手〈取捨選択のその先に〉

佳乃

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一也編

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 あの後、友人は多くを言わなかったものの、その態度から誰に何を言ったところで時也との仲を取り持ってもらえる相手はいないのだと悟る。
 友人としての付き合いを変えるつもりはないけれど、友人だからと言って何でも許せるわけではないし、時也との仲を取り持つつもりもないとはっきりと言われた。俺の自業自得だ。
 飲みすぎてこれ以上情けない姿を見せてはいけないと程々で切り上げ部屋に戻る。スマホを確認すると美夜からいくつかメッセージが入っていたため既読はつけたものの、内容は頭に入ってこないし返信する気にもなれない。
 仕方なしに〈飲み過ぎた〉とだけ一言送り、おやすみとスタンプを送る。
 時也を蔑ろにして傷つけ、今は美夜を蔑ろにして。何をやっているのだと思いはするものの、今は美夜に優しく接することはできそうにない。
 時也の手を離して美夜の手を掴んだのは自分なのに、それなのに自分勝手すぎる思考は〈美夜さえ現れなければ〉と勝手な逆恨みすらしている。

 ベッドに入り眠れないまま何度も寝返りを打つ。
 視線の先にあるのはいつもと変わらない部屋なのに、それなのに全てが違って見えてしまう。
 美夜の部屋に入り浸っていたのが幸いしてこの部屋に美夜の気配はない。でも、週末を時也の部屋で過ごすようになってからこの部屋に招き入れることがなかったせいで時也の気配も感じることができない。

 初めて部屋に連れ込んだ日、〈知り合い〉か〈友達〉かで何とか時也の口から〈友達〉と言う言葉を引き出した時の喜びは淡い恋心だったのだろうか?
 まだ〈友達〉だった頃にお互いの部屋を行き来して過ごした優しい時間を思い出し、ただ2人でいるだけで満ち足りていたことに今になって気づく。
 手を繋ぐこともなく、キスだってしない。当然抱き合うこともないけれど、2人で過ごす時間は心地の良いものだった。たまに2人で出かけ、食事をして帰ってくる。それだけでも週末が楽しみで仕方がなかった。

 時也に触れたいのに触れることができなくて、大切にしたくて他で欲求を満たしたのは…自分の為ではなくて時也のためだった。大切にしたかったから、壊したくなかったから不用意に手を出せなくて、だから他で欲求を満たしたんだ。
 普通ならばそこで我慢するところなのに、それなのに今までの交友関係が〈普通〉だと思っていた俺は同じように貞操観念のない相手と過ごす事で欲求を満たした。
〈ヤリチン〉だなんて言葉を使うとは思わなかった友人が敢えてその言葉を使ったのは、俺に何かを気付かせたかったからなのかもしれない。

〈初恋〉だなんてこの年であり得ないと反発する心があるのに、それでも言われてやっと気付いたのだと納得する気持ちもある。
 初恋に気付いた瞬間に失恋するなんて、よくある恋愛小説のようだと情けなくなる。あんなの作り話、話を盛り上げるための演出だなんて思って観ていたドラマや映画のお決まりのパターンが自分の身に降りかかるとは思っても見なかった。

 自覚したところでどうしようもなくて、もがき苦しむ主人公を滑稽だと笑っていたのに、いざ自分がその立場に立つと笑うことができない。

 何か時也と連絡を取れる手段はないかと考えるけれど、メッセージも通話も駄目となると第三者の手を借りるしかない。だけど手を借りることのできる第三者なんてもう思い付かない。
 週明けに時也の会社に連絡してみようとその週末は何もやる気が出ないまま過ごした。時々入る美夜からのメッセージは無視してしまいたかったけれど、昨夜の友人の言葉を思い出して面倒に思いつつも返事を返す。その内容は昨日の式がどれだけ良いものだったか、結婚した友人の姿がいかに美しかったか、同じように出席した友人の何人かから自分の式への出席を打診されたなんて報告もあった。
 ここまで強調されて何も気付かないほど鈍感ではないけれど、美夜の望む行動はできそうもないし、美夜のウエディング姿を想像することはできてもその隣に自分が立つ姿を想像することはできなかった。

