世界が終わる、次の日に。

佳乃

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紗羅

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 貴哉と再会したところで積もる話があるわけでもないし、自分から紗凪の話を持ち出すこともできない。
 今、紗凪のことを持ち出して私の意図に気付かれてしまったら目的を果たすことなく紗凪の元に戻ると言い出しかねないから。

 だから、行為だけのための場所を探した。

 自分の都合のいいように話を作り、紗凪のことを思い出さないように、私のことだけを考えるように、私にだけ気持ちを向けるように誘導していく。
 話をしながら手を重ね、指を絡めて自分の気持ちを伝えながら貴哉の欲望も刺激する。

 いくつか通り過ぎた行為だけのための建物は寂れたと言ってしまうのは言い過ぎなものだったけれど、せっかくなのだから雰囲気も大切にしたいと思う女心を分かって欲しい。場末のラブホテルで抱かれるなんてごめんだ。本当ならラグジュアリーホテルでと言いたいところを我慢しているのだから。

 部屋に入ってしまえばやることは決まっている。
 唇を重ね、身体を重ね。
 久しぶりだったせいで貴哉が入ってくる時に緊張しなかったと言えば嘘になるけれど、それでも慣れ親しんだ身体はすぐに馴染み、快感を拾っていく。
 夫とは結婚式当日のいわゆる初夜以外は妊娠しやすい時期を狙ってしかセックスなんてしなかった。だって、夫の健康な精子が必要なだけで彼とのセックスを望んでいたわけじゃないから。

 夫とのセックスは義務。

 汐勿の後を継ぎ、汐勿の跡取りを産むために必要な行為だと割り切って抱かれた。貴哉とは違う身体とセックス。
 最後に身体を重ねた時のことばかり思い出してしまい、正直夫とのセックスは単調で退屈に思えて楽しむことはできなかった。

 それでも紗柚を出産して、子育てにも慣れてきた頃に気付いてしまう。私の中の【女】はまだ枯れたわけじゃないと。
 結婚した以上は夫以外の男と身体を重ねるわけにはいかず、自分で慰めるだけでは物足りない。そうなると夫とセックスするしかないと思い、それならばと避妊手術を夫に勧めてみた。
 子種が欲しくてブライダルチェックまでさせたのに子どもが生まれたら避妊手術をしろだなんて、本当に自分勝手な言い分だけど、大人しく従順な夫なら聞いてくれるはずだと侮っていた部分もあった。
 だって、手術さえすれば生でできるのだ。夫だって避妊具を使用するよりも生の方が喜ぶと思っての提案だったのにと腹立たしく思ったのは私自身、生での行為の良さを知ってしまったから。
 今更ゴムを使ってまでしたいなんて思わなかったけれど、子どもはひとりでいい。

 だけど、貴哉と身体を重ねて気付いてしまった。私がダイレクトに感じたい相手は貴哉だけだと。
 夫との行為が単調で退屈だと思ったのは結局は夫に対して【男】を感じても求めてもいなかったから。健康な精子を注ぐだけの道具だったのだから道具とのセックス、自慰と同じ。
 違う、私の官能を高めることなく道具を使われるのだから自慰以下の行為。

 だから、貴哉との行為に溺れた。

 そしてふと考える。
 紗凪とはどんなふうに身体を重ねるのかと。

 私のことをあの日のように抱く貴哉は飽きることなく、疲れを見せることなく私の中に精を注ぎ続ける。
 抱き方に変化を感じることはない。
 あの頃と同じ手順と抱き方。
 もしかして紗凪とはそんな関係ではないのかと考えるけれど、あの写真の二人の表情がそれを否定する。

 少しずつ変わっていく紗凪の表情と、あの頃の私に向けられていた貴哉からの熱量。写真を見たのが私でなければ仲の良い友人、もしくは兄弟だと思うかもしれない。だけど私は貴哉のあの目を知っているから理解してしまった。

 それにしてもあの写真を送ってきたのは誰なのか。
 貴哉を知っていて、汐勿の家の住所を知っているのは…それなりの人数がいる。大学の同窓生はもちろんだし、私の元同僚だって知っている。
 馬鹿みたいに【結婚しました】【赤ちゃんが産まれました】何てマウントを取るための葉書だって思いつく限りの相手に送った。
 葉書を送った中には貴哉との別れを告げていなかった相手もいたから、葉書を見て何があったのか疑問に思う人もいただろう。邪推して嗤う人だって当然いたはずだ。

 例えば、私を嫌っていた同期のあの子。飲み会の時に迎えにきた貴哉を見て悔しそうな顔を見せたのが面白くて、彼女の来る飲み会の時には何度も貴哉を呼び出した。
 もちろん、そんな時は貴哉の部屋に向かい、当然なように身体を重ねた。
 あの子、貴哉を狙っていたのに紗凪に横取りされて私に嫌がらせのつもりで写真を送ったのかもしれない。
 紗凪が弟だと気付いてはいないだろうけれど、自分が別れた相手が同性と付き合っていると揶揄してのことだろう。
 彼女にだって当然のように葉書を送ったから汐勿の家の住所だって知っている。

