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最終章 黒い羽と青のそら
なんでもお見通し 1
しおりを挟む「む。ジークか?」
ユージーンは、肩にジークの気配を感じる。
いつもの、あの、ずしっという重みはないが、その辺りにいるのは、わかった。
グレイに「仕事がある」と言われ、剣の鍛錬は終了。
ユージーンだけが残り、サリーも、グレイと連れ立って屋敷に戻っている。
ユージーンは、すぐには、屋敷に帰る気になれずにいた。
(ざーんねん)
言葉に、口を、とがらせる。
それだけで、結果が見えたからだ。
「大公は、あれの気持ちに応える気になったか」
(そーいうこと)
落胆は大きい。
大公にだけは敵わないと、わかっていた。
なにしろ、レティシアの気持ち次第なのだから。
(血のことは、もういいんだ)
「そうか」
(オレのと、入れ替えた)
ユージーンは、大きく息をつく。
ごくわずかな安堵が混じった。
それを、ジークは察したらしい。
(なんだよ。自分の血以外は、こだわらねーとか言っといてサ)
「あれのことは……別だ」
(まぁね、わかってんだけどね)
ユージーンとジークの関係は、大公とジークほどの関係ではなかった。
が、言われなくても、様々、わかることはある。
ユージーンは、理屈で物を考える性質だ。
頭の回転が速いため、勘のように感じられるが、単純な感覚ではない。
必ず、理屈により裏打ちがされていた。
自分とジークの間には、なんらかの血縁がある。
夢見の術をかけられ、大公の元を訪れた。
その後、ユージーンは、遠召で、ジークを宰相の裏庭に呼び出している。
それまで、ユージーンが、ジークの気配に気づいたことはない。
(大公の森で、俺は、ジークに会っているというのにな)
ウサギ姿の時だ。
気づかれたとユージーンは逃げ出したわけだが、その際に見えた、あの烏。
あれは、ジークだった。
けれど、気配なんて微塵も感じてはいない。
変わったのは、ジークが、初めてユージーンの肩に、とまってからだ。
(俺の体に、なにか作用しているのであろう)
さっき、ジークは、レティシアの血をジークのものと入れ替えた、と言った。
なにか血に作用するような魔術を使えるに違いない。
もしくは、ジーク独特の力があるとか。
(つまり、俺とレティシアは、遠縁になった、ということだ)
ユージーンとジークに血縁があるのなら、その血を持ったレティシアとも血縁ができたことになる。
家族同然ではなく、正真正銘、レティシアの「縁者」になったのだ。
この先、レティシアとの縁が切れる心配をしなくてすむ。
レティシアは「身内」を大事にするので。
(お前って、単純だな)
「ジークほどではない」
(かもね)
もうふたつ。
ユージーンには、わかっていることがある。
ユージーンがわかっていると、ジークもわかっているらしい。
「姿は見せぬか?」
(見せねーよ。どいつもこいつもって、思うからサ)
言われて、苦笑いを浮かべた。
実際、ジークの姿が見たかったのだ。
烏ではなく、人型のジークの姿が、見たかった。
漆黒の髪に、ブルーグレイの瞳。
血縁があるかはともかく、髪の色は大公の力によるものだと察しがつく。
もとより、この世界に、黒髪は大公の血筋のものしかいないはずだ。
ジークが常に大公の傍にいることを思えば、不思議でもなんでもない。
けれど、瞳の色は、大公とは違う。
それは、サイラスと同じ色。
ユージーンは、サイラスの最期に、本当の髪と目の色を見た。
ジークのそれは、サイラスと同じものだ。
サイラスが、ジークの姿を見た時の反応も、ユージーンは覚えている。
『どうして……なぜ、そのような者が、あなたの隣にいるのですかっ?!』
『なぜ、お前のような者が……お前が……』
『……あなたは、誰よりも気高い存在だというのに……あんな俗な……』
思い返せば、まるで、ジークを知っているかのような言い様だった。
実際に知ったのは、あれが初めてだったには違いない。
それでも、その瞳の色に、サイラスは、自分と同種を見た。
だから、激昂したのだろう。
自分は、大公に選ばれなかったのに、と。
『にーさん、お前は、運がなかったのサ』
ジークの、あの言葉は、本心だった。
その後、ジークが、ユージーンに「サイラスのことは残念だった」と言っていたからだ。
(サイラスは、ロビンガムの者よな。確か、ロビンガム男爵の妻は、36で死んでいる……歳の頃が、ちょうど見合う)
ユージーンの頭には、王宮で得た、膨大な報告書の内容が入っている。
貴族の現当主については、親の代くらいまでは網羅していた。
誰と誰の子で、どういう経緯で当主になったのか、だ。
当時は、夜会などでの予備知識という以上のものではなかったけれど。
サイラスは、クィンシー・ロビンガム男爵の兄だった。
すなわち、サイラスがロビンガム男爵家の長男であることを意味する。
2人の母であるロビンガム男爵夫人は、病になり療養先で死んでいた。
それは、病ではなかったのだろう。
(35……出産の最年長の記載を、改めねばならんな)
なにがあって、ジークが大公の元に辿り着いたのかは、わからない。
ただ、ジークが大公を選んでいたことだけは、わかる。
血縁を捨て、ジークは大公を選んだのだ。
血へのこだわりを、意識したくなかったのだろう。
だから、ユージーンの傍に、寄りつきたがらなかった。
ジークは、ユージーンの近くにいる時、いつも、ちょっとだけ不機嫌そうにしていたし。
「ジークは、ジークのやりたいようにするのだろ?」
(そーだよ)
2人の実兄を手にかけた、などと、ジークは思っていない。
大公のために、レティシアの血を入れ替えた、とも思っていないはずだ。
ジークは、ジークのやりたいようにする。
それだけのことだった。
ユージーンも、それは承知している。
ユージーンだって、ユージーンのやりたいようにしているので。
(血は争えぬということだ)
しみじみと、そう思った。
ユージーンは、大公が、宰相の裏庭で同じことを思っていたとは知らない。
「残念だな」
(うん)
しばし黙り込む。
それから、言っておくべきことを口にした。
「俺は、お前を気に入っていたのだぞ」
肩に爪を食い込ませられようと、つつき回されようと。
ユージーンは、ジークを気に入っている。
けれど、ジークは、もう自分の前に姿は現さないのだろう。
勘ではなく、理屈から、ユージーンには、わかっていた。
(お前って、本当に間が抜けてるぜ)
「だが、馬鹿ではない」
ジークが、笑う。
ユージーンも、笑った。
(じゃあ、オレ、行くぞ)
「ああ」
ふっと、ジークの気配が消える。
思わず、空を見上げた。
そこに、ジークの姿はない。
真っ青な空だけが広がっている。
ユージーンの視線の先、青い空から黒い羽が、落ちてくる。
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