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第一話 チャールズの記録
五月十三日 その3
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午前十時頃
たまたま夫人とお会いした。伯爵夫人だと聞いていたので、てっきりお付だとか召使だとか大勢でいらっしゃるものだと思っていたのに、ご自身お一人だったので少しがっかりした。夫人がおっしゃるには、お二人のお子様もいらっしゃっていて、従僕も一人連れいているらしかったけれど、結局誰ともお会い出来なかった。
この建物は四階建てで、階ごとに敷いてあるカーペットの色が違う。一階までは青、二階は臙脂、三階は濃緑、四階は黄土色だ。階段も同様なので、目的階まで後どれだけ上ればいいかが一目で分かってちょっとだけ便利。
今回は臙脂になった時と、濃緑が終わった時の二回休憩をした。急いては~と言うし、急ぐ理由自体が無かったし。
それで今、その二回目の休憩をしている時、上、つまり僕の目的階から、手すりをなぞりながら降りてくる見慣れない女性と出くわしてしまった。
あちらも僕に気付いたらしく、階段の中ほどで足をとめてこちらを窺っている。それでピンときた。
「こんにちは」先んじて声をかけてみると、女性は無言で微笑みを返してくれた。
女性を見上げるというのは不躾かもしれないけれど、仕方がない。確か十七段あった筈だから、レディの横に立つだけでも七、八段は上らないといけないわけで、駆け上がろうものなら途中で躓くに違いないのだから。でも、念の為断っておいた方がいいだろう。
「下から失礼します、レディ」
すると女性の表情が和らいだ。
「まあ」それから「可愛らしいお客さん。どうかしました?」ゆったりとした調子で返事をしてくれた。
すっとした立ち姿とあわせて僕の想像通りだ。
「はい、あの、伯爵夫人とお見受けしましたが」僕が問うなり女性、いや、夫人は口許に手を添えてひとしきり微笑んでから残りの段を降りて来た。それから僕のちょっと向こうの正面で立ち止まって、
「あなたは?」と再び微笑んでくれた。だから、
「申し送れました、僕は、あなたの隣に住んでおります、」自己紹介を頑張ったのに、
「隣?」真っすぐこちらを見ている夫人に、ポカンとした顔で遮られてしまった。なんだか居た堪れなくなって、
「その、はい」僕は視線を落とした。
「ああ、ごめんなさいね、遮ってしまって」
「いえ、お構いなく」なんだかデジャブだ、と意識してやっと気付けた。また同じことをしているじゃないか。さっきも上手くいった、筈なのだから、今回も同じようにすればいい。そう思って顔を上げたら、
「そうだわ」目が合うなり伯爵夫人が両手を胸の前で合わせながら言ってきた。「こんな所で立ち話だなんて、他の方のご迷惑じゃない?」そう言いながら夫人はニコリと笑っていて、
「そう、ですね」僕は笑顔を作れなかった。
「また今度ね、小さなお客さん」夫人が胸の前で小さく手を振りながらこちらに背を向けた。凄く悔しい。恥ずかしいじゃない。悔しい。だって、キャシーならもっと上手くやれるだろうから。それで、
「あ、夫人」とにかく声をかけた。
「はい?」夫人は立ち止まって、しかも振り返ってくれた。既に数段下っていたので、僕の目線と高さが揃う。
「え、っと」何でもいいから会話を続けたい。何でもいい、そう思って「下に御用、ですか?」聞くまでも無い事を聞いてしまった。
「ええ」当然、夫人は困惑している。もう一度僕から話題を振らないといけない。何か無いだろうか。頭の中をかき回す。夫人の興味を惹けそうな話題を、何か。
けれどなにも思いつかなくって、僕は一旦視線を戻した。やっぱり夫人は困り顔。だけどその表情にピンときた。
『私達と一緒なら、』
「あ!」さっき得たばかりの豆知識がある。「でしたら、エレベーターがありますよ」階段の上り下りが好きな人なんて居ない!
