世界が終わる、次の日に。

佳乃

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after that

大輝 3

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「留守電、入ってた?」

 戻って来た紗凪にさり気なく聞いたつもりだったけれど、その表情は【さり気ない】とは程遠かったのかもしれない。
 苦笑いを見せた紗凪は缶コーヒーを渡しながら苦笑いを見せる。

「入ってたよ。
 留守電だけじゃなくてメッセージも」

 マグカップにお茶を注ぎ終わると、眉間に少し皺を寄せながらスマホの画面を見せる。

「電話に出ろって留守電に入ってたけど、諦めてメッセージにしたみたい」

 呆れたようにそう言いながらメッセージを見せる。

《貴哉君とのこと、紗羅の言ってることが本当なんじゃないですか?
 だから紗羅が怒ってるんだと思います
 ちゃんと説明してください》

《説明できない関係だから無視するんでしょ
 メッセージくらい返しなさい》

《貴哉君がどこにいるのか教えなさい》

 紗凪の言葉を信じることなく、紗羅の言葉を肯定した言葉ばかりで、見ているだけで気分が悪くなってしまうような暴力的な言葉。
 紗凪と紗羅の扱いにここまで明確な差をつけるのかと驚きを隠せない。

 今までは紗凪と紗羅の扱いの差は男女の違いだろうくらいにしか考えていなかった。周りを見ても息子は放任であっても娘に対しては口うるさい親も多い。
 それと同じなだけでなく、家を継いだ紗羅に対して紗凪との差があるのは仕方がないとこだと思っていたけれど、紗凪の言葉を信じることなく、一方的に攻めるようなメッセージに考えを改める。

 紗凪の存在を自分だけのものにすることは、思ったよりも容易かもしれない。

「ボクの言葉は信じてくれないんだよね、何言っても」

 傷付いた顔を見せる紗凪がオレに求めるのは全肯定なのだろう。否定されたことで傷付き、続く言葉で傷を広げられていく。

「お姉さんの言い方なんじゃないの?」

「それもあるんだろうけど、でもボクの言葉をもう少し聞いてくれてもいいと思うんだけど。

 付き合ってたって、そんなふうに言える関係じゃなかったのにね」

 紗凪の言っていることは詭弁でしかない。
 実際、貴哉との関係は紗凪がどれだけ否定しても【恋愛関係】だった。それは写真を撮ったオレが1番感じていた変化。
 ぎこちなかった表情が少しずつ和らぎ、歩く時の2人の距離が少しずつ近付いていく。
 外で手を繋いで、なんてことはなかったけれど、親しい相手だからこそ生まれる距離感と表情はその関係を具に表していた。

 オレと歩く時とは違う距離感。

 俺に見せるのとは違う表情。

 義兄が写真を見て気付いたくらいだから、紗羅が気付かないわけがない。紗凪との関係は薄かったけれど貴哉のことは理解しているはずだから、その表情の変化を見逃すことはないだろう。

 紗凪は自分は身代わりだったと言うけれど、時と共に変化する貴哉の表情はそうは言っていなかった。
 自信を持てない紗凪を庇護するような表情が少しずつ変化して、その視線に熱を持つようになったのはその気持ちの変化の現れ。

 貴哉自身、始めはそんなつもりではなかったのかもしれない。
 紗羅を懐かしみ、紗凪と過ごすはずだった時間を追体験したかっただけなのかもしれない。

 新しい部屋が決まれば出ていくはずだった紗凪を手放せなくなったのは淋しさからだったのか、紗羅への執着だったのか。

 あの噂が無ければ、世界が終わるかもしれないなんて誰かが言い出さなければふたりの関係は違うものになっていたはずだ。

「あ、また」

 ifの世界を考えていると紗凪がそう言ってスマホに目を落とす。音が切ってあるせいか、紗凪の言葉がなければ着信に気付かなかっただろう。

「お母さん?」

 そう聞いたオレに無言で画面を見せる。

 【紗羅】

 表示された名前に動揺してしまい、「え、お姉さん?」と間抜けな声が出る。

 通話ボタンの押せない紗凪と、出るように告げることのできないオレをよそに留守電に繋がったスマホはしばらく沈黙し、再び着信を知らせる。
 きっとまた、紗羅の独断場なのだろう。

「あれから、どうなってたんだろうね」

 再び【紗羅】と表示された画面を見ながらそう言い、「会ってなかったのかな?」と小さく呟く。

 あの噂が噂でしかなかったと判断した翌日から、再び社会は動き出した。
 正常に動きだすまでには多少の時間がかかったものの大きな混乱も無く、貴哉の会社が再び動き出した事も把握している。だけど忙しい日々を送っていたとしても、あれから数ヶ月経った今、紗羅と連絡を取る時間が無いとは思わない。

