理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

目指せ薪割り職人 2

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 勤め人として2日目。
 昨日は、結局、遅くまでグレイと2人で、話し込むことになった。
 サリーが早々に引き上げてしまったからだ。
 サリーにも聞きたいことはあったのだが、仕事があると言われ、諦めた。
 あまり引き留めて、仕事に支障を出させるわけにもいかない。
 
 さりとて、グレイは執事だ。
 屋敷のまとめ役でもあるし、きちんとした説明をする義務がある。
 なによりグレイは「先輩」なのだから。
 
(やはり、この屋敷に来たのは正しかった。俺の知らぬ言葉が、世には、あふれていると、わかったからな)
 
 世には、あふれていない。
 
 この屋敷限定で、あふれているだけだ。
 が、初の勤め先なので、ユージーンに、そんなことはわからなかった。
 世の中には、王宮にはない言葉があふれている、と思っている。
 
(新しい字引きの、編纂へんさんもさせねばならんな。宰相は、言葉には、あまり精通しておらんようだ)
 
 まるでザックが悪い、とでも言える勘違いまでしていた。
 ローエルハイド公爵家以外で使われることのない言葉を、字引きに入れる必要はない、との判断は、非常に正しいのだけれども。
 
(あの男、あれなら、王宮の侍従にしても十分に働ける。有能ではあるようだな)
 
 ユージーンは、グレイを、そんなふうに評価している。
 実は、朝から民服に手こずっていた。
 初めて着るのだから、しかたがない。
 そこに、朝食だと言いにグレイが来て、着替えの手伝いをしたのだ。
 理屈を整えた教えかたに、王宮で教わるよりも早く「着替え」を習得できた。
 その後、なぜレティシアと食事をともにできないのか、と聞いたユージーンに、グレイからの、ひと言。
 
 『お前は、使用人と食事をともにしたことがあるのか』
 
 なかった。
 
 グレイの言うことは正しい。
 そこで、また評価が上がっている。
 自分は勤め人であり、王太子ではないのだ。
 まだ「勤め人」としてのやりようが、わからないことも多い。
 特別扱いしてもらおうとの考えはなくても、もとより、それが「特別扱い」だと気づかないこともあった。
 
(この屋敷……いや、ウチでは、朝当番、昼当番なるものがあるという。それを、楽しみにしておくとしよう)
 
 3日に1度くらい、レティシアと、朝食か昼食をともにできる機会があるのだという。
 順番が定められており、仕事の都合やなんかで交代する以外、列を乱すことは、許されないのだそうだ。
 みんなも、レティシアとの会話を楽しみにしているのだからと、グレイに言われている。
 
 自分なら気に入りの者だけを近くに置く。
 が、レティシアは、そういったことはしないらしい。
 等しく「ウチのみんな」を大事にしている。
 
(あれは、正妃の器だと思うのだがな……ままならんものだ)
 
 つくづく「惜しい」と感じた。
 同時に、王太子であった頃「本人の嫌がる」イジメを、レティシアにしていたのだ、とも思った。
 仲間内でも起こり得るが、最も良くないのが、立場が上の者から下の者に対するイジメなのだという。
 過ぎたことではあるものの、ユージーンは、ちょっぴり反省している。
 今後は、間違いのないように、気をつけるつもりだった。
 とはいえ、今は「ヒラ」なので、気にする必要はないのだけれど。
 
「ガド、薪割りは、どうやればよいか?」
 
 庭師のガドのところに、ユージーンは来ている。
 グレイから、朝食後に案内されていた。
 ガドにユージーンをあずけ、グレイは、さっさと屋敷に戻っている。
 グレイにもグレイの仕事があるのだから、しかたがない。
 ここからは、己の力で、なんとかすべきだろう。
 朝からユージーンの世話で、グレイはヘトヘトになっていたのだけれど、それはともかく。
 
「ガド。俺は、薪割りのやり方を知らんのだ」
 
 声をかけても、ガドは答えない。
 黙々と薪割りをしている。
 丸くて、ぶ厚い丸太の上に、切り出したと思われる木材を縦に置き、ばかん。
 斧が、いい音を立てていた。
 隣にも似たような丸太と、その脇に斧が置かれている。
 
