理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

王子様をやめました 4

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「ちょっと……」
 
 レティシアは、不機嫌に、そう言う。
 正面に、いるはずのない奴がいるからだ。
 
「なに、晩ご飯の席にいるわけ?」
 
 王子様が、まだ帰っていない。
 あろうことか、夕食の席についている。
 レティシアの隣には祖父、王子様の隣にはザカリーが座っていた。
 
「ザカリーは、あの娘の作った菓子を食すと言うではないか。ならば、俺が同席するのは当然であろう」
 
(当然じゃないわ! 図々し過ぎるわ! 長丁場もいいとこだわ!)
 
 祖父が隣にいるので、悪態をつくのは心の中でだけにしておく。
 あまり品のないところは見せたくなかったからだ。
 さりとて、不愉快にならないわけでもない。
 
「弟くん……ザカリーくんは、いいんだよ。私が、いいって言ったんだから」
 
 なんでもザカリーは甘い物に目がないらしい。
 だから、ジョーと話が合ったのだろう。
 ジョー曰く「男性で、お菓子について、あんなに詳しい人はいない」とのこと。
 ケーキの種類や原材料、どこで手に入るかなど、ザカリーは、菓子に造詣が深いようだ。
 そこで、ジョーの作ったお菓子を食べさせてあげたら、と提案したのは、レティシアだった。
 目をきらきらさせていたジョーを思い出す。
 祖父の言う「悪くはない」を実感した。
 やはり、祖父は正しい。
 が、しかし。
 
(王子様までくっついてくるなんて思わないじゃんか!)
 
 日を改めれば良かった、と思う。
 ザカリーは魔術師であり、点門てんもんを開ける。
 こっそり1人で来るように言うべきだった。
 
「あ、あの、レティシア姫様、わ、私が図々しくも席についたため……」
「いや、ザカリーくんは、いいの」
 
 しゅたっと手で、ザカリーを制する。
 今はまだどうなるかは、わからない。
 だとしても、ジョーの、ザカリーに対する印象は良い感じ。
 もしかすると、もしかするかもしれないのだ。
 だから、ザカリーに罪はない。
 それに、ザカリーは王子様と違って、ものすごく腰が低かった。
 ともすると、自分が、いじめっ子になった気分にさせられる。
 とんだ暴れん坊だと思われているらしいし。
 
(それも、この兄上サマのせいだしね! 風評被害もいいとこだよ!)
 
 ムっとしているレティシアの前で、王子様が、なぜか驚いた様子を見せていた。
 レティシアには、王子様が、何に驚いているのか、わからない。
 
「お前……今、ザカリーを名で呼んだな?」
「え? うん」
 
 くわっと、目を見開かれて、思わずレティシアは体を引く。
 イスから転げ落ちそうになったところを、祖父が支えてくれた。
 
「大丈夫かい?」
「う、うん……大丈夫。びっくりしただけ」
 
 王族の名を呼んだのが良くなかったのだろうか。
 とはいえ、第2王子と呼ぶのもおかしな気がする。
 レティシアは、王族のしきたりなど知らないのだ。
 なにか呼び方があるのかもしれない、と思った。
 
(あーそうか。殿下か。ザカリー殿下って呼ぶべきだったんだな。あれ? でも、名前自体、呼んじゃいけない雰囲気だったよね?)
 
 名を呼んだ、と言って、王子様は、くわっとなっている。
 名前を呼ぶことに、なにか王族ならではの意味があるのかもしれない。
 
「なぜザカリーは名で呼ぶのに、俺のことは、名で呼ばんっ?」
「は? だって、王子様は王子様じゃん?」
 
 最初から、そうだった。
 レティシアの中では、なにもおかしなことはない。
 そもそも。
 
「私、王子様の名前、知らないしさ」
「なんだと…………」
 
 ザカリーは、ちゃんと自己紹介している。
 だから、名前を知っていた。
 が、王子様は、今現在まで、レティシアに名乗ったことはない。
 名乗られてもいないし、聞いてもいないのだから、知らなくて当然だ。
 
