27 / 304
第1章 暗い闇と蒼い薔薇
頭のネジが2,3本 3
しおりを挟む「いっただきまーす!」
ぱん!と、レティシアが両手を合わせる。
向かい側に座っている大公も同じように「いただきます」をしていた。
前に大公がその意味を聞いたので、今は、その場にいる全員が知っている。
『料理の素材って全部、命でしょ? その命をいただくわけだから感謝しないと。それに料理を作ってくれてる人たちにも』
『つまり感謝の意味がこめられている言葉ということだね』
そんなやりとりが交わされたのだ。
まだ王宮からレティシアが帰って間もない頃だったので、彼女の「感謝」など誰も信じてはいなかった。
またぞろ「なにか企んでいる」としか思っていなかったのだが、1ヶ月が経つ今は、周囲の空気も変わり始めている。
レティシアの「朝当番」「昼当番」が効いているのだ。
最初は嫌がっていた者たちも、少しずつ慣れ始めている。
名前呼びも、ぎこちないながら浸透しつつあった。
なぜそう思うのか、グレイにもわからなかったが、とにかく彼女の言葉や態度には「嘘」がないと感じる。
彼女の首にかけられているネックレスも大事にしてくれているようだ。
浴室以外で外したのを見たことがないと、サリーも言っていた。
実際、手入れの仕方までサリーやグレイは聞かれている。
大公と楽しげに話しながら食事をとっているレティシアに、グレイはサリーの言葉を思い出していた。
『以前の姫さまがあんなふうだったのは、ローエルハイドの血が重荷だったからかもしれないわね』
言われてみれば、そんな気もしてくる。
なにしろ大公の力は尋常ではないのだ。
欲しがる者が多い反面、疎まれることも少なくない。
強過ぎる力は脅威と成り得るからだろう。
彼女がそうした悪意にさらされた可能性はあった。
なにより、彼女自身がローエルハイドの血を恐れたのかもしれない。
レティシアが変わったのは7歳の誕生日前。
大公の魔力が顕現したのは8歳。
彼女に、その兆候が現れていたとしてもおかしくないのだ。
(私たちには、わかりようのない苦しみを感じておられたのか)
グレイに、その可能性を話したサリーは、ひどく物憂げだった。
同じ気持ちをグレイも味わっている。
彼女が性悪だと決めつけて、冷たく接してきた。
けれど、その心の裡を1度でもわかろうとしただろうか。
ジョシュア・ローエルハイドの力を受け継いでいるのは、この世界でたった1人、彼女だけなのだ。
7歳にも満たない子供が背負うには重過ぎる血の鎖。
明るいレティシアに、むしろグレイは感傷的になっている。
「ん? んんーっ?!」
そんな感傷を吹き飛ばす勢いで、レティシアが声をあげた。
そして、ガタンっと立ち上がる。
「こ、これは……今すぐ料理長を呼んで!」
食堂内に、一気に緊張が走った。
ついに彼女は1ヶ月前の彼女に戻ってしまったのか。
そんな空気が充満している。
平然としているのは大公だけだ。
「か、かしこまりました!」
転がるようにしてアリシアが食堂を飛び出していく。
すぐに料理長のマルコムこと、マルクが姿を現した。
マルクは頑固なところがあり、いつもいつも自分の料理を残していたレティシアに良い感情を持っていない。
朝当番、昼当番を、ずっと拒んできてもいる。
今も、解雇されたってかまわないとばかりに不機嫌そうな顔をしていた。
「……マルク……」
サリーが不機嫌顔のマルクを咎める。
はっきりとは言わないまでも、口調にそれが現れていた。
サリーも、以前のレティシアに戻ってほしくないと思っているからだろう。
ずだだだだ!
