残心〈運命を勘違いした俺の後悔と懺悔〉

佳乃

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きっかけ 3

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「僕は、護君とこの先ずっと一緒にいるために今は頑張るって決めたんだ。
 学校はこのまま大学まで行くけど静流君が在籍している間にできる限りたくさんの単位を取る予定でいるし、静流君が卒業してからは最低限の出席日数に抑える予定でいます。その分、父さんや茉希さんから学べることを学ぼうと思ってるんだ」
 自分の感情を隠すように早口で言ったせいか、敬語混じりの変な言葉が可愛くてクスリと笑ってしまった。

「ありがとう。
 静流がいるから安心だけど、それでも光流の隣を譲るのは俺も断腸の思いよ。
 だから、これくらい許して」
 そう言いながら光流の顔を覗き込むとそのまま顔を近付ける。
 光流が驚いて目を見開いた時には唇を重ねていた。
 そっと触れるだけの軽いキス。
 そのまま光流をぎゅっと抱きしめる。
「しばらくこのままでいさせて」
 緊張して鼓動が速くなるが、光流も同じなのだろう。その鼓動が俺にまで伝わってくる。

「正直、光流は俺が思ってるほど婚約者と言う立場を重く考えてないんじゃないかって不安だったんだ」
 光流を抱きしめたまま言葉を続ける。

「俺より優秀なαは沢山いるし、これから先出会う機会も沢山あるだろう。子どもの頃に決められた婚約者よりも優秀なαがいることに気付いた時に光流が俺との婚約を後悔するのが怖かった。だから力が欲しいと思った。
 ヒートが来て頼ってもらえればとも思ってた。俺がいないと駄目だと思わせたいなんて浅ましい事も考えてた。
 ごめんな、光流はこんなにも俺のことを考えてくれてたのに…」
 そう言いながら光流から身体をそっと離し、その言葉を待つ。

 そして告げられる光流の素直な気持ち。
「護君の言ってくれたこと、すごく嬉しい。
 僕の方こそ希望の大学に行ったら優秀な人と出会うことで婚約していることが負担になるんじゃないかって不安だった。僕は男だから女の子の方がいいと言われないかも不安だった。
 だから誰よりも僕が良いと言ってもらえるように頑張りたかったんだ。
 だから、ありがとう。
 いつも一緒にいたのに護君も僕もすれ違ってたんだね」
「だな。
 これから先、今よりも離れる時間が増えるけど必要な時はいつでも頼って欲しい。試験の時とか、どうにもならない時もあるかもしれないけど可能な限りなんとかする。
 いつか、静流に頼らず俺だけで光流を守れるようになるから」
 だから伝えたんだ、俺の素直な言葉を。

 この人で良かった。

 この人を好きになって良かった。

 その気持ちのままお互い〈わざわざ口にしなくても〉と思っていたことを言葉に出してみる。
 知っているようで知らなかったこと、誤解していたこと、お互いの気持ちを思い知るようなこと。

 恥ずかしくて照れ臭いことを口にするとますます想いが強くなることを知った。

 我慢しすぎてお互いに誤解していたことに気づいた。

 お互いに好きなものを再確認したり、苦手なのに我慢して隠していたものを知ったり。

 話に夢中になりすぎて時間を忘れていた俺は、様子を見に来た静流に時間を告げられ予備校の事を忘れていたことに気付かされる。予備校には行き そびれたが、俺達は想いを伝え合い、一歩前進した。

 2人で話したあの日、いくつかのことを決めた。

 検査結果によっては変更も考えるが、当面のところ光流のヒートは薬を飲んで様子を見る。
 検査結果が良くなかったり副作用が強く出る場合はその時にまた考える。
 ヒートの時は連絡をする。会えないけれどパートナーなんだからちゃんと知っておきたかったのだ。

「格好つけたけど、俺だって光流とヒートを過ごしてしまったらますます光流を甘やかしてしまいたくなる自信がある。それこそ、外部受験を考え直してしまうかも」
 お互いに隠していた本音が俺を勇気付ける。一方的な想いだとしても頑張ろうと思っていたのに、お互いに同じ方向を見ているのだから。
 
