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前編
率直と婉曲と 4
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ファニーは、はあ…と深い溜め息をつく。
5日ほど前のことを思い出すと、気分が落ち込むのだ。
『伯爵様のご婚約者はご立派ね。いくら帝国法を学んでも平民は平民なのに』
オリヴィアは、そう言い捨てて帰って行った。
その後ろ姿が目に浮かぶ。
1度、叱られているにもかかわらず、オリヴィアは伯爵領に来たのだ。
それほどの事情があったのかもしれない。
(もっと遠回しに言えば良かった。でも、遠回しにっていうのが、思いつかないんだよなぁ。なんせ話す人がいなかったし)
ファニーの話し相手は、家族と前リーストン卿と商人くらいだった。
だが、深刻な話は家族としかしたことはない。
父は、時折、前リーストン卿と深刻そうに話していたが、ファニーは会話に入れてもらえなかったのだ。
なので、他人との真面目な会話に慣れていない。
ヴァルガー侯爵令嬢との会話でも、繰り返し「失礼だけれど」と前置きせずにはいられなかった。
ファニーは、また深い溜め息をつく。
(あの時も、ワイズン公爵のこと、クズって言っちゃったもんね。まだ婚姻中の公爵夫人の前で言うことじゃないよ)
つくづくと自分の思慮のなさが情けなくなった。
これが貴族と平民の違いだろうか。
ヴァルガー侯爵令嬢は上品で「お淑やか」かつ温和な女性だった。
比べると、自分を粗野だと感じる。
「どうかされましたか、ファニー様」
ナタリーが、夕食後のお茶を用意してくれたのだ。
それは、ファニーが今まで飲んできたものとは違い、とても良い香りがする。
ドライフルーツティーというものだと、聞いていた。
飲むと気持ちが落ち着く。
「思ったこととか知ってることを、そのまま口に出す癖を直さないといけないなと思ってたとこ」
「なぜでございましょう? そのまま仰れば良いではありませんか」
「でもさ、相手を傷つけたり、嫌な思いをさせたりすることもあるよね」
「それは、言いかたを変えれば回避できるのでしょうか?」
「わからないけど、たぶん、そうなんじゃないかな。ほら、貴族の人たちって気を遣って話すみたいでしょ?」
「ファニー様は貴族になられたいと?」
「いや、全然。貴族じゃないけど、騎士ってだけでも大変そうだもん」
首を横に振ったファニーに、ナタリーが目を細めた。
琥珀色の瞳が、少し伯爵に似ている。
ナタリーに親近感を覚えるのは、それもあるのだろうかと思った。
「リーストン卿、ですか? あの者になにか言われたとか? 少し前に、性懲りもなく、こちらに来ていたと、ほかの使用人に聞きました」
手伝いに来てくれている人に手を振ったのを、ファニーも覚えている。
遠目ではあったが、馬に乗った女性の騎士で伯爵領に来る人物と言えば、1人しかいない。
ナタリーの表情が硬くなっていることに気づき、苦笑いを浮かべた。
ナタリーは、オリヴィアに手厳しいのだ。
伯爵の言うことを聞かない者という烙印を押しているらしい。
「オリヴィア様は、また立場が変わって苦労してるんだよ。貴族令嬢の頃に、つきあいがあった使用人の人もいるし、なにかと頼られてるんじゃないかな」
あとからファニーは、そう思った。
元カーズデン男爵家に仕えていた使用人がいるということは、養女になったオリヴィアとも面識があるということなのだ。
ヴァルガー侯爵令嬢側に立って考えれば正当なことも、オリヴィアの立場からすると不当な扱いに感じてもしかたがない。
どっちの味方をするかで、人の判断は変わる。
「私も、伯爵様のことを持ち出されて、ムキになっちゃったんだよね」
「まあ! それはそれは!」
なぜかナタリーの瞳がキラキラしていた。
期待に満ちた眼差しに、ちょっぴり戸惑う。
「ファニー様は、本当に伯爵様をお好きにございますね!」
「あ……うん……」
カカーッと頬が熱くなった。
本当のことなので否定はしない。
とはいえ、恥ずかしさに、カップを両手で握りしめてうつむく。
なにしろオリヴィアに「身の程知らず」を突きつけられたのを思い出していたところだったのだ。
「えーと、ナタリー、このことは伯爵様には内緒にしてね」
