恋心〈婚約者が選んだのは僕ではなくて女性Ωでした〉

佳乃

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可愛い人 1〈安形side〉

 前日に急に変更となったスケジュール。
 本来なら静流さんと共に出かけるはずだった予定をキャンセルしてまで入れたそれは〈光流さんの監視〉だった。正確に言えば〈光流さんが興味を持った人物の監視〉だ。

 静流さんにどうしてもと請われたら断れるはずがない。特に今回は私自身も相手の人物に興味を持っているため尚更だ。
 光流さんの持つトートバッグを染め上げた人物。その色に惹かれたのはもちろんだけど、普段見ない光流さんの執着にも興味を持ったのだ。悪い感情での興味ではなく、純粋に〈会わせてあげたい〉と思うほどの光流さんの変化。

 前に〈運命の番かもしれない人〉が現れてからと言うもの静流さんは光流さんの交友関係に関して一段と神経質になっているため過保護気味ではあるが、Ωである光流さんを守るためには仕方ないと思っている。賢志さんの事は信用しているが、βではαに太刀打ちできない場面もあるのだ。
 その事は賢志さん自身も理解しているため3人で出かけることになってしまったが、私にとっては役得だ。あわよくば自分も譲ってもらいたい、と言う下心はもちろんある。自分用ではなくパートナー用ではあるのだが…。

 静流さんからは光流さんの抑制剤を持っていって欲しいとお願いされた。光流さん本人にも服用するように言っておくけれど、万が一に備えておいて欲しいと。私自身、パートナーがΩであるためその心配はよくわかるので予備を受け取っておいた。

 当日、光流さんは朝からソワソワしていてとても可愛らしかった。〈恋をしている顔〉に見えなくもないけれど…ご本人に自覚はなさそうだ。
 支度を終えてリビングで過ごしていた光流さんは、先ほどからバックの中身を何度もチェックしているため賢志さんも苦笑いを隠せない。中身をチェックしてはトートバッグを見て満足そうにしているけれど、この顔は忘れ物がないことに対してなのか、トートバッグの存在に対してなのか。

「光流さん、そろそろ出ますか?」
 声をかけると時間を確かめ賢志さんに声をかける。そして静流さんの言いつけ通り抑制剤を服用した。忘れているようなら声をかけようと思っていたが、目の前で服用したのは私を安心させるためもあるのだろう。
 必要以上に周りに気を使うため疲れるのではないかと心配になるが、これが光流さんの通常の振る舞いだ。
 きっと、今までの積み重ねで〈良い子〉でいることを自分に課してしまう光流さん。それだけに今回の〈特定の人物に会いたい〉と言う願いは何としてでも叶えてあげたかったのだ。

 正直、サロンで知り合ったと言う〈永井さん〉に任せずこちらで調べてコンタクトを取る事もできた。そうすればきっともっと早い段階で〈会える〉〈会えない〉は結果が出ていただろう。それでも今回の事に静流さんが口を出さなかったのは、その過程での光流さんの様子が見たかったからだと言った。そのまま興味を失うのか、興味を持ち続けるのか。
 結果として〈興味を持ち続け〉あまつさえ〈自分から〉永井さんに声をかけると言う行動に出た。賢志さんを通じてではなく、自分で〈無理はしないでください〉と伝えたそうだ。これは光流さんにとっては進歩でしかない。
 しかも、庇護欲を駆り立てるような、本当に残念そうな顔で伝えたため永井さんが俄然張り切ってしまったとはその様子を見ていた賢志さんの言葉である。

 光流さんは実は天然タラシなのだ。
 本人に全く自覚はなく、光流さん自身が行動を起こす事が少ないためその事実を知るのは本当に身近な人のみに限定されるが、その気になれば叶わないことなど無いのではないかと思うほどのタラシっぷりだ。

 待ち合わせ場所に着いた時も〈永井さん〉は賢志さんに声をかけたが、この目は光流さんを見て〈褒めて!!〉と言わんばかりの顔だ。尻尾があったらブンブンと左右に振れまくっているだろう。永井さん、その気持ち私もわかります。光流さんに褒められたいです。
 光流さんにお礼を言われ、嬉しそうに今回の経緯を話す。本当に頑張ってくれたのだろう。私からもお礼を言いたいところだけど出過ぎた真似は良くないと心の中でお礼を告げておく。

 それは静かな出会いだった。
「永井さん?」
 話をしていた私たちの耳に静かに届いた声。少し低めの落ち着いた声。
「そうです。紬さんですか?」
 永井さんが返事をする。
〈紬〉と呼ばれた男性は背が高く、少し長めの前髪が目にかかって邪魔そうだ。デニムのツナギ?ジャンプスーツ?を着てその上からジャンバーを羽織っている。

 αだ。

 直感で理解する同族の存在感。
 光流さんを見るが特に異変は無い。抑制剤を服用しておいて正解だった。

 紬と呼ばれた青年は〈永井さん〉以外に数人いる私たちに怪訝そうな顔を向けようとした様だったが、その目が光流さんだけを捉えた事に気付いてしまった。
 永井さんと話をしてはいるが、意識は光流さんに向かっている。少し警戒をしてみるが、永井さんとの交渉が止まる事はない。

 作品を見せてもらえる事になり、彼の作品がテーブルの上に並べられていく。
 色とりどりの作品がテーブルを埋めていき思わず感嘆の声が出てしまう。

 光流さんも彼の作品から目が離せないようだ。

 テーブルに並べ終わると〈どうぞ〉と声をかけられたため永井さんと一緒に見せてもらう事にする。
 警戒をしてはいるけれど、光流さんに変化は無さそうだし、賢志さんが作品を見にいくより私が行ったほうが自然だろう。賢志さんに目配せをして光流さんの事をお願いする。
 一緒に過ごすことが多いためこの辺は感覚だがちゃんと伝わったようだ。

 それでも警戒は緩めないでおく。いま、この場所にはΩは光流さんだけなようなので軽い威嚇フェロモンは出し続けたままだ。
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