「そうなの?」それでようやく夫人が相好を崩してくれた。「わざわざありがとう」好感触だ、と思ったのに「ですけど、そういったものは使わないようにしています」笑顔のままピシャリと告げられてしまった。
「そう、なんですね」万策尽きた、という気分。
これ以上はご迷惑だろうし、今までも十分ご迷惑だったのだろう。こういう時どうするのがいいのだろうか。時間をおいて改めてご挨拶にうかがえばいいのだろうか。次があるのならそうしよう。その時はキャシーも連れて。彼女が居てくれれば、もっと会話が弾む筈だ。
「あなた」頭の上から夫人の声がした。顔を上げると、いつのまにか夫人がこちらに向き直っていた。こんな狭いステップの上で器用だな、と場違いな感想が浮かんだ。それから、
「その恰好」夫人がちょんと首を傾げながら呟いた。格好?
「どこか変、でしょうか」
夫人は答えてくれなかった。それからしばらく観察された。僕の何が間違っているのだろう。不安でたまらない。
やがて、
「お隣、なのよね?」と、夫人が独り言のように尋ねてきた。
「はい」
「うちにもあなた位の娘がいて」
「そうなんですか?」
「ええ、下の子が」
やっと会話出来た。なぜだかわからないけれど、何かが上手く嵌ったらしい。夫人も満面の笑みで話してくれている。何となくその笑顔が怖い気がするけれど、きっときのせいだろう。
それから、首を傾げたままの夫人が頬に右手を沿えながら独り言ちた。
「上の子は男の子なの。だからもしかしたら煩くしてしまうかも」
「いいえ、僕たちの方こそ」
夫人が顔を起こした。手のひらが取り残されて、指先が顎へ向けて輪郭をなぞっていた。
「もう一人いるのね?」
「はい。女の子ですけど」
「そう」夫人が反対側に首を傾げ直した。「二人で暮らしているの?」
「はい。叔父様のお世話になっています」
「そう」夫人は左手を頬に沿えた。そして「偉いのね」と、優しく言ってくれた。
それで頭が真っ白になってしまって、
「えっと」急に恥ずかしくなってしまって「えへへ・・・・・・」笑って誤魔化すしか出来なった。そうしたらまた、頭の上から夫人の声がした。
「そうね」まだ照れ臭かったので、僕は上目に窺った。夫人は怖い位に微笑んでいた。「明日、お昼でもご一緒しない? 今日はちょっと立て込んでいて」
「っ!」それは僕が一番欲しかった言葉で、けれどさっきまで望みは薄かったもの。だからがばっと顔を起こしてしまった。それが恥ずかしくて「はい、是非」声が上ずってしまった。重ね重ね恥ずかしい。けれど夫人は意に介さないでくれたらしく、
「本当に、しっかりした子」しずかに褒めてくれた。凄く嬉しかった。
僕は舞い上がってしまって「では」と言って立ち去ろうとした夫人を「あの!」と思わず呼び止めてしまった。特に目的もなく。
「えっと、お尋ねしたいことが」とりあえず間を持たせると、
「どうぞ?」夫人はキョトンとした。あたりまえだ。けれどさっきとは違って、困った顔ではない。お陰で僕も落ち着いて居られた。だから内容はすぐに思いついた。なぜ一人きりなのだろうか、と。伯爵夫人ともなれば、いつ何時も誰かしらが付き従うはずだ。よく知らないけれど。
「お付の方はいらっしゃらないんですか?」これなら拙展開にはならないだろう。そう思ったのに、夫人は黙り込んでしまって、表情を無くしながら視線を沈ませて、なにかモゴモゴしはじめた。
やがてパッと笑顔に戻った夫人が、
「フットマンを一人」今まで一番早口で答えてくれた。「今は用事に出してしまっているのだけど」
「そうなんですね」
「ええ」それから一拍置いて「よろしい?」夫人は僕の顔をじっと見つめてきた。
「はい、ありがとうございました」
僕の返事を聞くなり、夫人はクルっとこちらに背を向けて「では、ごきげんよう」と背中越しに告げながら階段を下りて行った。
「ごきげんよう」僕は背中に返事を送って、夫人が見えなくなるまでしっかりと見送った。
それから階段を登って、廊下を歩いて、僕は今、扉の前で深呼吸をしている。四のFと刻まれた黄金色のプレート。ここが夫人の部屋の筈だ。僕の部屋の隣だと叔父様が言っていたのだから間違いない。僕の部屋は四のE。今は一緒に住んでいるけれど、本来キャシーの部屋は四のDで、今も私物の大半はそちらにある。だから夫人が引っ越してきたのはここ、四のFしかありえない。今朝は全然気付けなかったけれど。
意を決して扉をノックした。初めはトントントンと三回。結構しっかり打ったつもりだったのに、反応は無し。だから今度はドンドンドンと三回打った。それから「こんにちは」と呼びかけた。それでも返事は貰えなかった。
お子様は二人だと言っていたから、探索をしているのかもしれない。待つのって退屈だし。そう思って試しに他の部屋全てのノブを回してみた。しかしやはりというか、全て施錠されていた。ついでに、Eにはキャシーが居る筈なのに開けてはもらえなかった。まだご機嫌ナナメらしい。鍵は持っているから問題は無いのだけれど。
それで仕方なく、本当に仕方なく、僕はFの扉に耳を押し当てた。もちろんその前に、覗き窓には手を振ったし、それでも無反応だったのだから、仕方がないでしょう?
