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8.スタイン侯爵との密談
しおりを挟むコン、コン。寝室のドアがノックされたので入室を促すと、侍女長のロッテが頭を下げて入室して、シャーロットに用件を伝えた。
「お嬢様。お加減が宜しければ、旦那様がすぐに執務室にお越しになるようにとのことです」
「お父様が?」
「はい」
ロッテが頭を上げてシャーロットの顔を見た瞬間、目を瞬かせて息を飲むのがわかった。
「ロッテ、どうかしたかしら?」
シャーロットが可愛く首をかしげてそう問いかけると、ロッテは再び目を瞬かせながら言葉を発した。
「お、お嬢様その申し上げ辛いのですが、瞳のお色が、その……」
「え? 瞳の色?」
シャーロットが不思議そうにしていると、ロッテは手早く手鏡を取り、それをシャーロットに手渡した。
「瞳のお色が違っておいでです」
「え?」
慌てて鏡をのぞき込むと、そこにはシャーロットのルビーのような瞳の色が、アメジストのような紫色へと変わっていた。
オフィーリアの記憶でも、確かにシャルの瞳の色は綺麗な赤だった。それが今は生前のオフィーリアと同じ紫色に変化している。朝方は室内が暗い上に自分になじみの深い紫色の瞳であることに何も違和感を覚えなかったが、これはシャルの体にオフィーリアの魂が入り込んだ影響なのかもしれないと思った。
ふとニコルの方を見ると、彼女もハッとしたような表情をしている。しかし、幸運なことに、ニコルもハンナも同じ茶色の瞳であったがために、その違いは判らなかった。
「実は夕べから頭痛が酷くて、今朝がたもあまりの痛さに倒れてしまったの。ニコルが見つけてくれて、お医者様を呼んでくれたのだけど、先生のお話では体に異常はないそうよ? 少し目が霞む気がするから、もしかしたら、そのせいかもしれないわね?お父様の用事を伺ってから、必要があればもう一度先生に診て頂くわ?」
「さようですか。何も問題なければ良いのですが」
「あら、ロッテも意外に心配性なのね? じゃあニコル、お父様の所にお邪魔するための準備をお願いできるかしら?」
「かしこまりました」
何とか誤魔化したものの、瞳の色が変わっていることに気付かなかったのは落ち度だった。これからシャルの父である侯爵に会うのに、どうごまかしたらよいか。オフィーリアは試案しながら執務室へと向かうのだった。
「お父様、シャーロットでございます」
「入れ」
黒く重厚な扉を開けると、そこにはシャーロットと同じく漆黒の髪と赤い瞳をしたスタイン侯爵がいた。彼は世界有数の黒魔法の使い手で有名だ。
もともとスタイン家は代々黒魔法を得意としていて、事実現当主のカガールも妻のミシェルも、国防の要と言える魔術師団の一員だった。カガールは今なお総長を務めているが、妻のミシェルは退団し、主に裏でスパイ的な情報収集を行っているらしい。娘のシャーロットに至っては、この父を凌ぐと言われているほど魔力保有量が多く、弟のシリルと共に黒魔法の申し子と言われているほどだ。
スタイン侯爵であるカガールは、執務用の椅子から応接用の椅子に座り直し、目の前に座ったシャーロットの顔を徐に見た。すると、先ほどの侍女長のロッテ程ではなかったが、片眉をピクリと動かして怪訝そうな顔をする。
「お前はシャーロットか?」
「はい。そうでございますが」
「そうか。では、セバス以外は席を外せ」
スタイン侯爵は筆頭執事のセバス以外に部屋の外に出るように声をかける。そして、他の者が会釈をして席を外したと同時に、大きなため息をついた。
「して、実のところ、お前は何者だ?」
「っっ!」
目の前にいる娘が、まるで別人だと確信しているかのように、スタイン侯爵は威嚇した。その冷たい空気に流石のオフィーリアも背中に冷たい汗が流れる。
「まごうことなく、あなたの娘、シャーロット・スタインでございますが?」
裏返りそうになる声を必死で抑え、王太子妃として培った仮面を被り、怯えた表情を見せることなく気丈に答える。
「まぁ、お前は知らないだろうから教えてやろう。我がスタイン侯爵家は代々黒魔法に精通していてな。当主の私も娘も、もちろん妻も息子もだが皆黒魔法に長けている。中でも禁術とも言われる術があって、その術を使いこなせるのはスタイン侯爵家の中でも、今では私と娘ぐらいなんだよ。使いたくてもそう易々と使えるものではない」
「…………」
「それは死者の魂を第三者の体を依り代として定着させる術なんだがね? こんな魔法がポンポン使われてしまったら、この世の中、他人の仮面を被ったニセモノばかりになってしまうだろう? そこで、この術の唯一の弱点ともいえるのが、その依り代になった人間の瞳の色が、生前の魂の持ち主と同じ瞳の色になってしまうことなんだよ」
「えっ?」
それはオフィーリアが知らなくても当然と言えた。何しろスタイン侯爵は魔法の権威。その知識量は国内一、いや世界一といっても過言ではない。その彼を以てしても、世の中で今は2人しか使えないという黒魔法なのだから、詳しい弊害など知る由もないのだ。
そんなスタイン侯爵の話を聞き、オフィーリアはふぅと一息吐き、この相手に嘘は通用しないと諦めた。
