世界が終わる、次の日に。

佳乃

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after that

大輝 2

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 新しい生活は何もかもが新鮮だった。

 人目を気にすることなく過ごすことのできる環境は快適で、そのせいか紗凪の表情も日に日にリラックスしたものになっていく。

 思えば前の家は知り合いばかりで外に出れば挨拶を交わし合い、時には立ち話に付き合わされるのも当たり前の環境だった。そのせいで、付き合うことになって引っ越すまでの間は俺たちの関係を隠すために常に緊張していたのかもしれない。
 同居していた期間も長かったからオレの知り合いは当たり前に紗凪を認識しているせいで、ふたりで出かける時にはその距離が近くなりすぎないように気にしていたし、事務所にいる時も外から見える環境だったせいて常に緊張していたように思う。

 それはきっと、義兄が写真を見て貴哉と紗凪の関係を見抜いたせいもあっただろう。

 居住空間に移動すれば少しは緊張が緩むものの、オレに気を許しながらも紗凪の気が休まることは無かったのかもしれない。

 引っ越してからは常にそばに居ることが当たり前だと思えるように何をするにもふたりで過ごし、外に出る必要がある時にも連絡を頻繁にしてオレの存在を浸透させていく。

 と言ってもあの人のように至れり尽くせりの生活を用意することはできない。

 今まで最低限の家事しかしてこないままだったけれど、生活はできていた。彼女が出て行ってからはその甲斐甲斐しさに気づき感謝したりはしたものの、彼女がしてくれたことを再現しようとはしなかったし、しようとしたところで無理なのは分かりきっていた。
 だから自分がしてもらって嬉しいと思ったことを紗凪にしようとするものの上手くいかず、失敗を繰り返しならも試行錯誤の毎日。

 だけどそんな気持ちはちゃんと伝わるのだろう。
 
 出来ないことを支えながら送る毎日は、ふたりの間の距離を縮めるのにちょうど良かった。
 ふたりで目を覚まし、ふたりで食事の用意をして同じ空間で仕事をすることが日常となっていく。
 食事以外の家事もふたりで過ごすうちにお互いの得意不得意を理解して、向き不向きに気付き、自然と役割分担ができていく。
 仕事が終わればまたふたりで食事の用意をして、1日を終える時には同じベッドに入る。

 仕事の都合で外に出ないといけない時は後ろ髪を引かれたけれど、これを終わらせればふたりだけで過ごすことのできる未来にまた一歩近づくのだと自分に言い聞かせた。

 身体を重ねる日もあれば身体を寄せ合うだけで眠る日もあるし、ムードが高まり寝室以外の場所で身体を重ねることもあった。

 トイレも入浴も本当は常に一緒にいたかったけれど、入浴時に邪魔をしすぎるせいで数回に一度しか一緒に入ることを許してくれなくなってしまった。
 トイレはそんな気持ちでいるというだけで本気で付いていきたいわけではないけれど、トイレに行く短い時間ですら離れたくないと思ってしまうオレは独占欲が強すぎるのかもしれない。
 いつ、どんな時も一緒にいたいという気持ちはそれくらい本気だった。

 紗凪が望めば一緒に外出することもあったけれど、本当は誰にも見せることなく閉じ込めてしまいたいと思っていた。
 仕事で外に出る時に食材をまとめ買いし、どうしても足りないものがある時は仕方なくふたりで出かける。
 日用品はネットで購入できるけれど、紗凪に受け取りをさせたくなくて確実にオレのいる時間帯に時間指定をすることを忘れなかった。

 オレ以外の人間との交流を断ち、オレとふたりだけの世界を構築していく。

 オレがいなければ生活が成り立たないほどに依存してくれたらいいのに。
 オレがいなければ生きていけないほどに依存してくれたらいいのに。

「ねえ、GPSで位置情報共有できるようにしない?」

 そう言ったのは、オレが帰ってきた瞬間にホッとした顔をすることに気付いたから。
 ドアを開けた瞬間、「おかえり」と笑顔を向ける前に一瞬だけ見せる不安げな顔の理由が分からず戸惑うけれど、オレの姿を確認して破顔する紗凪に気付き不安だったのだと確信する。

