理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
118 / 304
第2章 黒い風と金のいと

笑顔を守るためならば 2

しおりを挟む
 
「レティが怪我をしたら、私が治すだけのことだ。きみの心配することではない。早く自分のことをしたまえ」
 
 ユージーンは、大変、面白くない。
 面白くはないが、文句も言えずにいる。
 
(俺は、今……王太子ではないのだ……)
 
 先ほどの大公の言葉を思い出し、ゾッとした。
 
 『私も”それなり”に、礼を尽くさなければならない』
 
 王太子だと言っていたら、丸焦げにされていたかもしれない。
 もちろんレティシアのいないところで。
 こうしていられるのは、彼女がいるおかげだ。
 レティシアに「嫌われていない」から、大公はお目こぼしをしているだけだと、わかっている。
 さりとて「きみ」だの「したまえ」だのと言われると、嫌な気分にはなった。
 だいたい大公は、レティシアにベタベタとさわり過ぎている。
 それに、彼女のほうも、なにかと言えば大公に抱き着いているし。
 
(祖父と孫娘……というのは、そういうものなのだろうか……俺には祖母も祖父もおらぬから、わからんが……む。うまくいかんものだ……)
 
 大公に渡された毛鉤けばりを針にくくろうとするのだが、糸が滑って、なかなかうまく結べない。
 道具と言われて思い出した。
 大昔より盛んに行われていたという毛鉤を使った魚を捕る方法。
 馬の尾の毛をり合わせた糸に毛鉤をつける。
 それを垂らすと、毛鉤を虫と勘違いした魚が食いつくのだとか。
 昔は、それが漁の主流だったのだが、今は娯楽になっているのだろう。
 
(釣りという娯楽が、自分で道具を用意せねばならぬものであったとは)
 
 なにをしに来たのかとレティシアに問われ、咄嗟に「釣り」と答えた。
 以前、ウサギ姿の時、レティシアとした会話が頭をよぎったのだ。
 サハシーでは盛況な娯楽でもあったし、勘繰られることはないだろうと思ってのことでもある。
 レティシアを守るための魔術を覚えるため、とは言えなかったからだ。
 
「まだできないのかい? レティはとっくに釣り糸を垂らしているよ? 女性に遅れをとるなんてね。いかにもきみは不器用そうだ」
 
 嫌なことを言う。
 ユージーンにだって、わかっていた。
 自分には、できないことがたくさんある。
 
 着替えですら3日もかけて練習したくらいなのだ。
 今まで、人任せにし過ぎていたと痛感している。
 しかし、ユージーンは王宮暮らししか、したことがない。
 生まれてからずっと王太子として生きてきた。
 その中でのあたり前が、外では通用しないなどと知りもしなかった。
 レティシアに恋をすることがなければ、今も知らずにいたに違いない。
 彼女に会うという目的のためだけに、こんなところまで来たのだから。
 
「そうだ。俺は何も知らんのだ。それはわかっている……ところで、これで釣りはできそうか?」
 
 ぎゅっと毛鉤を結んだ針を、大公に見せる。
 大公は、軽く肩をすくめただけで返答をしない。
 それでいいということなのか、それでは駄目だということなのか。
 わからなかったが、ともかく毛鉤をつけることはできた。
 立ち上がって、レティシアの隣に並ぼうと歩き出す。
 
「ああ、きみ。そんなに近いと糸が絡んでしまうのでね。もっと離れて」
 
 しかたなく、少しだけ離れた。
 振り向くと、「もっとだ」と言うように、大公が、手をちょいちょいと振る。
 さらに離れる。
 そして、さらに。
 
(こんなに離れては、あれレティシアと話もできんではないか!)
 
 彼女との距離、およそ百メートル。
 本当に、これほど離れる必要があるのかはわからない。
 が、ユージーンは釣りをしたことがないし、王太子でもないので、従わざるを得なかった。
 
「……大公……そのように近くては、糸が絡むのではないか……?」
「私は手ぶらなのでね。心配はいらない」
 
 ちらっと肩越しに見る。
 後ろに、ぴったりと大公がついていた。
 確かに、両手は空いている。
 レティシアに近づくのは許さない、ということだろう。
 
「きみは魔術を使わないようだ」
 
 ぞくっと背筋が凍える。
 レティシアが近くにいた時とは、明らかに違う声音。
 ひどく冷ややかで、なんの感情もこもっていなかった。
 いつでも殺せる、と言われているのがわかる。
 が、ユージーンにも「想い」があった。
 
