理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
268 / 304
最終章 黒い羽と青のそら

理想の男 4

しおりを挟む
 彼は、クィンシーの言葉に、耳を傾けてはいなかった。
 どうでもよかったからだ。
 
 レティシアの泣き腫らした赤い目だけが、心にある。
 
 彼女を安心させるため、あえて軽口を叩いた。
 だが、ユージーンの死の間際といった姿に、レティシアが、ひどい恐怖を感じたのは、わかっている。

 様々な理由で、人は死ぬ。
 とはいえ、死ぬのと、殺されるのとでは、掛かる衝撃は違うのだ。
 それを、レティシアに与えたクィンシーを、彼は許さない。
 
 たとえクィンシーが常軌を逸していようが、どれほど兄の死を嘆いていようが、彼の心には響かなかった。
 クィンシーの、人ならざる者、との言葉は正しい、と思うけれど。
 
「お前がぁ、にぃさんを殺したんでしょう……っ……?」
「それが、どうかしたかね?」
「にぃさんは、お前と同じになりたかっただけなのに……っ……」
「なる必要もないし、なられても困るじゃあないか」
 
 彼は、軽く肩をすくめてみせる。
 
 サイラスは、そもそも間違っていた。
 彼と同じになど、なれるはずがない。
 それは、サイラスが「人」であったからだ。
 
 魔術というものに憑りつかれ、もっと力をと、欲を持っていた。
 人とは、多かれ少なかれ、そうした欲を持つ生き物だ。
 もし、サイラスが、本気で「彼と同じ」になりたかったのなら、まず、その欲を捨てるところから始めなければならなかった。
 が、サイラスには、できなかったのだ。
 
(彼は、最期の最期まで、人だった)
 
 サイラスは、最期にユージーンを呼んでいる。
 
 利用し尽くすだけして、捨てた育ての子。
 
 愛していたのでも、大事にしていたのでもないはずだ。
 己の目的のための駒であり、操り人形。
 にもかかわらず、サイラスの砕け散った心の欠片、そこに残されていたのはユージーンだった。
 サイラス自身、わかってはいなかったのだろう。
 歪んだ心の奥底にある「人」としての部分に。
 
(手をかければかけるだけ情が移る。人とは、そういうものだ。自覚があろうと、なかろうとね)
 
 目的のためとしながら、サイラスは20年もユージーンと一緒にいた。
 己の思うようになるユージーンは、さぞ可愛かったに違いない。
 ところが、ユージーンがレティシアに恋をして、思うようにならなくなった。
 そこで、初めて、サイラスは「思う通りにしよう」としたのだ。
 それまでのやりかたを変え、夢見の術を使ってまで、ある意味、ユージーンを、取り戻そうとしている。
 
(子離れできないというのも、誤算だっただろうさ)
 
 ほんの少し、自嘲じみた気持ちが湧いた。
 レティシアの愛情にすがっている自分も、似たようなものに思えたからだ。
 人ならざる者の自分が、孫娘に縋るなど、愚かに過ぎる。
 
「それにしても、きみは、ずいぶんと見苦しい」
 
 彼は、今までになく冷淡な瞳に、クィンシーを映していた。
 クィンシーは、類稀たぐいまれな美貌の持ち主だとは言える。
 額や口を切り、血を流していても、表面上の美しさは、損なわれていない。
 とはいえ、彼の言う「見苦しい」とは、外見を指してはいなかった。
 
「きみなど、ただの書庫であり、貯蔵庫に過ぎないのだよ」
 
 クィンシーの瞳は、怒りと狂気で濁っている。
 まともに、言葉も通じていないだろう。
 クィンシーに対しては、試す必要もなかった。
 ここのところ、レティシアをなるべく傷つけたくなくて、相手に選択肢を与えてきたのだけれど。
 
「ボクは、にぃさんから力をもらったんだよぅ。にぃさんは、ボクに代わりをしてほしくて……」
「よしてくれ。きみごとき、誰の代わりにもなれやしないさ」
 
 クィンシーは、サイラスが利用した「その他大勢」と同じだ。
 おそらく、いつでも切り捨てられるように「備え」もしてあったに違いない。
 ユージーンの動きが予測不可能で、しかも、早かったがために、その備えが効かなかった。
 クィンシーの持つ力は、その結果でしかないのだ。
 
「きみの兄は、用心深く、用意周到で、なにより、芸の細かい男だった」
 
 失敗することにさえ、常に備えていたほどだった。
 選べる道が1本しかなくても、選択肢が多ければ、それだけ選ぶ幅はできる。
 現実に、彼は、幾度となく、サイラスに腹を立てさせられていた。
 刻印の術は、まさに、彼に「見境い」をなくさせもしたのだ。
 
 クィンシーでは、到底、そこまでには至らない。
 クィンシーに対して、彼は、ただ、許さない、と思っているだけだった。
 
「ジーク」
「あいよ」
 
 ジークは、すっかり元の力を取り戻している。
 いつも通り、彼の横に立っていた。
 
「ずいぶんと、大食いをしていたようじゃないか」
「オレは食い意地が張ってるんでね」
 
 めていた魔力を、ジークは、あらかた使ってしまっていたようだ。
 彼は、ここに来てから、ジークに魔力分配を行っている。
 十分な量になっても、ジークの魔力は減り続けていた。
 まるで「もっと寄越せ」と言わんばかりに、だ。
 きっとストックしているのだろうと思い、彼も分配し続けている。
 
