理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

籠の鳥 1

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 クィンシーが、大きな笑い声をあげる。
 何に笑っているのか、ユージーンには、察しがついた。
 薄く開いたままだった扉の向こうに、一瞬、大公の姿が見えたからだ。
 
「あいつの顔ったら……締め出されて、どんな気分だろうねぇ」
 
 ユージーンは、顔をしかめる。
 
 扉を開けておいた意味が、わからなかった。
 大公を呼び寄せるのが目的だったらしいが、それでは逆効果ではないか。
 その無意味とも思える行動に、気持ち悪さを感じる。
 だから、あえて聞いてみた。
 
「刻印の術は、傷が入ればけるのだぞ」
「知ってるさぁ」
「では、なぜ、大公を呼び寄せた?」
 
 大公ならば、壁を吹き飛ばすことなど造作もない。
 思った時、ユージーンは、ハッとして周りに、今一度、視線を走らせる。
 
「なんでかなぁ。にぃさんは、レイモンドが嫌いだったみたい。準備ができたら、殺そうとしてたんだよぉ。だから、この城を、すごぉく調べててねぇ」
 
 最初から室内には、違和感があった。
 まるで、大きな石をくり抜いてできたような。
 
「ここは、支柱となっていたのか?」
「さぁ、よくわからないけどぉ。ここを壊すとぉ、大ホールとか、あちこち崩れるみたいだねぇ」
 
 背中越しに、レティシアが体を硬くした気配を感じる。
 大ホールには、大勢の人が集まっていた。
 サリーの姪も、生まれたばかりの子もいる。
 さっきユージーンが、あやした子だ。
 
「お前とて、死ぬことになる」
 
 瞬間、クィンシーが、笑うのをやめる。
 そして、大声で怒鳴った。
 
「にぃさんがいなくちゃ、ボクは、生きていけないんだよう! 意味ない! 意味ない! 意味ない! にぃさんのいない世界なんて……っ……」
 
 クィンシーの、サイラスに対する執着心は、身内という以上のものだ。
 これに関して言えば、サイラスが仕向けたとは思えずにいる。
 
(どう、すんだよ……)
 
 扉が閉まり、刻印の術が完全な形になったせいだろう。
 ジークの声が、いよいよ小さくなっていた。
 王宮でのことを、ユージーンは覚えている。
 おそらく、ジークは、ここには「入れない者」のはずなのだ。
 今は、出ることもできない。
 
(わからん。だが、この城の崩壊は、防がねばならんな)
 
 ユージーンは、後ろにいるレティシアを気にしていた。
 彼女の心は強いが、同時に、優しくもある。
 それに、ユージーンからすれば、気に病むことではないようなことにでも、気に病むところがあった。
 サリーの身内が犠牲になろうものなら、どれほどの嘆きが、レティシアを襲うかわからない。
 
 『あまりに、まともに受け止めようとし過ぎれば、心が壊れてしまうよ?』
 
 大公の言う通りだ、と思う。
 レティシアは、まともに受け止めようとし過ぎるのだ。
 
 自分の「告白」にしても、本来、レティシアが謝るべきことではない。
 こちらが勝手に想いを伝え、断られたに過ぎないのだから。
 それでも、レティシアは、無自覚に断ったことに罪悪感をいだいていた。
 
(その、くらい……あの人にだって……)
(わかっておろうな。ゆえに、いまだ扉は破られておらん)
 
 ユージーンにわかることが、大公にわからないはずがない。
 レティシアを想うなら、壁を吹き飛ばしたりはしない、いや、できないだろう。
 そうなると、こちらには打ち手がなくなるのだけれども。
 
「ここが壊れたら、ボクとお前は、死ぬだろうねぇ。でも、その子は死ななぁい。あいつが助けるに決まっているもの」
 
 クィンシーが、また笑う。
 甲高くて、とても不快な声だった。
 
「たった1人のために、大勢を犠牲にする。それが、ジョシュア・ローエルハイドなのでしょう?」
 
 きっとサイラスの残した書類の中に、そう書かれていたに違いない。
 王宮で、サイラスが同じことを言っていた。
 それに、レティシアは反論したのだ。
 ここで、彼女が口を開けば、クィンシーの意識が、そちらに向いてしまう。
 
