世界が終わる、次の日に。

佳乃

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after that

大輝 1

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 紗凪が話すのを見守りながら、その動向を伺っていた。
 今までの流れから紗凪が【家族】と和解することはないと分かってはいたけれど、それでも【情】に訴えかけられたらどうなるか分からない。

 あまりにも一方的な紗羅の言葉に、紗凪の気持ちを促すふりをして紗羅を庇い続けるような母の言葉に苛立ち続けながらも積極的に紗凪の援護をしなかったのは、意図してのこと。
 側で寄り添い、紗凪が傷付けられるのを見ながらも援護しなかったのは、紗凪が自分で断ち切ることを選ぶため。

 だから、紗凪の口から彼らしくない強い言葉が出た時に心の中で歓喜した。

 やっと断ち切る気になったんだと。

「セックスレスなんでしょ?
 姉さん、欲求不満だったんだね」

 煽るように普段は家族に対して向けることの無いであろう言葉を口にした紗凪は、嘲るようにそう言いながらも苦しそうな表情を見せる。

「酷いよね、お義兄さんとの子供はもう要らないからパイプカットしろって言っておいて、貴哉の子を妊娠するんだから。
 お義兄さんにどうやって説明するの?」

『説明なんて必要無いでしょ。
 貴哉がこっちに来た時にあの人は邪魔なだけなんだから、別れるって言ってるならちょうどいいし』

 紗凪にとっての精一杯の悪態は姉に通じることなく、その後の言葉の応酬も想定していたものとは違ったようだった。

「紗柚君は?」

『別に、好きにしたらいいんじゃない?
 汐勿の後継は紗柚じゃないからあっちの家に行ってもいいし』

「そんなに上手くいくの?
 姉さん有責だよね」

『あんた、知らないの?
 性の不一致でも離婚できるのよ?

 パイプカットすれば抱かせてあげるって言ったのに、拒んだのはあの人なんだから私のせいじゃないでしょ?
 私はむしろ、被害者よ?

 パイプカットしないならピルを飲んでもいいって言ったのに、反対したのはあの人だし。
 私は夫婦仲を維持するための妥協案を出したのに、それを拒絶したのはあの人なの。

 むしろ、あの人の有責なんじゃないかしら。
 性の不一致で蔑ろにされたのは、私なの』

 呆れるほどに自分勝手な言い分を口にした娘に、隣でそれを聞く母はどんな気持ちでいるのだろう。

 姉の元婚約者であり、同性である貴哉に姉の身代わりで抱かれていたと口にした息子に、電話の向こうで母は何を思うのだろう。

 娘の言葉を止めることなく、紗凪の言葉を止めることなく、ただただ耳を傾ける母の心情は分からないけれど、それは【複雑】だなんて簡単な言葉で済ますことのできるようなものではないはずだ。

「そんなのただの言い訳だよね。
 姉さんのしたことはただの浮気だよ」

『浮気じゃないっ!
 元の形に戻っただけでしょ?』

「戻れるわけないじゃん。
 紗柚君が産まれて時点で、元の形になんて戻れないんだよ」

『だから、紗柚は向こうの家に行けば問題ないんだってば。
 あっちも紗柚しか孫はいないし、ちょうどいいでしょ?』

『勝手なことばかり言わないでっ!』

 姉弟の言葉の応酬は突然の怒声に止められた。
 姉の言葉に太刀打ちできず、もっと傷付けばいいと思っていたのに、聞こえてきた母の怒声は紗羅を責め続けるものだった。

『セックスレスとか、パイプカットとか、何言ってるの?
 ふたり目を諦めたくないなんて言って、なかなかできないんじゃなくて、そんな理由だったの?』

『ちょっと、お母さん、声大きい』

『ふざけないでっ!

 諦めなさいっ!!』

 母の言葉に紗凪の動きが止まる。
 母の言葉の意味に気付き、その言葉の重さにショックを受けたのだろう。

『諦めるって、無理よ?
 今からそんなことしたら殺人よ?』

 だけど、ショックを受ける紗凪とは対照的に、挑戦的な言葉で返した紗羅は言葉を続ける。

『何のためにここまで待ったと思ってるの?
 もう堕ろせないの、産むしかないの。
 この子産んで、貴哉と再婚して、汐勿の家を続けていくの』

『お母さんは認めない』

『別に、お母さんが認めなくてもおじいちゃんとおばあちゃんが認めてくれればいいし。
 ふたりとも貴哉のこと気に入ってたから認めてくれるわよ』

『認めるわけないでしょっ!
 それに、おじいちゃんもおばあちゃんも、紗柚のこと可愛がってるじゃない。
 だいたい、貴哉君がどこにいるのかも知らないくせに』

『だから紗凪に聞いてるんでしょ?

