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9.復活の焔

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※ 後半、やや残酷な表現がございます。苦手な方はブラウザバックをお願い致します。






* * * * * * * * * * 






 オフィーリアはスタイン侯爵であるカガールに、今起きているリリスの陰謀について話をした。そして、ハインツが将来的にこの世を救う役割を担っていることも伝えた。その上で、ハインツの救出を願い出たのである。


 勿論、彼が将来、この世界を救ってくれるから救いたいという理由だけではない。家族同然だったメイドのハンナを殺され、その上、罪のないハインツまで殺されるのは許せない。


 そして、黒魔法に長けたスタイン侯爵家であれば、オズウェルやリリスの目を盗んでハインツを救出する事など容易いはずだ。リリスやその背後にいる輩の動きについても、カガールの力とミシェル夫人の能力があれば、かなり有利に事を運べるはずなのだ。



「ハインツ殿が、この世を救うほどの力を持つと?」

「そうです。これから先、まだまだ様々な試練を乗り越えねばなりませんが、それでも彼はこの世を救ってくれる、唯一の希望なのです」

「そうか」

「何より、今の彼は無実です。この茶番劇の被害者でもあり、いざという時の唯一の証人でもあります。おそらくあの場にいた近衛兵やメイドたちは、リリスによって記憶が操作されているはずです。かつて学園で、シャルが悪事の濡れ衣を着せられて貶められたのと一緒です。あの女のせいで、どれだけ多くの人間が不幸に陥っているか」

「あの、ニセ聖女め」



 大事な娘の意志を汲み、カガールはオフィーリアをこれからは自分の娘として扱う事を決意した。



「妃殿下、今後の事を考えて、私と3つほど約束をしてはいただけませんか?」

「約束、ですか?」

「なぁに、難しい事ではありませんよ。まずは私の事を『お父様』と呼ぶこと、もちろん妻のミシェルのことは『お母様』と今まで通りに呼んで欲しい。敬語も可能な限りなしで」

「えぇ、それは当然と言えば当然のことですわね?」

「あとその瞳に関してだが、色が変わってしまったのがバレないように、私が魔法をかけよう。ただし、この魔法は憑依体には効きが悪くてね? 週に一度はかけ直しが必要だ。くれぐれも間を置きすぎないように注意してくれ。時間か経てば経つほど、あなたの紫色の瞳に色が近くなってしまう」

「はい、わかりました」

「最後に、くれぐれも無理はしないように。あなたの身体はシャルのものである事をお忘れなく」

「もちろんですわ」



 オフィーリアの返事に深く頷くと、カガールは侯爵家の全力を以て彼女に協力をすることを誓ってくれた。


 本来なら、娘の体を乗っ取った自分に対し、彼が怒りを感じてもおかしくはないはずだ。しかしカガールは、オフィーリアに自ら体を提供した娘の意志を無駄にしたくないと言う。そればかりか、娘の行動を誇りにしたいとまで言った。カガールの気持ちにオフィーリアは心から感謝し、彼のシャーロットに対する深い愛情を感じずにはいられないのだった。


 その後オフィーリアはメイドのニコルを呼び、彼女がかつて王太子妃付きのメイドのハンナであることを明かした。シャーロットがオフィーリアであり、ニコルがハンナであることは、その場にいたスタイン侯爵と執事のセバス、四人の秘密となった。


「シャルとニコルの事は、すぐにミシェルにもバレるだろう。何しろ勘が良い上に、シャルの母親なのだからな」

「はい。それは覚悟してます」

「弟のシリルにも、早めに伝えておいた方が良いかもしれん。あの子は、いわゆる極度のシスコンだからなぁ」

「それは、まぁ、どの家にもありがちなお話ですので」


 オフィーリアの脳裏に、リチャードの顔が思い浮かんだ。どこの弟も、姉を慕うのは同じなのかもしれない。まぁ、リチャードの場合は、シャルの記憶によるとさらに重症であったような気はするが。

 その場を、何と言えない渋い空気が漂う。


「さあ、そうと決まれば、まずはハインツ殿の救出から始めるか!」

「はい!」








 それからのカガールの動きは速かった。


 王都の貧民街に転がる死体から、ハインツに背格好の似たものを選ぶと、あっという間にその死体を黒魔法でハインツの姿に変えた。そして地下牢に捕らわれていたハインツとその死体を入れ替えたのであった。


 スタイン侯爵家へと運び込まれたハインツは、見るに堪えない姿になっていた。拷問により皮膚は切り刻まれ、血が滴り衣服にこびり付いている。手足はあり得ない方向へと捻じ曲がり、胴体に繋がっているのが不思議なぐらいだった。顔面は酷くはれ上がって、丹精な顔立ちもほぼ原形を留めていない。


「ハインツっ!」


 オフィーリアは傷だらけのハインツの元へ急いで駆け寄ると、治癒魔法でその傷を癒す。聖女の如き手腕に、見ていたカガールも驚きを隠せずにいる。


「ひとつ聞いてもいいだろうか?シャルはいつから治癒魔法を使えるようになったのだ?」


 彼が驚くのも無理はない。本来黒魔法を扱う者が聖魔法である治癒魔法を使えることはない。黒魔法使いで有名なシャーロットも例外ではなく、以前は治癒魔法を使えることはなかった。


