【完結】一緒なら最強★ ~夫に殺された王太子妃は、姿を変えて暗躍します~

竜妃杏

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6.目覚め

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「っ、うぅっ……」

 

 カーテンの隙間から差し込む光に気が付き、オフィーリアが目を覚ます。しかし、その姿はいつもと違って、まだどこかあどけなさが残っている。

 

「ああっ!私の、赤ちゃんっ!」

 

 突如そう叫んで飛び起きたものの、臨月をも変えて大きく張り出していたはずの腹部は気の毒なほど平べったく、余分な肉のひとかけらも付いてはいない。そして今しがた自らの腹に触れた手も、まだ小さく肉付きの悪い物だった。

 

「え?これは、どういうこと?」

 

 つい今しがた夫に刺されたはずの腹には傷ひとつなく、切り裂かれた胸元にも自分のものとは思えない僅かな膨らみが残されているだけ。下を向いた勢いで胸元に落ちてきた艶のある黒髪も、今まで馴染みのある金髪には程遠いものだった。

 

 辺りを見回してみても、そこは今までいた王宮の自室ではなく、まったく見覚えがない。着衣につけ何につけ、自分の好みではない黒一色に統一されていた。

 

「ここは、どこ? 私の部屋じゃない」

 

 重厚なカーテン越しに入る日の光はまだ淡く、今が夜明け後間もないことを示していた。部屋の中にはいくつもの飾り棚があり、その全てが黒いレースのカーテンで覆われている。一言でいうと不気味なのだが、不思議とそれらの物に愛着を感じるという、何とも言い難い感情に苛まれた。

 

 ふと部屋にある化粧台が目に留まり、ベッドから降りて鏡の前に立つ。その中に映り込んだのは、どういうわけか見覚えのある少女の顔だった

 

「シャル?」

 

 鏡に映る少女は自分の義弟リチャードの婚約者、シャーロット・スタイン侯爵令嬢の姿であった。

 

「どうしてシャルが鏡に写っているの?」

 

 疑問に思い、自らの頬や髪に触れると、鏡の中の少女もそれを真似るかのように同じ動きをする。

 

「え? これって、私がシャルになってるってこと?」

 

 シャーロットはこの国の中でも群を抜く黒魔法の使い手で、オフィーリアより4歳年下だ。確か今年16歳になったばかりのはずだった。漆黒の髪と真っ赤なルビーのように輝く瞳を持った神秘的な少女は、自らの持つ黒魔法と親和性が良いからと、いつも黒い服ばかりを身に着けていた。レースがふんだんに使われたデザインは、以前流行ったゴスロリのようで彼女にとても似合っていた。オフィーリアの印象では、どちらかというと物静かで、言葉数も少ない子だったと思う。

 

 リチャードは、彼女を婚約者としてきちんと対応をしていたが、どちらかと言うとシャーロットが一方的に想いを寄せているという感じだった。真面目で一本気な義弟を、いつも少し離れた場所から切なげに見つめていた印象がある。

 

 オフィーリアはそんな彼女を気の毒に思い、色々気にかけて茶会に招いたりしていた。なのになぜ自分が今、そのシャーロットの姿になっているのか、全く理解が追いつかない。

 

「つっ!」

 

 すると突如オフィーリアをもの凄い頭痛が襲う。それと同時に、自分のものではないシャーロットの記憶ともいえる映像が、奔流のごとく頭の中に流れ込んできた。はぁはぁと苦し気な息使いでやり過ごそうとするも、あまりの膨大な量の記憶に頭がつぶれそうになる。中には見た事もない大きな鉄の塊が列をなして走る姿や空を飛ぶ映像まであった。そして、それがここではない異世界……日本であるという事、シャーロットがその異世界で働いていた事までわかる。

 

 どうりでさっきから変な言葉やイメージが湧いてくるわけだと、妙に納得した。自分は見た事も聞いたこともない奇々怪々な世界ではあるが、シャーロットの記憶で垣間見ているせいか不思議と違和感を感じない。この世界とは異なり、魔法も魔力も何もない科学が発達した世界で、彼女が忙しなく動き回っている姿に可愛ささえ覚えたのであった。

 

 そんな前世でシャーロットが好んで読んでいた物。それは『薔薇と聖杯と心臓』という小説だった。主人公はハインツという青年。彼が魔王の野望を打ち砕いて世界の平和を守るという英雄譚だ。

 

 その登場人物たちには嫌というほど覚えがあった。主人公である幼馴染のハインツ、サブヒーローの義弟リチャード、大聖女リリス。この世界をまるで1冊の本にしたような世界が、その小説の中には広がっている。

 

「うそ!じゃあ、この世界はシャルが前世で読んだ物語の通りに動いているというの?」

 

 信じられない話に驚愕しながらも、襲い来る頭痛に吐き気がし、胃液を戻してしまう。そのまま蹲るように倒れこむと、オフィーリアは気を失ってしまった。

 

 夢の中で、シャーロットはリチャードの肖像画を部屋の中に飾ったり、中の人と呼ばれる人物のコンサートに出かけたりしていた。

 

 時にはリチャードの映像が保存された薄く丸い板のようなものを喜々として購入し、特典と呼ばれる抱き枕に頬ずりまでしている。彼女のリチャードに対する愛は本物だ。『推し』と称する対象者への愛は、並大抵のものではないことを理解する。

 

