理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

咎に鎮め 2

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 レティシアは、両手でウサギの置物を、ぎゅっと握り締める。
 心臓が、バクバクしていた。
 剣の音に、やはり危機感を煽られてしまう。
 ユージーンが強いのはわかっていても、怪我をするのでは、もしくは命を失うのではと、不安になった。
 
 ユージーンが屋敷勤めをするようになってから、ひと月も経っていない。
 とはいえ、レティシアが、こちらに来て、初めて口をきいたのはユージーンだ。
 
 その後も、なんだかんだで、つきあいはあった。
 第1印象は最悪だったし、好感度が上がることはなかったが、ユージーンが悪人でないのは、かなり前からわかっている。
 屋敷勤めをするようになって、少し身近な存在にもなっていた。
 面倒くさくて、厄介で、わけのわからない人ではあるけれども。
 
「だ、大丈夫かな、ユージーン……突進してったけど……」
「ご心配なさらずとも大丈夫ですよ。兄……ユージーン様の、剣の腕がすごいことは、王宮でも知らぬ者がいないほどですからね」
 
 なぜかザカリーが、胸を張る。
 レティシアにとっては、横柄で尊大で傲慢に映るユージーンも、弟にとっては、自慢の兄らしい。
 
 ユージーンも、ザカリーには過保護だ。
 兄弟仲が良さそうなのは、前から感じている。
 ザカリーは、全力でユージーンをフォローしているに違いない。
 そのザカリーが大丈夫と言っているのだから、大丈夫なのだろう。
 レティシアの心臓が、少し落ち着いてきた。
 
「あなたは、魔術が得意なんだね」
 
 何気なく聞く。
 同じ兄弟で、王族であっても、魔力に差が出るのかもしれない。
 レティシアは、魔力や魔術については、まだたいした知識がなかった。
 だから、ザカリーが王族としては似つかわしくない魔力持ちだとは、わからないのだ。
 
「え……あの……私は、その……剣や武術には、からきしですので……」
「ああ、それでかぁ。魔術の腕を磨いたんだ?」
「は、はい……兄……ユージーン様を見習って……」
「いやぁ、見習い過ぎないほうがいいよ? 庭師?の人に、ドン引きされるよ?」
 
 ザカリーは、器用に手を動かしながら、話している。
 気を抜いているわけではないと、わかっていた。
 
(お祖父さまも、ザカリーくんは腕が立つって言ってたもんなぁ。ホントに、兄弟で、真逆なんだ)
 
 ユージーンは剣、ザカリーは魔術。
 お互いに、どちらかにだけ腕が立つ。
 
(それで、2人なら大丈夫って言ってたのかぁ)
 
 ユージーンは、性格的に前に出るほうが向いていそうだ。
 逆に、ザカリーは気が弱いので、補助役のほうが向いている。
 思えば、いい組み合わせなのかもしれない。
 
「レティシア姫様、もしよろしければ、お聞かせ願いたいのですが……どんびき、というのは……」
 
 ザカリーが、恐る恐るといった様子で聞いてきた。
 まだ何かあれば「ぱたかれる」と思っているようだ。
 さりとて、ジョーに関わることなら聞いておきたい、というところ。
 もちろんレティシアは、怒ったりしない。
 控え目な聞きかたに、むしろ、面倒とさえ感じなかった。
 いつも「それはなんだ、どういう意味だ、説明しろ」と、上から目線で、しつこく聞かれているので。
 
「誰かの言葉や行動で、その場から、即座に立ち去りたくなるような気持ちになることだね」
「え……っ……私が魔術の腕を磨くと、ジ……庭師のかたの心が離れていく、ということでしょうか?」
「やり過ぎだと、そうなるかもしれないって話だよ」
 
 それに、と思う。
 ザカリーは魔術より、お菓子にこだわりがあるようだった。
 だいたい魔術の鍛錬で、手が血塗れになることはない気もするし。
 
「そんなに心配することはないって。お菓子っていう共通の話題があるんだからさ。ユージーンを見習い過ぎなければね。人には向き不向きもあるでしょ?」
「そうですね。私には、剣や武術は、向いておりません。そこは見習いたくても、見習えないものと、諦めましょう」
 