 本当は毎日メッセージを送りたいと言われ、俺も静流から伝えられる言葉よりも光流からのメッセージが欲しいと伝えた。

 それから、たまには2人で出かけたいと伝えてみた。
〈行事は家族で〉と光流の母が言うため季節の行事の度に辻崎家にお邪魔しているが、光流と2人きりで過ごす時間は実は少ないのだ。静流と俺が2人で出かけることはあるけれど、光流と出かけるとなると静流が同伴なのは当たり前で、今まではそれが普通だったのだけどたまには2人手間過ごす時間も欲しい。
「デート、したい!」
 俺の提案に光流も賛成のようで可愛らしいリアクションを見せてくれるからこちらの表情もついつい緩んでしまう。

 今まで積み重ねてきたことを変えていくのは楽しいけれど容易ではなくて、2人で話をしながら少しずつ変えていったことも沢山あるる。

 そして、穏やかに時は流れてゆく。
 
 光流の2回目のヒートも初めての時同様、薬で容易に抑えることができた。血液検査の結果も異常は無く、副作用で体調を崩すこともないため先生からも継続して服用する許可が出た。ただし定期的に検査は必要で、何か異常が出た場合にはすぐに服用は中止。ヒート中にいつもと違う症状が出たら隠さず申告することも約束した。
 ヒートの時の様子は出来る限り俺も共有し、俺から見て何か様子が変わったと思う時は教えてもらえるようお願いされた。
 今までは光流に何か変化があれば静流が真っ先に気付くのでそれで安心していたが、頼られたい俺と頼りたい光流はそんなふうに共有できる情報が増えることが嬉しかった。

 やがて受験シーズンとなり、さすがにこの年の年末年始は追い込みをかけたくてクリスマスに少しだけ2人で会う時間を作ってプレゼントを渡した。
 2人だけ、といっても移動の時間がもったいないため光流の部屋で過ごしたクリスマス。
 光流からはシャーペンをもらった。
 少し重くて見るからに〈良品〉なそれを渡される時に言われた言葉。
「使わなくてもいいから応援させて。
 僕はずっと応援してるから。
 ペンケースの中でもいいから、少しでも護君のそばで応援したい」
 あまりにも可愛くて、あまりにも健気で抱きしめてしまった。
 愛おしい。その時、光流の首筋から甘い香りがすることに気づいてしまった。お菓子のような、バニラ?光流に似合いの香りだと思ったけれど、これ以上密着していると理性が保たないためわざとらしくないようにそっと身体を離す。
 そんな俺に気付かず、光流は次から次へと〈クリスマスプレゼント〉を取り出す。風邪予防のアロマオイルや体を温めるお茶。他にも受験を控える俺には嬉しいものが詰め合わせのようにしてある。
 心の底からポカポカと暖かくなる。
「光流にはこれを」
 そう言って俺が光流の送ったのはカシミヤのストールだった。そして告げる俺の気持ち。
「実は、おそろいなんだ。これを使って欲しい。それで試験前に俺のストールと交換して欲しいんだ。試験の時にお守りにしたい。会えない時も、一緒にいたいんだ」
 気持ち悪くてごめん、と呟くように言葉を添えた。これから追い込みに入るとなかなか会う事ができないから少しでも光流をそばに感じたいと思う、俺の光流に対する執着。引かれるかもしれないけれど、それでも自分を保つためにどうすればいいかと考えた結果なのだ。

「気持ち悪くなんてないよ。僕も同じ気持ちだから嬉しい」
 光流が告げてくれた言葉に安堵する。
 おまけに望んでも見なかった言葉をくれる。
「じゃあ、年明けにどれだけ会えるかわからないけどその都度交換しよ?」
 試験まで全く会えないわけではない。光流の言葉を口実に、少しでも時間が取れたら会いにくるよう約束した。
 途中で静流がお茶を持ってきてくれたりもしたが、やけにお洒落していたので出かけるのだろう。
 俺の予備校の話、光流の将来の展望、共通の友人の話。取り止めのない会話が続くが時計を見て思わずため息を吐いてしまった。
「名残惜しいけどそろそろ時間だ」
 今日もこれから予備校だ。
 荷物は大丈夫かと心配する光流に一度家に帰るから、と笑いそっとその頬に手を添える。
 意図に気づき目を閉じたのを確認して唇を重ねる。重ねる毎に長くなる口付け。唇が離れるのが淋しいのか拗ねたような目をされて流されそうになるけれど、これからの2人のためにも我慢する。
「来年のクリスマスは2人でゆっくり過ごせるように頑張ってくるよ」
 そう言って俺は帰路に着いた。

 幸せだった記憶。
 大切な、大切な思い出。


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