「大公は、そのようなことはせぬぞ」
 
 クィンシーが、ユージーンに、無感情な瞳を向けてくる。
 その瞳を、まっすぐに見返した。
 
「というより、できんのだ」
「あいつに、できないことなんて、ないのじゃないかなぁ」
 
 クィンシーに、自分の言葉を信じさせる方法を、ユージーンは思い巡らす。
 完全な「嘘」であっては、いけないのだ。
 嘘でもないが、本当でもない。
 ユージーンが、サイラスの問いをかいくぐった手段だった。
 
「お前は、魔術師が契約に縛られることを知らんのか?」
「契約……それは、国王とするものでしょう?」
「そうではない。契約とは、王族とするものだ。大公も、魔術師であるには、違いない。それが、どういう意味か、わからぬとはな」
 
 クィンシーは、考えるように、首を傾けている。
 どこかに「嘘」があるのではないかと、探っているのだろう。
 さりとて、嘘はついていないのだ。
 
「サイラスは父と契約をしていたが、俺はサイラスと契約をしておらん。大公も、今まで、誰とも契約してこなかった。だが、ローエルハイドの勤め人となる前に、“俺は”、契約を終わらせている」
 
 ぴくっと、クィンシーの唇が引き攣る。
 ユージーンの思惑通りになっていれば、契約相手が大公だと、勝手に勘違いしているはずだ。
 そのように、ユージーンは誘導している。
 
「俺は、この城の崩壊を望んではおらぬし、大公も、この城を、吹き飛ばすことはできんのだ」
 
 自分も大公も、レティシアのためにこそ、犠牲者を出したりはできない。
 実際には、そういう意味なのだが、クィンシーには理解できないだろう。
 
「それなら、お前が、あいつに命じれば、できるってことだよねぇ」
「俺は、命じたりはせぬぞ」
 
 うまく、食いついた、と思った。
 これで、クィンシーの意識は、自分だけに向く。
 もし、本当に、契約で縛られていたとしたなら、レティシアが頼んだところで、無駄だからだ。
 
「命じたくなるように、すればいいだけでしょう?」
 
 クィンシーの感情は、とても不安定らしかった。
 激昂したかと思えば、無感情になる。
 揺さぶりをかけていれば、隙ができるかもしれない。
 
「俺は、お前の言いなりになど……っ……」
 
 言いかけた言葉が、自らの呻き声で堰き止められた。
 右手に激痛が走っている。
 
 見れば、親指が、ぴったりと手の甲にくっついていた。
 もちろん普通なら、そんなふうにはならない。
 完全に、指が折れている。
 
「指は何本あるぅ? 十本? すごぅく痛い」
 
 まるで童謡でも歌うように、クィンシーの口調は、ゆったりしていた。
 
 1本だけでも、ひどい痛みに、奥歯が軋む。
 クィンシーは、ユージーンがうなずくまで、1本ずつ折り続ける気だ。
 それでも、ユージーンは、引かない。
 
「すべての指を折られたとて、俺は命じはせぬ」
「そうかなぁ。たいていの人は、痛みや快楽に負けちゃうもの」
 
 ぱきっと、今度は音が聞こえた。
 右手の人差し指が折れている。
 やはり、手の甲のほうへ、不自然な形で曲げられていた。
 
 額に、脂汗が滲む。
 悲鳴をあげたくはなるけれども。
 
(夢見の術の時のほうが、酷かったのでな)
 
 体中に針が刺されるような痛みにも、ユージーンは耐えきった。
 種類は違うが、痛みには耐性がある。
 わざと、クィンシーに向かって、口元を緩めてみせた。
 
 王太子だった頃のような、傲岸で不遜な笑み。
 
「俺を誰だと思っている? この程度で、音を上げる王族などおらんと知れ」
 
 ベキベキっと、右手の指が、すべて折られる。
 奥歯を噛みしめ、ユージーンは、悲鳴を抑えつけた。
 そして、平静さを装い続ける。
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