Ωだから仕方ない。

佳乃

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【side:燈哉】ふたりの関係。

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「涼夏は恋愛対象って、どうなの?」

 共に過ごす時間が増えるにつれ話す内容に遠慮も無くなっていく。αとΩではあるけれど、性差を意識することなくなんでも話せる関係。

 実際のところ、羽琉と将来的に番関係を結ぶと周知された頃から友人との会話も気を遣うようになっていたし、気を遣われるようにもなっていた。ただしそれは俺のことを気遣うわけではなくて、俺や自分の周囲に気を遣っての【気遣い】だったのだけれど…。

「どうって?」

「男とか、女とか、αとか、βとか、Ωとか?」

「選択肢、多っ」

「でもそうだろ?」

「燈哉君は?」

「どうだろう。
 気が付いたらあの子の隣にいるようになってたってだけで、男性Ωが良いとか、Ωだけが恋愛対象とか、ちゃんと向き合う前に決まってたみたいな?」

「みたいなって、それはそれで大変だね」

「涼夏はΩと付き合ってたって言ってたけど、やっぱりαならΩとって思って?」

「だね。
 自分はαなんだからΩを守らないとって。うちの学校、αもΩも少なかったから自然とね。
 まあ、オレはΩだったんだけど」

 困った顔でそう言った涼夏だったけど、「αはΩとって思うのって本能なのかな?」と口調は柔らかい。

「αと付き合うαもいるけどな」

「α同士とか、Ω同士とか、どうなんだろうね?」

「どうって?」

「αとΩならお互いに満たされるって前提じゃない?
 特にΩは薬である程度は抑えることができてもαの存在があれば精神的にも肉体的にも満たされるし、多分。
 でもα同士、特に同性だとどうなの?
 Ω同士だって、結局薬に頼るしかないんだろうし」

「多分って、他人事?」

「だって、経験ないし、今のところしたいとも思ってないし。
 薬が効けばそれほど困らないよ」

 涼夏は出会いがあんなだったのに、俺のことを恋愛対象としてなんて見ていないのだろう。あの日は涼夏自身、新しい環境で不安だったから流されただけで、本来ならあり得なかったシチュエーション。
 自分がΩだと受け入れはしているものの、Ωとして生きていくことを受け入れるまでには納得できていないのかもしれない。

「俺、αなんですけど?」

「ソウデスネ」

「全く眼中に無いんですか?」

「ソウデスネ」

 そんなやり取りをして笑い合う。
 αとΩであっても性差を意識することなく話のできる相手であり、お互いの家格も気にすることのなく話のできる相手。

「そう言えば明日、どうする?」
 
「明日は何の予定もないから大丈夫」

「じゃあ、図書館にする?
 家でもいいけど」

 そんな風に予定を合わせるようになったのはテスト対策がきっかけだった。
 外部から入学した涼夏はこの学校のテスト対策に悩み、傾向と対策を聞かれ、それに答えるうちに自然と一緒に勉強をする流れになり、気付けば週末、主に土曜日は一緒に過ごすのが慣例となっていく。
 土曜日が多かったのは、日曜に一緒に過ごした翌日、羽琉が涼夏の残り香に嫌な顔をしたからだ。

「明日、親御さんは?」

「家にいると思うよ」

「じゃあ確認して。
 家にいるならお邪魔する」

「分かった。
 夜にでも連絡する」

 そんな風に自宅に行くようになったのは、やっぱり涼夏がΩだから。
 図書館で一緒に過ごす度に自宅まで送ると言う俺に遠慮し、毎回親を呼ぶため「燈哉君が嫌じゃなければ家に来る?涼夏がひとりの時は駄目だけど」と言ったのは涼夏の父だった。
 迎えが来るまで一緒に待ち、ついでだから送ると言われても固辞する。そんな俺に見かねての対応だったのだけど、その頃には気心の知れた関係だった俺たちに、それを断る理由はなかった。

 親の監視のもと、と言っても甘い雰囲気になることのない俺たちにとっては親の監視がある方が安心できるし、親がいると思うと脱線もしにくくなる。
 とりあえず自分たちで決めたノルマはクリアして、時間があればダラダラと過ごすのはとても楽しかった。

