理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
261 / 304
最終章 黒い羽と青のそら

籠の鳥 1

しおりを挟む
 クィンシーが、大きな笑い声をあげる。
 何に笑っているのか、ユージーンには、察しがついた。
 薄く開いたままだった扉の向こうに、一瞬、大公の姿が見えたからだ。
 
「あいつの顔ったら……締め出されて、どんな気分だろうねぇ」
 
 ユージーンは、顔をしかめる。
 
 扉を開けておいた意味が、わからなかった。
 大公を呼び寄せるのが目的だったらしいが、それでは逆効果ではないか。
 その無意味とも思える行動に、気持ち悪さを感じる。
 だから、あえて聞いてみた。
 
「刻印の術は、傷が入ればけるのだぞ」
「知ってるさぁ」
「では、なぜ、大公を呼び寄せた?」
 
 大公ならば、壁を吹き飛ばすことなど造作もない。
 思った時、ユージーンは、ハッとして周りに、今一度、視線を走らせる。
 
「なんでかなぁ。にぃさんは、レイモンドが嫌いだったみたい。準備ができたら、殺そうとしてたんだよぉ。だから、この城を、すごぉく調べててねぇ」
 
 最初から室内には、違和感があった。
 まるで、大きな石をくり抜いてできたような。
 
「ここは、支柱となっていたのか?」
「さぁ、よくわからないけどぉ。ここを壊すとぉ、大ホールとか、あちこち崩れるみたいだねぇ」
 
 背中越しに、レティシアが体を硬くした気配を感じる。
 大ホールには、大勢の人が集まっていた。
 サリーの姪も、生まれたばかりの子もいる。
 さっきユージーンが、あやした子だ。
 
「お前とて、死ぬことになる」
 
 瞬間、クィンシーが、笑うのをやめる。
 そして、大声で怒鳴った。
 
「にぃさんがいなくちゃ、ボクは、生きていけないんだよう! 意味ない! 意味ない! 意味ない! にぃさんのいない世界なんて……っ……」
 
 クィンシーの、サイラスに対する執着心は、身内という以上のものだ。
 これに関して言えば、サイラスが仕向けたとは思えずにいる。
 
(どう、すんだよ……)
 
 扉が閉まり、刻印の術が完全な形になったせいだろう。
 ジークの声が、いよいよ小さくなっていた。
 王宮でのことを、ユージーンは覚えている。
 おそらく、ジークは、ここには「入れない者」のはずなのだ。
 今は、出ることもできない。
 
(わからん。だが、この城の崩壊は、防がねばならんな)
 
 ユージーンは、後ろにいるレティシアを気にしていた。
 彼女の心は強いが、同時に、優しくもある。
 それに、ユージーンからすれば、気に病むことではないようなことにでも、気に病むところがあった。
 サリーの身内が犠牲になろうものなら、どれほどの嘆きが、レティシアを襲うかわからない。
 
 『あまりに、まともに受け止めようとし過ぎれば、心が壊れてしまうよ?』
 
 大公の言う通りだ、と思う。
 レティシアは、まともに受け止めようとし過ぎるのだ。
 
 自分の「告白」にしても、本来、レティシアが謝るべきことではない。
 こちらが勝手に想いを伝え、断られたに過ぎないのだから。
 それでも、レティシアは、無自覚に断ったことに罪悪感をいだいていた。
 
(その、くらい……あの人にだって……)
(わかっておろうな。ゆえに、いまだ扉は破られておらん)
 
 ユージーンにわかることが、大公にわからないはずがない。
 レティシアを想うなら、壁を吹き飛ばしたりはしない、いや、できないだろう。
 そうなると、こちらには打ち手がなくなるのだけれども。
 
「ここが壊れたら、ボクとお前は、死ぬだろうねぇ。でも、その子は死ななぁい。あいつが助けるに決まっているもの」
 
 クィンシーが、また笑う。
 甲高くて、とても不快な声だった。
 
「たった1人のために、大勢を犠牲にする。それが、ジョシュア・ローエルハイドなのでしょう?」
 
 きっとサイラスの残した書類の中に、そう書かれていたに違いない。
 王宮で、サイラスが同じことを言っていた。
 それに、レティシアは反論したのだ。
 ここで、彼女が口を開けば、クィンシーの意識が、そちらに向いてしまう。
 
「大公は、そのようなことはせぬぞ」
 
 クィンシーが、ユージーンに、無感情な瞳を向けてくる。
 その瞳を、まっすぐに見返した。
 
「というより、できんのだ」
「あいつに、できないことなんて、ないのじゃないかなぁ」
 
 クィンシーに、自分の言葉を信じさせる方法を、ユージーンは思い巡らす。
 完全な「嘘」であっては、いけないのだ。
 嘘でもないが、本当でもない。
 ユージーンが、サイラスの問いをかいくぐった手段だった。
 
「お前は、魔術師が契約に縛られることを知らんのか?」
「契約……それは、国王とするものでしょう?」
「そうではない。契約とは、王族とするものだ。大公も、魔術師であるには、違いない。それが、どういう意味か、わからぬとはな」
 
