理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
191 / 304
第2章 黒い風と金のいと

最後の決断 3

しおりを挟む
 サイラスが生きていることには、気づいていた。
 彼が見逃そうとしているのも、もちろん知っていた。
 だから、ジークは、ちっとも驚かずにいる。
 
 はっきり言って、あの時に、ケリをつけてしまいたかった。
 また王宮に来なければならないのが、面倒だったからだ。
 ジークは王宮が嫌いだった。
 何度も来たい場所ではない。
 とはいえ、彼のすることに文句をつける気もなかった。
 どう考えているのかも、わかっていたし。
 
(こいつが、心を入れかえるなんて、ありえねーのにサ)
 
 王太子が信じていたことのほうが、驚きだ。
 やはり、間が抜けている、と思う。
 彼は、より良い結果を出そうとはしていた。
 サイラスがここに来ると見越していても、可能性はゼロだと判断していても、試そうとはしたのだろう。
 
 彼の孫娘のために。
 
 ちょっぴり面倒だと思いつつ、ジークも追随している。
 彼が試すのに、つきあったのだ。
 結果は、予想通りだったけれども。
 
(めずらしいこともあるもんだ)
 
 ふーん、と思う。
 決定はくつがえらないとしても、趣向は変えるらしい。
 
(いいけどサ。手間は、かかんねーからな)
 
 彼がいいのなら、ジークにとってもいいのだ。
 王太子のほうに、ちらっと視線を投げる。
 王太子は、朽ちかけたサイラスを見つめていた。
 
(見てたって、いいことないぜ?)
 
 王太子は、最期までつきあうつもりでいる。
 聞きたくなかったことをわざわざ聞いて、知りたくなかったことをわざわざ知って、今度は、見たくもないものを、わざわざ見ているのだ。
 ジークには、王太子の気持ちなど、わからない。
 
 『心だよ、ジーク』
 
 王太子の「本当のところ」を聞いた時の、彼の答え。
 
 少しだけ、ジークは顔をしかめる。
 これだから「人」は面倒くさい。
 思ったが、すぐに気持ちを切り替えた。
 
 黙って、サッサッと両手を交互に振る。
 瞬間、サイラスの体が細切れになった。
 数回、それを繰り返す。
 血の粒になったサイラスが、空中に飛散した。
 
 隣にいる彼に動作なし。
 が、血の粒が、しゅんと蒸発する。
 床に落ちる間もない。
 一瞬で、目の前には、誰もいない空間が広がっていた。
 
 本当に、跡形もなくなっている。
 
 彼は、無言で体を返した。
 王太子に、声をかける気はないようだ。
 ジークは烏姿になり、彼の肩にとまる。
 
(いいのかよ?)
 
 王太子に聞こえないよう、わざわざ早言葉はやことばを使った。
 対する、彼からの返事はない。
 返事がないのが返事なのだ。
 王太子は放っておく、ということなのだろう。
 
 彼の肩にとまったまま、もう1度、王太子のほうを見てみた。
 なにもない空間を見つめ、ただ泣いている。
 声は聞こえなかった。
 
 視線を外し、ジークは飛び立つ。
 彼も、愛しの孫娘のいる屋敷に、おっつけ帰ってくるだろう。
 ひと足先に、寝顔でも見に行こうか。
 思って、一直線に飛んだ。
 
(魔術師だったくせに、魔力のこと、わかってなかったのかよ)
 
 サイラスは、根本的な部分で間違っていたのだ。
 魔力がどういうものか、わかっていなかったらしい。
 ジークは、彼から魔力について「正しく」教わっている。
 
 『魔力を、液体のようなものだと思ってはいけないよ』
 
 彼は、そう言った。
 器との言葉から、多くの者が魔力を液体のようなものと捉えがちなのだそうだ。
 
 『魔力は糸なのさ。片方の端が、器の底に張り付いている。そこを中心に、輪を作りながらまっていくのだよ』
 
 魔術の発動は、糸の反対側を引っ張るようなものだった。
 必然的に、器に溜まっていた糸の束は、輪をほどきながら減っていく。
 その糸の輪が絡まったまま器に溜まり続け、ぐちゃぐちゃになってあふれるのが魔力暴走。
 糸の重さに耐えかねて器が壊れることもあれば、絡まり具合によっては糸が切れ、器から離れてしまうこともある。
 前者の場合は体が壊れ、後者の場合は、魂が消えるのだ。
 