サリーとグレイの横を、レティシアが駆け抜ける。
まさに疾走。
「私の料理に不ま……」
マルクの言葉は最後まで続かなかった。
駆けた勢いのままのレティシアに抱き着かれたからだ。
「ちょ……っ……」
マルクの焦った声もなんのその。
レティシアは、ぎゅうぎゅうとマルクを両腕で抱きしめる。
「感動した! 金のトロフィーあげたいくらい感動した!! あのクリームシチュー、めっちゃ美味しいッ! 私の大好きな味だよ、マルクー!!」
「え……あの……ひ、姫さ……ちょ……」
マルクは目を白黒させ、言葉もうまく発せられない様子だ。
それにもレティシアはおかまいなし。
パッと体を離したかと思いきや、じっとマルクを見つめた。
料理長としてマルクは頑固で、融通がきかないところがある。
味にうるさく、とにかく細かい。
それでもほかの料理人たちが、どれだけどやしつけられてもマルクを悪く言わないのは、一目置いているからだ。
「マルク……」
「は、はい……なんでございましょうか……」
その偏屈なマルクが、気圧されている。
レティシアはマルクを見つめ、とても真面目くさった顔で言った。
「……おかわり、ある?」
「お、おかわり……っ?」
「ないのっ?! 1皿じゃ、絶対に足りないよー!」
「いえいえいえ! ございます! ございますとも!」
ぱあっとレティシアの顔が明るくなる。
嬉しそうに笑みをたたえ、うんと大きくうなずいた。
「おかわりなかったら、ちょびちょび食べようと思ってたけど、あるんなら、がっつりイケる! よーし、食べるぞー!」
そして、テーブルに戻りかけてから、くるんっと振り返る。
本当に嬉しそうな顔をして言った。
「おいしいご飯、ありがと、マルク!」
マルクは、ぽかんとした様子で突っ立っている。
その間にもレティシアはテーブルに戻っていた。
シチューを口に入れて、ひと言。
「んまー!」
朝当番、昼当番を務めたことがある者は知っている。
レティシア用語で「美味しい」の上位を意味する言葉だと。
ゆえに、マルク以外、誰も驚かなかった。
レティシアが「元」に戻っていないのを確信して安堵しているだけだ。
緊張がほどけていく。
「レティは、クリームシチューが好きなのだね。初めて知ったよ」
「おウチご飯は、なんでも美味しいよ? でも、これは特別! 1番好きなメニューだから」
本当に美味しそうに食べるレティシアから視線をマルクに移した。
まだそこに突っ立っている。
グレイは苦笑を浮かべ、マルクの肩に手を回した。
さりげなく厨房のほうへと、一緒に歩いていく。
「ひ、姫さまはいったい……」
レティシアが変わったという話をまるきり信じていなかったマルクだ。
話してもいないのだから、その衝撃やいかに。
「姫さまは、頭のネジが2,3本、飛んでおられる。今はあれが普通なのさ」
「ネジ……? なんのことだ……?」
意味がわからないのも無理はない。
レティシア用語は突飛なものが多かった。
「正妃選びの儀を辞退され、いろいろなことが吹っ切れた、という意味だ」
レティシアは「吹っ切れた」としか言わなかったが、おそらくそういうことなのだろうと、言葉を付け足す。
そのほうがマルクには分かり易いと思ったからだ。
「そうなのか……頭のネジが2,3本……本当に、変わられたんだな……」
これで屋敷内のレティシアに対する認識は、ほぼ統一されたと言ってもいい。
レティシアは、頭のネジが2,3本飛んでいる。
共通認識ができたことは喜ばしいことだ。
少なくともグレイは、そう感じている。
今のレティシアには、あまり悪感情をいだいてほしくなかったからだ。
「姫さまは、2皿目を召しあがるだろうか?」
マルクの問いに、グレイは笑って答えた。
「間違いない」
19
あなたにおすすめの小説
0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。
アズやっこ
恋愛
❈ 追記 長編に変更します。
16歳の時、私は第一王子と婚姻した。
いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。
私の好きは家族愛として。
第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。
でも人の心は何とかならなかった。
この国はもう終わる…
兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。
だから歪み取り返しのつかない事になった。
そして私は暗殺され…
次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。
治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~
百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!?
男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!?
※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝
饕餮
恋愛
その日、体調を崩して会社を早退した私は、病院から帰ってくると自宅マンションで父と兄に遭遇した。
話があるというので中へと通し、彼らの話を聞いていた時だった。建物が揺れ、室内が突然光ったのだ。
混乱しているうちに身体が浮かびあがり、気づいたときには森の中にいて……。
そこで出会った人たちに保護されたけれど、彼が大事にしていた髪飾りが飛んできて私の髪にくっつくとなぜかそれが溶けて髪の色が変わっちゃったからさあ大変!
どうなっちゃうの?!
異世界トリップしたヒロインと彼女を拾ったヒーローの恋愛と、彼女の父と兄との家族再生のお話。
★掲載しているファンアートは黒杉くろん様からいただいたもので、くろんさんの許可を得て掲載しています。
★サブタイトルの後ろに★がついているものは、いただいたファンアートをページの最後に載せています。
★カクヨム、ツギクルにも掲載しています。
【完結】恋につける薬は、なし
ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。
着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)
miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます)
ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。
ここは、どうやら転生後の人生。
私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。
有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。
でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。
“前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。
そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。
ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。
高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。
大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。
という、少々…長いお話です。
鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…?
※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。
※ストーリーの進度は遅めかと思われます。
※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。
公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。
※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中)
※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる