【完結】一緒なら最強★ ~夫に殺された王太子妃は、姿を変えて暗躍します~

竜妃杏

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7.鎮魂の鐘の音

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 荘厳な鐘の音が街中に鳴り響く。
 それはまるで人々の悲しみを表すかのように空気を震わせ、涙を呼び起こす。誰もがその死を悼み、可憐な生前の姿を思い出さずにはいられなかった。


 今日はこの国の王太子妃であるオフィーリアの葬儀が行われる日である。


 オフィーリアの生家であるディスモンド公爵家では、大切な娘の突然の訃報に未だ現実を受け止められずにいた。表向きの死因は病死と発表されていたが、彼女の生家である公爵家にはその死因が歪曲されて伝えられた。


 要するに、『王太子妃は、彼女に思慕する殺人鬼の手にかかり他界した』というものだった。オフィーリアを敬愛する義弟のリチャードは、その訃報を聞いて悲痛な声をあげた。


「父上! 私は納得がいきません!」

「それは私とて同じだ。だが、娘の遺体は既に王家の墓に納棺されてしまったというのだ。これでは死因はおろか、何も確認できないではないか。あの子を殺した犯人も、王家の地下牢に捉えられているというのだ。今更こちらが何を言っても無駄だ!」

「そもそもそれがおかしいと言うのです! 姉上は王太子殿下の子を身ごもっていて、城の警備は前にも増して厳重になっていました。その中をかい潜って、どうやって殺人犯が入り込むと言うのです? ましてやその犯人があのハインツだなどと、そんなバカげた事を誰が信じろというのですか!」

「それは私も同じだ。あのハインツが人を殺めるなど、どう考えてもありえんからな……」


 二人を重苦しい空気が包む。


「私が言うのもなんですが、彼は義姉上の幸せを心から願っていたのです。間違っても手にかける人間ではありません。なぜ、なぜ義姉上がっ、こんなことにっ……」


 リチャードはきつく拳を握りこみ、唇を噛み締める。
 普段は冷静沈着で、どのような突発的な事故にあっても慌てない彼が、我を忘れて取り乱している。それだけオフィーリアを失ったことがショックだった。


 ギリリと歯を噛み鳴らし怒りをあらわにする息子に、ディスモンド公爵は深いため息をつく。


「それは私とて同じだ。悲しくて仕方ない。もちろん、あいつらのいう事を鵜呑みにしているわけではない。だが王家側は、以前よりオフィーリアに恋慕していたハインツが、娘の妊娠を期に正気を失ったのだと主張しているのだ。巷を騒がせていた連続殺人も、おそらく彼の仕業だと……。彼が手にしていた刃物の形状が、今まで女性たちを刺殺した傷跡と一致したというのだ」

「それこそあいつらの陰謀です! 父上だってご存じでしょう? 犯人の目星は他についていたのですから!」

「あぁ、もちろんだ。だが王家は、ハインツが罪を自白した上で自害しようとしたと言っている。現場では全身にオフィーリアの返り血を浴びていたそうだ。故に、犯人に間違いはないと……。今は地下牢に投獄されているらしい」

「そんなっ! 完全な濡れ衣です! ハインツは、今まで街で事件が起きた時、いつも我々と捜査に出向いていたではありませんかっ! 彼が犯人であるはずがない!」


 ここ数年間、巷ではある連続殺人事件が注目の的になっていた。それは国内の教会で、聖女候補たちが次々と無残な姿で殺されるという事件だった。


 レーヴェン王国の宰相であるディスモンド公爵家当主のデカルドは、息子のリチャードたちとその捜査に協力していた。リチャードの幼馴染である騎士団所属のハインツも、調査に協力していたのだ。連続殺人犯でないことは二人が誰よりも知っていた。


「巷の殺人事件は否定できても、オフィーリアの件は王太子がその場面を目撃しているそうだ。助けようとしたが一足遅かったと。これでは、ハインツの無罪を主張するのも難しい」

「ですが、無実のハインツが犯人にされたままでは、殺された義姉上も浮かばれません。義姉上を殺した犯人も、連続殺人犯もおそらく同じ奴です。必ず捕まえて、真実を明らかにせねばなりません」


 室内の温度がぐんと下がる。リチャードが己の感情を抑えきれず、氷属性の魔力を垂れ流しているからだ。彼は亡き義姉の死を受け止めきれずに涙を流し、救えなかった自分の不甲斐なさを呪った。


「義姉上……」


 拭いきれない涙は絨毯に濃い染みを作り上げ、悔しさに噛み締めた唇からは錆びた血の味がした。怒り任せに叩きつけたテーブルは粉々に砕け、もう原型も留めていない。そのテーブルを囲み、家族みんなで過ごした日々は、もう既に遠い想い出だ。


「リチャード、難しいとは思うが少し落ち着きなさい。リアとの思い出の品を全部壊してしまう気か?」

「……すみません」


 デカルドはそう宥めながら、なぜこのような事態に陥ってしまったのかと考える。つい昨日までは、オフィーリアの子――孫が生まれたら、何を祝いに贈ろうかなどと呑気に考えていた。いったい、いつどこで間違えてしまったのかと考えあぐねた。