 週が明け出勤しても落ち着かず、時也の会社に電話するタイミングを伺う。朝イチで電話をするのはいくら何でも迷惑だろう。それならば昼の休憩なら大丈夫だろうか。
 朝から美夜は話を聞いて欲しそうだったけれど、昼は大切な電話の予定があるからと一緒にランチに行くことを断った。不満そうな顔をしてはいたものの帰りに、と言えば機嫌も治る。だけど、今までは可愛いと思っていた仕草にも心を動かされない。自分の身勝手さは重々承知だけど、それでも時也とのことに納得のいく答えが出なければ美夜とのことを考える気にもなれなかった。
 そして待ちに待った休憩時間に時也の会社に電話を入れてみた。昼休憩の時間に迷惑かと思ったけれど、どこの会社でも緊急時のために誰か残っているはずだ。短時間なら大丈夫だろう、業務の邪魔をするよりは良いだろうとまたしても勝手な判断をする。そして、思い知る現実。

 電話に出た相手に自分の名前を名乗り、時也は在席かと聞いてみる。そして返ってきた言葉。
「加賀美なら退職しましたが」

 何を言われているのか理解できなかった。自分は時也の名前を間違えてしまったのかと思ったけれど、時也の苗字は〈加賀美〉だったと名刺を見て再確認する。
「いつ?」
 思わず言葉に出てしまったのか、夏前だと教えられたけれど再就職先を聞いてみてもこれ以上は個人情報になるので何も言えないと言われてしまう。確かにうちの会社に同じような電話がかかってきたとしても同じように答えるだろう。
 詰んでしまった。
 何か少しでも時也のことを教えてもらうことはできないかと食い下がりたかったけれど、時也に迷惑をかけたくなくて諦めた。

 わずかな手がかりとして手元に置いてあった名刺だったけれど、これで完全に時也との縁は途絶えてしまった。中学や高校であればいつか同窓会で顔を合わせることもあるかもしれないけれど、大学での時也との繋がりは互いの友人だけとなれば時也と顔を合わせる時に俺を呼ぶことはないだろうし、俺が行く場に時也を呼ぶこともないだろう。

 こんな終わり方は納得できないと思いながらもそれを招いたのは自分だろうと自分自身を諌める。

「一也さ、初恋が時也だったんじゃないの?」
 友人の言葉を思い出し、自分の気持ちに向き合い、やっと気付いた気持ちなのに、それなのに初恋の相手は2度と戻ってきてくれはしない。
 気持ちを切り替えようと休憩も取らずに仕事に戻るけれど、ふとした拍子に時也のことを思い出してはため息を吐く。美夜はきっとそんな姿を見ていたのだろう。

「週末に何かあった?」
 仕事終わりに食事でも、と入った店でビールを前にしてもなかなか飲む気にならない俺に美夜が言う。
 気遣わし気にそう言われてもなんと答えていいのかがわからない。まさか〈本命に逃げられた〉なんて、いくら俺でも言うことはできない。だけど、美夜に何も言わないでおくこともできず言葉に詰まる。
「友達と少し揉めただけ」
 間違えではない。時也に逃げられ、友人に冷たい言葉を浴びせられ、揉めたと言い換えても間違えではないと自分で自分を納得させる。
「喧嘩?」
「違うよ、意見の相違」
 喧嘩なんかじゃない。喧嘩をして、話をして、そして仲直りできたならどれだけ良かっただろう。仲直りしたい相手は、喧嘩したかった相手は、時也は俺と喧嘩をすることを選ばず俺を諦めることを選んだんだ。
 そしてまた自重する。〈諦める〉だなんて自分本位の言葉。諦めただなんて、俺のことをまだ好きでいてくれるようなそんな都合のいい言い方をしたけれど、本当のところ俺は〈捨てられた〉のだ。
「だから返信くれなかったの?」
 拗ねるように、咎めるように言った美夜の言葉に少し苛立ちを感じる。美夜は何も事情を知らないのに、それなのに〈美夜さえいなければ〉と言う思いを消し去ることができない。
「ごめん、」
 かろうじてそう言うもののそれ以上の言葉が続かない。

「一也はさ、私との事ちゃんと考えたことある?」
 何を思ったのか、急にそんなことを聞いてくる。美夜とはまだ付き合い出して半年で、具体的に何かを考えたことなんて無い。そもそも美夜とはずっと続くと思ってはいなかったから今が楽しければいいと思っていたんだ。
「ねえ、知ってる?
 1番目に好きな人と結婚するよりも2番目と結婚する方が幸せになれるんだって」
 何かを含ませたような言葉で美夜が微笑む。そして、歌うように楽しそうに美夜が言葉を続ける。
「ごめんね、スマホ見ちゃったんだ。
 あ、でも今はもう私が1番?
 一也が喧嘩してそんな風になる相手って、時也さんだよね。
 喧嘩した?それとも別れた?」
 楽しそうに話す内容を理解しようと思うものの、頭がついていかない。
 そんな俺を見て「大体さ、信じてくれてたのかもしれないけどスマホチェックして開いたまま置いて席外すとか、見てくださいっていってるようなものでしょ?」と悪びれる事なく笑う。

