世界が終わる、次の日に。

佳乃

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紗凪 3

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「お久しぶりです」

 何のために連絡をしてきたのかが分からないため仕方なく無難な言葉を返す。

『元気?』

「そうですね、変わりはないです」

『そうなんだ、』

 言葉だけなら久しぶりに連絡を取った親族との何気ないやり取りだけど、相手の意図がわからないせいでよそよそしく感じてしまう。大輝がいるからと電話に出たけれど、義兄の意図が分からないため自分から話を広げるのは躊躇われる。

『紗凪君、最後に帰ってきたのっていつだった?』

 何かを探るような言葉に「え、いつだろう」と考え込んでしまう。仕事を始めてすぐは忙しかったせいで最低限の帰省しかしていなかったし、新婚の姉夫婦が生活空間に平気で泊まれるほど図太くもない。それに、貴哉と再会してからは姉に対して後ろめたくて帰省することができなかった。
 仕事が忙しいからといえば無理に帰省するように言われる事はなかったせいで、毎年帰るなんてこともしていなかったからすぐには答えることができない。

『世界が終わるとか言われてるけど、こっちには帰ってこない?』

「そうですね。
 きっと終わらないだろうし」

 そう答えたボクに『紗凪君もなんだ』と小さく呟いた義兄の【も】が気になるけれど、余計なことを言わないように口を結ぶ。ただ、義兄の口ぶりから姉もきっと信じていないのだろうなと予測をすることはできた。現実主義なのは姉弟揃ってなのだろう。

『紗凪君は帰省もせずに何してるの?
 仕事してるの?』

「そうですね。
 普通に仕事してますよ」

『そっか、』

 何が言いたいのか分からない会話にもどかしさを感じ、「紗柚君は元気ですか?」と言ってしまったことで墓穴を掘るだなんて思わなかった。

『紗羅ちゃんのことは聞かないんだ?』

「え、」

 姉は大人だからとか、紗柚は子どもだからと色々な言い訳が頭に浮かぶものの、無意識に姉の話題を避けていたせいで不自然になってしまったのだろう。言い訳のように聞こえるだろうけれどと思いながら、母からボクに連絡があったことを伝える。

「母から連絡があって、その時に義兄さんと紗柚君は実家に戻ってるって聞いてたので、」

『あ、そうなんだ』

 ボクの答えに満足したのか、それとも不審に思ったのかが分からない口調で『そうなんだよ、紗羅ちゃんは来てないんだよね』と続けると『紗凪君は知ってただろうけどね』と言われてしまう。
 その言葉に思わず大輝の顔を見るけれど、無言で首を横に振りスマホの画面を見せてくる。

〈挑発に乗るなよ〉

 大輝のその言葉に同じように無言で頷く。これまで連絡をしてくることのなかった義兄がこのタイミングで連絡してきた理由は、貴哉や姉が関係していると思ったほうが良いだろう。
 そもそも、そう思わないと辻褄が合わない。

「そうですね。
 母から姉は着いていかないと聞きましたから」

『本当にそれだけ?』

「ボクと母が話した時には義兄さんと紗柚君は実家に泊まりに行ってるって聞いただけですよ?」

 何かを探るような物言いが嫌な感じだと思いながらも挑発に乗ってしまったら思う壺だと自分に言い聞かせ、義兄の次の言葉を待つ。自分から話を広げようとするのは危険だ。

[イヤな感じ]

 いつの間に持ってきたのか、コピー用紙にそう書いた大輝がボクにシャーペンを渡す。ボクのスマホは通話中だし、大輝のスマホを使うのは効率が悪いと思ったのだろう。

『そっか。
 まあ、それならそれで良いけど。
 ところで紗凪君の同居人はそこにいるの?』

 突然の質問に大輝と顔を見合わせるけれど、[いるって言って]と書いた文字を見せられたけれど「同居人ですか?」と咄嗟に答えてしまった。
 現在の同居人は大輝なのだから【いる】と答えても間違いではないけれど、義兄の指す同居人はきっと貴哉のことを指しているはずだ。
 ボクが貴哉と同居、というか同棲していたことは家族には伝えていない。実家からの手紙はこの家に届くようになっているのだから普通で考えれば同居人は大輝のことだけど、彼の望んでいる答えはそうじゃないだろう。

『そう、同居人。
 一人暮らしじゃないよね』

[オレのこと言って]

 義兄の言葉に大輝が被せるようにシャーペンを走らせる。

「そうですね。
 同居人ならいますけど、ここには居ませんよ?」

『居ないって、不在?』

「それ、義兄さんに何か関係ありますか?」

 思わず言ってしまった言葉がキツくなってしまったのは話の意図が分からない、と言うか、遠回しに話させようとする態度に苛立ちを感じたから。聞きたいことがあるのに口にすることなく、ボクから【何か】を引き出そうとしているのだろう。

[遠回しにお姉さんのこと聞こうとしてるんだろうな]

[そうだと思う]

 話の具合で大輝も義兄の意図を察したのだろう。大輝の存在を教えたくないわけではないけれど、この会話を聞いていると知られれば警戒するか、ボクではなくて大輝に矛先を向けそうだと思い嘘をついたのは咄嗟の判断だった。
 大輝には貴哉との始まりも、今回の経緯も話してあるから今更何を聞かれても問題ないけれど、下手に関わってそのことを義兄に悟られたくもなかった。

[あの部屋でひとりで過ごしてると思ってるのか?]