もっとも、自分の心の裡など伯爵には筒抜けなので、今さらではある。
それでも念押しするようなことは避けなければならない。
伯爵の迷惑になる。
「当然にございます。絶対にお伝えいたしません」
「いちいち報告するようなことじゃないとは思うけど、ごめんね。ナタリーは伯爵家に仕えてるのに、隠し事させて」
「いいえ。伯爵様にとっても、そのほうがよろしいと存じます」
「そうだよね」
平民の娘に好かれ過ぎても、困るだけだ。
伯爵が頻繁に会いに来てくれて、気軽に会話をしてくれるからといって勘違いをしてはいけない。
改めて、自分に言い聞かせる。
「今みたいなことを、前は闇夜の森の木に、よく話してたなぁ」
最近は時間がなくて行っていなかったが、久しぶりに行きたくなった。
お茶を口にしつつ、目を閉じて木の感触を思い浮かべる。
「大きな木でね。父さんにも話さないようなことを、たくさん話してたんだよね。1人になった時もさ。寂しかったけど、あの木があるって思うと、なんか心強かった。私にとっては、すごく特別な木なんだ」
「……ファニー様……」
目を開いて、ファニーは固まる。
ナタリーの目から、はたはたと涙がこぼれていたからだ。
慌ててカップをテーブルに置き、立ち上がる。
「な、ナタリー、大丈夫だから。私、そんなに可哀想な子じゃないから。心配しなくていいよ。今は、ナタリーもいるし!」
「はい、ファニー様……はい、ナタリーもおります」
「そ、そうだよ。牧場も安全になったでしょ?」
きっとナタリーは同情してくれているのだろう。
親を亡くし、1人ぼっちになり、頼れるのが森にある木だけという可哀想な子。
そんなふうに思っているに違いない。
「伯爵様もいらっしゃいます。ファニー様の大好きな伯爵様が……」
「う、うん。もう全っ然、寂しくない!」
家族がいないのは寂しいが、毎日が楽しくなったのも事実だ。
ナタリーが言うように、大好きな伯爵と一緒に過ごせる時間があるのも嬉しい。
オリヴィアとのことで落ち込んでいたのも忘れ、笑顔で言う。
「ナタリーが怖くないなら、今度、一緒に、その木を見に行こうよ」
「少しも怖くはありません。その時は、是非、お供させていただきます」
ナタリーが微笑みを浮かべ、そう答えた。
ファニーもにっこりして、うなずく。
5日ほど前のことを思い出すと、気分が落ち込むのだ。
『伯爵様のご婚約者はご立派ね。いくら帝国法を学んでも平民は平民なのに』
オリヴィアは、そう言い捨てて帰って行った。
その後ろ姿が目に浮かぶ。
1度、叱られているにもかかわらず、オリヴィアは伯爵領に来たのだ。
それほどの事情があったのかもしれない。
(もっと遠回しに言えば良かった。でも、遠回しにっていうのが、思いつかないんだよなぁ。なんせ話す人がいなかったし)
ファニーの話し相手は、家族と前リーストン卿と商人くらいだった。
だが、深刻な話は家族としかしたことはない。
父は、時折、前リーストン卿と深刻そうに話していたが、ファニーは会話に入れてもらえなかったのだ。
なので、他人との真面目な会話に慣れていない。
ヴァルガー侯爵令嬢との会話でも、繰り返し「失礼だけれど」と前置きせずにはいられなかった。
ファニーは、また深い溜め息をつく。
(あの時も、ワイズン公爵のこと、クズって言っちゃったもんね。まだ婚姻中の公爵夫人の前で言うことじゃないよ)
つくづくと自分の思慮のなさが情けなくなった。
これが貴族と平民の違いだろうか。
ヴァルガー侯爵令嬢は上品で「お淑やか」かつ温和な女性だった。
比べると、自分を粗野だと感じる。
「どうかされましたか、ファニー様」
ナタリーが、夕食後のお茶を用意してくれたのだ。
それは、ファニーが今まで飲んできたものとは違い、とても良い香りがする。
ドライフルーツティーというものだと、聞いていた。
飲むと気持ちが落ち着く。
「思ったこととか知ってることを、そのまま口に出す癖を直さないといけないなと思ってたとこ」
「なぜでございましょう? そのまま仰れば良いではありませんか」
「でもさ、相手を傷つけたり、嫌な思いをさせたりすることもあるよね」
「それは、言いかたを変えれば回避できるのでしょうか?」
「わからないけど、たぶん、そうなんじゃないかな。ほら、貴族の人たちって気を遣って話すみたいでしょ?」
「ファニー様は貴族になられたいと?」