「……なんという……ひどい女だ……前々からひどい女だと思っていたが……」
「え……ぇええっ?!」
 
 がっくりと、王子様が、うなだれている。
 キラッキラの金髪が食卓につきそうなくらいに、うなだれている。
 
「ザカリーのことは国王と認め、君とまで呼んでいるというのに……俺は、いつまでたっても、王子様呼ばわりだ……」
「は? いや、国王って……」
「君というのは、君主、すなわち国王を指す呼び名であろう」
 
(いや、まったく、そんな気ないんですケド……フツーに呼んだだけだし……)
 
 勝手な意味を持たされても困るのだが、違うと言えば言ったで、さらなる面倒が待っていそうだった。
 絶対に「それはどういう意味か」と、聞かれる。
 食事の席でまで、クドクドと説明をしたくない。
 こういう席に相応しい、もっと気軽で楽しい会話というものがあるだろう。
 
「俺は王太子であったのだぞ。この国の者であれば、俺の名を知らぬ者などおらぬはずだ。正妃選びの儀にまで来ておいて、その言い草……本当に、なんというひどい女だ」
「きみ、いいかげんにしたまえ」
 
 祖父が、静かに王太子に注意を与えていた。
 とてもめずらしいのだが、少し苛立っているように感じる。
 
(食堂に来る前から、なーんか、お祖父さま、あんまり機嫌良くなさそうだったんだよね……王子様と、ずっと一緒にいたせいかも……)
 
 だとすると、責任は自分にあるかもしれない。
 王子様にぷんすかして、放り出してしまったからだ。
 結果、祖父1人に、相手をさせてしまっている。
 
「しかし、大公……あまりではないか……ザカリーのことは名で……」
「あ、兄上、兄上も、改めて名乗ってみられてはいかがでしょう? 王子様というのは愛称のごときもの。正式な名を知らずとも、懇意であるということではありませんか」
「懇意かどうかはともかく、名乗ればいい、ということには同感だね」
 
 じわ…と、王子様が顔を上げた。
 ものすごく不本意といった表情をしている。
 
「そうだな。それでは、名乗るとしよう」
 
 遠慮したかったが、そうもいかないだろう。
 この場をおさめるためには、名乗らせるほかない。
 名前を聞いてしまえば「呼べ」と言われる。
 自分に粘着している相手を名前で呼ぶのもどうかと思うのだけれども。
 
「俺は、ユージーンという」
 
 なぜかはわからないが、それらしく感じた。
 王族っぽいというか、貴族っぽいというか。
 
「じゃあ……ユージーン殿下……?」
「殿下ではない」
「えーと……それなら、どう呼べばいいのかな? 私としては、お……」
「ただのユージーンで良い」
 
 えーっと言いたくなるのを、我慢した。
 どうせ、それほど頻繁に会うわけではないのだ。
 とりあえず、この夕食を乗り切ることだけを考えようと、思った。
 矢先。
 
「俺は、王太子を辞したのでな」
「は……?」
「もう王太子ではない、と言ったのだ」
「え……あの……お、王子様をやめて、何になったの……?」
「何にもなっておらん」
 
 意味がわからない。
 
 王子様は、王子様をやめてしまったらしい。
 そんなことができるのかは知らないが、本人がやめたというのだから、やめられるものなのだろう。
 だが、意味がわからない。
 
(何にもなってないって……無職……? ニート……?)
 
 あやうく言葉にしそうになったが、ハテナだらけの頭で、なんとかこらえる。
 絶対に、そう、絶対に「それはどういう意味か」と聞かれるに決まっていた。
 
「何にもなってはおらんが、ひと月ののち、俺は、この屋敷の勤め人となる予定だ」
 
 は?という言葉も出て来ない。
 意味がわからないどころではなかったからだ。
 
「宰相……お前の父と、そのように話がついている」
 
 耳元で大きな銅鑼どらを鳴らされたかのごとく、頭が、ぐわんぐわん、する。
 今度こそ本当に、レティシアは、イスごと、ひっくり返りそうになった。
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