 貴哉が付けた傷はまだ癒えていないのだろう。

 どれだけ気持ちを伝えても、どれだけ甘やかしても、紗凪の傷を癒すにはまだ時間がかかるのかもしれない。
 紗凪のことを縛り付けていたはずの貴哉はその裏で姉との関わりを続け、その挙句1番そばにいて欲しい時に姉を選んだのだからその傷は決して浅くない。

 姉を選んだと言われた時に何を思ったのか。
 自分から離れて行こうとする貴哉を見ながら何を考えたのか。

 その日の朝に別れを告げられ、そのままオレの部屋に来たわけではないだろう。だからきっと、不安な毎日を過ごしながら貴哉の帰りを待っていたはずだ。

 今日は帰ってくるのだろうか。
 明日は帰ってくるのだろうか。
 もう姉のところに向かってしまったのだろうか。
 もしかして、もう姉に会っているのだろうか。
 そんなことを毎日考えていたのかもしれない。

 こんなことなら仕事があるからと呼び寄せておけば良かったと、今更ながらに後悔する。だけど、あの時はふたりの関係がそんなことになっていただなんて知らなかったのだから、今更後悔したところで何かを変えることができるわけでもない。

 それなら少しでも安心を与える方法を考えるしかないし、紗凪の憂いを取り除くことを優先するべきだ。

「え、別に良いけど。
 でも、この部屋にいない時はずっと大輝と一緒だよ?」

 オレの提案に口の端を歪めたのは嬉しさを隠すためだったのか、その言葉に少し頬を赤くしながらそれでも否定的な言葉を口にする。気持ちがダダ漏れだと笑いそうになるけれど、それに気付かないふりをして、あくまでオレの我儘を通す程で話を進めていく。

「まあ、そうなんだけど、安心が欲しいんだ」

「安心って」

「部屋にいるなら部屋にいるって確認できれば安心できる」

 それは本心でもあった。
 セキュリティのしっかりした部屋を選んでも、紗凪を拘束できるわけではない。外に出たいと思えば自由に出ることはできるし、この部屋から逃げたいと思えば逃げることも可能だ。

 もしも帰った時に紗凪がいなかったら。

 そう考えて不安になる時もある。
 紗凪の不安を取り除きたいと思う気持ちと同等に、自分の不安な気持ちを取り除きたいという思いもあった。
 だから、自分の気持ちを隠すことなく紗凪に伝えていく。

「いつ見てもここにいるから面白くないよ?」

「面白くなんてなくて良いんだって。
 オレの自己満足に付き合って」

 そう。
 位置情報を共有したところで紗凪を縛り付けることができるわけじゃない。
 移動していることが分かった時にその姿を追うことができるというだけの事だけど、それでも追いかけることができるという選択肢が欲しかった。

 紗凪の了解を得て互いの位置情報を共有する。
 同じ部屋にいるのだから当然、互いの距離が0と表示される。そのことを確認して笑顔を見せた紗凪は、その日以降は玄関を開けた時の不安げな顔を見せることはなくなった。

 不安な気持ちを抱いていたのはオレも同じだった。

 貴哉の連絡先は消したけれど、連絡手段がないわけじゃない。
 家族からの連絡が来る事だってあるだろう。
 部屋から出ることを嫌がっていても、【何か】があればオレが部屋にいない間にどこかに行ってしまうかもしれない。

 そんなオレの不安を解消するためにも位置情報の共有は必要なことで、仕事で外出した時には何度もアプリを開き、紗凪の居場所を確認することを止めることができなかった。

 どうすれば縛り付けることができるのだろう。

 位置情報を確認できたところで紗凪を拘束できるわけじゃない。
 前に購入したドアロックを玄関に付けようかと本気で考えるけれど、そんなことをしたら通報案件だ。

 紗凪を縛り付けたい。
 紗凪を閉じ込めてしまいたい。
 紗凪をオレだけのものにしたい。

 そんな考えがオレの思考を支配していく。

 その電話がかかってきたのは、そんな風に少しずつ心の安定を乱し始めた頃だった。



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