133 / 304
第2章 黒い風と金のいと
目減りしない愛 1
しおりを挟む「えっ?! マジでっ?!」
「マジです! レティシア様!」
サリーの言葉に、レティシアは呆然とする。
今朝1番の大ニュースだ。
屋敷中が、ざわついていた。
喜んでいいのかは、イマイチ微妙なところなのだけれど。
(でも……それなら、グレイ、助かるよね……)
人の死は悼むものであって、祝うことではない。
そう思いはすれど、レティシアの胸は嫌でも高鳴ってしまう。
もとより、ラペル公爵家の人たちのことは知らないのだ。
知らない人たちのことより、身内のほうが大事に思えるのはしかたがない。
「こう言っちゃなんだけど……自死なら、しょうがねぇよな? こっちはなんにもしてねぇんだからさ」
テオの言葉に、周囲も同調している。
レティシアも、ついうなずいてしまった。
そう、ラペル公爵と三男が自死をしたのだ。
当事者2人が死んでしまったので、私戦は収束する、らしい。
未だグレイは見つからずにいる。
どこかに潜んでいるには違いないのだけれど。
「グレイも知ってるかな?」
「彼は……それなりに優秀ですから、すぐに気づくでしょう」
サリーも、どこか嬉しそうにしながらグレイを皮肉っていた。
知らない相手ではあるが、人の死を喜ぶなんて、と心の隅で、また思う。
が、結局のところ、やはり知らない相手となると、どうしたって他人事に思えるのだ。
彼らにも悼む人がいるとわかっていても。
「早く戻れるように、私からお祖父さまとお父さまに頼んでみるよ」
「戻ってきたら、ホウキの柄で殴ってやります」
そんなことを言いつつも、サリーの目には薄く涙が滲んでいる。
少しもらい泣きしそうになった。
(好きな人が傍にいないのは、寂しいもんね。それに、毎日、死んでるかもしれないって思いながら過ごすのは、つら過ぎるよ)
久方ぶりに、屋敷の中が明るくなっている。
みんな、グレイの帰還を待っているのだ。
レティシアは、早く祖父や父に、グレイのことを頼みたくなる。
再雇用は、それほど難しくなさそうだった。
サリーから「私戦が収束したので問題ない」と聞いている。
そもそも私戦は、貴族同士の諍いで、合法だ。
王宮も口出しはして来ない。
つまり、咎めを受けない、ということでもある。
咎がないなら罰もない。
グレイが命を狙われなくなった、というだけの話だった。
私戦が収束した時点で、当事者ではなくなっている。
屋敷に戻っても、誰にも迷惑はかからないのだ。
「私、新しい執事がきたら、どうしようかって思ってたのよね」
アリシアが、ホッとしたように、そう言う。
今回の件に関わった3人は、見るからに安堵していた。
ジョーも久しぶりに笑っている。
自分が市場に行きたいなんて言わなければ、と相当に悔やんでいたそうだ。
誰もジョーを責めたりしなかったが、ジョー自身が己を責めていたのだろう。
あれからずっとジョーの顔に笑みはなかった。
(私も……うまく笑えなかったもんなぁ。グレイ、どうしてるかなって思うと、笑う気分じゃなかったし……)
祖父に対しても、素直に甘えることができなくなっていた。
頭の端に、祖父がグレイを切り捨てたのだという思いが、引っかかっていたからだ。
祖父を信じたいと思う。
が、同じ心で、納得しきれず反発している。
そんなふうだった。
いつも正しい答えをくれる、そう信じてきたので、よけいに納得できなかったのかもしれない。
なぜ、もっとより正しい答えをくれないのかと、責めていた気がする。
期待の大きさ分だけ、失望も大きい。
(お祖父さまも……グレイを呼び戻すことに賛成してくれるよね……)
1度は切り捨てたとはいえ、グレイに非はないのだ。
公爵家にも、祖母の実家にも迷惑はかからないのだから。
(……セシエヴィル子爵家かぁ。お祖父さま、全然、話してくれなかったから、お祖母さまに実家があるなんて知らなかったよ……)
それも、少しだけ引っかかっている。
祖父が祖母を愛しているのは、わかっていた。
その実家と、事を構えたくない気持ちも、わからなくはない。
が、レティシアにしてみれば、ラペル公爵家と同じくらい、知らない人たちだ。
聞いたこともなかったし、会ったこともなく、この件がなければ、ずっと知らずにいたかもしれない。
祖父は、あれほど愛していた祖母の実家に、自分を連れて行こうとは思わなかったのだろうか。
(お祖母さまのことを思い出すのがつらくて……? でもさ、薔薇の話をした時は、そんな感じじゃなかったじゃん……)
祖母の話をしていた際の、祖父の顔を思い出す。
とても嬉しそうで、楽しげだった。
悲しいとか寂しいとかいう雰囲気すらなかったのだ。
1人で故人を偲ぶのは寂しいものだが、誰かに話していると、身近にその人がいるような気持ちになれる。
あの暗闇の中で、レティシアは、祖父に、前の世界の両親はああだった、こうだった、こんなふうなだったと、話をしている。
その時に、そういう気持ちになれた。
だから、祖父も、似た気持ちになっていると思っていたのだけれど。
(なんで、話してくれなかったんだろ……聞いちゃいけないことなのかな)
前の世界とは違い、この世界は「貴族的」社会だ。
貴族同士の揉め事が荒っぽいことも、今回のことで思い知っている。
ローエルハイド公爵家は下位貴族を持たない。
それが、なんらかの原因になっているのかもしれない、と思った。
祖母の実家でありながら、公爵家とは無関係とされること。
前の世界の社会体制に馴染んでいるレティシアは、違和感をおぼえずにはいられない。
(遠縁でも、身内は身内じゃないの? 下位貴族じゃなかったら、つきあいNGってわけでもないよね。夜会で、お祖父さま、フツーに、ほかの公爵家の人たちと話してたもん……)
こんな時こそ、グレイがいたら、と感じる。
サリーと2人ぼっちの勉強会でも、2人して頭を悩ませることだってあった。
サリーも「グレイがいたら」と思っていたのは、わかっている。
なんでも知っていて、ぽんぽんと答えてくれるグレイがいないので、わからないことだらけだ。
(グレイが帰ってきたら、聞いてみよう。お祖父さまには聞きづらいし……)
こんなふうに、祖父に隠し事みたいなことができるのは嫌だと思う。
が、今回のことが尾を引いていて、なんとなく「なんでも」は、話せない気持ちになっていた。
(私が、どう思ってるかなんて、お祖父さま、絶対にわかってるよね……でも、なんにも言わないんだ……)
急に、ひどく寂しくなってくる。
祖父は、いつも通りに過ぎて。
(私……すんごい我儘になってる……お祖父さまに、ああしてほしい、こうしてほしいって思ってばっかりだよ)
グレイを切り捨てずにすむ手立てを取ってほしかった。
祖母の実家の話をしてほしかった。
自分の気持ちを聞いてほしかった。
たくさんの「ほしかった」が、心に溢れている。