「ガド。先輩は、後輩の面倒を見るものなのだぞ」
 
 言っても、ガドは知らん顔だ。
 ユージーンを無視しているのか、聞こえていないのかは、わからない。
 ここは怒っていいところなのか、ユージーンは悩む。
 
 以前であれば、王太子が呼び掛けているのに無視するとは無礼だ、と腹を立てられもした。
 聞こえていなかろうが、関係なかった。
 しかし、今は簡単に、腹も立てられずにいる。
 なにしろ自分は「ヒラ」の身の上であり、王太子でもないのだ。
 
(もう少し近くで声をかけるか……だが、あまり近づくのも危うかろう)
 
 うっかりすると、斧で切りつけられかねない。
 だいたい、ガドとの距離は1メートルほどだった。
 さっきから、段々に声を大きくして呼びかけてもいる。
 おそらく、聞こえていないということはないだろう。
 
(このまま、ぼうっとしていては、仕事にならんではないか)
 
 勤め人とは、働くからこその勤め人なのだ。
 その対価として、衣食住を与えられている。
 部屋も割り当てられ、服も着替え、朝食も口にした。
 衣食住を、すでに享受している。
 
 ユージーンは、はなはだ面倒な男ではあったが、真面目でもあった。
 報酬を受け取っている以上「労働」をしなければ、と考えている。
 さりとて、ガドは教えてくれそうにもない。
 しかたがないので、ひとまずやってみることにした。
 
 ガドと同じように、木材を取ってくる。
 木材は、屋根付きの囲いの下に積まれていた。
 とりあえず3本ほど持ってくる。
 それを、丸太の横に置いてから、斧を握った。
 
(斧というのは、ハルバードに似ているな。長さは、半分ほどか。重さは……剣と同程度だ。それほど、扱いは難しくはなかろう)
 
 ユージーンは、剣の腕には自信がある。
 剣ほどではないが、ハルバードと呼ばれる斧槍の扱いにも慣れていた。
 短いとはいえ、似たようなものだ。
 それなら、扱えないということは考えられない。
 丸太の上に、木材を立ててから、斧を両手で握り、振りかざす。
 木材目掛けて、打ち下ろした。
 
 かしゅん……ころころ。
 
 端に斧の刃が当たり、わずかに削ったものの、木材は倒れ、丸太の上から転がり落ちてしまった。
 しかも、斧の刃が、丸太に深く食い込んでいる。
 抜くのにも、ひと苦労した。
 その後、何度も繰り返したが、まともに木材に刃を当てることすらできない。
 木材は割れないまま、ユージーンは額に汗。
 
(なぜだ……ちっとも当たらぬではないか……)
 
 隣では、ぱかんぱかんと、いい音がしている。
 ガドの薪割りは、とても簡単そうに見えた。
 なのに、自分でやると、うまくいかない。
 そして、ガドは教えてくれない。
 
 ユージーンは、薪割りの手を止める。
 もちろん諦めたのではなかった。
 ユージーンが「諦める」のは、自分が納得した時のみなのだ。
 とことんやり尽くすまで、ユージーンは諦めたりはしない。
 おそらく斧の使い方が間違っているのだろう。
 そう考え、ガドを観察する。
 
(なるほど……まずは、握り方が違う。持ち上げる時には、柄の部分だけを持っていてはいかんのだ)
 
 ガドは、利き手であるとおぼしき右手で刃先に近いほうを持ち、左手で柄の端を、握っていた。
 振り下ろす際に、右手を左手の近くに、素早く滑り下ろす。
 やってみようとして、やめた。
 
(ガドは汗をかいておらん……そうか、力の掛け方も違うのだな)
 
 よく見ると、ガドは振り下ろす時に、腰を落としている。
 そして、力任せに叩いてはいなかった。
 腕を、くるんと回すようにして斧を振り「落として」いる。
 いわゆる「てこの原理」なのだが、ユージーンは知らなかった。
 
 ガドのやり方を真似て、やってみる。
 やっと木材に刃が当たった。
 けれど、あまりいい音がしない。
 割れかたも、いまいちだ。
 ガドのように、だいたい均一といったふうには、ならなかった。
 細過ぎたり太過ぎたり。
 また手を止め、ガドを観察する。
 
(1度に割ろうとするから等しくならんのか……切れ目を入れるように……)
 
 観察しては、やってみて、また観察して、を繰り返した。
 足やら腰やら腕やら、あちこち痛かったが、気にしてはいられない。
 ガドにできて自分にできないなど、ユージーンにとっては「あるはずがない」ことだからだ。
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