「実は、私も驚いているのです。もともと治癒魔法は使えたのですが、ここまでとは」

「では、もともと使えていた黒魔法は?もう使えないのか?」

「いえ、それが、両方とも使えるようで」

「つ、使えるのかっ!」


 コクリと小さく頷いたオフィーリアの両腕を掴み、体をガクガクと揺さぶるほどカガールは興奮していた。


それもそのはず、未だかつて黒魔法と聖魔法の両方が使える人間など見た事がないからだ。しかも、今彼女が使った治癒魔法は一瞬でハインツの重症な傷を癒してしまった。これは大聖女並みの聖魔法の使い手と言っても過言ではない。


「素晴らしいっ!これは前代未聞の発見だっ!」


 目の前でみた事が事実なら、これは、もともと何らかの魔法が使える人間に死んだ者の魂が入り込めば、両方の魔法が使えるという事になる。魔法オタクでもあるカガールにとって、この現象は大発見なのだ。

 
 古い文献にすら、このような事実の記述はされていない。ということは、自分が第一発見者になるのだから興奮するのも無理はない。


 子供のように瞳を輝かせ興奮している彼は、まだ気づいていない。重要機密である殺人事件の被害者の魂が娘の体に入り込んだとは、誰にも言えないこと。加えて死者の魂を他人の体に定着させる黒魔法を使える術者がほぼおらず、自分以外は検証もできないため、学会で発表もできないことを。

 
 結局この奇跡の発見は公にはできない事を知り、カガールはしばらく立ち直れないほどのショックを受け、落ち込むのだった。




* * * * * * * * * * 




 オフィーリアが、ハインツに治癒魔法をかけた事で、彼の身体は一瞬で元に戻った。千切れかけた手足も、原形をとどめていなかった顔も、拷問の事実がなかったように復元された。それまで気を失っていた彼も、傷が治って間もなく意識を取り戻した。

「うっ!」

「ハインツ様、気が付きましたか?」

「ここは?」

「スタイン侯爵家です。気分はどうですか?」

「あなたは?」

「スタイン侯爵家のシャーロットでございます」

「……」


 ハインツは、ベッドサイドに腰かけて自分をのぞき込む少女に見覚えがあった。確か、幼馴染でもあるリチャード・ディスモンドの婚約者だったはずだ。だが、彼女はこんな感じの女性だったろうか。以前見かけた時とは明らかに雰囲気が違う。


「オフィーリア?」

「え?」

「あ、すまない。つい幼馴染のオフィーリアの瞳によく似ていると思ったものだから」


 ハインツはそう言いかけて、ふと忘れていた自分の現状を思い出す。


「そういえば、オフィーリアはっ? 彼女はどうした?」


 自分が誰よりも幸せを願っていた彼女が、残酷にも自分との不貞を疑われて殺されてしまった。そして自らがその濡れ衣を着せられ、犯人として拷問を受け、牢に幽閉されていた事を。


それら全てが信じがたく、つい、目の前の小柄な彼女の腕にすがる。


「か、彼女は、オフィーリアはどうなったのだろうか?」

「残念ながら、彼女は死にました。あの男と女の罠に嵌って……」


 全てが夢だと思いたい。何もかもが悪い夢だと信じたかった。だが、自分の目の前で殺された彼女の姿が、そして狂ったように自分を詰り、暴行を加えた王太子の姿が今でもはっきりと思い出せる。


 あの後地下牢に幽閉され、今まで仲間だと思っていた騎士たちに力任せの暴行を受けた。大切な人を失い、それが自分のせいだと責められ、いっそひと思いに殺してくれと願った。


「どうして、なぜ私は、ここにいるんだ?」

「それは、お父様が、無実のあなたを秘密裏に牢から救い出してくれたからです。今頃、王宮の地下牢では、あなたの亡骸が発見されている事でしょう」

「なっ!」

「あなたは不本意だとは思いますが、王太子妃とその侍女を殺害した犯人として処分されます。加えて、巷で起きていた連続殺人事件の犯人としても罪を問われています。犯人死亡として、これからはサーフェン伯爵家にも被害が及ぶと考えられます。我がスタイン家としては、あなたの無罪を信じ、出来る限りの手助けをしたいと考えております」


「それは……申し訳ない……」


 無実の罪を着せられ、大切な人や家族が理不尽な目に合う。なぜ自分が、どうしてオフィーリアがこんな目に遭わねばならないのか。そうまでされるほど、自分たちが何をしたと言うのか。国に、王家に、真摯に忠誠を誓い尽くしてきた。その仕打ちがこれなのか。ハイツの目の奥が、怒りで焼ききれそうなほど熱くなった。


 気が付いた当初は哀しみに沈んでいたハインツであったが、その瞳に復讐の焔が灯るまで、そう時間はかからなかった。


「スタイン侯爵閣下、ならびにシャーロット嬢、私を助けて下さって有難うございます。この御恩は生涯をかけてお返しいたします。つきましては、私をこちらの騎士として雇っては頂けないでしょうか?」

「もちろん! 構いませんわよね? お父様?」

「あぁ、もとよりそのつもりだ」

「有難うございます」


 ハインツは長い白金の髪を短く切り、真っ黒に染め上げ、スタイン家の護衛をして身を偽る事となった。


 そして、スタイン家、ディスモンド公爵家と共に、オフィーリアを殺めた者たちへの復讐を誓うのであった。




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