理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

絶対を示す手 4

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 少し、いや、かなり図々し過ぎただろうか。
 
 祖父が、なにも言わないので、レティシアは、内心で、焦っている。
 小さな、見たこともい向日葵に、つい自分の気持ちを正直に言ってしまった。
 その透明さに、自分の心も透ける気がしたのだ。
 
(うう……言ったあと、恥ずかしくなるのって、どうにかならないかな……)
 
 祖父の「女性遍歴」について聞いた時も、そんなふうになっている。
 とはいえ、いったん口から出た言葉は、取り返せない。
 
 焦るレティシアに、祖父が表情を変える。
 とても嬉しそうに、にっこりと微笑んだのだ。
 
「奇遇だね。私も、その花言葉を、レティに言おうと思っていたのだよ」
「そ、そうなの?」
「レティが知っているとわかっていたら、聞かずに言っていたさ」
 
 言ってから、肩をすくめる。
 見慣れた仕草に、胸が、きゅっとなった。
 
「先を越されてしまうとは、なんとも恰好がつかないね」
「そ、そんなこと……」
 
 なにをしても、恰好がつかない、などということはない。
 いつだって、祖父は、素敵なのだ。
 
「このままでは、私も納得がいかない」
「え……?」
 
 祖父が、また表情を変える。
 いつも見てきた、穏やかな表情とは違っていた。
 とても真剣なまなざしを、レティシアに向けている。
 
「レティシア、きみを愛している。この世界のきみとしても、“つきしろゆいな”としても」
 
 どきん、と胸が弾んだ。
 目が潤んでくる。
 
「お、おぼえて……」
「愛しい人の名も覚えていないようでは、恋人失格だろう?」
 
 ふにゃ…と、レティシアの眉が下がった。
 レティシアとして生きていても、過去を捨てられはしない。
 意味づけされた名前も、大事なものとして、心に残してあった。
 それを、ちゃんと覚えていてくれたのだ。
 
(ほ、ホントに……私のこと……)
 
 まだ実感のないレティシアの体が、抱き寄せられる。
 ぎゅっと抱きしめられた。
 レティシアも、ぎゅっと抱きしめ返す。
 頭を撫でられる感触に、泣きたくなった。
 
 自分の大好きな手が、そこにある。
 
 抱きしめてくれる腕の強さも、うずめた胸の感触も。
 すべてがレティシアの恋しい人ものだった。
 
「きみが、私を名で呼べるようになったら、私のところに嫁いでおいで」
 
 優しい声に、涙が、ぱたぱたっとこぼれ落ちる。
 レティシアは、こくっと、うなずいた。
 
 ものすごく嬉しい。
 
 自分の気持ちには応えてもらえないと思っていたからだ。
 まともに会うこともできなくなると、覚悟もしていた。
 吹っ切らなければ、と思いながら、さっきまでうずくまっていたのに。
 
「私と一緒に帰ってくれるかい?」
 
 顔を上げたレティシアの涙を、大好きな人の手が拭ってくれる。
 にっこりして、レティシアはうなずいた。
 周りは真っ暗なのに、2人の周りだけは、鮮明に見える。
 どうやって帰るのかわからなくても、不安はなかった。
 
「それでは、行こうか」
 
 体が引き上げられるような感覚を覚える。
 手を引かれていた。
 
 見上げると、なにかがキラキラと光っている。
 まるで、海の底から、水面に近づいて行くようだった。
 その先には、青い空が見える。
 
 とても美しい光景だった。
 
 けれど、キラキラが眩し過ぎる。
 レティシアは、思わず目をつむった。
 はずなのに。
 
「あれ……?」
 
 なぜか天蓋が見えている。
 というか、目を開いているようだ。
 
 目をつむったと思ったのに、目を開けているとは、これいかに。
 
 起きた、ということなのだろうか。
 混乱しているレティシアに、声がかけられた。
 
「やあ。起きたね」
「………お祖父さま……?」
 
 ベッドの縁に、祖父が腰かけている。
 頭を撫でてくれていた。
 
 あれ?と思う。
 そのレティシアの前で、祖父が立ち上がった。
 
「お腹がすいているのじゃないかな? マルクに食事を用意してもらおうか」
 
 扉に向かって歩いていく姿に、首をかしげる。
 祖父は、いつも通りだ。
 
「まだ動くのは難しいだろう? 食事ができたら呼びに来るよ」
「あ……うん……」
 
 扉が、ぱたんと閉まる。
 瞬間、レティシアは、がくうと肩を落とした。
 
「…………夢じゃん……」
 
 祖父が、自分の気持ちに応えてくれるなんて、あるはずがない。
 やはり夢というのは願望が現れるものなのだ。
 この世界に来た当初と同じ気持ちになる。
 
「夢なら覚めないでほしかったよ!」
 
 もっと言えば、現実であってほしかった。
 これでは、よけいに未練たらしくなってしまうではないか。
 自分の夢とはいえ、なんたる残酷さだ、と思う。
 
「そりゃそうだっての……あるわけないわ。夢に決まってるわ。期待するほうが、間違ってるわ……」
 
 はあ~と、溜め息をついた。
 そもそも、自分は、とっくにフラれている。
 それを、祖父が追いかけてきてくれて、ましてやプロポーズしてくれるなんて、自分にとって、都合が良過ぎるのだ。
 
「ありえないよなぁ……夢……夢かぁ……いい夢だったけど……」
 
 がくうっと、思いきり、うなだれる。
 いい夢ではあれど、所詮、夢は夢に過ぎない。
 現実は厳しいのだ。
 
「お前、独り言、多過ぎじゃねーか?」
 
 ハッとして、顔を上げる。
 漆黒の髪に、ブルーグレイの瞳の彼が、正面に立っていた。
 魔術なのか、急にパッと現れるので、びっくりする。
 
「いやぁ……まぁ……ちょっとね……」
 
 独り言を聞かれていたのかと、恥ずかしくなった。
 曖昧に笑うレティシアに、彼が、くいっと顎で何かを示す。
 視線を、そちらに向けてみた。
 書き物机のほうだ。
 
「あ…………」
 
 そこには、花瓶がある。
 生けられていたのは、あの小さな向日葵。
 
「ゆ、ゆ、夢……夢、じゃ……なかった……っ……!!」
「どんな夢だか知らねーけどサ。あの人、照れてたみてーだぞ」
「えっ?!」
 
 顔を、彼のほうに戻す。
 彼が、肩をすくめた。
 どことなく、祖父の仕草に似ている。
 
「お、お祖父さま、照れてたのっ?」
「もう、お祖父さま、じゃねーだろ?」
「そうだった!!」
 
 そのことに照れて、祖父は、部屋から、そそくさと出て行ったらしい。
 もう祖父ではないけれど。
 
「じゃあ、オレ、行くぞ」
「ちょっと待って! 名前! 名前、聞こうと思ってたんだよ!」
 
 窓のほうに行きかけた彼が、ちょっと振り向く。
 それから、短い言葉で、名を告げた。
 
「ジーク」
 
 すぐに、パッと姿が変わる。
 烏だ。
 呼び止める間もない。
 あっという間に、壁を抜け、青い空に向かって飛んで行ってしまった。
 
「ジーク……今度、会えたら、お礼、言いたいな」
 
 レティシアの視線の先、床には、黒い羽が、落ちている。
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