理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
215 / 304
最終章 黒い羽と青のそら

にっちもさっちも 3

しおりを挟む
 ライラは、かなり苛立っていた。
 レイモンド・ウィリュアートン公爵が、早言葉はやことばに応じようとしないからだ。
 
(また、誰かとベッドの中ってわけね)
 
 レイモンドが、誰とどこにいようと、ライラは気にしない。
 好きにしろ、と思っている。
 だが、自分からの呼び出しには応じるべきなのだ。
 何をさて置いても。
 
(たいしたことないなんて……よく言えたものだわ……あんな……)
 
 化け物と、心で思っただけで、呪われそうな気がする。
 それほど、大公は恐ろしい人物だった。
 
 ライラは、今年、20歳になったばかりで、戦争を知らない世代だ。
 もちろん大公の「偉業」については、文献で読んでいる。
 さりとて、どこまでが真実なのか、疑わしいと思ってもいた。
 
 当時、ジョシュア・ローエルハイドは、魔術騎士の隊を率いており、どちらかといえば王族寄りの立場をとっている。
 それは、ジョシュア・ローエルハイドが、爵位を持ったままだったからだ。
 魔術師になる際、本来、爵位は捨てなければならない。
 例外は、今もって、大公ただ1人。
 
 『爵位を捨てよというのなら、魔術師にはならない』
 
 大公は、そう言い、王宮を去ろうとしたものの、彼の力を惜しいと感じた当時の国王が「爵位持ち」を許容したという逸話が残されている。
 つまり、ジョシュア・ローエルハイドだけは、ほかの爵位を持たない魔術師たちとは違い、貴族から下に見られずにすむ存在だった、ということ。
 
 当然、その発言力、影響力ともに大きい。
 貴族に対しても、毅然とした態度が取れるからだ。
 貴族で構成されている王宮の重臣も、ローエルハイド公爵家は無視できない。
 結果、ローエルハイド公爵家は、王族の後ろ盾として見られている。
 
 面白くないのは、貴族連中だった。
 宰相であるアイザック・ローエルハイドに対しての風当たりは、とても強い。
 かと言って、追い出すまでには至れず、いよいよ鬱憤がまっている。
 
 貴族というものは、体裁を気にするものだ。
 常に、ほかの者より上にいたい、と考える。
 自らが下に見られるのを嫌い、己が家を大きくすることに注力していた。
 上級貴族になればなるほど、その傾向は強い。
 
 レイモンド・ウィリュアートンも、その1人だ。
 
 3年前、レイモンドの父が急死したため、その跡を継いでいる。
 彼は、24歳という若き当主だった。
 ライラと同じく、ぎりぎり戦争を知らない世代でもある。
 
 元は焦げ茶色の髪を、いつも金髪にしていた。
 おかかえ魔術師に、色を整えさせている。
 切れ長の目にある瞳も髪と同じく焦げ茶色だが、これも緑に変えていた。
 剣や武術の腕が「そこそこ」なのは、筋肉がつき過ぎることを避けるため。
 おかげで、すらりと見えて、かつ、ひ弱さも感じない体つきになっている。
 
 レイモンドは、自己愛のとても強い性格なのだ。
 確かに、顔立ちが整っているので、彼に恋慕をいだく者は多い。
 さりとて、ライラは知っている。
 
 レイモンドが、独特の嗜好の持ち主だということを。
 
 彼は、少し前に投獄された、アンバス侯爵のような好色家ではなかった。
 ただ、男女の区別をしないという点は、共通している。
 そこに独特の嗜好を挟み、り好みしているだけだ。
 
 ライラは、レイモンドに「選り」好まれたことを、たいして喜んでもいない。
 強い後ろ盾がいることで、魔術師長にさえ逆らえる力を持てているのは、喜ばしいと思う。
 だが、正しく魔術の腕を認めてもらえるのなら、レイモンドなど必要ない、とも思っている。
 
 あの忌々しいサイラスがいなくなった今、次の魔術師長になるのは自分だ。
 正しい評価がされれば、当然に、そうなる。
 正直、ライラとしては、ユージーンでもザカリーでも、どちらが即位してもかまわなかった。
 自分を魔術師長に任じてくれさえすればいい。
 
 そこに、こだわっているのは、レイモンドなのだ。
 ユージーンが即位すれば、ウィリュアートンは、より大きな権力を、握ることができる。
 そのためにこそ、ユージーンを、ずっと後押ししてきたに違いない。
 ここ十年来のウィリュアートン公爵家の悲願。
 
 『ローエルハイドを下に置く』
 
 国王自体がウィリュアートンの操り人形となれば、それも可能だろう。
 ローエルハイドが、王族の後ろ盾である必要すらなくなるのだから。
 
 その悲願が達成間近で、台無しにされている。
 ユージーン自らが王太子を辞するなどという予測不可能な事態によって、だ。
 だから、レイモンドは躍起になっている。
 どうしてもユージーンを元の席に座らせようとしていた。
 
(だからって、私を巻き込まないでほしいものね)
 