「そ、そいつ……そいつは……なぜ……どうしてだよう……っ……」
 
 クィンシーが、大声を張り上げる。
 ジークは、嫌そうに顔をしかめた。
 
「うるせえし、面倒くせーな」
 
 クィンシーから、幾本もの光の矢が飛んでくる。
 炎や、剣も、次々と現れた。
 ジークは、肩をコキコキと鳴らしている。
 
「身動き取れなくってサ。体が固くなっちまったぜ」
 
 クィンシーの攻撃は、何ひとつ、2人には当たらない。
 彼は彼で、ジークはジークで防いでいる。
 そもそも刻印の術がなければ、ジーク1人で十分だったのだ。
 
「そういや、なんで、こいつ、魔力感知に引っ掛かんねーの?」
「彼の魔力ではないからだよ」
「けど、魔術は使えてるじゃねーか」
 
 見ろよ、というふうに、ジークが、クィンシーに顔を向ける。
 クィンシーは、様々な攻撃魔術を、飽きもせず、放っていた。
 サイラスが、属性を持たない魔術師だったからかもしれない。
 クィンシーも属性の別なしに、攻撃をしてくる。
 
「魔力があれば、魔術は使えるさ」
 
 ジークが、首をかしげた。
 魔力はあるのに、魔力感知に引っ掛からない理由。
 
「ああ! そういうことかよ」
「そういうことだね」
 
 この国のほとんどの者は、器を持っている。
 クィンシーも、当然に持っているはずだ。
 そこに、長い時間をかけ、サイラスは、自分の魔力を蓄積していた。
 言うなれば、短く切った糸を、クィンシーの器に入れておいた、ということ。
 
 釣引ちょういんでも使えば取り出せると思っていたに違いない。
 釣引は、人の器から魔力を引き出し、自分の器に入れる。
 が、本来は、引き出すだけで、自分の魔力に変換はできない。
 さりとて、クィンシーの中にある魔力は、元々、サイラスのものだ。
 変換などする必要はなかった。
 
 サイラスは、遺滓いしから、その発想に至ったのかもしれない。
 ただし、決定的に違うことがある。
 遺滓は、魔力持ちが死んだ際に残るものなのだ。
 
 クィンシーは、魔力顕現けんげんしていない。
 
 つまり、魔術師ではないため、釣引で引っ張れるはずがなかった。
 魔力感知に引っ掛からないのも、同じ理由だ。
 とはいえ、魔力が身の内にある以上、それを使うことはできる。
 正しく動作しさえすれば、魔術の発動は可能だった。
 
「つまんねー奴」
 
 魔力感知に掛からなかった理由がわかったからか、ジークは、つまらなさそうにクィンシーを見ている。
 彼と同じく、クィンシーのことなど、どうでもいいと思っているのだ。
 
「ここは、直しておかないといけないね」
 
 彼は、城全体に、魔力を張り巡らせていた。
 扉を吹き飛ばしても城が崩れないように、すべての梁を支えている。
 さりとて、ずっと続けることはできない。
 ここに住む気はないのだから。
 
「わりと面倒くさい」
 
 ジークは、クィンシーに、声をかける気はないらしい。
 両手を交差させてから、円を描く。
 
 音もなく、壁がせり出して来た。
 その場にある材質と同じもので容器を造る「盤槽ばんそう」という魔術だ。
 彼と、ジークは、扉のあった場所まで下がる。
 クィンシーのいる空間だけを残し、壁が押し迫っていた。
 
「ボクを、殺すのじゃなかったのかよう! こんなところ……っ……」
 
 彼は、クィンシーを冷たく見つめる。
 そして、室内を、彼の魔力で満たした。
 否応なく、クィンシーの体には、その魔力が取り込まれることになる。
 
「ここは、きみのためのだ」
 
 サイラスの残した魔力が尽きても、クィンシーの器には、必要な分だけ彼の魔力が、常に降り積もるのだ。
 レスターの時には遺滓を使ったが、ここには遺滓がないため、代わりに彼の魔力を使った。
 
「きみは、どこにも行けやしない。もちろん、兄のところにも、だ」
「いや……っ……にぃさん! にぃさんのところに行かせてよう……っ!」
 
 悲鳴にも、彼は、指1本、動かさない。
 どうでもいい相手ではあったものの、サイラスには、それなりの敬意を示してはいたのだ。
 クィンシーに、その価値はなかった。
 
「帰ろうぜ。アンタの孫娘が、待ってる」
 
 先に言われ、彼は苦笑いをもらす。
 2人が背を向けたとたん、どこからともなく扉が戻り、バタンと閉まった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

召喚先は、誰も居ない森でした

みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて── 次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず── その先で、茉白が見たモノは── 最初はシリアス展開が続きます。 ❋他視点のお話もあります ❋独自設定有り ❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...