 そして、器の底に張り付いていない状態で、器に残されている糸の束が、遺滓いしと呼ばれていた。
 死人の器は、糸を張り付けておけない。
 つまり肉体がなくなると、糸は器から離れてしまうのだ。
 両端ともに行き場がなくなり、浮遊することになる。
 
 サイラスは、片方の糸の端を握っていたに過ぎない。
 器に張り付いているべき糸の端が、とっくに離れていることにも気づかず。
 
 彼は、魔力持ちから奪っていた魔力の糸を断ち切る中で、サイラスの「糸」を見つけていた。
 どこにも繋がっていないサイラスの魔力糸の端。
 それを握っていたのは、彼だったのだ。
 
(体と魂を分けるってのは悪かねーけど、あの人には通用しねーよ)
 
 もし、相手が普通の魔術師だったなら、道はあっただろう。
 単に燃やされるとか、串刺しにされる程度なら、治癒で体を元に戻せた。
 すぐに術を解いて体と魂を融合させることで、魔力の糸を器に張り付け直すこともできる。
 魔力の原則がわかっていれば、悪くない手ではあったのだ。
 
 さりとて、彼には、容赦がない。
 サイラスの体は、粒子にされている。
 どんなに治癒を行おうと、元には戻せなかったはずだ。
 サイラスだとわかる程度に復活できただけでも上出来と言える。
 
 彼は、サイラスの糸を握っていた。
 そのまま動きがなければ、放っておけたのだろうけれども。
 
(これも読み通りってとこだったな)
 
 ひと月が限界。
 彼は、そう言っていたのだ。
 遺滓をすすりながら、レスターのように生きていくのならともかく。
 サイラスは、そういう生き方は選ばない。
 体が朽ちていく速度を考えれば、早く魔力を手にしようと、また「せっかち」になる。
 
 それが今夜だった。
 
 サイラスの糸が引っ張られるのを、彼が認識したのだ。
 王宮に忍び込むため、しかたなく彼の転移に便乗している。
 ジークは、彼に面倒を見られたり、足手まといになったりするのを嫌っていた。
 王宮嫌いなのは、彼に便乗せざるを得ない場所だからだ。
 
 サイラスは、王太子ごと死のうとしていた。
 むうっと、ジークは顔をしかめる。
 烏姿なので、実際には、尾をピンっと立てただけなのだが、それはともかく。
 
(殺されてやるつもりだったのかよ)
 
 あんな腐りかけのろくでもない奴なんかと心中なんて、くだらない。
 大鷲に変転へんてんし、サイラスを空まで持ち上げ、落としてやってもよかったのだ。
 
 生も死も、そこに苦痛があるかどうかに意味がある。
 
 彼とジークにとっては、いつもそうだった。
 けれど、今回、彼はサイラスに「苦痛」は与えないとの判断をしている。
 手間ではなかったので、別にかまわない。
 彼の孫娘は、サイラスが死んだものと思っているのだし。
 あえて「実は生きていたけれど、苦痛を与えず殺したよ」などと言う必要もないだろう。
 めずらしいことではあるが、最良の結果を選んだだけの話だ。
 
 サイラスは朽ちていて、王太子は嘆いていて。
 
 サイラスに苦痛を与えることは、すでに無意味になっていた。
 手早く、彼の孫娘から脅威を取り除くほうが有意義。
 彼の判断は、およそ、そんなところに違いない。
 屋敷に向かって飛ぶ、ジークの頭に、王太子の姿が浮かんでくる。
 
 うつむいて、ただ涙を流す姿。
 
 ジークには家族がいない。
 王太子が、サイラスを家族として見ていたのかは、わからなかった。
 ただ王太子にとっては「どうでもよくないこと」の範疇に、サイラスは入っていたのだろう。
 人の心というものは、とても面倒だ、とジークは思った。
 
(どの道、オレは元から人でナシなんだ。今さらだぜ)
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

召喚先は、誰も居ない森でした

みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて── 次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず── その先で、茉白が見たモノは── 最初はシリアス展開が続きます。 ❋他視点のお話もあります ❋独自設定有り ❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...