 レイモンドも、大公の「逸話」の数々を疑わしいものと捉えていて、ベッドの中で、よくこう話す。
 
 『そりゃあ、多少は優れた魔術師だったかもしれないさ。でも、たった1人で、戦争を終結させたなんて、信じられるわけがないだろう? 民からの支持を保ちたかった、王族の作り話に決まっているよ』
 
 ライラも同感だった。
 ついさっきまでは。
 
 わずかに思い出しただけで、体が震える。
 大公は「多少は優れた魔術師」どころではない。
 もとより「魔術師」という枠で括れるのかも、わからなかった。
 あれを「脅威」とわからないならば、魔術師などやめてしまったほうがいい。
 そう思えるくらい、桁違いの存在だったのだ。
 あんなものと事をかまえるなんて、どうかしている。
 戦争に駆り出されたほうが、まだしも生き延びる機会はあるだろう。
 
 ライラは、無意識に喉にふれた。
 あと少しでも力を加えられていたら、頭から足先まで骨は砕かれ、ぺしゃんこになっていたに違いない。
 文字通り「ぺしゃんこ」だ。
 折り畳まれた自分を想像して、ゾッとする。
 
 『ローエルハイドとやるというのなら、滅びが、どのようなものか教えてやろう』
 
 耳に、大公の声がこびりついていた。
 あれほど、なんでもなさそうに、穏やかな口調だったにもかかわらず、恐ろしくてたまらない。
 
(冗談ではないわ……あんなものと、やりあえるわけないわよ……)
 
 絶対に殺される。
 いや、殺されないかもしれない。
 逆に、それが怖いと感じるくらいだ。
 
 漆黒の髪と瞳。
 
 そこには、闇しかなかった。
 ほんのわずか覗き込んだだけで、引きずりこまれる。
 恐怖に、ライラは打ちのめされていた。
 あの屋敷の連中は、頭のおかしな者しかいないのか。
 あんなもののそばにいて平然としているなんて、ライラには考えられない。
 
(遅くなったね)
 
 唐突な声に、びくっとする。
 繰り返しの呼びかけに、ようやくレイモンドが応じたようだ。
 気づいて、少し安堵する。
 早く言づてをレイモンドに渡し、この役目は降りさせてもらうつもりだった。
 
(大公からの言づてよ)
 
 本当は、思い出したくなくて、言づてを口にするのも嫌だ。
 けれど、伝えないわけにもいかない。
 ライラは、大公の言葉を口にする。
 それで、レイモンドが諦めると思ったからだ。
 
(ふぅん。大公が、そんなことをね。あちらも、やる気ということか)
(よしてよ、レイモンド。大公を、これ以上、怒らせないほうがいいと思うわ)
 
 本気で言った。
 が、直接、大公にふれていないレイモンドには、わからなかったらしい。
 
(僕は、夜会で大公に会っているのだよ、ライラ。ずっと軽口をたたいていてさ。威厳も何も感じなかったね。それに、あの真っ黒な髪ときたら……見ているだけで不快だったな)
(レイモンド……本当に、やめて。あなたがどうしようと、それは、好きにすればいいけれど、私は降りるわね……)
(きみは、虚仮威こけおどしに引っ掛けられているだけさ。だいたい、降りるなんて、僕が許すと思っているのか? どうしてもと言うなら、きみにつぎ込んだ金貨をすべて僕に返済してからにしろ)
 
 黙り込むライラに、レイモンドが冷たく笑う。
 返せるアテなどないと知っているからだ。
 が、レイモンドが返済を要求してくるとは、ライラは思っていなかった。
 貴族は体裁を気にする。
 貸した金ならともかく、女性に与えたはずの金の返済を迫るなんて、外聞が悪いことなのだ。
 
(とは言えね、きみがそれほど怯えているのなら、大公と直接やりあえとは言わないよ。あの同じ髪の色をした……不愉快な孫娘か……もしくは、菓子職人だったか。第2王子の正妃候補、そのどちらかを消してくれればいい)
 
 簡単だろうと言わんばかりの口調に、腹が立つ。
 とはいえ、言い返すことはできなかった。
 
(孫娘は魔術が使えないそうだし、菓子職人なんて、それこそ、たかが使用人だろう? 待っていれば、買い出しにでも出かけて行くさ)
(ええ……そうね……屋敷には近づけないから、外に出る機会を待つわ)
(外に出るようなら連絡をくれ。僕も少しは手助けができると思うからね、愛しいきみ)
 
 レイモンドに愛されていると感じたことは、1度もない。
 愛されたいと思ったことも、1度もなかった。
 2人の関係は、利害によるものに過ぎないからだ。
 レイモンドの頭にこそ、炎の球を落としてやりたかったが、それを隠して言う。
 
(頼りにしているわよ、麗しのウィリュアートン公爵様)
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

召喚先は、誰も居ない森でした

みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて── 次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず── その先で、茉白が見たモノは── 最初はシリアス展開が続きます。 ❋他視点のお話もあります ❋独自設定有り ❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...