 羽琉とはしたことのない遊びや羽琉とはしたことのない会話。
 時間をかけてやるゲームが好きな羽琉は格闘ゲームとは無縁で、時間をかけてゆっくりと小説を読む羽琉は漫画の話をしても興味を示すことがなかった。だけど、涼夏の部屋で格闘ゲームをして興奮し過ぎて「うるさいっ‼︎」と涼夏の親に叱られたり、勉強に疲れたとダラダラと涼夏の集めた漫画を読んだりするのは楽しかった。
 気付かないうちに距離が近くなってしまい残り香が濃くなることもあったけれど、やましいことは何もしていないせいで少しずつ羽琉に対しての配慮は疎かになっていく。

 主に土曜日と決めていた〈勉強〉の時間は予定が合えば日曜日も、となっていく。その頃になると涼夏のことをΩだと意識することもなく、初対面で羽琉のためにカムフラージュとして使おうと思ったフェロモンの香りは似ているだけで全くの別物だと気付き、馬鹿なことをしたと自分に呆れ、猛省するほどだった。

 そんな風に週末を過ごし、平日は執拗に羽琉にマーキングを施す。そして、平日に溜め込んだ〈何か〉を週末の涼夏との時間でリセットする。

 リセットをすればまた羽琉に向き合うことができるから。

 向き合うために、と思うのに羽琉を目の前にすると逃したくないという衝動に駆られ、嫌がる羽琉をねじ伏せてマーキングを施してしまう。そして、伊織や政文にそのことを咎められると余計なことを言って羽琉は自分のものだと主張したくなる。

 羽琉に対する執着を手放すことができず、それなのに羽琉との関係に辟易して涼夏との時間に救いを求めてしまう。

 それならば羽琉が伊織や政文と過ごすことを許すべきだと思うのに、政文と付き合っているはずの伊織がやたらと羽琉を気にかけるのが気に入らない。

 涼夏に対する自分と、羽琉に対する伊織。

 同じようにΩと過ごすαであるけれど、自分の気持ちと伊織の気持ちは全く違うものに見え、それを許してはいけないと何かが警鐘を鳴らす。

「政文は伊織と上手くいってるのか?」

 そう声をかけたのはひとりで歩く政文を見付けたから。職員室に呼び出されていた俺もひとりで、話をするのならこのタイミングだと思ったから。

「燈哉。
 羽琉は?」

「羽琉が呼び出されたならついてくるけど俺の呼び出しに羽琉を連れてくるのは、な」

 そう言えば納得したと頷く。

「俺も伊織が呼び出されたらついてくるけど、俺が呼び出されても連れてこないな」

「やっぱり伊織と付き合ってるんだよな」

「まあな、」

 何かを含んだような返事が気になるものの、否定しないことに少し安心する。ふたりが一緒に登下校しているとか、互いの家に遊びにいくとか、羽琉から聞いてはいるけれど、それならば伊織の羽琉に対する執着は何故なのか。

「伊織のこと、ちゃんと捕まえててくれよ。何であんなに羽琉のこと気にするんだ?」

「それは友達だからなんじゃないか?
 友達が日に日に元気なくしてれば気になるのは不思議じゃない。
 燈哉こそ、今居がいいなら羽琉のこと解放してやれば?」

「解放って、捕まえられたのは俺だよ。
 それに、涼夏は友達だし」

「それ言うなら伊織のことだって許してやれよ。
 自分は今居とふたりで過ごすのに、羽琉は伊織とふたりで過ごすのを許さないって、心狭くない?」
 
 俺と羽琉の関係を知っているけれど、俺と羽琉の関係を理解していない政文は納得できないと顔を顰める。
 側から見ている人間関係と、その中に身を置いている俺と羽琉の関係は、目に見えているそれよりもはるかに歪だろう。

「だって、伊織、羽琉に執着してるだろ?
 政文は羽琉に興味なさそうだけど」

「俺だって、羽琉のことは気にかけてるよ?」

「気にかけるのと執着するのは違う」

「燈哉は今居を気にかけてるけど執着はしてないってこと?」

「執着は…どうだろう。
 知り合いを紹介して任せることもできるけど、涼夏といると快適だから手放したくはないかな」

 自分の想いを素直に口にする。

「羽琉と一緒にいると落ち着かないんだよ。誰かに取られないようにしないと、自分に縛り付けておかないとって。
 涼夏に対してはそんな気持ちないし、誰か好きな人ができたって言われたら任せるだろうし。ただ、頼りない相手なら反対するかもだけどな」

「じゃあ、羽琉に誰か好きな人ができたら?」

 そう言われて少し考え込む。
 この時点で「羽琉は自分のものだ」と、羽琉を手放す気は無いと言えなかったことを政文がどう捉えたのか…。

「俺は、伊織が俺から離れようとするなら許さないけどな」

 断言できる政文が、少しだけ羨ましかった。


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