 紗凪、聞こえてるんでしょ、貴哉に赤ちゃんのこと、伝えなさいよ』

 突然自分の名前を呼ばれた紗凪は大きな溜息と共に「もういいや、」と投げやりな言葉を吐き出す。

 紗凪の言葉は紗羅にとってはただの戯言だったのだろうか。

 弟が自分の身代わりに元婚約者に脅され、犯されたことさえ優越感を満たす甘い言葉だったのだろうか。

 息子のされた仕打ちに怒りを見せるでもなく無言でやり過ごしたくせに、娘の結婚生活の継続を心配したことで、孫の将来を心配して怒号をあげたことで、息子が絶望したのだと気付く時が来るのだろうか。

 紗凪の表情から感情が抜け落ち、その瞳に暗い影が落ちる。
 全てを諦める覚悟、それは全てを手放す覚悟だと自覚し、最後の会話がこんなものなのかと虚しく感じているのかもしれない。

「貴哉の居場所は知らない。

 連絡を取ることもできない。

 姉さんとも話したくないし、母さんにも期待しない」

 ふたりに言い聞かせるようにゆっくりと、はっきりと口にした言葉に驚いたような声が聞こえた気がしたけれど、それは紗羅の言葉にかき消される。

『ちょっと、逃げないでよ。
 本当は貴哉と連絡取れるんでしょ』

「姉さん、貴哉の会社覚えてるんでしょ?
 自分で何とかしなよ」

『会社に行くつもりだったのに、事故ったんだからしょうがないでしょ?
 しばらく車使えないし、家からも出られないだろうし。
 紗凪が何とかしなさいよ』

「直接行かなくても電話くらいできるでしょ?」

 行動が予想通り過ぎて嗤いたくなるけれど、その感情を抑えて成り行きを見守る。

 紗羅には絶対的な自信があったのだろう。

 紗凪はただの身代わりであって、障害になるような存在ではないと。
 自分を忘れることができず、あの部屋を離れることのできない貴哉は自分の存在と、そのお腹に宿った命で自分を選ぶであろうと確信していたのだろう。

 だって、世界が終わるその時に紗凪ではなく紗羅を選んだのだから。

「ボクは、巻き込まれただけで関係無い。

 汐勿の家のことも、ボクは知らない。

 貴哉とももう関わりたく無いし、これ以上ボクを巻き込まないで」

 泣いているのは母だろう。
 彼女には紗凪の覚悟が伝わったのかもしれない。

 今更泣いてもどうにもならないのに。

「じゃあ、切るね」

 紗凪の変化に気付いた母とは違い、一方的に言葉を投げ続ける紗羅は電話を切ったことに怒っているのだろう。
 何度も何度も呼び出しを繰り返す電話は必死さの表れなのかもしれない。
 直接貴哉に連絡しないのは連絡先が変わったからなのか、それとも拒否されたのか。
 もしも連絡先が変わったのなら、紗凪の今の番号を解約してしまえば貴哉との繋がりは完全に無くなるだろう。

「これで終わるかな」

 鳴り続ける呼び出しの音を気にしながらそう言った紗凪を「頑張ったな」と労いながらそっと抱き寄せる。そうしないといやらしく歓喜する顔を見られてしまいそうだったから。

「絶縁状、どうする?」

 喜びが漏れないように気遣うように問いかけ、その答えを待つ。

 あれだけはっきりと告げたのだから必要ないとは思うけれど、貴哉と連絡が取れなければ紗凪に頼るしかない。
 紗羅が【家族】にどう告げるつもりかは分からないけれど、子供の父親である貴哉と連絡を取るために紗凪の気持ちを無視して連絡を取ることを強要してくることも考えられる。

 だから、自分の言葉でその意思を伝え、完全に【家族】との縁を断ち切ることで、僅かに残された貴哉との繋がりも切ることができるだろう。

「しばらく様子見て、しつこいようなら出したほうがいいかもね」

「諦めないんじゃない?」

「何で、分かってくれないのかな」

 緊張の糸が切れたのだろう。
 少し湿った声でそう言うと、タガが外れた様に次々と言葉が溢れる。

「やっぱり、僕がいたら駄目だったのかな。

 何で、みんなから要らないって言われないといけないんだろう。

 貴哉は最後になるかもしれないのに姉さんを選んだし、お義兄さんにはボクが生まれたせいで姉さんがおかしくなったって言われたし。

 姉さんなんて、ボクが生まれた時から、違うね、ボクが生まれる前からボクのこと嫌いだったんだよ」

 傷付けられた言葉を口にしてその傷を深めているのか、それとも口にすることで消化しようとしているのか、時々嗚咽を混ぜながら言葉を続ける。

「何でお母さんはボクを産んだんだろう」

 母の態度は相当紗凪を傷つけた様で、自分を否定する言葉を口する。

「ボクなんて、生まれなければよかったのかな。

 ボクなんて、居なくなった方がいいのかな」

 そして零れ落ちた自分を、自分の存在を否定する言葉。
 生まれてこなかったことに、居なかった事にしてしまえば紗凪は行き場を無くし、ここに、俺の側に留まるしかないだろうと歓喜する。

「居なくなるんだろ?」

 その言葉を肯定して紗凪の欲しがる言葉を口にすると驚いた様に上げた顔は涙で濡れ、鼻の頭は赤くなり庇護欲を掻き立てる。

「不細工な顔、」

 そんな無防備な顔を見せてくれる紗凪が可愛くて、オレだけが味方だと頼ってくれる紗凪が愛おしくて涙と舐め取るかのように顔中に唇を落とす。

「紗凪はずっとここに居たらいいんだよ。
 ずっとオレの側に居るんだから、他の人から見たら居ないのと同じだろ」

 生まれなかったのだから、【家族】なんて存在しない。

 居ないのだから、誰からも認識されない。

 だから、もっともっとオレに頼って欲しい。

 だから、もっともっと俺に依存して欲しい。

 俺から離れるなんて考えない様に、紗凪にとって耳あたりの良い言葉を囁き続けた。

 




 
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