 クィンシーは、考えるように、首を傾けている。
 どこかに「嘘」があるのではないかと、探っているのだろう。
 さりとて、嘘はついていないのだ。
 
「サイラスは父と契約をしていたが、俺はサイラスと契約をしておらん。大公も、今まで、誰とも契約してこなかった。だが、ローエルハイドの勤め人となる前に、“俺は”、契約を終わらせている」
 
 ぴくっと、クィンシーの唇が引き攣る。
 ユージーンの思惑通りになっていれば、契約相手が大公だと、勝手に勘違いしているはずだ。
 そのように、ユージーンは誘導している。
 
「俺は、この城の崩壊を望んではおらぬし、大公も、この城を、吹き飛ばすことはできんのだ」
 
 自分も大公も、レティシアのためにこそ、犠牲者を出したりはできない。
 実際には、そういう意味なのだが、クィンシーには理解できないだろう。
 
「それなら、お前が、あいつに命じれば、できるってことだよねぇ」
「俺は、命じたりはせぬぞ」
 
 うまく、食いついた、と思った。
 これで、クィンシーの意識は、自分だけに向く。
 もし、本当に、契約で縛られていたとしたなら、レティシアが頼んだところで、無駄だからだ。
 
「命じたくなるように、すればいいだけでしょう?」
 
 クィンシーの感情は、とても不安定らしかった。
 激昂したかと思えば、無感情になる。
 揺さぶりをかけていれば、隙ができるかもしれない。
 
「俺は、お前の言いなりになど……っ……」
 
 言いかけた言葉が、自らの呻き声で堰き止められた。
 右手に激痛が走っている。
 
 見れば、親指が、ぴったりと手の甲にくっついていた。
 もちろん普通なら、そんなふうにはならない。
 完全に、指が折れている。
 
「指は何本あるぅ? 十本? すごぅく痛い」
 
 まるで童謡でも歌うように、クィンシーの口調は、ゆったりしていた。
 
 1本だけでも、ひどい痛みに、奥歯が軋む。
 クィンシーは、ユージーンがうなずくまで、1本ずつ折り続ける気だ。
 それでも、ユージーンは、引かない。
 
「すべての指を折られたとて、俺は命じはせぬ」
「そうかなぁ。たいていの人は、痛みや快楽に負けちゃうもの」
 
 ぱきっと、今度は音が聞こえた。
 右手の人差し指が折れている。
 やはり、手の甲のほうへ、不自然な形で曲げられていた。
 
 額に、脂汗が滲む。
 悲鳴をあげたくはなるけれども。
 
(夢見の術の時のほうが、酷かったのでな)
 
 体中に針が刺されるような痛みにも、ユージーンは耐えきった。
 種類は違うが、痛みには耐性がある。
 わざと、クィンシーに向かって、口元を緩めてみせた。
 
 王太子だった頃のような、傲岸で不遜な笑み。
 
「俺を誰だと思っている? この程度で、音を上げる王族などおらんと知れ」
 
 ベキベキっと、右手の指が、すべて折られる。
 奥歯を噛みしめ、ユージーンは、悲鳴を抑えつけた。
 そして、平静さを装い続ける。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ化企画進行中「妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 部屋にこもって絵ばかり描いていた私は、聖女の仕事を果たさない役立たずとして、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されました。 絵を描くことは国王陛下の許可を得ていましたし、国中に結界を張る仕事はきちんとこなしていたのですが……。 王太子殿下は私の話に聞く耳を持たず、腹違い妹のミラに最高聖女の地位を与え、自身の婚約者になさいました。 最高聖女の地位を追われ無一文で追い出された私は、幼なじみを頼り海を越えて隣国へ。 私の描いた絵には神や精霊の加護が宿るようで、ハルシュタイン国は私の描いた絵の力で発展したようなのです。 えっ? 私がいなくなって精霊の加護がなくなった? 妹のミラでは魔力量が足りなくて国中に結界を張れない? 私は隣国の皇太子様に溺愛されているので今更そんなこと言われても困ります。 というより海が荒れて祖国との国交が途絶えたので、祖国が危機的状況にあることすら知りません。 小説家になろう、アルファポリス、pixivに投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 小説家になろうランキング、異世界恋愛/日間2位、日間総合2位。週間総合3位。 pixivオリジナル小説ウィークリーランキング5位に入った小説です。 【改稿版について】   コミカライズ化にあたり、作中の矛盾点などを修正しようと思い全文改稿しました。  ですが……改稿する必要はなかったようです。   おそらくコミカライズの「原作」は、改稿前のものになるんじゃないのかなぁ………多分。その辺良くわかりません。  なので、改稿版と差し替えではなく、改稿前のデータと、改稿後のデータを分けて投稿します。  小説家になろうさんに問い合わせたところ、改稿版をアップすることは問題ないようです。  よろしければこちらも読んでいただければ幸いです。   ※改稿版は以下の3人の名前を変更しています。 ・一人目(ヒロイン) ✕リーゼロッテ・ニクラス(変更前) ◯リアーナ・ニクラス(変更後) ・二人目(鍛冶屋) ✕デリー(変更前) ◯ドミニク(変更後) ・三人目(お針子) ✕ゲレ(変更前) ◯ゲルダ(変更後) ※下記二人の一人称を変更 へーウィットの一人称→✕僕◯俺 アルドリックの一人称→✕私◯僕 ※コミカライズ化がスタートする前に規約に従いこちらの先品は削除します。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

処理中です...