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最終章 黒い羽と青のそら
目指せ薪割り職人 1
しおりを挟む「無事に、到着はできたようだね」
「うん……なんか歩いて来たみたい……しかも、手ぶらだったよ……」
レティシアが、困ったような顔をして笑う。
彼は、孫娘の頭を、やわらかく撫でた。
夕食後、小ホールに2人はいる。
レティシアが休憩室に顔を出している時はあるが、小ホールで過ごすことも少なくなかった。
長ソファで、隣同士に座っている。
「お疲れさま」
本当は、傍にいてやりたかったのだ。
が、息子に呼ばれ、しかたなく出向いていた。
レティシアには、ジークがついている。
サイラスという危険な存在がいなくなったので、当面は、安全だと判断してもいた。
それに、ここに長逗留はしているものの、いずれ離れる日が来る。
安全が担保されるのであれば、孫娘につききりになるのは、少しずつ減らしたほうがいい。
『帰さないでね、お祖父さま! 私、ずっと、ここにいたいから! お祖父さまと一緒にいるから!』
レティシアの言葉を、思い出す。
縋るような仕草が愛おしかった。
さりとて、レティシアも、もう子供ではないのだ。
いずれ恋をする。
幸せな別れが、この先、どこかで訪れるには違いない。
(今でないことが、嬉しいのだがね)
ユージーンがいる間は、彼も、ここにいるつもりだった。
息子に頼まれているからではなく、レティシアの傍にいてやりたいと思っている。
なにしろ、ユージーンは面倒で、厄介な男なのだ。
危険はないとわかっていても、それとは別の問題がある。
「慣れるまでは、みんなも大変だろう」
「そうだね。慣れてるつもりだったけど、私も、びっくりしたもん」
彼が夕食時に戻った際、屋敷内は、浮足立っている雰囲気に満ちていた。
誰もが、落ち着かない気分をかかえていたせいだ。
今も、あちらこちらで、ザワザワとした空気が、漂っている。
休憩室や厨房では、ユージーンの話でもちきりだろうと察しがついた。
「手ぶらで来たのは、衣食住の保証がされているから、かな?」
「そう言ってたよ。でも、本当に、なんにも持って来ないなんてさ」
レティシアは、呆れ気味だ。
身ひとつで来ても、問題はない。
とはいえ、普通は、自分の愛用品や、身近な物くらいは、持って来る。
着慣れた服とか使い込んだ羽ペンに、家族の写真とか。
屋敷の者も「私物」のひとつやふたつは、持って来ていた。
「王宮にある物を持って来られても困るのでね。幸いだったと思うことにしようじゃないか」
「うん。それは、ちょっと心配してたんだよね。部屋に入りきらないような物、持って来たら、どうしようって」
王宮の品々は、勤め人の私室には、不似合いに過ぎる。
豪華なのもさることながら、使い道がない。
それをわかっていて、持って来なかったわけではないだろうけれど。
(あれには、間という感性が、欠けている)
ユージーンは、とにかく極端なのだ。
潔いところと、しつこいところ。
きっぱりしているかと思いきや、諦めが悪い。
中途半端というものがなかった。
間を取る、ということを知らないのだ。
「ほかにも驚かされたことは、あるかい?」
「あ~……うん……」
なにやらレティシアは、言いにくそうにしている。
驚いた、というのとは、少し違う印象を受けた。
是が非にでも聞き出そうとは思っていない。
彼は、未だにレティシアの「理想の男性」が誰なのかを知らずにいる。
彼女が「内緒」だと言ったからだ。
前の世界で、そのような男性がいたのかと思ったが、そうではないのは確認済みだ。
だから、この世界のどこかに、レティシアの「理想の男性」はいる。
彼は、いつかレティシアから打ち明けてくれるのを期待して深追いはせずにいた。
ただし、ユージーンについては、できるだけ知っておく必要がある。
これから当面は、ユージーンに居座られてしまうからだ。
そして、ユージーンは、本人の知らないところで、厄介事を引き寄せるところがある。
なにかあってからでは、遅い。
「私の愛しい孫娘、なにかあるのなら話してごらん」