 とは言っているものの、ジョーに「ドン引き」されたくないと思っているのは、ミエミエだ。
 ザカリーの判断は、正しい。
 
「あッ!!」
「えっ?!」
 
 ザカリーが急に叫んだので、びっくりする。
 パッと、レティシアもユージーンのほうを見た。
 そして、一気に蒼褪める。
 ユージーンの剣が真ん中辺りで、パッキリと折れていた。
 長さが半分ほどになっている。
 
「は、早く! 私はいいから、早くユージーンに……っ……」
「わかっておりますが、間に合いません!」
「ま、間に、間に合わないって……っ……」
「間合いに入られてしまっています!」
 
 剣も魔術も使えないレティシアには「間合い」の意味も、よくわからない。
 心臓が、大きく波打つ。
 
 さくっ。
 
 音が聞こえたような気がした。
 ユージーンの肩に、剣が突き立てられている。
 なのに、ユージーンは下がろうとしない。
 
「ユージーン!! 下がってッ! こっちに戻ってッ!!」
 
 必死で叫ぶ。
 距離があっても、わかった。
 ユージーンの肩から、血があふれている。
 
「な、なんで戻らないのっ? ねえっ?!」
「いえ、あれが正しいのです!」
「はっ? だって、ユージーン、怪我してるんだよっ?!」
 
 それの、なにが正しいのか。
 ユージーンが肩を刺されたまま、刺した相手を蹴り飛ばした。
 そして、平然と肩から剣を抜く。
 
 クラっときた。
 
 剣を抜いた場所から、血がドバァと噴き出したからだ。
 人は、短時間に全体の20%から30%の血を失うと命の危険にさらされる。
 あの調子で失血し続けたら、ユージーンは死んでしまう。
 
「ご安心を、レティシア姫様」
 
 言葉と同時に、ユージーンの体が緑色にぼやけた。
 前に、どこかで見たことがある。
 
(あ……あの地下室で……)
 
 グレイとサリーに、祖父が使っていた魔術の色と似ていた。
 みるみるユージーンの傷が塞がっていく。
 
「やはり、こちらのほうが使い易いっ!!」
 
 ぶんぶんと、ユージーンが剣を振っていた。
 こちらに向かって、無事をアピールしているらしい。
 ほう…と、レティシアは息をつく。
 
 ユージーンは、残っていた騎士を剣で叩きつけては、起き上がりかけていた騎士を踏み倒していた。
 全員が動けない状態を確認したのだろう。
 悠々と、レティシアたちのほうへと戻ってくる。
 
「久しぶりに、よく動いた」
「いや……ユージーン、毎日、薪割りしてるじゃん……」
「あれとは、体の使いかたも、力の入れどころも違うのでな」
 
 それはそうかもしれないけれど。
 朝から晩まで、薪割りをしたり薪運びをしたりするのだって、相当な運動量だ。
 しかも、ユージーンは呼びに行かなければ、昼食をすぐに忘れる。
 剣の腕はともかく、体がなまっているということはないように思えた。
 
(ユージーンって、“久しぶり”の使いかた、間違ってるよね)
 
 ひと月、顔を合わせていなかったくらいで、ユージーンは、すぐ「久しぶり」と言う。
 すでに2回、それを経験しているレティシアには、どうにも間違えている気がしてならない。
 呆れるレティシアの目に、何かが映る。
 
「あぶな……っ……」
 
 ぱんっ!
 
 ユージーンの背後からレティシア目掛けて飛んできた矢。
 それを、ユージーンが後ろ手に、剣で叩きはらっていた。
 真っ二つになった矢が、レティシアの足元に落ちる。
 
 最後の抵抗だったのか、もう矢は飛んで来なかった。
 見ると、騎士の姿も消えている。
 どうやら諦めて引き上げたらしい。
 ようやく終わったと、ホッとした。
 が、しかし。
 
 かつん。
 
 音に、レティシアは足元に視線を落とす。
 その目が、大きく見開かれていた。
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