「いや、全然。貴族じゃないけど、騎士ってだけでも大変そうだもん」
首を横に振ったファニーに、ナタリーが目を細めた。
琥珀色の瞳が、少し伯爵に似ている。
ナタリーに親近感を覚えるのは、それもあるのだろうかと思った。
「リーストン卿、ですか? あの者になにか言われたとか? 少し前に、性懲りもなく、こちらに来ていたと、ほかの使用人に聞きました」
手伝いに来てくれている人に手を振ったのを、ファニーも覚えている。
遠目ではあったが、馬に乗った女性の騎士で伯爵領に来る人物と言えば、1人しかいない。
ナタリーの表情が硬くなっていることに気づき、苦笑いを浮かべた。
ナタリーは、オリヴィアに手厳しいのだ。
伯爵の言うことを聞かない者という烙印を押しているらしい。
「オリヴィア様は、また立場が変わって苦労してるんだよ。貴族令嬢の頃に、つきあいがあった使用人の人もいるし、なにかと頼られてるんじゃないかな」
あとからファニーは、そう思った。
元カーズデン男爵家に仕えていた使用人がいるということは、養女になったオリヴィアとも面識があるということなのだ。
ヴァルガー侯爵令嬢側に立って考えれば正当なことも、オリヴィアの立場からすると不当な扱いに感じてもしかたがない。
どっちの味方をするかで、人の判断は変わる。
「私も、伯爵様のことを持ち出されて、ムキになっちゃったんだよね」
「まあ! それはそれは!」
なぜかナタリーの瞳がキラキラしていた。
期待に満ちた眼差しに、ちょっぴり戸惑う。
「ファニー様は、本当に伯爵様をお好きにございますね!」
「あ……うん……」
カカーッと頬が熱くなった。
本当のことなので否定はしない。
とはいえ、恥ずかしさに、カップを両手で握りしめてうつむく。
なにしろオリヴィアに「身の程知らず」を突きつけられたのを思い出していたところだったのだ。
「えーと、ナタリー、このことは伯爵様には内緒にしてね」
もっとも、自分の心の裡など伯爵には筒抜けなので、今さらではある。
それでも念押しするようなことは避けなければならない。
伯爵の迷惑になる。
「当然にございます。絶対にお伝えいたしません」
「いちいち報告するようなことじゃないとは思うけど、ごめんね。ナタリーは伯爵家に仕えてるのに、隠し事させて」
「いいえ。伯爵様にとっても、そのほうがよろしいと存じます」
「そうだよね」
平民の娘に好かれ過ぎても、困るだけだ。
伯爵が頻繁に会いに来てくれて、気軽に会話をしてくれるからといって勘違いをしてはいけない。
改めて、自分に言い聞かせる。
「今みたいなことを、前は闇夜の森の木に、よく話してたなぁ」
最近は時間がなくて行っていなかったが、久しぶりに行きたくなった。
お茶を口にしつつ、目を閉じて木の感触を思い浮かべる。
「大きな木でね。父さんにも話さないようなことを、たくさん話してたんだよね。1人になった時もさ。寂しかったけど、あの木があるって思うと、なんか心強かった。私にとっては、すごく特別な木なんだ」
「……ファニー様……」
目を開いて、ファニーは固まる。
ナタリーの目から、はたはたと涙がこぼれていたからだ。
慌ててカップをテーブルに置き、立ち上がる。
「な、ナタリー、大丈夫だから。私、そんなに可哀想な子じゃないから。心配しなくていいよ。今は、ナタリーもいるし!」
「はい、ファニー様……はい、ナタリーもおります」
「そ、そうだよ。牧場も安全になったでしょ?」
きっとナタリーは同情してくれているのだろう。
親を亡くし、1人ぼっちになり、頼れるのが森にある木だけという可哀想な子。
そんなふうに思っているに違いない。
「伯爵様もいらっしゃいます。ファニー様の大好きな伯爵様が……」
「う、うん。もう全っ然、寂しくない!」
家族がいないのは寂しいが、毎日が楽しくなったのも事実だ。
ナタリーが言うように、大好きな伯爵と一緒に過ごせる時間があるのも嬉しい。
オリヴィアとのことで落ち込んでいたのも忘れ、笑顔で言う。
「ナタリーが怖くないなら、今度、一緒に、その木を見に行こうよ」
「少しも怖くはありません。その時は、是非、お供させていただきます」
ナタリーが微笑みを浮かべ、そう答えた。
ファニーもにっこりして、うなずく。
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