でも、しばらく聞き耳を立てていたのに、足音どころか衣擦れの音もしなくて、全くもって人の気配が感じられなかった。用事に出されているフットマンさんはいいとして、お子様二人はどこに居るのだろうか。
これ以上はもう何も出来ない。諦めるしかない。部屋に帰ろう。そう思った。なのに何故だかDの扉を開けてしまった。我ながら、誰にも会えなかった事に凹んでいたのかもしれない。僕はしばらくキャシーの部屋を眺めた。
なんて可愛らしい部屋だろう。キャシーのイメージにぴったりと合う。こんな素敵な部屋に住んでいたのに、なんで僕の部屋に移って来たのだろう。いやそれよりも、あんな殺風景な部屋に居たのでは退屈じゃないだろうか。だからいつも不機嫌なのかもしれない。だとしたら、こちらからいくつか私物を移すように提案してみようか。
それは凄く良い考えのように思えて、なんだか気持ちが上向いた。この勢いで捻くれ虫さんの機嫌を取ってしまおう思い、僕はDの扉にしっかり鍵をかけ、それからEの部屋に戻った。案の定、キャシーはベッドの上で丸まっていた。
たまたま夫人とお会いした。伯爵夫人だと聞いていたので、てっきりお付だとか召使だとか大勢でいらっしゃるものだと思っていたのに、ご自身お一人だったので少しがっかりした。夫人がおっしゃるには、お二人のお子様もいらっしゃっていて、従僕も一人連れいているらしかったけれど、結局誰ともお会い出来なかった。
この建物は四階建てで、階ごとに敷いてあるカーペットの色が違う。一階までは青、二階は臙脂、三階は濃緑、四階は黄土色だ。階段も同様なので、目的階まで後どれだけ上ればいいかが一目で分かってちょっとだけ便利。
今回は臙脂になった時と、濃緑が終わった時の二回休憩をした。急いては~と言うし、急ぐ理由自体が無かったし。
それで今、その二回目の休憩をしている時、上、つまり僕の目的階から、手すりをなぞりながら降りてくる見慣れない女性と出くわしてしまった。
あちらも僕に気付いたらしく、階段の中ほどで足をとめてこちらを窺っている。それでピンときた。
「こんにちは」先んじて声をかけてみると、女性は無言で微笑みを返してくれた。
女性を見上げるというのは不躾かもしれないけれど、仕方がない。確か十七段あった筈だから、レディの横に立つだけでも七、八段は上らないといけないわけで、駆け上がろうものなら途中で躓くに違いないのだから。でも、念の為断っておいた方がいいだろう。
「下から失礼します、レディ」
すると女性の表情が和らいだ。
「まあ」それから「可愛らしいお客さん。どうかしました?」ゆったりとした調子で返事をしてくれた。
すっとした立ち姿とあわせて僕の想像通りだ。
「はい、あの、伯爵夫人とお見受けしましたが」僕が問うなり女性、いや、夫人は口許に手を添えてひとしきり微笑んでから残りの段を降りて来た。それから僕のちょっと向こうの正面で立ち止まって、
「あなたは?」と再び微笑んでくれた。だから、
「申し送れました、僕は、あなたの隣に住んでおります、」自己紹介を頑張ったのに、
「隣?」真っすぐこちらを見ている夫人に、ポカンとした顔で遮られてしまった。なんだか居た堪れなくなって、
「その、はい」僕は視線を落とした。
「ああ、ごめんなさいね、遮ってしまって」
「いえ、お構いなく」なんだかデジャブだ、と意識してやっと気付けた。また同じことをしているじゃないか。さっきも上手くいった、筈なのだから、今回も同じようにすればいい。そう思って顔を上げたら、
「そうだわ」目が合うなり伯爵夫人が両手を胸の前で合わせながら言ってきた。「こんな所で立ち話だなんて、他の方のご迷惑じゃない?」そう言いながら夫人はニコリと笑っていて、