(あれと親しい仲になる際、大公は避けては通れぬ道だ)
 
 親しい仲もなにも、怒られっぱなしなのだが、それはともかく。
 最大の難関から逃げていては、彼女を手にいれられない、と思う。
 
「魔術師どもを追いはらってくれたのだろ? 俺にとっても、あやつらはどうにも煩わしくてな」
 
 腕に走ったピリッという感覚。
 枝が当たったのかと思っていたが、そうではない。
 あれは際どい状態だったのだ。
 おそらく大公の絶対防御が、この辺りにはかけられている。
 魔術師たちは、領域の中に入れずにいるか、もしくは。
 
(丸焦げにされていたら……サイラスに詫びねばならんな)
 
 正直、サイラス以外の魔術師の顔は覚えていないし、興味もなかった。
 そこいらにいるのだろうと思うだけで、気にかけてはいない。
 ただ、サイラスの部下であるという点において、サイラスに対しては申し訳なく思う。
 サイラスは「殿下が無事であればいい」と言ってくれるのだろうけれども。
 
「時に大公。大公は、いろいろな魔術が使えるようだが、逃げるのに適した簡単な魔術というのは、どういうものがある?」
「きみは、この湖がどのくらいの深さか、知っているかい?」
 
 それが魔術と、どう関係しているのかはわからないが、とりあえず頭の中で報告書をめくる。
 ユージーンは真面目で、頭も悪くはないのだ、けして。
 
「確か……最も深い場所で9メートルだったか」
「まさにね。大人でも溺れる」
「それと魔術と、どう関係がある?」
「なにもないさ。きみが溺れたがっているように感じたのでね」
 
 釣りというのは、それほど危険な娯楽なのだろうか。
 とはいえ、自ら溺れたがるはずもない。
 大公の意図がわからず、肩越しに振り返ってみた。
 さらに冷ややかさが増していて、ゾゾッと背筋が震える。
 百メートル離れていてもレティシアがいたからこそ、腰を抜かさずにすんだ。
 
「レティを連れて逃げるつもりなら、私に聞くのは、いささか愚かに過ぎる」
「しかし……仮に、なんらかのことで俺とあれが2人の時、魔術師に襲われたらどうする? 剣ならまだしも魔術師相手となると、あれを守ってやれんではないか」
 
 冷や汗を、だらだらと流しながらも、ユージーンは自分の想いを口にする。
 大公の「連れて逃げる」と、ユージーンの思う「連れて逃げる」は、意味が違うのだが、それには気づかない。
 ユージーンは王太子であり、常に自分を中心に物事を考える癖があった。
 そのため、自分が「思うところ」にしか考えが及ばないのだ。
 
「なんらかのこと? それは、きみの乳母が何かする、ということかね」
「いや……彼女のことで、俺からサイラスに頼み事をする気はない。俺の望まぬことを、サイラスがするはすがなかろう」
「本気で、そう思っているのか?」
 
 大公の声が、ぐっと低くなる。
 冷たさもひとしおだ。
 ユージーンの全身が、恐怖により小刻みに震える。
 どうしようもない恐ろしさだった。
 目に見えない脅威を、無意識の本能が感じ取っている。
 
 それでも、ユージーンはうなずいた。
 視界の端に、レティシアがいる。
 彼女に無様な姿はさらしたくない、という一心だった。
 
「当然だ。俺はサイラスを信じている」
 
 フッと空気が軽くなる。
 ようやく冷や汗も止まっていた。
 大公が、大きく息をつく。
 
「それなら、それでかまわないさ」
 
 含みを持った言いかたが気になった。
 とても嫌な感じだ。
 言葉の意味を聞き返そうと、体を返す。
 その時だった。
 
「う、わわわわっ! お祖父さま、助けてっ!」
 
 ハッとして、レティシアのほうを見る。
 大公は、すでに彼女の横に立っていた。
 慌てて、ユージーンも竿を投げ打ってレティシアの元に走る。
 
「レティ、竿を離してはいけないよ。こうして……」
 
 大公が、後ろから彼女の体を抱くようにして支えていた。
 それを見て、ユージーンは、はっきりと思う。
 
 なぜあそこにいるのが自分ではないのか、と。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

召喚先は、誰も居ない森でした

みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて── 次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず── その先で、茉白が見たモノは── 最初はシリアス展開が続きます。 ❋他視点のお話もあります ❋独自設定有り ❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...