 着信を知らせる通知と、留守電が残されたことを知らせる表示を残したまま静かになったスマホはしばらく放置され、再び着信がないことを確信してから留守電が再生される。

『紗凪、電話に出なさいよっ!』

 留守電に繋がったことで怒りを抑えることができなかったのだろう。
 スピーカーモードにしたスマホからは紗凪に対する悪口とも取れる言葉と、貴哉と連絡を取れないことに対する不満が延々と続いていく。

 どうして自分から貴哉を奪ったのか。

 どうやって貴哉に取り入ったのか。

 だけど、所詮自分の身代わりなのだから貴哉の居場所を教え、身を引くようにと言葉が続く。

『貴哉はお父さんになるんだから。
 紗凪は貴哉のこと、お父さんにしてあげられないでしょ?』

 そして、紗凪を嘲る言葉が続いた後で告げられた言葉。

「お父さんになるって、子供のこと、嘘じゃなかったんだ?」

 紗羅のお腹の中にいるのが貴哉の子供なのかどうか、それは紗羅にしか分からない。だけど、これほどまでに自信を持って言うということはそれが真実だからなのかもしれない。
 可能性はゼロではないのだから、紗羅がそう言い通せば真実ではなかったとしても真実にになるのかもしれない。

「奇跡、なのかな」

 世界が終わるかもしれない。
 そんな時に身体を重ねたふたりの間に授かった新しい命。
 世界が終わってしまえば無かったことになってしまう存在は、今、紗羅のお腹の中で日々成長している。

 妊娠の確率はゼロではないと言われた貴哉の子供を授かったのは奇跡なのか、執念なのか。

「奇跡って、妊娠が?」

「そう。
 一緒にいたいって気持ちが奇跡を起こしたのかもね」

 これが泣く泣く別れたふたりの間に起きたことならば、泣く泣く別れてパートナー不在のまま過ごしていたふたりの間の出来事ならば【奇跡】という名の美談になったかもしれない。
 だけど現実は、パートナーを見捨てた男と、夫も子供もいる女の裏切りの証。
 不妊を理由に捨てられた男と、不妊を理由に捨てた女の犯した過ち。
 
「でも、だったら何であの人のこと探してるのかな。
 もしもあの時にできた子ならとっくに分かってたことだよな」

 奇跡という美談にしたのなら、その事実を盾にすることは不可能ではない。
 当然非難されるだろうけれど、それこそ【運命】だとか【奇跡】だとか、お花畑な頭で何とでも言うことはできるだろう。

 だからこそ、タイムラグが気になってしまう。

「そうなんだけど、でもお義兄さんの子ではないだろうし」

 普通で考えればパートナーである義兄の子供だと思うけれど、あの日の義兄の言葉に嘘があるとは思っていない。
 彼は彼で悩み、苦しんでいたのだろうから。
 
「だから、あの人に会うためにひとりで来てたのか」

「そうなんだろうね」

「でも紗凪がいたらどうするつもりだったのかな?」

「それは、」

 口籠もった紗凪だったけれど、紗凪の前で妊娠の事実を告げ、貴哉を略奪するためにこちらに来たのだと言うことは想像に難くない。

『貴哉はお父さんになるんだから。
 紗凪は貴哉のこと、お父さんにしてあげられないでしょ?』

 紗凪に向けられた言葉から感じるのは紗羅の隠し切れないどす黒い感情。

 貴哉と別れた時の後ろめたさ。

 義兄を選んだ時の打算。

 家を継いだことで満たした紗凪への優越感。

 そして、紗凪と貴哉の関係を知った時の嫉妬。

 孕んだことで貴哉との結婚の障害を取り除いた。貴哉もこの事実を知ればきっと喜ぶだろう。

 孕むための道具だった義兄は解放すればいいだけのこと。

 自分と貴哉の関係を知った紗凪は泣くのだろうか、怒るのだろうか。

 紗羅の人となりは紗凪を通してしか知らないけれど、紗凪の話を聞き、義兄の話を聞き、留守電に残された言葉の数々を聞き思ったことは、どこまでも自分本位なことばかりだった。

 自分の感情ばかり優先して周りを顧みない紗羅は、自分の思い通りにならないことなんてないと思っているのだろうか。

 それならばと考える。

 なぜ今なのか。

 今でないと駄目な理由でもあったのか。
 



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