理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

絶対を示す手 3

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 あの日と同じく、ぼんやりと影のようなレティシアの姿が見える。
 はっきりとはしていないが、座り込んでいるようだった。
 彼は、レティシアに声をかける。
 
「レティ」
 
 影は、うずくまったまま、動かない。
 振り向く気配はなかった。
 
(お祖父さま……来てくれたんだ……)
 
 小さいが、声は聞こえてくる。
 その口調に、困っていることが、わかった。
 戸惑っているのではない。
 困っているのだ。
 
(来てほしくなかった、と思っているのだろうね)
 
 自分がしたことを考えれば、当然だった。
 レティシアは、彼から離れようとしている。
 彼女にとっては「今さら」なのだろう。
 
(心配かけて……ごめんなさい……)
「いいんだよ」
(お祖父さまを困らせるつもりじゃなかったんだけど……)
「わかっているさ」
 
 レティシアが心を閉ざしているからか、やはり見えない「なにか」に阻まれて、彼は、近づくことができない。
 レティシアの拒絶を、強く感じる。
 
 自らで招いた結果だというのに、胸が苦しかった。
 レティシアを失うということは、こういうことなのだと、悟る。
 
(せっかく……来てくれたのに……ごめんね……)
「まだ……帰れないのかい?」
(…………うん……)
 
 今回は、あの魔力顕現けんげんの時とは違い、レティシアは1人で帰れるに違いない。
 迎えに来たのは、彼が、そうしたかったからだ。
 レティシアは「心配して来た」と思っているだろうが、心配はしていなかった。
 
 彼女はもう、彼の孫娘ではない。
 
 彼との繋がりを断ち切ると、彼女自身が、選んでいる。
 守らなくてもいいと、示していた。
 レティシアは、その心の強さで、歩いて行ける。
 彼の力は必要ないのだ。
 
「1人で、帰れるかい?」
(……帰れる…………ちゃんと、帰るよ……)
 
 レティシアは、うずくまった影のままでいる。
 彼に向けられていた笑顔は、見えなかった。
 差し出した彼の手を、握り返す手もない。
 
「……私は……もう……必要ではないのだね……」
 
 こんな言いかたは、卑怯だ。
 それに、とてもみっともない、と思う。
 レティシアの手を放したのは、彼自身だからだ。
 なのに、今は、その手にすがろうとしている。
 
(……私……孫娘じゃなくなったから……)
「戻れない? それとも、戻りたくない? どちらなのか、教えてほしい」
 
 レティシアからの返事を待った。
 束の間、彼は、ユージーンを思う。
 ユージーンの諦めない打たれ強さが、少しばかり羨ましかった。
 それは、レティシアの心の強さと似ている。
 
 絶対というものは、そう思わなければ、絶対には成り得ない。
 
 彼は、絶対などというものはない、と思い続けてきた。
 妻の命を救えなかった時から、ずっとだ。
 諦めることを、覚えてしまった。
 おそらく、そのほうが簡単だったからだろう。
 
 どんなに力を尽くしても、報われないことはある。
 結末に、がっかりするより、結末を見ないほうが楽なのだ。
 
 けれど、2人は違う。
 レティシアは絶対を望むし、ユージーンは諦めない。
 
(戻りたくない……んだと思う……)
 
 言葉に、彼は、また胸が苦しくなった。
 こんなにも苦しいのに、レティシアを諦めることなどできるだろうか。
 彼女のいない世界は、とても寂しい。
 影でうずくまっているのは、彼のほうだった。
 
「レティ……帰って来ておくれ」
(……帰るよ)
「そうではなくてね。私と一緒に……帰ってほしいのだよ」
 
 レティシアの輪郭が揺れる。
 それも、あの日と同じだ。
 彼女の迷いが伝わってくる。
 
(でも……私は……)
「きみは、私の孫娘ではない。戻りたいと思ってもいない。そうだね?」
(…………うん……)
 
 彼は、彼を阻む、見えない「なにか」に、手を伸ばした。
 けれど、その手はレティシアには、とどかない。
 わかっていても、繰り返し、手を差し出す。
 
「戻らなくても、かまわないのだよ、レティ」
(お祖父さまは、お祖父さまでいてくれるから?)
「いいや……私も、祖父をやめたいのさ」
 
 レティシアの影が、はっきりと揺れた。
 輪郭も、さっきより明確になりつつある。
 レティシアが、立ち上がっていた。
 振り向いてはくれないけれど。
 
「孫娘に戻りたくない、と言ってくれたね」
 
 それは、レティシアの心を表している。
 彼への想いを完全には捨てきれていないからだ、と思いたかった。
 少しでも残されているのなら、その想いに縋る。
 卑怯でも、みっともなくても。
 
 ジョシュア・ローエルハイドは完璧などではない。
 愛しい女性の振り向かせかたも、わからずにいる。
 
「私も同じなのだよ、レティ」
 
 これ以上ないくらいに、彼は、必死だった。
 レティシアに、振り向いてほしかったのだ。
 単に、こちらを見てほしい、という意味ではなく。
 
「祖父でいることは、できない」
 
 レティシアが、レティシアに戻っていく。
 そして、ゆっくりと振り向いた。
 彼は、足を踏み出し、レティシアの前に立つ。
 見えない「なにか」は消えていた。
 
「レティ……」
 
 レティシアの見た目は、今までと変わらない。
 黒い髪に、黒い瞳をしている。
 
(もう……孫娘には、見えないね)
 
 外見は同じでも、愛しい孫娘ではない。
 彼の前にいるのは、1人の女性だった。
 
(私は、どうも芸がない)
 
 思いつつ、彼は、1輪の花を造り出す。
 それを、彼女に差し出した。
 
 手のひらの大きさのヒマワリ。
 
 一般的な花言葉は「あなただけを見つめる」「愛慕」「一目惚れ」などだ。
 けれど、花弁が透明なヒマワリは、この世界のどこにも存在しない。
 花言葉も未確定。
 
「この花の、花言葉を知っているかい?」
 
 レティシアが、彼の手から、とても小さなヒマワリを受け取る。
 じっと見たあと、顔を上げた。
 
「知ってる」
 
 彼は驚いて、目を見開く。
 知っていると言われてしまったら、後の言葉が続けられない。
 もちろん、元々のヒマワリの花言葉も、心情と合致してはいるのだけれど。
 
 それでは、求婚にならないのだ。
 
 どうしたものか、と思う彼に、レティシアが、にっこりした。
 彼を、まっすぐに見つめて、言う。
 
「日々、私を愛してほしい」
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