 例えば、学生時代の同級生のアイツ。
 条件的にも他の要素からしても貴哉よりも優れた相手がいなかったから貴哉を選んだのだけど、一時期本当にストーカー並みになってしまい付き纏われたのを思い出す。
 アイツには葉書は出していないけれど、同窓会名簿には汐勿の家の住所が書いてあったはずだ。

 貴哉と身体を重ねながらそんなことを考えてしまう。
 他にも可能性のある相手は何人もいて、自分には思っている以上に敵が多いのだと自覚する。
 今更嫌がらせをされるほどのことをしたのかと問われるとそこまでではないと答えたくなる程度だけれど、人の感情なんて本人にしか本当のところは分からないのだから。

 そう、今私を抱いている貴哉だってそう。以前の貴哉は抱かれている時に他のことに気を取られることを許してくれず、他所ごとを考えているとすぐに気付かれ「何考えてるの?」と問いかけながら貴哉のことだけを考えるように甘く啼かされた。
 私だけを見て、私だけを気遣い、私だけに愛を囁いた頃とは違うのだ。

 隣で眠る貴哉の顔を見ながら元に戻ることはできないのだと淋しく思う。
 当たり前のことだけれど、それでも会ってしまえばあの頃の熱量を向けられることを期待した。

 数年ぶりに再会した貴哉は色気が増し、異性として意識しないことの方が難しいと思えるほどだった。
 この人の子種が欲しいと改めて思った。この人に中に注がれ、この人の子を宿したいと強く願う。

 あの日、最後に抱かれた時に子を宿していれば、夫との未来はなかっただろう。正直な話、生理が来た時には自分の身体を呪ったほどだ。

 別れてからは連絡を取ることもなく過ごしていたのに、どちらともなく始まった同級生という名の他人の近況を伝えるためのメッセージ。

 未練だったのだろう。

 少しでも繋がっていたい。
 少しでも縛り付けておきたい。

 そんな状況で見せられたあの写真に冷静になることなんてできなかった。
 紗凪から取り戻せないかと画策した。
 
「ん、………、たかや?」

 他所ごとを考えながら抱かれ、気を失うように眠ってしまったのだろう。無意識にその身体に寄り添い安堵する。今、この瞬間だけは私のモノなのだから。

 紗凪は今頃、あの部屋で独りで何をしているのか。

 今でも簡単に思い出すことのできるあの部屋で膝を抱える紗凪を思い浮かべ、溜飲を下げる。
 今、貴哉と同じ時間を過ごしているのは紗凪ではなくて紗羅なのだと思い、『ざまあみろ』と声に出さずに勝利に酔いしれる。

「紗凪、」

 聞こえた呟きは、きっと【紗羅】を【紗凪】を間違えただけのはずだ。

 ⌘⌘⌘

 貴哉がベッドを抜け出したのに気付き、時間を確認しようとするものの手元にはスマホが無かった。バックの中に入れっぱないだけど充電は残っているのだろうか。

「紗羅、」

 ベッドから抜け出した貴哉が私の名前を呼ぶ。

「紗羅、そろそろ支度しないと、素顔のまま出ることになるよ」

 眠ったふりをする私にそう言った貴哉に寝ぼけたふりをしながら「えんちょう、しないの?」と聞いてみる。
 今起きた感じを装い貴哉の姿を探し、隣にいないことに今気付いたと言いたげに「何でそんなとこに居るの?」と不機嫌な顔を見せてみる。

「時間、確かめたかったから」

 そんな嘘、いらない。
 そう思いながらも貴哉に戻ってくるよう目で訴える。上目遣いで睨む私のことを今でも可愛いと思ってくれるのだろうか。

「化粧とかしなくていい?」

 私を気遣うふりをして、この場から退場したいと本心を隠す言葉を告げた貴哉にアッサリと「延長して」と願う。

「帰らなくて大丈夫なのか?」

「日付が変わる前に帰れば大丈夫。
 だから、ね」

 そう言いながらもう一度抱くようにと無言の圧をかけてみる。

「きっとこれが最後なんだから、私を覚えておいて」

 これは、本音。
 きっと噂通りに世界が終わることはないのだから、2日後の当日が過ぎてしまえば日常に戻るしかないだろう。
 貴哉は紗凪の待つあの部屋に戻るのだろうし、私は夫と紗柚と何事もなかったかのように過ごすだけ。

 何を考えているのか、誘う言葉を告げてみてもベッドの上で胡座をかいたままの貴哉に「勃たせてあげる」と囁き股間に顔を近付け、陰茎を口に含む。
 紗凪と私、どっちが上手なのかなんて嫉妬心丸出しなことを考えながら。

 口淫で硬さを取り戻し、なし崩しに身体を重ねる。何度も受け入れた精がドロリと流れ出したことが残念で、貴哉におねだりしてみる。

「もっと、中で出して。
 赤ちゃん、貴哉との赤ちゃんが欲しいの」

 できないと分かっていても望んでしまうのは未練なのか、紗凪の元に帰るのが許せないだけなのか。
 もしも孕んだら、貴哉は私を選んでくれるのだろうか。

「こんなに中で出しても無理なものは無理だよ、」

 冷たい言葉に気付いたそぶりを見せずその精を受け止めたけれど、望まれていないことに気付かされたけど、それでも孕むことを夢見る自分が惨めだった。
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