 大輝の書いた文字に「たぶん」と声が拾われないように小さく答える。

『いや、ひとりで淋しいんじゃないかと思って』

「淋しくなんかないですよ?
 仕事中は同じ部屋だし、何なら食事も一緒だし」

 そう言った時に何か呟いたのが聞こえたけれど、聞き返すことなく言葉を続ける。

「ボクのことより紗柚君はそこに居ないんですか?」
 
 いくら小学生でも寝るにはまだ早い時間にボクとこんな風に話していて良いのかと今度はボクから質問を投げかける。スピーカーにしていないとしても同じ部屋にいれば義兄の声は聞こえるだろう。その時に自分の母の名前が聞こえてくれば興味を持って聞き耳を立ててしまうはずだ。

『紗柚は両親の部屋で寝るから。
 今はまだ兄の部屋でゲームかな?
 紗羅ちゃんは楽しんでいるだろうから僕だって息抜きしても良いんじゃないかな』

「そうなんですね。
 ところで要件って何だったんですか?」

 のらりくらりと交わされる会話に嫌気がさして自分からそう言ってしまった。大輝は「馬鹿、」と小さく声を上げたけど、不毛な会話を続けるのは思った以上に疲れるのだ。

『要件、要件っていうか、責任の追求?
 紗凪君のせいで僕たちの家族はバラバラになるんだよね』

 内容的には不穏なものなのに、楽しそうな口調でそう言った義兄が『紗凪君は紗羅ちゃんのことが嫌いなの?』と続ける。
 何を言われているのか理解できず、家族がバラバラになるという言葉に大輝と顔を見合わせる。

「嫌いというほど接点はないですよ、正直なところ」

『あ、違うか。
 好き過ぎるのかな、お姉さんの元婚約者と寝ちゃうくらいだから』

 その言葉は衝撃的だった。
 義兄が何をどこまで知っているのかは分からないけれど貴哉のことはもちろん知られているし、貴哉と僕の関係も知っていると分かる言葉。

「寝ちゃうって、」

『寝るって言葉が嫌なら…お姉さんの元婚約者とセックスするくらいだから紗羅ちゃんのこと、大好きなのか「何言ってるんですか?」』

 義兄の言葉にボクの言葉が被さる。

『まだ惚けるつもり?』

 被せた声に動じることなく続けた義兄は『昨日はホテルから動かなかったし。あっちはあっちで楽しんでるんだから紗凪君がヤキモチ妬くのも仕方ないよね』と楽しそうに続ける。

「何言ってるのか分からないです」

 貴哉と付き合っていたことは大輝も知っているのだからそういう行為があった事を隠す気はないけれど、それでも他人の口からそれを語られることに良い気はしない。そもそも、そんな事を話すほどの間柄でもない。
 帰省した時に少し話す程度の義兄にボクの気持ちを代弁する事なんてできるはずがないのに調子に乗った彼は言葉を続ける。

『あ、家族には内緒のつもりだったのかな?でもすごい神経だよね、自分のお姉さんの元婚約者とセックスするとか、紗凪君は紗羅ちゃんになりたかったの?』

 揶揄する言葉に気分が悪くなるけれど、それに気付いたのか大輝がそっと手を握ってくれる。話の内容に集中している時に急に触れられて驚きはしたけれど、[落ち着いて]と書かれた文字を見ると不思議と冷静さを取り戻すことができた。
 信頼できる存在が近くにいるだけで気持ちに余裕が生まれる。

「何か誤解していません『写真があるんだよ』」

 気を取り直して口を開いたボクの声に被せられる言葉と、ボクの知らなかったモノの存在。

「写真、ですか?」

『そう、紗凪君と紗羅ちゃんの元婚約者が写った写真。
 何枚あるのかな、紗凪君、女の子みたいな顔してるよ?
 そんなにこの人、上手いの?』

 義兄の口から告げられる悪趣味な言葉は【写真】という言葉でかき消される。
 ふたりで映る写真なんてボクですら持っていないのに、義兄の口調からその存在を知らされて動揺する。

『あ、でも何枚かは紗凪君の顔、傷だらけだったけどね。紗羅ちゃん、相当怒ってるみたいだよ』

 電話の向こうでクスクス笑う義兄は心底楽しいのか、その後もベラベラと話し続ける。

『何が良かったの?
 テクニック?
 大きさ?
 優しさなら僕だって優しいと思うんだけど、紗羅ちゃんは満足できなかったみたいなんだ。まあ、僕は所詮種馬だったみたいだけど』

[切るか?]

 動揺する僕を見て大輝が書きた言葉を見て首を横に振り、自分の意思を示す。聞きたい話ではないけれど、このまま切ってしまえばしつこく連絡をしてくるだろう。

 それでも義兄の言葉は気分の良いものではない。あまりにも下品な憶測に言葉を失ってしまい、できたのは聞き流しながらため息をつくことだけだった。
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