伯爵様のひつじ。

たつみ

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前編

要件と用件と 1

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(ミナイ、あんた、今、どこにいんの?)
 
 ジーヴァの声に、ミナイは溜め息をつきたくなった。
 姿は見えないが、赤黒い髪とオレンジ色の瞳が思い浮かぶ。
 
(首都)
(ノビリス? なんで? あんたの受け持ちは男爵領でしょうが)
 
 ジーヴァは、毎度、こんなふうにガミガミとうるさい。
 同じ「葉」なのに、ミナイが若いので、いちいち年上面をしたがるのだ。
 ミナイは細く茶色い髪を片手でかき回す。
 憂鬱さに、薄い緑の瞳をゆっくりと閉じた。
 
 色々なものを共有していても、近くにいなければ姿は見えない。
 姿が見えないのは「枝」も同じなのだが、枝の場合、「葉」がどこにいるのかまでは把握できる。
 それほど「枝」と「葉」では、能力に差があった。
 
 とはいえ、都度の報告をせずにすむのは気楽だ。
 好きなようにフラフラできる。
 
(男爵領は、もうなくなったよね)
(誰に、ノビリスに行けって言われたの?)
(ナタリー)
 
 この会話だって、「枝」には筒抜け。
 だが、面倒なので無視されているに違いない。
 
 なにしろ伯爵が目覚めたのだ。
 「枝」は「葉」と異なり、直接に呼びかけてもらえれば伯爵とのやりとりが可能。
 伯爵にいつ呼ばれるかと、期待にそわそわしている。
 葉っぱ同士の無意味な会話に入ってくるはずがない。
 
(落ち葉に情報収集させてるわけ?)
(そうだよ)
 
 落ち葉というのは、生命力が足らず人の形を取れなかったものたちのことだ。
 目に見えない粒子となり、あちこちに漂っている。
 粒子であっても伯爵の闇から生じたという点では、ミナイたちと同じだった。
 だからなのか「葉」とだけは、意思疎通ができるのだ。
 
 とはいえ、カーリーを起点に「枝」「葉」「落ち葉」と、段々に伯爵との感覚共有が薄れていく。
 逆もまた同様で、ジーヴァとの会話は、小さなざわめきほどにも、伯爵には伝わっていないだろう。
 
(それで? なんかわかった?)
 
 訊かれて、ミナイは少しだけムっとした。
 ミナイがナタリーに伝えれば、自然とカーリーにも伝わる。
 そうした情報を集約し、伯爵に伝えるのはカーリーの役目だ。
 葉っぱ同士が情報交換する必要はない。
 
(なんでジーヴァに教えなくちゃならないのさ)
(知りたいからよ)
(じゃあ、ジーヴァも落ち葉から訊けば?)
(私はノビリスにいないもの)
 
 落ち葉は至る所に散らばっている。
 が、あまり遠くにいると意思疎通ができないのだ。
 
(ナタリーに話してる時は、ジーヴァにも聞こえるだろ)
(なら、今すぐナタリーに話して)
(そっちは暇なの?)
(でなきゃ、あんたに声かけたりしないわよ)
 
 自分勝手なジーヴァに、つくづくうんざりする。
 枝葉えだはだけではなく、落ち葉にさえ、それぞれ個性があるのは知っていた。
 中でも、ジーヴァはミナイにとって「好きではないほう」の範疇にいる。
 伯爵の役に立ちたいという共通意識がなければ、つきあいたくない類だ。
 
(いいかげんにしなさい、ジーヴァ)
(だって、ナタリー、こっちは動きがなくて、つまらないんだもの)
(なにもないのが重要だってことが、わからないのね。私は、伯爵様とファニー様の時間を邪魔する者が来ていたから苛々しているのよ。これ以上、うるさくしないでちょうだい)
 
 ナタリーに叱られ、ジーヴァが静かになる。
 「葉」は「枝」を介さなければ、伯爵とのやりとりができない。
 伯爵の役に立てないのなら、自分たちの存在なんて無価値だ。
 
