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「その写真って…いつから送られてきてる?」
 直輝のことを言ったところで自分には有利になる事はないと悟ったのだろう、話題を戻してきた。
「さぁ…もう覚えてない。
 多分、残業が増えた頃からじゃないかな?」
 確かそのくらいだ。同棲を始めて半年もしないうちから始まった彼の残業。始めは確かに残業だったのかもしれない。でも、はじめは集中して何日かだった残業が、残業だと言って帰宅が遅くなる日が時々あるようになった頃に送られてきたメッセージ。最初の言葉は何だったかなんてもう思い出せない。思い出せない程たくさん送られてきていたのだ。

 そのメッセージは彼の残業に比例して増え、最近では毎日報告が来ていたのに彼は気づいていなかったらしい。
 休日出勤だと週末は部屋を空けていたけれど〈今日はこちらに来ています〉とご丁寧に連絡をもらっているのも知らなかったのだろう。
〈今、家を出ました。そちらに帰ったらよろしくお願いします〉
〈明日は会議があるそうです。早めに起こしてあげてください〉
 情事の報告だけでなく、こんな風にパートナー面して送られてくるメッセージ。僕は彼のお母さんじゃない。

「自分の好きな人が自分じゃない誰かと仲良くしてるとこなんて、もう見たくない」

 それが本音だった。
 知らない誰かからのメッセージは拒否できなかったけれど、別れると決めてはじめにやったのはその誰かのメッセージをブロックすることだった。
 見たくないこと、聞きたくないことでも彼の動向がわかるならとブロック出来なかった知らない誰かの連絡先。
 あの彼は何を期待してメッセージを送ってきてたのだろうか?僕からの連絡を待っていたのだろうか??

「ごめんね。
 まだ好きだけど、もう疲れたんだ」
 それしか言えなかった。
 本当はちゃんと話をしたかったけれど、それを拒否したのは彼なんだから。

「雅、それどういうこと?
 俺と別れてその男と付き合うの?」
「だから既婚者だってば。
 しばらくは誰とも付き合わないと思うよ」
「それは、俺が好きだからでしょ?」
 お話にならない。

「違うよ。
 それとこれとは全然別の話。正直、もうパートナーは要らないって思うくらいには疲れてるから。
 だからさ、写真の子と仲良くしなよ。〈今帰りました〉とか〈明日は会議だから早く起こしてあげて〉とか、よく気がつく良い子じゃない?
 あ、ブロックしたからもう送ってきても無駄だって伝えておいて。
 通話切ったらこれもブロックするから」
 一気に言って通話を切る。
 すぐに折り返しは来たけれどそれを取ることはしないで着信が途切れた隙に着信拒否しておいた。

 本当は着信拒否まではしたくなかったけれど、直輝の手前もあるし勢いで言ってしまうまったのだから仕方ない。メッセージも同じ理由でブロックしてしまった。

 これで終わったんだ、そう思ったらまた泣けてきた。
「好きだったのにな…」
 直樹がいるのも忘れてそっと呟いてみる。結局はそこに行き着くのだけれど、それでも元に戻れるとは思わない。

「大丈夫?」
 大丈夫なんかじゃないけれど、それくらいしか言いようがないのだろう。
「本当はさ、いつか戻ってきてくれると思ってたんだ」
 直輝の質問に答えずに溢してみる。
「同棲するまでが長かったからさ、ちょっと余所見したくなったのかと思って様子見てたら気が付いたらあっちが本命みたいになっててさ。

 家賃も光熱費も彼が払ってるのに帰ってこれないなんておかしくない?
 だからこれで良かったんだよね」
 そう言って自分を慰めてはみるけれど、だからと言って納得できているわけではない。
 そもそも別れる時が厄介だからと同棲を拒んでいたのをどうしてもと願ったのは彼だったのに。僕に飽きたのなら同棲を解消したいと一言言ってくれれば良かっただけなのに。

「何でもっと早く話をしなかったのか聞いてもいい?」
 そう言葉に出した時点で聞いているのと同じなのに、相変わらず生真面目というか、何というか…。

「何だろうね…プライド?
 同棲してた時間よりも付き合ってた時間の方が長かったから、僕から離れるわけがないと思ってたんだ。
 どうしても一緒に住みたいって言われて調子に乗ってたのかな?」
 そもそも相手の子がどんな子かも知らないけれど、僕よりも尽くしてくれる子だったのかもしれない。

 ちゃんと彼の身体のことを考えてくれるだろうか?
 暑くなると冷房が辛くて、熱めのお風呂に入らないと週末には酷い状態になるけどちゃんとお風呂を用意してくれるかな?
 ミネラルウォーターを朝飲んでるから大丈夫だなんて言って、コーヒー以外の水分を摂らないからちゃんとコーヒー以外の水分を摂るように気をつけてくれるかな?
 なかなか運動する時間が取れないから好きなものばかり食べてると肌荒れと便秘が酷くなるけどちゃんと野菜も食べさせてくれるかな?

 そろそろ1年で1番暑い時期になる。
 ここ数年、僕が気を付けてきたことを彼は気付いていたのだろうか?
 一緒に住まなくても気をつけることはできた。あれやこれや世話を焼いて、口煩く言って。彼の部屋に遊びに行った時にはご飯を作って、常備菜を置いてきた。
 外食に飽きてたから帰ってきて常備菜があると助かるって言ったのは彼なのに。
 食事を作って、一緒に食べて。
 手を繋いで、キスして、時にはセックスをして。
 毎日一緒にいたい、毎日僕のご飯が食べたい。
 そう言ったのは彼だったのに。

 一緒に住むようになって口煩く言う必要が無くなったのが駄目だったのだろうか?
 口煩く言わなくても全て管理していたから言う必要がなかっただけで、前以上にサポートしてたつもりだけど足りなかったのかもしれない。
 一緒に住むようになって、彼の部屋で過ごすうちに家事の効率が上がったせいで僕は2人で過ごす時間が増えて嬉しかったけれど、彼には手を抜いているように見えたのかもしれない。
 家事が疎かになった時には〈仕事〉を休みにして彼がいない間に掃除をしたり、常備菜の作り置きをしたりしていたけれど見えない努力は目に見えた変化がなければ伝わらない。

「それさ、お母さんじゃん?」
 口に出てしまっていたのだろう、直樹が呆れた声を出す。
「うちの嫁が子どもにやってるのと同じだよ?」

 言われてしまった。
 自覚がなかったわけじゃない。
 でも相手を思って行動すればする程に〈お母さん〉っぽくなってしまう。

 恋愛するだけなら相手の良いところだけを見て、自分の良いところだけを見せて、それで成り立つ。
 一歩踏み込んで2人で歩んでいくとなると、お互いのいいところを見ているだけでは駄目なのだ。

 結果、僕はお母さん染みてしまいいつの間にか疎まれ、他の誰かに奪われてしまう。だから同棲だってしたくなかったのに…、理不尽だけど仕方がない。

 こんなことは今回だけではないのだから。



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