「何で?」
「だって、一也のスペックで彼女いないとかおかしいでしょ。だから何かあるんじゃないかと思って気になるメッセージ、転送したんだ。
 上の方にあるメッセージ、いくつか転送して読ませていただきました」
 全く悪びれることのない美夜は別人のように見える。

「一也、最低だよね。
 時也さんと付き合ってたんだよね?
 それなのに他の人とも会ってるし。
 バレてなかったの?」
 色々と知っているのに何でそんなに楽しそうなのかと不思議に思うけれど、何を言えばいいかわからない。そして、美夜は相変わらず楽しそうに言葉を続ける。
「私はね、ハイスペックな彼氏作って友達に自慢したかったんだ。結婚式だって出席するの決まってたから送迎お願いしたかったのにさ、正直当てが外れてムカついてたけど罰当たった?」

「知ってて付き合ってたってこと?
 嫌じゃないの?」
 かろうじて出た言葉はそれだった。
 俺のやっていることを承知で付き合っていただなんて、正気だとは思えない。俺が軽い気持ちで付き合っていた相手と同じだったと言うのか。
「別にそれならそれでいいんじゃない?
 揉めるのは嫌だけど割り切った相手なら一也がそうするなら私がそうしてもいいって事でしょ?今までだって時也さんにバレることなく好き勝手してきたみたいだし。
 別に一也みたいにセフレが欲しいわけじゃないけどさ、一也がそういう人なら私が利用したって良いかなって」
 そう言って美夜が話し始めたのは予想外のことばかりで…。

 自分の学生生活は派手な子の陰に隠れて正直楽しくなかった事。彼氏ができても派手な友人がちょっかいを出すと皆んなそちらを選んでしまった事。だからハイスペックな彼氏を作って自慢したくて良い会社に入った事。
 俺は理想的なハイスペックな彼氏だから多少のことは目を瞑って〈ハイスペックな彼氏がいる女の子〉ポジションを維持していた事。

「それにしてもさ、なんで特定のパートナーがいても気に入った相手が気のあるそぶり見せるとそっちに流れちゃうかなぁ。時也さん、大切だったんじゃなかったの?」
 どの口でそれを言うのだと思ったけれど、それよりも気になる言葉。
「大切だったって、何で?」
「だって、メッセージ見てたら他と全く対応違うんだもん。私にもあんなメッセージくれてないし」
 そう言われても全くピンとこない。気になってメッセージを開いて見るものの、既読のついていないメッセージに落ち込む。何度これを繰り返したら慣れることができるのだろう。
「そんなに違った?」
「うん。
 一方的なやり取りばかりのメッセージなのに、時也さんに対してだけは優しかった。だからこの人の事が好きなんだろうなって、すぐわかった。
 それなのに新人教育とかよくわからない理由つけてて。
 そしたらうちに泊まるようになって、時也さんのメッセージだけは通知が溜まってるし、おかしいなとは思ってたんだ。
 それでも〈どうして?〉なんて聞けないし、メッセージ開いたら通知消えちゃうじゃない?」
 そんなこと言われても自覚のない俺は何も返すことができない。
「でも気が付いたら通知の数がずっと増えなくなってたから何かあったのか気になってたけど…別れたんだよね?」
 美夜の言葉に仕方なく現状を話す。

 美夜が言う通り時也と付き合っていた事。美夜との関係を進めるために時也には待っていてもらった事。土曜日に久しぶりに連絡したら返信が無かった事。部屋に行ったら引っ越していた事。メッセージに既読は付いたものの、自分の部屋に戻る僅かの間に全てをブロックされた事。時也の友人は時也の今を知っているようだけど、教えてくれそうもない事。
 そして、仕事も辞めていた事。
「もう駄目だね、それ」
 呆れたように、それでも少しだけ気遣わし気に言われてしまった。

「そもそもさ、何で私と付き合おうと思ったの?」
 当たり前な質問だった。時也のことが好きなのに、何で美夜と付き合おうと思ったのか。
「安定し過ぎてたんだ。
 お互いに空気みたいな、居ても居なくても同じで。だからみんながチヤホヤする美夜と付き合えば面白いだろうし、羨ましがられるかって」
 ここまで来たら隠しても仕方ない。俺は身勝手な言い分を素直に伝える。美夜は怒るかと思ったけれど呆れるように笑って言葉を続けた。