 公爵家の娘であるオフィーリアは、本来婿を取り公爵家を継ぐ予定であったが、同じ年に王太子が誕生したことで、王家への輿入れを打診された。娘が可愛い公爵はその話を固辞していたが、年々美しさを増す娘に、今度はその王太子が一目惚れした。


 王家からの圧力に首を縦に振らざるを得なかった公爵は、翌年、生まれて間もないリチャードを養子として引き取ったのだった。


 ディスモンド家の騎士団長を務めていたロドウエル伯爵家にも、娘より一つ上の息子であるハインツがいたため、彼らは必然的に幼少期を共に過ごすようになった。


 デカルドとリチャードは、ハインツの人となりを一番よく理解している。オフィーリアを殺した犯人が彼であるとは、到底信じる事ができない。


 王家からの話に異を唱えるのは危険な行為だと知りながらも、リチャードはその疑惑を父デカルドに投げかけた。


「義姉上の殺害には、もしかして王家も絡んでいるのでしょうか?」

「娘を、オフィーリアを妻にと望んだ王家が、あの子を殺したとは思いたくない。王宮であの子が殺された事は確かだが、この死には何か裏があると思うのだ」

「だとしたら、今回の件でハインツはその重要な証人になります! 手遅れになる前に助け出さなければ!」

「焦るな! こちらとしても、既に色々と手はうっている! ハインツの事で計画なしに動けば敵の思う壺だ」


 今回の義姉の死には、聖女候補殺しの連中が確実に絡んでいる。


 しかし、それを裏付けるには、辛いが義姉の遺体を確認するしかない。もっと早く首謀者を捕えていれば、義姉は殺されずに済んだかもしれない。


『リチャード、あなたは私のことを心配しすぎだわ。確かに頼りない姉かもしれないけれど、もう自分の事ぐらい自分でどうにか出来るわよ? 私は我が家の都合で、あなたの人生を変えてしまった事が何よりも気がかりなの。だから、あなたには誰よりも幸せになって欲しいのよ』


 王家に嫁ぐ前の日に、そう言って優しく抱きしめてくれたオフィーリアが今も脳裏から離れない。幼い頃から義姉こそがリチャードの全てだった。何に代えても幸せになって欲しかった。自分の命を差し出して姉を救えるのなら、何の迷いもなく差し出せる。その姉が誰かに殺された。誰よりも彼女を愛し、誰よりも彼女を見つめてきたリチャードだからこそわかる。


「今回の件には、きっとあの淫売が絡んでいます」

「あぁ、まず、間違いないだろうな……」


 彼の言う淫売とは、一年前に突如湧いて出たという聖教会の聖女のことである。名をリリスと言い、不治の病すら一瞬で治してしまうという聖魔法を使い、あっという間に貴族や王族の信奉を得た女性だ。


 実は彼女はリチャードと同じ王立魔法学園の生徒だった。入学当時は聖魔法のせの字もなかったのに、いつの間にか聖力が開花したと言い、その力の凄さをひけらかし出した。


 学園に在籍していた当時から、彼女は何らかの怪しい力を使い、周囲の男たちを虜にしていたのを覚えている。


 高位貴族の子息たちを周りに侍らせて、女王様然としてしく笑う彼女に対して、彼は激しい嫌悪感を抱いていた。まさかあの下品な女が聖女になるとは思いもしなかった。


 だが今は、教会内はもとより、国民からの信頼も厚く、その人気は王や王妃さえ凌ぐ勢いがある。その裏で、学園時代とは違うより有力な貴族や商人の子息の気を引いて骨抜きにしているという噂もある。中には、第3王子と魔術長官や騎士団長の息子もいて、ここ最近では、その中に王太子オズウェルまで名を連ねている有様だった。


 確かに義姉の妊娠がわかってからというもの、大事を取って公の場に姿を出さなくなった姉の替わりに、オズウェルはリリスを同伴者として伴ったことがあった。エスコートする際にリリスの手を握り、その瞳を熱い眼差しで見つめる彼の姿に、周囲の者たちは『やはり王太子も人の子だ、欲望には抗えないのだな』と面白おかしく噂していたのを覚えている。


 やがてその噂は姉のオフィーリアの耳にも入り、心配して駆けつけたリチャードに対し、夫を信じているからとさみしそうに呟いていた姿が、今でも目に浮かぶ。


「あの時、出産のための療養だと言って、義姉上を無理にでも王宮から連れ出すべきだった」


 そうしていれば、今頃はまだ、あの優しい笑顔をリチャードに見せてくれていたかもしれない。自分の不甲斐なさに腹が立つ。


「申し訳ありません……義姉上」


 亡きオフィーリアの姿が目に浮かび、男ながらに涙が止まらない。


「あの女、絶対に化けの皮を剥いで、地獄に落としてやる」


 そして、愛しい人を奪われたリチャードは、彼女を苦しめ貶めた女と王太子に、心からの復讐を誓うのだった。





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