「やはりスタイン侯爵、あなたには嘘は通用しませんね。実は私は、シャーロット嬢の体をお借りしている、オフィーリア・ド・レーヴェンと申します」
その名を聞きスタイン侯爵は驚いた顔をしたが、そのまま額に手を当てて項垂れると、大きなため息をついた。
「やはりそうだったか」
「やはりと申しますと?」
「そのままの意味ですよ、妃殿下。シャーロットは、こうなることをずいぶん前から予感していたようなんでね。そう、あなたが殺されることをね? そして、考えあぐねた結果、自らあなたの依り代となる事を選んだのでしょう」
「えぇ、そのようですね」
オフィーリアの頭の中には、この体の持ち主でもあるシャーロットの記憶が残っている。そこから読み解いても、今、目の前のスタイン侯爵が言ったことは事実だと言える。
「あなたはシャーロットの婚約者の姉でもある。そんなあなたの訃報が今朝方入りました。これからディスモンド家を訪れるべきかどうか、娘のシャルと相談しようと呼んだのですが、もうあの子の意識はここにはいないと……一足遅かった訳ですね。我が娘ながら、ここまで思い切ったことをするとは、あの子の覚悟を甘く見ていたようだ」
「その、なんと申せばいいのか」
カガールは哀し気な表情で深いため息を一つ着くと、苦笑いをしながら呟いた。
「いやね、娘のリチャードくんへの執着は異常だったんですよ。あの子の部屋のクローゼットの中を見ましたか? 驚きますよ?」
「いえ、まだそこまでは」
「本来ドレスを収納すべき場所に、リチャードくんの瓜二つの姿絵がびっしりです。あとは、どこから手に入れたものやら、ちょっと私の口からは表現しにくいものまで大事に保管されていますね」
「はぁ」
「まぁ、婚約者にそこまで愛情を持てるというのも凄いとは思うのですが、あの子は魔法学園に入ってから人が変わったようになりましてね。何やら魔王の陰謀を阻止するとか言って、とにかく黒魔法を使いまくってました。それもこれも、全てリチャードくんのためだったようです」
「はい。実はこの体には、シャルの記憶も想いも全て残っています。ですから、スタイン卿のお言葉も、すべて理解できます」
「そうですか」
シャーロットの気持ちが自分のもののように分かるオフィーリアにとって、彼女の切なすぎる選択が辛くもあり、そして有難くもあった。彼女は義弟のリチャードを愛するが故に、彼が敬愛するオフィーリアの死を防ごうと必死になってくれていたのだから。
シャーロットは、あのリリスがまだその力を覚醒させる前から、彼女と同じ学園でその行動の一部始終を観察し、彼女が聖女になることを阻もうとしていた。その行動故に、シャルは学園内でリリスに意地悪をする悪役令嬢的な扱いをされ、立場を孤立させていた。時には仲間から酷い暴言を吐かれていたこともある。
結果的にリリスの策略に裏をかかれ、自分を救うため、その身を依り代とする黒魔法を行使するに至ったのだ。
「まさか私も、こんな事になるとは思いもしておりませんでした。愛する夫に裏切られ、お腹の子まで殺されてしまうなんて。彼があんな人だなんて、今でも信じられません。まだ悪夢をみているようです」
「ちょっと待ってください! 今、何といいました? まさか、妃殿下を手にかけたのは王太子殿下なのですか?」
「はい。その通りです。私は昨夜、聖女リリスに執心した夫に不貞を疑われ、その手で殺されました」
「っっ! では、妃殿下を殺したのも、今世間を騒がせている殺人犯がハインツ殿だったというのも、嘘なのですか?!」
「ハインツが? まさか、彼が人を殺めるなどできるわけがありません。なるほど、そうですか。彼が濡れ衣を着せられ、犯人に仕立て上げられたという事ですね」
「表向き、あなたは病死ということになっています。ただ、我が家は諜報部隊を仕切っている手前、裏事情もある程度は提供してもらっています。昨夜の事件はどういう訳か徹底的に隠匿されていて、こちらで探っても確かな事情が掴めなかったのです」
オフィーリアの脳裏に、昨夜の光景が思い浮かぶ。幼馴染であり、いつも自分の助けとなってくれていたハインツが自分との不貞を疑われ、近衛兵たちに引きずり出されて来たのは紛れもない事実である。
夫は自らの浮気を棚に上げ、ハインツを悪人に仕立て上げたのだろう。おそらくその背後には、あの聖女リリスが絡んでいる。
シャルの記憶を信じるなら、この世界でハインツはやがて魔王を殺すヒーローとなる存在だ。おそらくリリスにとっては、彼の存在が邪魔だったのであろう。だからハインツをこの機会に始末しようとしたのだ。
罪のないハインツが殺されてしまうのを防がなければならない。何しろ、これから先、彼がこの世界のキーマンになるのだから。
「スタイン侯爵、無理を承知でお願いがございます」
「願い?」
「はい。実はハインツを、助けて頂きたいのです」
「ハインツ殿を?」
「はい。この世界には、どうしても彼が必要なのです。シャルの行動を無意味なものにしないためにも……是非!」
オフィーリアは未だ驚きを隠せないスタイン侯爵に向かって、ハインツの救出を願い出た。
そしてスタイン卿の協力を得るために、シャーロットの記憶から得たこの世界の真実を、掻い摘んで彼に伝えるのであった。
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