「私の動機も不純だけど一也も大概だよね。でも一也間違ってる。
 時也さんが空気だったのは居ても居なくても同じだからじゃなくて、当たり前のようにそこにある生きてく上で1番大切なものだったんじゃないの?」
「似たような事、土曜日に言われたばかりだよ」
 付き合いの長い友人にならともかく、知り合ってまだ半年ほどしか経っていない美夜にまで指摘される事に俺自身が気付いていなかったのかと情けなくなる。

「最後の連絡っていつ?」
「6月かな?」
「メッセージ見てもいい?」
 そう言われて美夜にスマホを渡す。
「うわ、最低」
 言いながら遡って行くとどこかで手を止めて自分のスマホを取り出す。
「まさか、ねぇ」
 そう呟いてから俺の顔を見る。
「時也さんの会社ってどこ?」
 聞かれてうちの会社とは逆方向にある会社の名前を告げる。
「営業とかも行くよね、当然」
 質問の意図に気付かず頷く。
「この電話があった日、2人で外でランチした日」
 そう言ってスマホのスケジュールを見せてくる。美夜の指差した日付のマスには〈一也ランチ 電話?〉と書かれていた。
 普段は社員食堂も有るし、弁当を作ってくる時もある。時々は社外にも食べに行くためちょうどその日だったのだろう。
「店から出た時に電話あったの覚えてない?」
 言われてみればそんな気もするけれど、美夜がなぜそんなにも覚えていたのかが気になって聞いて見る。
「昼間にかかってくる電話って会社関係が多いのに出ないって珍しいと思って調べようと思ってたんだ。だからメモしてあったの」
 先ほどから美夜の発言に薄寒いものを感じる。一歩間違えばストーカーではないか。
「あのあと泊まりに来た時に見たけどその時間の着信履歴、無かったんだよね。で、時也さんのメッセージの通知が増えてたから時也さんだったんだって。
 覚えてない?」
 そんなことがあったような気もすれけれど、それ以上に当たり前のように言う美夜が恐ろしかった。

「あれから通知ほとんど増えないからあの時見られてたのかもね」
 その時のことを思い出そうとしても細かいことなんて思い出せない。どこの店で何を食べたかも思い出せないけれど、もしも俺たちが2人でいるところを見られていたとすればその関係は一目瞭然だったのかもしれない。

『もしも、もしもだよ?
 女の子と付き合う時にはちゃんと自分と別れてからにして欲しい』
 俺に縋ってそう乞うた時也を思い出して色々な想いが湧き上がる。
 攻略して、俺のことしか見ないようにして、それは結局は手に入れた時也を自分から離れないように縛りつけたいと、独占したいと思っての事だったのだろうか。
 『大切にするから、時也しか好きじゃないから』耳当たりのいい言葉の数々は時也を籠絡するための方便だったはずなのに、本当は俺の本音だったのだろうか。

 自分の気持ちに気付かず、大切な人を大切にする方法がわからず、それなのに縛り付けて大人しくなった時也を物足りなく感じて美夜に手を伸ばしてしまった。
 全ては自分が仕向けたこと、自分で俺が望むように時也を変えてしまったのに、それなのに俺は時也が1番傷つく方法でその手を離したのだ。

「解放してあげないと駄目だよ」
 どこかで聞いた言葉。
 誰が見てもそう思う程に俺は時也を虐げていたのかもしれない。
「好きだったんだ。
 大切だったんだ」
「うん」
「時也はずっと俺と一緒にいてくれるって、俺のことずっと待っててくれるって思ってたんだ」
「…そんなわけ無いのにね」
 悲しいのは俺なのに、それなのに美夜が悲しそうな顔をする。

「何で他に目を向ける人って相手が諦めてから戻ってこようとするの?」
 美夜にも何か思うところがあるのか、真顔で聞かれてしまう。
「こっちが諦めてから〈やっぱりお前のことが好きだ〉って言われてもこっちの気持ちは戻らないんだよ?
 こっちが傷付いて、泣いて泣いて、悲しくて悲しくて、その間に新しい人と楽しんでおいて〈やっぱり好き〉だなんて、馬鹿にしてるとしか思えない」
「そう…だよな。
 そんな事にも気付いてなかったし、今でも謝れば戻れるって思ってる」
「謝ることすらできないのにね」
 美夜の言葉は容赦ない。

「美夜もそうだったの?」
「そうだね。
 だから私を馬鹿にしてた子達にその子達のパートナーよりもハイスペックな彼氏を自慢したかったんだ。一也は私よりも他の子を選んだ人達と同じだったから正直、何の罪悪感もなかった。
 ただ、わかってて一也と付き合ったせいで時也さんを追い詰める手助けしちゃったね」
 美夜には美夜の想いがあるのだろう。
 俺を利用しようとしたけれど、時也を傷付ける意図は無かったのかもしれない。どこでどう間違えたのか、時也を傷付け、美夜も俺も自分のしたことで傷付き、誰も幸せになれないこんな終わりになるだなんて思ってもみなかった。