 ぎゅうぎゅう詰めの電車なる鉄の箱に乗り、会社と呼ばれる建物に入り、年配の男性に怒鳴られる毎日。そうまでして苦労して得たお金を、惜しげもなく『推し』のために注ぎ込む。時には食事を惜しみ、時にはおしゃれも捨てて同じ服を着回す。空腹だろうが同じ服だろうが、目の前に『推し』に関するものがあれば幸せだ。ここまでくるとリチャードが神だと言われても信じてしまいそうだ。いや、事実シャーロットにとって、リチャードという『推し』はもはや神以上の存在なのだろう。

 

 何日もろくに眠れず仕事に通い、疲れ果てたシャーロットは、最後には大きな鉄の塊に跳ね飛ばされて死んでしまった。

 

 そんな死の間際ですら、彼女が頭の中に思い描いたのは、凛々しいリチャードの姿だった。『あぁ、2期が見たかった……』そう言って涙を流しながら言切れた彼女の言葉に、なんだか言いしれない切なさを感じる。自分はオズウェルを愛していたが、彼女のリチャードに対する愛とは、根本的に深さが違うと思った。あんなにも懸命に、全身全霊をかけて誰かを愛したことが、自分にはあっただろうか。

 

 シャーロットから実際に聞くことは叶わなかったが、夢の中で彼女の人生を早送り再生で見て、その愛の深さを理解した。そして彼女が自分に身を捧げてまでしたかったこと。それはリチャードの死を防ぐことだった。

 

 あぁ、あなたは、そこまでしてリチャードを救いたかったのか。シャーロットの気持ちを知るたびに、あまりの献身的な愛に感動で体が震えた。リチャードがオフィーリアの死に深い悲しみを覚え、復習の過程で闇落ちして死んでしまうことを防ぐために、彼女は自らの身体にオフィーリアの魂を憑依させたのだ。

 

 それがあなたの望みなら、自分は全力でその願いを叶えよう。そして、自分と子供を殺した憎き奴らへの復讐も成し遂げてやろうとオフィーリアは考えるのであった。







 オフィーリアがシャーロットの体で気を失ってから数時間。既に外は明るくなり、昼もとうに過ぎた。そんな時間になって、彼女はようやく目を覚ます。

 

「ううっ」

「お嬢様っ! お目覚めですかっ?」

 

 次に目を覚ますと、そこには侍女服を着たシャーロット付きのメイド、ニコルの姿があった。

 

「ニコル?」

「そうですよ? お嬢様。シャーロット様付きのメイドのニコルです」

 

 ニコルはほっとした笑顔でそう答えると、今度は彼女の耳元へと顔を寄せる。

 

「そして、オフィーリア様の忠実な僕である、侍女のハンナでございます」

「えっ?ハンナっ?!」

 

 自らの手を握る姿は侍女のニコルでありながら、瞳に涙を浮かべながら微笑むそのしぐさは、まさしくハンナのものでもあった。

 

「ハンナ……あなたも、生きていたの?」

 

 シャーロットの姿をしたオフィーリアがその手を握り返すと、ニコルの姿をしたハンナは涙を拭いながらこう答えた。

 

「正確には昨夜、死んでおります。残念なことに、あの後、妃殿下もあの鬼畜の手にかかって命を落とされたのかと。私の方は夜中にニコルの部屋で目を覚ましました。そしたら、枕元に日記を読むようにとのメモが置かれていたので、ニコルの日記を読みました。そこに、昨夜の事件のこと、そして私の後にお嬢様が目を覚ます事が記されてました」


「ということは、昨夜のことは、シャルとニコルには前もって判っていたということなのね?」

「はい。そのようです。どうやらシャーロット様は未来視のお力をお持ちだったようですね。そこで私たちが殺されることを予見して、もし私たちが死んだら、魂がこの体に宿るよう、事前に黒魔法を施していたようです」

 

 正確には、未来視というよりも、シャーロットが前世で読んだ小説を元に、昨夜の事件を予想していたと言える。そしてそれが悲しくも現実になってしまったというわけだ。

 

 オフィーリアもあの激しい頭痛の後で気を失い、目が覚めてようやく記憶が整理された。この体がシャーロットのものであること、そしてシャーロットのおかげで自分たちがこうして目覚める事ができたということも理解できた。

 

 ここに至るまでのシャーロットの苦労や感情が全てオフィーリアの中に残っていて、その想いに思わず涙を零してしまう。そして失ってしまった子の事を思い出し、その現実が辛く心にのしかかる。

 

「オフィーリア様?」

 

 心配そうにオフィーリアをのぞき込むハンナに、彼女は涙を拭って答えた。

 

「ハンナ、もう私はシャーロット・スタイン侯爵令嬢よ。そしてあなたはハンナではなくニコル。憎き聖女に復讐を誓う、運命共同体だわ!」

「はいっ!このニコル、どこまででもシャーロット様とご一緒させて頂きます!」

「あとはシャルの願い通り、リチャードの死を食い止めなきゃね」

「はい。ニコルの日記にもその旨が記されておりました」

「二人は、リチャードと私たちのために、自分の身体を犠牲にしたのだもの。その恩に報いなきゃ」

「その通りです」

「後戻りはできないわ!徹底的にやりましょう!」

「はいっ!」

 

 二人は手を固く握り合い、自分たちを不幸に陥れた者たちへの復讐とリチャードの救済を胸に強く誓うのだった。






 

 

 

 

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