欲深い僕たち。

佳乃

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僕 4

 高校3年生となると真剣に自分の進路と向き合うことになる。
 2年の最終学期には三者面談で卒業後の進路を確認され予定通り〈就職〉だと教師に伝えた時に僕の学力なら指定校推薦で大学に行くことも可能だと言われたけれど、僕としてはそれなりの会社に入りたいという気持ちは変わっていない。
 春休みには義父も交えて3人で話し合ったけれど僕の気持ちは変わらず4月に入ると就活説明会が始まった。
 この年の春休み、義兄は初めて帰ってこなかった。きっと楽しく大学生活を送っているのだろうと義父は笑っていたけれど、僕は義兄に進路の話を聞いて欲しかったから淋しい思いをした。それでも義兄には義兄の予定が有るのだと自分に言い聞かせて気持ちを消化するしかなかったのだけれど、その気持ちは胸の奥底に沈み込み消えることはなかった。

 3年になってすぐの新学期は目当ての会社の求人は来るだろうか、なんて友達と話しながらお互いの動向を伺う毎日。友達と言えどライバルだ。受験と違い地元の企業に入るとなると一社当たりの求人数が少ない為同じ職場を希望したらどちらかは不採用だと言うことも珍しく無い。
 友達と被らないように、それでも自分の希望する会社に、18歳の僕たちには大きな決断だ。

 就職の事が頭から離れない毎日。
 同級生もほとんどが就職するため夏休みに行われる職場見学にはみんな興味津々で、あそこに行くここに行くとの話を聞きながら周りの動向を探る毎日。中には進学することを決めて塾に通い出す友達もいるけれど、僕には関係のない世界だと思っていた。

 夏休みに入り職場見学が始まったある日、帰宅すると義兄が久しぶりに帰ってきており制服姿の僕を見て「出校日?」と聞かれたため就職見学のことを話すと意外そうな顔をされる。なぜかと思ったら義父は進学させたいと言っていたと聞かされた。
「でも3人で話したよ?」
「そっか。
 渉の人生だから自分で決めたならそれでいいと思うけど就職したらここから通うの?」
「まだ決めてないけど職場の場所にもよるけど祖父ちゃんとこや父さんのとこでも良いかな、とも思ってるけどね」
 そう答えると義兄は少し考え込み口を開く。
「俺の部屋は?」
 何を言われているのかわからず答えに戸惑うが、義兄の部屋は選択肢に無かったため正直にそう答えると残念そうな顔をされてしまった。
「俺の部屋も選択肢に入れておいてよ」
 そう言われてしまうと頷くしかない。やっと薄れてきた気持ちを思い出しそうになるけれど、その気持ちを心の奥底に沈めこむ。
「進学は全く考えてない?」
「だね」

 そんな会話を思い出したわけではないけれど、新学期が始まり教師に呼び止められ指定校推薦を打診されだ時に少し心が動いた。
 義兄と同じ部屋でする生活を思い描き、それを望んでしまう僕は欲深いのだろうか。

「母さん、僕って進学してもいいの?」
 そう母に聞くと喜ばれてしまい気がつくと進路変更する事となり、そうなった時は義兄と一緒に住むことまで決まってしまった。指定校推薦してもらえる学校は義兄の部屋から通う事ができる学校で、僕が一人暮らしをすることを心配する義父と母には嬉しい進路変更だったらしい。
「渉が俺の部屋に来たら父さんと義母さん、新婚気分満喫できるね」
 そう言って笑う義兄は悪戯が成功したような顔を見せる物だから僕もなんだか楽しくなってしまったけれど、冷静に考えると僕の独占欲は大丈夫かと心配になってしまう。

 そもそも義兄の彼女は大丈夫なのだろうか?
「兄さんさ、僕が一緒だと困らない?」
「何で?」
「彼女とか、呼べなくなるんじゃないの?」
「別に、部屋でしか会えないわけじゃないし。渉こそ、彼女大丈夫?渉が一人暮らしするの楽しみにしてなかった?」
 心配をしたつもりが心配をされてしまった。彼女も一人暮らしなのかもしれない。
「とっくに別れたし」
 僕のその言葉に兄は少し笑って大学に行けばまた出会いがあると言ってくれたけど、彼女が欲しいと思っていない僕には余計なお世話だ。

 そんなこともありつつ、無事に指定校推薦をしてもらえることになり年が明ける前には僕の進路は決まった。
 工業高校から指定校推薦で進学すると基礎学力不足で勉強についていけないと聞き義兄に相談するとタブレット学習ちゃんとやってるから大丈夫だと言われ、もしも進学した時に困らないようにと設定してあったと言われ驚いた。タブレット学習の成果は母に届くようにしてあったはずが、いつの間にか兄に変更され学習の様子もチェックされていたらしい。
 義父はこの辺の事情を把握していたから進学するつもりだと思っていたのだろう。

 友達の大半は就職が決まり、僕も進学が決まったため冬休みはとにかく遊び倒した。卒業後はそれぞれの進路によって引っ越しをしたり研修があったりするため羽目を外して遊びすぎて怒られたりもしたけれど、祖父母や父に合格を知らせに行ったりもした。

 全てが順調だった。
 3学期になるとテストがあるため授業はあるものの、進路が決まっている生徒が大半のためゆるい空気のまま時間が過ぎていきテストが終わる2月の半ばには自由登校となる。その後は卒業式に出る以外はやる事がないため早々に引っ越し準備をし、卒業式翌日には義兄の部屋に引っ越した。

 僕の家事スキルはすっかり上達し、食事の用意だって1人でできるし掃除洗濯も問題ない。
 それでも義兄が外泊するときは面倒でお茶漬けで済ませたり、朝食用に買い置きしてあるパンを齧って終わらせてしまうのは自分のために労力を使う気になれないからだ。
 そして気付いてしまった僕の弱さ。

 物心ついた時には祖父母の家で暮らしていたため僕は〈1人〉に慣れていなかったのだ。祖母は専業主婦だったため常に家にいたし、母が再婚してからも家に1人でいる時間がいくら長くなってもいつかは義父母と母が帰ってきた。
 結果、1人で夜を過ごす事が初めてなことに気付いたのは義兄が外泊するからと言って出かけた日の夜。

 誰もいない家が楽しいのはいつかは誰かが帰ってくるからで、誰も帰ってこないのだと思うと1人の背徳感は消え去り淋しさだけが残ってしまった。義兄と共有のダイニングキッチンは1人で過ごすには広すぎて早々に自室に籠る。
 自室でゲームをしていても、スマホを触っていても不意に音が途切れた時に誰もいないことを意識してしまい淋しくなってしまう。

 こんな気持ちも今だけだ、そう思ってやり過ごそうとするのだけど徐々に増えていく義兄の外泊が僕を追い詰めていく。
 義兄がいるときはいつも通りに過ごす事ができるのに、義兄のいない日は何もやる気にならず早々にベッドに潜り込み眠れない夜を過ごす。
 食欲もなく、眠れないまま過ごす長い夜。

「渉、痩せた?」
 そんなことを続けていれば目に見える変化が出てしまうのは当然で、それでもそんな自分を知られるのが嫌で嘘を吐く。
「痩せたじゃなくて締まったって言ってよ。筋トレの成果かな?」
 そう答えると義兄はあっさりと信じてくれた。淋しくてご飯を食べてませんだなんて言えるわけがないのだ。
「授業は大丈夫?講義についていける?」
「大丈夫だよ、今のところ問題ない」
 これは本当の話。
 タブレット学習の効果なのか、基礎学力不足で困ることはない。専門科目に至っては工業高校出身の僕は耳慣れた単語が出てくることも多く、そうなると講義も楽しくて学生生活は思いのほか順調だ。
「じゃあ、俺は今日も泊まってくるから明日の朝戸締り忘れないようにな」
 僕を心配しているそぶりを見せるくせに、僕の変化に気づかない義兄はその日も着替えを持って出掛けてしまった。

 義兄がいなくなってしまうとやはり食欲はなくなり、朝食も取らずそのままベッドに戻る。
 最近の僕は義兄が帰ってこないと告げられると無気力になってしまいそんな日は学校に行くこともできない。せっかく入学したのだから、指定校推薦で入ったのだからと無理して学校に行こうとしても義兄の帰ってこない部屋が嫌で今度は帰るのが嫌になってしまう。
 義兄が家を空けるのはたいてい週末で、金曜日の朝にそれを告げられると義兄が帰宅する日曜日まで食事をすることもなく部屋に籠る日々。月曜日から木曜日はちゃんと学校に行くものの、金曜日は休む事が多いため金曜日の単位は諦めた方がいいかもしれない。

 僕のこの気持ちは一体なんなのだろう。
 考えても考えても答えの出ない僕の気持ち。
 母が再婚してから僕は少しおかしいのかもしれない。
 義兄に対する子供のように幼い独占欲。
 1人で過ごすのが淋しいという幼さ。
 そうか、僕は幼児退行しているのだ。

 成長しないと、大きくならないと。
 父は僕たちよりも自分の楽しさを選んだ。
 母は僕よりも義父を選んだ。
 そして義兄は彼女を選ぶのだろう。

 淋しい。
 淋しい。
 淋しい。

 僕は独りだ。
 僕は選ばれない。

 僕は….。

 僕は……。

 僕は………。











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