 そんな風に思っても全ては俺のせいなのだ。

 何をどうすれば良かったのだろう。
 そう考えてみても結論は簡単で、ただただ時也のことを大切にすれば誰も傷付かず、俺も時也も幸せだったのに。美夜にちょっかいを出さなければ美夜を傷付けることも、時也を傷つける事に加担させることもなかったのに。

「ごめん、俺のせいで」
 それしか言えなかった。だけど美夜は俺が謝る必要はないと少し笑う。
「私は時也さんに対しては加害者だし、時也さんの存在を知った上で一也と付き合ったんだから同罪だよ。
 一也はもっと上手くやると思ってたけし、時也さんのこと知ってるってバレてもそれを盾に都合よく付き合ってるフリしてくれればいいと思ったのにな…。
 人のもの取るってこんなに後味悪いんだね。
 ハイスペックな彼氏が欲しいって、それだけのために自分の事傷つけて笑ってた相手と同じことしてたのに、それに気付かないくらい馬鹿なことしちゃった」
 そう言って泣いたような顔で美夜は笑うけれど、泣くことすら許されないような事をしてしまったのだと痛感させられる思いだった。
「これからどうするつもり?」
 時也に対する気持ちに気付いてしまった俺には今までのように美夜と付き合うことは難しいけれど、それでも美夜が望むようにしてあげなければいけないという義務感はある。だけど何をどうしていいのか分からず聞くことしかできなかった。

「今まで通りでいいんじゃない?
 他に目を向けずに傷を舐め合うのも悪くないし、それでも気になる相手ができた時は別れたらいいんだし。
 会社で気を遣われるのも嫌だしね」
 美夜の言う通りだった。会社で2人の関係を隠さないどころか、堂々と2人での姿を見せていたため今別れたら周りにも気を遣わせるだろう。別れるにしても時期を見計らう必要がある。
「そうだね、」
 それ以上は何も言えなかった。

 美夜とはその後、しばらく付き合っていたけれど結局は別れてしまった。別れてしまったと言うか、時期を見て別れたと言うのが正解なのだろう。
 美夜が勤続年数を重ねて異動になったタイミングで別れる事を選び、周りにはすれ違いが原因だと説明した。
 その間に友人の結婚式があれば送迎もしたし、友人と会って欲しいと言われれば言われるままに会ったりもした。
 美夜の望む彼氏を演じ、このまま2人でいるのも悪くないかもしれないと思ったこともあったけれど、傷を舐め合うような関係は互いに疲弊していたようで別れて気が楽になったのは美夜も俺も同じだった。
 別れる時にあれだけ友人に会っていたのに大丈夫か、別れたらまた馬鹿にされるんじゃないのかと心配したけれど、美夜は美夜で覚悟ができているのだろう。
「それならそれで自業自得。人のもの取った罰だから仕方ないよ。でもさ、一也に協力してもらって溜飲が下がったのも本音だから。
 時也さんに対しては自分のしたことを後悔してるけど、それ以外のことに対しては後悔してないよ」
 そう言って笑った美夜は随分強かに見えたけれど、それでも可愛さは失っていなかった。
 本性を知っても美夜は可愛らしく、相変わらず周りからも可愛がられているためいずれそれなりの相手を見つけるのだろうし、そうであって欲しいと願いっている。

 俺はと言えば美夜と付き合った数年で元彼や元彼女との縁も途切れ、残ったのは数人の友人だけだった。色々と厳しい事を言ってくれた友人は、相変わらず俺のことを馬鹿だ阿呆だと言いながらも付き合いは続いている。美夜と別れた時は「案外お似合いだったのにな」と笑われた。

 時也の事は、今でも忘れられないままだ。

 人を好きになるという事に気付いた時には取り返しのつかない状態だったせいで、美夜と別れた後は誰に何を言われても心が動くこともない。
 そして、将来を思い描いた時に隣にいて欲しいのはやっぱり時也だった。

 あの時に手を離さなければと思うけれど、手を離したのは俺じゃなくて時也だ。
 俺は捨てられたのに必死になって元の場所に戻ろうと踠いたのだけれども、一度回収されてしまったものは元の場所に戻る事は許されない。
 俺のあのジャージだってきっと同じだろう。

「俺、このまま一生独りかもな」
 俺の言葉に友人は、ただただ苦笑いを見せるだけだった。









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