「そう、ですね」僕は笑顔を作れなかった。
「また今度ね、小さなお客さん」夫人が胸の前で小さく手を振りながらこちらに背を向けた。凄く悔しい。恥ずかしいじゃない。悔しい。だって、キャシーならもっと上手くやれるだろうから。それで、
「あ、夫人」とにかく声をかけた。
「はい?」夫人は立ち止まって、しかも振り返ってくれた。既に数段下っていたので、僕の目線と高さが揃う。
「え、っと」何でもいいから会話を続けたい。何でもいい、そう思って「下に御用、ですか?」聞くまでも無い事を聞いてしまった。
「ええ」当然、夫人は困惑している。もう一度僕から話題を振らないといけない。何か無いだろうか。頭の中をかき回す。夫人の興味を惹けそうな話題を、何か。
けれどなにも思いつかなくって、僕は一旦視線を戻した。やっぱり夫人は困り顔。だけどその表情にピンときた。
『私達と一緒なら、』
「あ!」さっき得たばかりの豆知識がある。「でしたら、エレベーターがありますよ」階段の上り下りが好きな人なんて居ない!
「そうなの?」それでようやく夫人が相好を崩してくれた。「わざわざありがとう」好感触だ、と思ったのに「ですけど、そういったものは使わないようにしています」笑顔のままピシャリと告げられてしまった。
「そう、なんですね」万策尽きた、という気分。
これ以上はご迷惑だろうし、今までも十分ご迷惑だったのだろう。こういう時どうするのがいいのだろうか。時間をおいて改めてご挨拶にうかがえばいいのだろうか。次があるのならそうしよう。その時はキャシーも連れて。彼女が居てくれれば、もっと会話が弾む筈だ。
「あなた」頭の上から夫人の声がした。顔を上げると、いつのまにか夫人がこちらに向き直っていた。こんな狭いステップの上で器用だな、と場違いな感想が浮かんだ。それから、
「その恰好」夫人がちょんと首を傾げながら呟いた。格好?
「どこか変、でしょうか」
夫人は答えてくれなかった。それからしばらく観察された。僕の何が間違っているのだろう。不安でたまらない。
やがて、
「お隣、なのよね?」と、夫人が独り言のように尋ねてきた。
「はい」
「うちにもあなた位の娘がいて」
「そうなんですか?」
「ええ、下の子が」
やっと会話出来た。なぜだかわからないけれど、何かが上手く嵌ったらしい。夫人も満面の笑みで話してくれている。何となくその笑顔が怖い気がするけれど、きっときのせいだろう。
それから、首を傾げたままの夫人が頬に右手を沿えながら独り言ちた。
「上の子は男の子なの。だからもしかしたら煩くしてしまうかも」
「いいえ、僕たちの方こそ」
夫人が顔を起こした。手のひらが取り残されて、指先が顎へ向けて輪郭をなぞっていた。
「もう一人いるのね?」
「はい。女の子ですけど」
「そう」夫人が反対側に首を傾げ直した。「二人で暮らしているの?」
「はい。叔父様のお世話になっています」
「そう」夫人は左手を頬に沿えた。そして「偉いのね」と、優しく言ってくれた。
それで頭が真っ白になってしまって、
「えっと」急に恥ずかしくなってしまって「えへへ・・・・・・」笑って誤魔化すしか出来なった。そうしたらまた、頭の上から夫人の声がした。
「そうね」まだ照れ臭かったので、僕は上目に窺った。夫人は怖い位に微笑んでいた。「明日、お昼でもご一緒しない? 今日はちょっと立て込んでいて」
「っ!」それは僕が一番欲しかった言葉で、けれどさっきまで望みは薄かったもの。だからがばっと顔を起こしてしまった。それが恥ずかしくて「はい、是非」声が上ずってしまった。重ね重ね恥ずかしい。けれど夫人は意に介さないでくれたらしく、
「本当に、しっかりした子」しずかに褒めてくれた。凄く嬉しかった。
僕は舞い上がってしまって「では」と言って立ち去ろうとした夫人を「あの!」と思わず呼び止めてしまった。特に目的もなく。
「えっと、お尋ねしたいことが」とりあえず間を持たせると、
「どうぞ?」夫人はキョトンとした。あたりまえだ。けれどさっきとは違って、困った顔ではない。お陰で僕も落ち着いて居られた。だから内容はすぐに思いついた。なぜ一人きりなのだろうか、と。伯爵夫人ともなれば、いつ何時も誰かしらが付き従うはずだ。よく知らないけれど。
「お付の方はいらっしゃらないんですか?」これなら拙展開にはならないだろう。そう思ったのに、夫人は黙り込んでしまって、表情を無くしながら視線を沈ませて、なにかモゴモゴしはじめた。
やがてパッと笑顔に戻った夫人が、
「フットマンを一人」今まで一番早口で答えてくれた。「今は用事に出してしまっているのだけど」
「そうなんですね」
「ええ」それから一拍置いて「よろしい?」夫人は僕の顔をじっと見つめてきた。
「はい、ありがとうございました」
僕の返事を聞くなり、夫人はクルっとこちらに背を向けて「では、ごきげんよう」と背中越しに告げながら階段を下りて行った。
「ごきげんよう」僕は背中に返事を送って、夫人が見えなくなるまでしっかりと見送った。
それから階段を登って、廊下を歩いて、僕は今、扉の前で深呼吸をしている。四のFと刻まれた黄金色のプレート。ここが夫人の部屋の筈だ。僕の部屋の隣だと叔父様が言っていたのだから間違いない。僕の部屋は四のE。今は一緒に住んでいるけれど、本来キャシーの部屋は四のDで、今も私物の大半はそちらにある。だから夫人が引っ越してきたのはここ、四のFしかありえない。今朝は全然気付けなかったけれど。
意を決して扉をノックした。初めはトントントンと三回。結構しっかり打ったつもりだったのに、反応は無し。だから今度はドンドンドンと三回打った。それから「こんにちは」と呼びかけた。それでも返事は貰えなかった。
お子様は二人だと言っていたから、探索をしているのかもしれない。待つのって退屈だし。そう思って試しに他の部屋全てのノブを回してみた。しかしやはりというか、全て施錠されていた。ついでに、Eにはキャシーが居る筈なのに開けてはもらえなかった。まだご機嫌ナナメらしい。鍵は持っているから問題は無いのだけれど。
それで仕方なく、本当に仕方なく、僕はFの扉に耳を押し当てた。もちろんその前に、覗き窓には手を振ったし、それでも無反応だったのだから、仕方がないでしょう?
でも、しばらく聞き耳を立てていたのに、足音どころか衣擦れの音もしなくて、全くもって人の気配が感じられなかった。用事に出されているフットマンさんはいいとして、お子様二人はどこに居るのだろうか。
これ以上はもう何も出来ない。諦めるしかない。部屋に帰ろう。そう思った。なのに何故だかDの扉を開けてしまった。我ながら、誰にも会えなかった事に凹んでいたのかもしれない。僕はしばらくキャシーの部屋を眺めた。
なんて可愛らしい部屋だろう。キャシーのイメージにぴったりと合う。こんな素敵な部屋に住んでいたのに、なんで僕の部屋に移って来たのだろう。いやそれよりも、あんな殺風景な部屋に居たのでは退屈じゃないだろうか。だからいつも不機嫌なのかもしれない。だとしたら、こちらからいくつか私物を移すように提案してみようか。
それは凄く良い考えのように思えて、なんだか気持ちが上向いた。この勢いで捻くれ虫さんの機嫌を取ってしまおう思い、僕はDの扉にしっかり鍵をかけ、それからEの部屋に戻った。案の定、キャシーはベッドの上で丸まっていた。
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