にっこりすると、レティシアが頬を薄く赤色に染める。
もとより彼女は、隠し事が苦手そうだった。
それに、感情が、顔にすぐ出る。
「えーとね。前に、私のこと調べさせてたんだって」
「正妃候補だったのだから、それは、あるだろうね」
「それが……念入り過ぎて……」
「念入り?」
通常、正妃候補となれば、調べられるのは当然だ。
爵位や、どこの貴族学校を出たか、生活態度、身辺に特別な男性はいないか。
正妃となるに相応しくない行動があれば、候補から脱落する。
が、レティシアは別だったはずだ。
黒髪に黒眼。
それだけで十分だっただろう。
調べるとすれば、身辺に親密な男性がいるかどうかくらい。
それも、おざなりだったのではないかと、彼は思っていた。
彼の力を受け継いでいる、というだけで、正妃にしようと目論んでいたのは明白だ。
途中から考えが変わったにしても、最初は、そうだったに違いない。
政の駒として扱われるのがわかっていたからこそ、彼は、レティシアが正妃になることには、反対の立場をとっていたのだし。
「ウチのみんなのことも、知ってるみたい」
「全員の、かい?」
こくっと、レティシアがうなずく。
彼は、彼女が思っている以上に、ユージーンが「念入り」に調べさせていたことを、察した。
ユージーンは、レティシアに惚れ込んでいた。
おそらく親密な男性がいるのかどうかに、その「念入り」さは起因している。
外部に、それらしい人物がいなければ、内部にいるのでは、と疑念が生じるはずだ。
その過程で、屋敷の者の「ありとあらゆる」ことを調べさせたに違いない。
「歳なんか、スラスラ~って言えそうな感じだったよ」
確実に、言える。
間違いない。
ユージーンは、頭は、いいのだから。
「それで、みんなが、ビビッちゃって」
「びびっ……」
「あ! ダメ!」
ひた…と、レティシアの手が口元に当てられる。
彼は、ひょこんと眉を上げてみせた。
すぐに、手が離れていく。
「え、えと……あの、お祖父さまは、そーいう言葉は……使わないで……」
「それは残念」
「だ、だって……その……なんていうか……い、良い意味で!似合わないんだよね……だ、だから……使っちゃ……ヤだ……」
我が孫娘は、なんとも愛らしい。
子供っぽい、恥ずかしい我儘を言っている、と思っているようだ。
耳の縁まで赤くなっている。
「わかったよ。私も、お前の前では、恰好をつけていたいからね。印象を悪くするのはやめておこう」
言って、レティシアの頭を、軽く、ぽんぽんとした。
彼は、説明を受けずとも、ある程度、彼女の言っていることが、わかる。
ユージーンに対して放っていた悪態についても、そうだ。
おそらく、こういう意味なのだろう、と推測できていた。
「歳まで知られていると思うと、それは、怯えてもしかたないね」
「だよね……どこまで知られてるんだろうって、怖くなるよ」
きっと、ユージーンに、他意はない。
知っているから口に出した、程度の気持ちでいる。
ユージーンは、とにかく「人からどう思われるか」など気にしやしないので。
つまり、やはり「危険」ではないのだ。
「だが……どうしたものかな」
「なに?」
「いやね。今日、ザックのところに行っていたのは、彼の頼み事を聞いてやるためだったのだよ」
「お父さまの?」
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ザックだけでは対処しきれない問題も起きていた。
「働き始めともなると、なにをしでかすか……ここを離れるのは、いささか不安でね」
「大丈夫だよ、お祖父さま! あの人、面倒くさいけど、頑張れる! ウチのみんなもいるし! お父さまのお手伝いしてあげて!」
どうにも不安が拭いきれないが、いざとなれば転移で戻ればいい。
ジークも傍にいるはずだ。
なにより、レティシアが前向きなのだから、任せるべきだろう。
「お前に、なにかあれば、いつでも戻るからね。無理は、しなくていいのだよ」
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