祖父は、レティシアにとって、完全無欠な理想の男性だから。
さりとて、よくよく考えれば、そんなのは単なる我儘に過ぎない。
理想と現実は違うのだ。
それくらいは、レティシアにもわかっている。
多少、理想とズレていたとしても、たいていの場合、現実を受け入れられないなんてことは、今までにはなかった。
そりゃそうだよね、で片づけてきたのだ。
「レティシア様」
サリーに声をかけられ、ハッとする。
いったん、心のモヤモヤは棚上げにした。
サリーが少し不安そうな顔をしていたからだ。
「どしたの?」
グレイに、何かあったのだろうかと、レティシアも不安になる。
が、サリーは、まったく予想外のことを告げた。
「王宮から使いが来ております」
「王宮から? 私に?」
「はい。レティシア様にお報せすることがあると申しておりますが、いかがいたしましょう」
よくわからないが、自分を訪ねてきたのだから、会わずにすませることはできない。
王子様の使いなら、蹴飛ばして追い返すまでだ。
もしかすると、王子様は関係なくて、グレイの件かもしれないし。
「いいよ、サリー。とりあえず聞いてみる」
小さくうなずいて、レティシアは玄関ホールに向かった。
4
あなたにおすすめの小説
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ化企画進行中「妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される」完結
まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。
コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。
部屋にこもって絵ばかり描いていた私は、聖女の仕事を果たさない役立たずとして、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されました。
絵を描くことは国王陛下の許可を得ていましたし、国中に結界を張る仕事はきちんとこなしていたのですが……。
王太子殿下は私の話に聞く耳を持たず、腹違い妹のミラに最高聖女の地位を与え、自身の婚約者になさいました。
最高聖女の地位を追われ無一文で追い出された私は、幼なじみを頼り海を越えて隣国へ。
私の描いた絵には神や精霊の加護が宿るようで、ハルシュタイン国は私の描いた絵の力で発展したようなのです。
えっ? 私がいなくなって精霊の加護がなくなった? 妹のミラでは魔力量が足りなくて国中に結界を張れない?
私は隣国の皇太子様に溺愛されているので今更そんなこと言われても困ります。
というより海が荒れて祖国との国交が途絶えたので、祖国が危機的状況にあることすら知りません。
小説家になろう、アルファポリス、pixivに投稿しています。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
小説家になろうランキング、異世界恋愛/日間2位、日間総合2位。週間総合3位。
pixivオリジナル小説ウィークリーランキング5位に入った小説です。
【改稿版について】
コミカライズ化にあたり、作中の矛盾点などを修正しようと思い全文改稿しました。
ですが……改稿する必要はなかったようです。
おそらくコミカライズの「原作」は、改稿前のものになるんじゃないのかなぁ………多分。その辺良くわかりません。
なので、改稿版と差し替えではなく、改稿前のデータと、改稿後のデータを分けて投稿します。
小説家になろうさんに問い合わせたところ、改稿版をアップすることは問題ないようです。
よろしければこちらも読んでいただければ幸いです。
※改稿版は以下の3人の名前を変更しています。
・一人目(ヒロイン)
✕リーゼロッテ・ニクラス(変更前)
◯リアーナ・ニクラス(変更後)
・二人目(鍛冶屋)
✕デリー(変更前)
◯ドミニク(変更後)
・三人目(お針子)
✕ゲレ(変更前)
◯ゲルダ(変更後)
※下記二人の一人称を変更
へーウィットの一人称→✕僕◯俺
アルドリックの一人称→✕私◯僕
※コミカライズ化がスタートする前に規約に従いこちらの先品は削除します。
【完結】恋につける薬は、なし
ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。
着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))
あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。
学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。
だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。
窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。
そんなときある夜会で騎士と出会った。
その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。
そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。
表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。
結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。
※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)
★おまけ投稿中★
※小説家になろう様でも掲載しております。
転生した世界のイケメンが怖い
祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。
第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。
わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。
でもわたしは彼らが怖い。
わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。
彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。
2024/10/06 IF追加
小説を読もう!にも掲載しています。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる