのお話です。
サクッと、読み終えてしまえます。
王太子様お願いです。今はただの毒草オタク、過去の私は忘れて下さい
シンさん
恋愛
ミリオン侯爵の娘エリザベスには秘密がある。それは本当の侯爵令嬢ではないという事。
お花や薬草を売って生活していた、貧困階級の私を子供のいない侯爵が養子に迎えてくれた。
ずっと毒草と共に目立たず生きていくはずが、王太子の婚約者候補に…。
雑草メンタルの毒草オタク侯爵令嬢と
王太子の恋愛ストーリー
☆ストーリーに必要な部分で、残酷に感じる方もいるかと思います。ご注意下さい。
☆毒草名は作者が勝手につけたものです。
表紙 Bee様に描いていただきました
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
【完結】勘違い令嬢はお花屋さんを始めたい ~婚約者契約は円満に終了しました
九條葉月
恋愛
【ジャンル1位獲得!】
【HOTランキング1位獲得!】
とある公爵との契約(婚約者関係)を無事に終えたシャーロットは、夢だったお花屋さんを始めるための準備に取りかかる。
順調に準備を進めていると、契約を終えたはずの公爵様や王太子殿下たちがなぜか次々とお店にやって来て――!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる