手〈取捨選択のその先に〉

佳乃

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時也編 2

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「その同僚って…もしかして彼女とか?」
 何か勘繰っているのか弁当の写真を見ながら僕と目を合わせずにそう言った敦志に思わず吹き出してしまう。
「違うよ。
 同僚は既婚者でお子さんもいてお母さんみたいな人。そんなこと言ったら怒られるけどね」
 言いながら3人の同僚を思い浮かべると笑顔になるのは必然だろう。
「年上の上司なんて疎まれると思ったのに全然そんなことなくて働きやすいよ」
 思わず本音が溢れる。同僚相手にそんな事は言えないから初めて漏らした本音。ずっと気にしていた事だったけれど、口に出してしまうと自分の小ささを思い知る。僕が思った気持ちはきっとその立場になった時に自分が感じる事なのだろう。

「全員年上?」
「うん。
 社長と男の同僚2人は一回り違うくらいで料理教えてくれる同僚はもう少し上かな?」
「そっか。
 あ、そう言えば」
「敦志、お待たせ」
 敦志が何か言いかけた時にそれを遮った声で2人してそちらに顔を向ける。
 僕たちの視線の先に立っていたのは小柄で可愛らしい女性で、思い出したくない事を思い出してしまい目を逸らしたくなるのを何とか我慢する。
「あれ?
 お友達??」
 敦志がどんなメッセージを送ったのか聞かなかったけれど、どうやら居場所しか伝えてなかったようだ。
「大学の時の同級生。
 それよりまた増えてない?」
「だって、欲しいもの多すぎて」
 挨拶をする間も無く2人の会話が始まる。この距離感と気安さを見れば2人の関係は予想できる。このままここにいても僕は邪魔なだけだろう。

「じゃ、僕帰るから」
 ちょうどコーヒーも飲み終わったため席を立って敦志にそう告げる。
「え?
 時也、待って」
 敦志にそう言われるけれどここは僕の居場所じゃない。
「ごめん、この後まだ用事あるし。
 またね」
 紹介されないままで〈推定彼女〉のままである女性にも頭を下げ、その場を離れる。もともと2人で来ていたのだから、邪魔者は僕なんだから速やかに敦志を解放した方がいいのは明白だ。このままここに残ってこの後の約束を変える羽目になってしまったら申し訳ない。
「連絡、待ってるから」
 聞こえてきた言葉に振り返り、曖昧な笑みを見せておく。するともしないとも言わないのは僕の処世術で、嫌なことや苦手なことから逃げる時の方法なのは敦志にはバレているだろうけれどそれでもそんな反応しかできなかった。

 彼女ができたら、配偶者ができたら、
子どもができたら、環境と共に友人と共に過ごす時間は減っていくのだろう。自分だって一也と付き合っていた頃はそうだったと、彼と付き合っていた時はそうだったと思い出してため息を吐く。
 パートナーができるとそちらを優先して友人との付き合いが希薄になるのは自分のパートナーの性別を知られたくないからなのか、依存体質だからなのだろうか。依存しているつもりはなかったけれどパートナーがいなくなると不安になるのは依存体質だからなのかもしれないと思い至り不安になる。
 一也との事に一方的に決着をつけて気楽になったつもりだったけれど、実家に弟夫婦が入る事になり身軽になったつもりだったけれど、それは僕が〈独り〉になった証でもあるのだ。
 この先僕は〈独り〉でやっていけるのだろうか。

 モヤモヤとした気持ちは帰宅してからも続き僕の気持ちを沈ませる。こんな事になるなら変な気を起こして外出なんてするんじゃなかったと後悔するものの、自分の気持ちと向き合えた事は大切な事だと自分に言い聞かせる。
 このままずっと独りで生きていくという選択は有りだろうか?
 この先また、大切だと思える相手が現れるのだろうか?
 引っ越して必要に迫られて購入したソファは居心地が良く、その上で膝を抱え想いを巡らせる。

 よくよく考えてみると自分から〈好き〉だと思った相手は高校の時に好きだった同級生で、その頃の僕の恋愛対象は女の子だった。友人と一緒になってあの子が可愛い、この子が可愛い。優しいのはあの子でこの子は笑顔が良い、なんて話して盛り上がる事もあった。
 友人の中には〈卒業までに告白を〉と頑張っている奴もいたけれど、僕はそこまでの想いはなかったため〈思い出〉として僕の中に残っている。そう言えばあの子も小柄で可愛い子だったな、とまたしても思い出したくないことを思い出してしまう。
 一也の隣に立ち、一也を見上げて嬉しそうに微笑んでいた女性も小柄で可憐な感じで…。そんな女性を好む男は過去の自分も含めて多いようだ。
 僕がそんな女の子だったら、そんなことを考えてしまうけれどそもそも僕が女の子だったら彼も一也も僕に興味を持つ事はなかっただろう。僕は僕でしかないのだから考えても仕方のない事だ。

 誰かを自分から〈好き〉だと思う事がこの先、僕にはあるのだろうか?
 そもそも〈好き〉だと思う気持ちがどんなきっかけで起こるかが想像もつかない。変な話、僕が付き合った相手は2人とも〈好き〉だと伝える事に戸惑いがなかった。僕が戸惑っていても構わず〈好き〉だとアピールし、こちらが困っていても拒否しても動じなかった。結局は意識するようになってしまい気付いた時には好きになっていたせいで、そんな相手が2人して〈女性〉を選んで自分から離れていってしまったため正直何をどうしたら良いのかが分からない。

 彼の時は突然の報告だった。
 子どもができたから結婚すると言われ、自分の気持ちと生まれてくる命を比べたら自分が選ばれるわけがないと諦めることしかできなかった。
 僕がまだ子どもだったせいか、色々と経験が無かったせいか、彼が僕以外の人と付き合っていた事に気付いていなかったせいで戸惑いの方が大きいまま終わってしまった恋愛は僕を臆病にさせた。
 絆されて、好きになって。
 全ての経験が彼に教えられた事で、別れてからはどうしていいのか分からず戸惑いしかなかった。
 どうしたら好きになる事ができるのか、何をきっかけに意識するのか、彼との2年は愛されて大切にされて、そんな2年だと思っていたのに〈子どもができたから〉と僕の手を離せるという事は自分が思うほど大切にされてはいなかったのだと自分に言い聞かせることしかできなかった。
 そもそも僕の事を大切に思っていたら声をかけられたからって、親に言われたからって女性に手を出したりはしないだろう。

 だから一也の事を警戒したんだ。
 彼の恋愛対象に女性が含まれる事は考えもしなかったけれど、一也の恋愛対象は男女問わない事は学生時代に見て聞いて知っていた。だからその手を取るつもりはなかったんだ。
 もう好きにならない、一也の好きも彼の好きと同じで〈守るべきもの〉ができれば僕は簡単に手を離されるのだから好きになるべきではないと。
 だから警戒したし、匂わされても気付かないふりをした。あの時に、部屋が近いと知った時に、声をかけられた時に、自分は一也の手を取るつもりはないと毅然とした態度で接するべきだったんだ。
 だけど臆病な僕は華やかな一也の周囲を気にして強く出る事もできず、就職を機に引っ越す事だってできたのに部屋が気に入っているからとそれすらせず、自分で動く事で事態は変わったはずなのにそれを怠りただただ一也に流されたんだ。流される時点で一也の事を意識していたのなんて明白だ。

 一也の時は本当は仕事なんかじゃないと薄々は気付いていた。連絡できないくらい忙しいなんて、そんな事本当は信じてなんかなかった。だけど好きだったから信じたかっただけ。
 僕の願いを、僕の想いを伝えた上で付き合ったのだから駄目になるのならば一也の口からちゃんと伝えてくれると期待していた。正直なところ、一也と過ごした4年に少し足りない日々は僕からしたら想定外の長さだった。きっとすぐに別れる事になるだろうと半ば諦めていたせいで、想定外に長く続いたせいで、これからもずっと続いていくのだろうと期待してしまったのだ。
 結果、最悪な形で終わらせてしまったけれど後悔は無い。

 この先、僕は人を好きになる事ができるのだろうか?
 好きになる相手が同性であっても異性であってもそれぞれ悩みは尽きない。
 同性であったらまた異性の手を取るのではないかと疑心暗鬼に陥る事になるだろう。
 異性であったらされる側の僕がする側になれるのかと、そんな不安を覚えてしまう。恋愛をする上で相手を欲しいと思うのは自然な欲求である。もしもそうなった時に、相手を欲しいと思っても〈欲しい気持ち〉が与える欲しいではなく、与えられる欲しいだったら。
 そう考えると異性を恋愛対象として見るのは難しいのではないかと諦めてしまうのだ。

 考えれば考えるほど沈んでいく気持ちを何とかしようとするけれど、一度考え出したら止める事ができなかった。
 彼は僕よりも同僚である女性を選んだ。
 一也は僕じゃなくて小柄で可愛い女の子を選んだ。
 彼のパートナーを僕は知らない。
 一也の相手はきっとあの時に見た女性なのだろう。
 一也の相手はどこの誰なのかは知らないけれど、経緯とあの時の女性を思い出せば新入社員だと予想できる。そうなれば僕に連絡をしてこなくなった理由も納得できてしまう。
 彼女と顔を合わせれば僕に声をかけてきた学生時代のように、あの頃のように声をかけ、優しい言葉と態度で彼女に接してアピールしたのだろう。
 あの容姿でそんな風にされたら好きになってしまうのは仕方ない。

 結局、彼にしても一也にしても他の人をパートナーに選んだという事は僕に魅力がないのが原因なのだろう。
 人の言葉に流され、人の気持ちに流され、相手の好意に甘え。
 誰かのパートナーである時にその関係を維持するために努力していたかと聞かれると〈していた〉と答える事はできない。だって僕は相手のことが好きだったから相手も同じ気持ちを持っているのだと何の疑問もなく信じていた。
 でも維持する努力をしてはいなかったけれど、それでも相手を想い、お互いが過ごしやすいように気を配ってはいた。
 相手に尽くすこと、相手に対する献身は、僕を好きでいてくれるパートナーに対する僕の想いであり僕なりの愛情だった。
 それは僕の中では維持するための努力ではなくて、他人であるパートナーとの時間を心地よく過ごすために必要な事であって自然な事だったんだ。

 彼も一也も付き合わない、付き合えないと言い続けてのに、それでもと言われて付き合ったのだから自分から離れていくなんて思わなかった。
 彼との事があったのに、それでも一也の事を信じてたし、信じ続けようと思っていた。
 駄目になる時にはちゃんと言ってくれると、言われたら綺麗に別れようと思っていたのに。こんな終わり方になるとは思っていなかったけれど、見るべきものを見ないようにしていた事に対する僕への罰なのかもしれない。

 空気を読み、人の顔色を伺い。
 家族と離れて少しだけ自由になれたと思ったのに、それなのに彼との事があり2人の関係を隠すように自分の行動に制限をかけた。
 彼と別れた時にはその変化に気付かれないようにと嘘をついて自分の気持ちを誤魔化した。
 悲しくなんかない、苦しくなんかない。
 
 そんな時に僕の心に入り込んできた一也に最終的に気を許し、僕の気持ちを伝え、僕の願いを伝え。
 それなのに僕の願いが叶えられぬまま終わってしまった2人の関係は環境を変えた事により思いの外引きずる事はなかったのだけれど、それでも何かあると蘇る気持ち。

 きっかけは本当に些細な事で、今日のように知り合いのパートナーに会ったり話を聞いたりした日には帰宅して1人になると自分との環境の違いに思い出したくない記憶が蘇りネガティブな事を考えてしまう。

 会社で毎日一緒に過ごす人たちにはそれぞれパートナーがいて、薫さんと康紀さんには子どもがいて。僕がまだ女の子を恋愛対象として見ていた頃はそれが当たり前の未来だと思っていた。だけど今、同棲をパートナーとして選んだ僕にはそんな未来は想像できない。
 尊人さんは奥さんと共通の趣味の山登りを楽しんでいると聞いた時には驚いた。パートナーと一緒に趣味を楽しもうなんて考えたことすらなかった僕にはやっぱり想像のできないことだ。
 そして、想像できない自分だからこそ独りなのだと思い知らされる。

 親兄弟とは距離を取り、好きだと言ってくれたはずのパートナーは僕の手を離し他の手を選ぶ。
 友人との関係はパートナーができる度に希薄になっていくため連絡の取れる相手ならばそれなりの人数がいるのだけど、いざ会って話す事ができる相手といえば数えるほどしかいない。
 今日会った敦志も数えるほどしかいない中の1人だけれど敦志が人生を共にするパートナーを選び家族となったら、家族が増えたら僕と過ごすための時間は当然無くなるのだろう。

 こうやって1人ずつ周りから人が減っていき、最後には僕は独りになるのだろうか?
 それとも新しいパートナーに巡り合う事ができるのだろうか?

〈独り〉は案外快適だと思っていたけれど、本当はこれからの事を考えたくなくて強がっているだけなのかもしれない。
 それでも今の僕にできる事は強がることだけで…。

 膝を抱えたままの僕は大きくため息をつくことしかできなかった。

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