残心〈運命を勘違いした俺の後悔と懺悔〉

佳乃

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想い描いたその先にあるもの 3

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「今回の件について、御子息からはどのように?」
 静流が口を開いた時に〈護〉と名前で呼ばず御子息と呼んだことで父は違和感を感じたらしい。途端、顔が引き攣る。そして、何かを探るように話し出す。

「見識を深めるために一度婚約を解消すると。光流さんとも話し合い、了承されたと聞いております。本日、お父様は?」
「この件に関しては私が一任されています。叔母が同席している理由は後ほどお分かりになると思いますが、これは一族の総意だと思っていただきたい」
 静流は核心に触れず話を続ける。

「今日は光流は?」
 気になってしまい口を挟む。
 その途端、静流がキツい口調で言葉を投げつける。
「光流は部屋で休ませています。
 それよりも名前を呼び捨てにするのは控えていただきたい。もう婚約者ではなくなるのですから」
「なんだよ、それ」
 思わず反論した俺にかけられた言葉は思ったよりも辛辣な言葉だった。

「言葉遣いにも気をつけていただきたい。本日、私は〈当主代理〉としてこの席に臨んでいます」

 初めて見る静流の当主代理としての顔。

「護さん、私に何か言わないといけないことがあるんじゃないですか?」
 静流が何を言いたいのかは何となく理解していたが、それでも悪あがきをするかのように反論してみる。
 この状況を打開できる何かを探すためにも直ぐに認めるわけにはいかない。

「話なんてない。
 婚約解消の手続きって、何か書類があるのなら早く手続きをさせてくれ。
 こっちは試験前の大切な時間なんだ」
 試験前なのは静流も同じだろう。動揺させるために言ってみた言葉だったのに逆に逆鱗に触れてしまったらしい。

「番と過ごす時間が減るのはそんなに腹立たしいことか?」

 時間が止まったかのようだった。
 それは静流の言葉に対してだったり、静流の威圧のためだったり、俺も父も動くことが出来なかった。

 静流のことを本気で恐ろしいと思った。
 敵わない。
 本当の敗北だった。

 動く事も、何か言う事もできず、ただただ静流の威圧に耐えていただけの俺たちを見兼ねて茉希さんが静流の肩を叩く。途端に静流の威圧は弱まり動くことができるようになったけれど父は何を言われているのかわかっていないようだったし、俺は何を言っていいのか分からず静流から目を逸らしてしまった。

 完全に負け犬の行動だ。

「何か、勘違いをしていないか?」
 視線を合わせないまま答えるけれど直ぐにその言葉を否定される。

「お前のΩは相当独占欲が強いようだな」

 全てバレているのだ。
 顔から血の気が引くのがわかる。
 チラリと隣を伺うと父は父で怒りで震えているようだ。

「何のことだ?」
 認めてはいけない、そう思っているものの動揺で声が震える。

「光流は非を認めて〈婚約破棄〉を申し入れてきたら不問にするって言ってたんだよ」
 静流はそう言って机の上に書類を置く。俺と父は2部ずつ揃えられた書類をそれぞれ手に取りページを捲る。
 その時、タイミングを見計らっていたのだろう。秘書が光流に大きな紙袋を渡す。
「私は部屋の外で待機していますので、何かありましたらお声がけください」
 そう告げた後で秘書は何かを静流の耳元で囁き部屋を出て行った。
 このタイミングで何のために紙袋なのか気にはなったけれど、それ以上に気になったのは渡された書類だった。

「光流は〈婚約破棄〉となった場合、少額でいいから慰謝料を発生させて、その話を受け入れた事を周知徹底すると言っていました。両家で話し合い、良い関係を続けられるようにしたいとも」
 資料を読む俺たちに言い聞かせるよう、ゆっくりと告げられる言葉。

「さあ、申し開きを聞こうじゃないか」
 
 資料を読み、反論の余地がない事は自分が1番理解していた。全て調べられているのだ、反論の余地も無い。

「光流だって、αを侍らせてるじゃないか」
 苦し紛れに言ってしまった言葉。それがどれだけ静流の神経を逆撫でるのかわかっていても、それくらいしか反論の余地がなかった。流石に父も不味いと思ったようで俺を止めようとしたけれど、一度口から出てしまった言葉は戻すことが出来ない。

「それは、光流だけでなく私たち一族に対する侮辱と受け取った」
 静流は極めて冷静に答え、言葉を続ける。
「光流の側にいる事を許されているのは身内以外は主治医と先程の安形だけだが、何を勘違いしている?」
「だって可笑しいじゃないか。俺がいなくなったタイミングでαを秘書につけて世話をさせるなんて。男よりも女が良いとでも言われたのか?光流には甘いからな」
 自分で自分を追い詰めている事はわかっていたけれど、言わずにはいられなかった。光流だって俺を裏切っていたのだと自分正当化したかったのかもしれない。

「安形が秘書についたのはお前のせいだよ。本来ならオレの補佐だけをお願いしていた。
 お前が光流のエスコートが出来ない時はオレがフォローするつもりだった事は忘れたか?お前がキャンセルした予定はオレが全て引き受けてたんだ。
 でもな、オレだって身体はひとつだ。オレのいない穴を安形に埋めさせて何が悪い?送迎やアテンドは秘書の業務内だ。男とか女とか、ましてやαとか、優秀なら関係ないんだよ」
 暗に俺よりもあのαの方が優れていると言っているのだろう。その言葉に怒りを覚え、ずっと思っていた一言を言ってしまった。
「ヒートの時だって、あの秘書が世話をしてるんじゃないのか?」

「下品な匂いをさせておいてそんな事を言うのはどこの恥知らずかしら?」
 迫るような低い声でピシャリと叩きつけられた言葉。

 下品な匂いとは何のことだ?

「あぁ、番持ちはフェロモンを感じなくなるんだったわね。
安形は番持ちよ。パートナーは女性Ω。2人とも元はうちの会社の子だから会ったこともあるんじゃないかしら?」
 茉希さんが鼻で笑い静流に話の続きを促す。その時、父が口を開いた。

「さっきから番、番って何を話しているのでしょうか?」
 余計なことを言ってくれるなと思ったけれど、俺にはその言葉を止める術がない。
「御子息は婚約者のある状態で婚約者以外のΩを番にしたんですよ。番ってしまったのでそれが明るみに出る前に急いで婚約を解消しようとしたんじゃないですか?」
 静流の言葉に俺は顔を伏せることしかできなかった。
「いつからだ?」
 動揺を隠せない父の言葉にも顔を上げることが出来ない。

「少なくとも最後に光流と会ったときは番ってはいなかったと言っていました。なので11月以降でしょうね。誕生日の時か、年末年始か、エスコートを放棄して何をしていたんでしょうね」

 再び沈黙が訪れる。
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