伯爵様のひつじ。

たつみ

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前編

罪と罰と 4

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 家族がいるから許せと言うのか。
 
 その問いを肯定できたら良かったのに、と思った。
 だが、違うものは違うのだ。
 
 嫌なことを考える奴だと思われないだろうか、とファニーは心配している。
 そして、恩着せがましく聞こえるのではないか、とも心配していた。
 
 自分は、とても利己的な人間だ。
 
 ファニーは、自己をそう評価している。
 善なる心でもって命乞いしているのではないとの自覚があった。
 はっきり言って、カーズデン男爵家や使用人がどうなろうと関係ない。
 日々、暮らしを脅かされてきた身としては安心できるかもしれないとさえ思う。
 
「自分勝手、というと?」
 
 金色の瞳を、じっと見つめ返した。
 失礼なことかもしれないが、暗闇で黒猫と見つめ合っている気がする。
 
 こっちが動いたら、きっと逃げてしまう。
 けれど、手を伸ばしたくなる。
 そんな気分で、ファニーは、そろそろと胸のうちを語った。
 
「私は、父が男爵家に殺されたんじゃないかって疑ってます。確証はないんですけど。ただ、私には家族も友達もいないので、誰にも相談できなかったんです。でも、普通は周りに誰かがいて、平民の数は多くて……使用人の身内や友達まで皆殺しにはできないじゃないですか。だから……」
 
 くすっと、伯爵が笑う。
 まとまりのない説明をしていても、呆れられてはいないようだ。
 甘やかな雰囲気に、心臓が、ばくばくする。
 
「あなたは、私に悪評が立つのを懸念しているのですね」
「悪いのは勝手に領地に入った男爵家なのに、伯爵様が悪く言われるのは納得がいかないというか……嫌だなって思ったんです」
「では、オリヴィア嬢のことも同じ理由ですか?」
「似たような感じです。オリヴィア様を殺すと騎士団の方々も、伯爵様や領地自体に反感を持つと思うんです。リーストン卿だって男爵家に殺されたのかもしれないのに、オリヴィア様は身を挺して騎士団を守ったわけですから」
 
 加えて、男爵家がなくなってしまうと、騎士たちは行き場を失う。
 だが、オリヴィアを殺した伯爵家には絶対に身を寄せたりはしないはずだ。
 となると、最悪、野党にでもなって領地を襲うかもしれない。
 
「私の領地の領民は、あなただけ。狙われるのは、私の羊になりますね」
「すみません……勝手なこと言って」
 
 半島全体を領地とするキルテス伯爵領は広いが、なにしろ人がいなかった。
 リーストン騎士団があった頃はまだしも、今はファニーしかいない。
 あとは、牧羊犬と羊と牛だけ。
 
 食料品などの生活に関わる物や牧場管理のための資材は、1ヶ月に2度ほど訪れる商人に頼んでいる。
 それらは支援金で賄えていたため、生活には困らない。
 広い牧場を父と2人で管理するほうが、よほど大変だった。
 
 今では、その広い牧場をファニー1人で管理している。
 人を雇いたくても領地内に人はいないし、雇い入れのために出かける暇もない。
 そもそも、1番近くの村は、カーズデン男爵領にあるのだ。
 雇い入れたがために羊を殺された、なんてことになりかねなかった。
 
「あなたの気持ちはわかりました。いいでしょう。何人かを除いて使用人は見逃して、オリヴィア嬢には機会を与えることにします」
「機会、ですか?」
「望まない状況であったとしても、養女になると決断したのは彼女です。その責任は負わねばなりません。オリヴィア・カーズデンである限り、集団懲罰から免れることはできないのです」
「でも、その機会をいかすことができれば、オリヴィア様は助かるんですね?」
「彼女の決断次第では」
 
 伯爵がうなずく姿に、少しホッとする。
 リーストン卿やオリヴィア、騎士団には、牧場を守ってもらった恩もあるのだ。
 できれば敵にしたくない。
 
「今さら気づいたんですが、だからリーストン卿が先に殺されたのかもしれません。父と私を孤立させるために」
 
 見回りをしていた騎士団がいなくなり、父が代わりをしなければならなかった。
 その最中さいちゅうに、父は「滑落」した、とされている。
 
「私が、あと半年でも早く目覚めていれば、あなた1人を危険にさらすことはなかったのですが」
「それは違います! 伯爵様が姿を見せないからって、領地を離れた者たちが薄情だったんですよ! ゼビロスから私たちを守ってくれたのは伯爵様なのに!」
 
 リセリアが周囲の小国を統一し、帝国となったあとの話だ。
 もとより海を挟んで南にある大陸のゼビロス人たちに、半島は繰り返し襲われていた。
 それを蹴散らし、以降も襲撃を防いでくれたのが伯爵だと、父に聞いている。
 
 『オスカー・キルテス伯爵様は、賢くて立派な人なんだぞ、ベル。どこから襲われても防げるようにと考えて造られたのが、あの星型の城塞だ。今だって伯爵様は、この土地を守ってくださってる。だから、安心して暮らせてるんだ』
 
 なのに、姿を見せない伯爵と、闇夜の森や半島を守っている闇の防壁を怖がり、どんどん領民は離れていったのだ。
 
(怖ければ、近づかなきゃいいだけよ。領地は広いんだから、移り住まなくたって生きていけたはずでしょ。実際、父さんも私も生きてきた)
 
 さっき伯爵に言ったように、悪評が広まるのを貴族は嫌う。
 だから、もし大勢の領民がいれば、カーズデン男爵家も好き勝手はできなかった。
 たとえ領主が姿を見せなくても、強硬な手段には及ばなかったに違いない。
 人目を気にせずにいられたから、人殺しもいとわなくなったのだ。
 
(だいたい国を束ねているのは、皇帝陛下よね? なのに、皇帝陛下が伯爵様に半島を押しつけっ放しで知らん顔してるから、あいつらも好き放題できたんじゃない)
 
 心の中で、ぷんっとする。
 見たこともない皇帝がどれほど偉いのかは知らないが、伯爵ほど「立派」でないのは間違いない。
 
「エルマーも、そうでした。どこまでも私の味方をしてくれましてね。私が眠りにつく前まで近くにいてくれたのは、彼と彼の息子だけです。私の肖像画は、エルマーの息子のミックが描いたものなのですよ」
 
 当時を思い出しているのか、懐かしそうに伯爵の目が細められている。
 伯爵を見つめながら、いつか自分も彼らのように伯爵と親しくなれるのだろうか、と思った。
 
「ファニー」
 
 ふっと、伯爵の表情が変わる。
 見つめ返され、金色の瞳に自分しか映っていないかのような錯覚をしそうになった。
 
「羊は群れを作り、先導するものがいなければ、先に動いたものを先導に、同じ方向に歩いて行く生き物です。それが別の生き物の群れであっても」
 
 突然、話が変わったように感じられたが、黙ってうなずく。
 ファニーも羊の習性は知っていたからだ。
 伯爵の言っていることは正しい。
 
「私には、私の羊が残っていれば、それで十分です」
 
 領民が離れても気にしていないという意味だと、ファニーは捉える。
 ならば、守ってきたことにも意味があると思えて嬉しくなった。
 自然と、口元がほころぶ。
 そのファニーに、立ち上がった伯爵が手を差し出した。
 
「では、そろそろ行きましょうか」
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