 しかも、ナタリーは3番目に古い枝だった。
 ムスタファやファルコと同格で、能力も強い。
 ナタリーの「不快」は、カーリーを通じて、伯爵にも伝わってしまう。
 カーリーは、それをけして許さないだろう。
 
 だから、ジーヴァは早々に黙ったのだ。
 ミナイにも、その気持ちは理解できた。
 カーリーに疎外されたら、伯爵との繋がりを失う。
 枝葉が、なにより恐れることだ。
 
(まぁ、いいわ。ちょうど伯爵様がいらしたところだし、なにか伝えたいことはある、ミナイ?)
(今はなさそう。リーストンの騎士が着いていないみたい)
(馬で移動するなんて面倒なことをしてくれるわ。無駄に時間がかかるじゃない。そう言えば、男爵領に残っているスラノの手下が、切り札として鍵を持っているって言ってたわよね?)
(そうだよ。あれは、皇帝の謁見室と繋がっているから切り札になるんだって)
 
 初代皇帝スラノ・モディリヤから2百年が過ぎ、現皇帝アヴァナル・モディリヤは12代目となる。
 にもかかわらず、リーストンの騎士団には相変わらず皇家の手下が潜んでいた。
 同じ家門の者とは限らず、世代によって違う。
 
(まったく愚かだわ。あの鍵の出所を知らないなんて)
(なぜ? スラノは、カーリーから買っていたって聞いてるよ?)
(最初はね。でも、すぐにカーリーじゃなくて、カッツから買うようになったの。今じゃ、原産地がどこなのか、誰も知らないと思うわ)
 
 カッツは、ナタリーの次に古い枝だ。
 常に移動しているため、姿を見たことがない。
 存在しているのは薄っすらと感じるものの、それだけだった。
 
(それにしては、伯爵様の鍵を見て、カーズデンは怯えていたみたいだけど)
(紋章のない鍵を持つ者がキルテス伯爵だという証拠だからよ。鍵を売ることにした時、カーリーが説明書きに入れていたもの。カーズデンは、それを思い出して、本物の法の番人だって確信したんじゃないかしら)
(伯爵様の鍵が、マスターキーってことは知らないの?)
(スラノだって、本当の意味を知らずに使っていたわ)
 
 ナタリーが「愚か」だと言った意味に納得する。
 誰も「便利な鍵」が、どれほど危険をはらんでいるか知らずに使っているのだ。
 
 落ち葉を拾うように、感覚を掴みながら「葉」は近距離で移動ができた。
 対して「枝」は「葉」の足跡を追い、長距離での移動ができる。
 そうやって広がった移動先の空間を結び付けたものが「鍵」となった。
 
 その鍵を作ったのはカーリーだが、カーリーは伯爵の闇から生じたのだ。
 枝葉も落ち葉も同じく伯爵の闇から生じ、カーリーを通じて繋がっている。
 
 つまり、伯爵の鍵は新しい「鍵穴」ができるたびに追加されていく、ということ。
 それが「マスターキー」たる所以だ。
 
(それじゃあ、ミナイ、また声をかけるわ。スラノの臆病な血統を受け継いでいる皇家のことだから、きっと大騒ぎになるわよ)
 
 ナタリーが、ミナイとの会話は「終わった」ものとしたようだ。
 感覚が遠のいていった。
 こういう時、ほんのちょっぴりの寂しさをミナイは感じる。
 
 どうやっても「葉」は「枝」にはなれない。
 どれほど生命力に溢れていても、50年ほどしか生きられない。
 カーリーや「枝」のように、新しい体に入れ替わるのではなく命が消える。
 
 最も人に近しいのが「葉」なのだ。
 
 命の期限も短くて儚い。
 人とは異なる能力を持っていても、病で死んだり、殺されたりする。
 新しい「葉」が生じても、それはミナイとは違うものだ。
 自分の命が消えたら「ミナイ」はどうなるのだろうと、ミナイは思う。
 
 その答えが見つからないせいで、ナタリーたち「枝」と話したあと、いつもミナイは、少しだけ感傷的になるのだ。
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