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10. 再会
しおりを挟むオフィーリアを殺害したとされ捕らわれていた、ハインツの獄中死がディスモンド公爵家に知らされたのは、その翌朝だった。公爵家のリチャードは悔しさのあまり、握った拳を壁に強く叩きつけた。
「くっ! 遅かったか!」
ハインツがオフィーリアを殺害したという話を、リチャードをはじめとしたディスモンド公爵家は信じていない。
ここ最近の王太子と聖女の噂を耳にし、陰で聖教会がきな臭い動きをしていることも知っていた。おそらくオフィーリアに子供が生まれれば、聖教会側にとって何らかの不都合があったのだろう。
リチャードとオフィーリア、そしてハインツは、幼い頃から一緒に過ごしてきた家族同然の存在である。リチャードにとっては、剣の師を一緒にした仲間でもあり兄弟に等しい。 そして、口にこそ出さなかったが、オフィーリアに叶わぬ恋心を抱く者同士でもあった。
リチャードが公爵家ディスモンドの家に引き取られる時点で、既にオフィーリアと王太子の婚約は決まっていたので、その想いを表面に出すことはなかった。それはハインツも同じで、いつしか二人で彼女を護るための親衛隊のような存在になっていた。
そんな彼が、義姉を殺害し、その上連続殺人犯だという濡れ衣まで着せられて獄中死した。この悔しさをどこにぶつければ良いのかわからない。
「昨夜、こちらの手の者が忍び込んだ時点で、ハインツはもう死んでいたそうだ。遺体の損壊も激しく、どれだけ酷い拷問を受ければああなるのかと顔を顰めていた」
「彼の遺体と、サーフェス伯爵家の処遇はどうなるのでしょう?」
「遺体は城門外に晒され、サーフェス伯爵は爵位はく奪の上、領地の返上だそうだ」
「そんなっ!」
「サーフェス家の要人に関しては当家で保護するが、ハインツの遺体については諦めるしかないな」
「くそっ!」
そんな時、リチャードの婚約者であるシャーロットとその父スタイン侯爵が弔問に訪れたとの報告が入った。
「こんな時に……。まあ仕方ない、通せ」
「かしこまりました」
間もなくして、いつもと同じ漆黒のドレスとベールを身に纏ったシャーロットが、スタイン侯爵と見慣れぬ護衛を一人連れて姿を現した。
懐かしいディスモンド公爵家を訪れたオフィーリアは、父と義弟を見て思わず抱き着いてしまいそうになるのをぐっと堪えた。
(お父様! リチャード! あぁ……またこうして二人に会えるなんて)
オフィーリアは、声を出しそうになるのを我慢し、感動で浮かんだ涙を、ベールの下でそっと拭う。それは傍から見れば、王太子妃の死を嘆いて涙を流す姿に見えた。
「ディスモンド公爵、この度は何と申せばよいのか。本当に、言葉もない」
カガールが追悼の挨拶をすると、それに応えてデカルドは暗い声を紡ぐ。
「わざわざご足労をおかけし、誠に申し訳ない」
ふと、リチャードが見慣れぬ護衛に視線を向ける。漆黒の髪と前髪に見え隠れするアッシュグレイの瞳。髪の色こそ違えど、その立ち姿は今まで死を嘆いていたハインツに酷似している。まさか彼が黄泉の国から舞い戻りったのか。そう思わずにはいられないほど瓜二つだった。それはデカルドも同じで、カガールの背後にいる護衛を見た週間、思わず驚きで目を大きく見開く。
次の瞬間、カガールがデカルドに何らかの目配せをした。この合図はかねてより友人関係にあった二人の間で、重要度の高い話をする時のサインだ。事前の取り決めで、この合図をした際は互いに話を合わせるという事になっている。
カガールは形式上の弔辞を述べた後、娘の後ろにいた護衛騎士を名指しし、徐に自らの横に立たせて紹介を始めた。
「お気づきだとは思いますが、後ろにいる彼が、この度新しくシャーロット付きの護衛となったジャンです。もともとは我が家の騎士団にいたのですがね、昨晩不運にもトラブルに巻き込まれて死にかけましてね」
「それは、大変な目に合いましたな」
「えぇ、見つけた時は既に虫の息でしてね。うちの優秀な治癒師のおかげでなんとか一命を取り留めましたが、かなり危険な状態でした」
「そうでしたか。良くご無事で。しかし、これほど強そうな騎士が死にかけるとは、よほどの事件に巻き込まれたのでは? 一体どのようなものだったのか、聞いても良いですかな?」
デカルドが瞳を潤ませながらジャンに話しかける。
「はい大変お恥ずかしい話なのですが、非番で街歩きをしていた際、貴族の屋敷に入り込もうとする怪しい人物を見かけました。おせっかいにも捕まえようとしたのですが、その相手が貴族の子息だったらしく、逆にこちらが盗人呼ばわりされ、地下牢に放り込まれてしまいまったのです」
「ほほう、貴族の子息とな?」
「はい。屋敷の跡取り息子でして、そのご子息には奥方がいらしたのですが、外に愛人がいたらしく、どうやらその愛人を館に引き込もうとしていた所でした」
「それはまたなんとも酷い話ですな!」
「はい」
すると、カガールがその話に割り込む。
「他の騎士から、彼が交替時間になっても現れないと報告を受けたものですから、探し出して保護したという訳です。ひと足遅ければ、死んでいたでしょう。後から聞いた話では、屋敷の息子が妻を追い出すために、ジャンを奥方の不貞相手に祭り上げようとしたらしいのです。おまけにその屋敷で起きていた盗難事件の犯人だと、ありえない濡れ衣まで着せられていました。それらは全て浮気相手の女の入れ知恵だとか。いやはや、女とは恐ろしいものですねぇ」
その話を聞き、今度はリチャードが身を乗り出した。
「で、ではっ、それらの事件は、全てその子息と浮気相手の女の仕業という事なんですか?」
「えぇ、家の中の高級品が消えていたのは、浮気相手の女の仕業のようですね。売りさばいて何かしらの悪事を働くつもりだったようです。リチャード殿は大丈夫だと思いますが、女性にはくれぐれもお気を付けください」
「心しておきます」
「実は彼が、今回の失態を気に病みましてね。自分を鍛え直したいと聞かぬのです。よろしければ彼が非番の時にでも、剣豪として有名なこちらの団長にご指南頂ければと思うのですが、如何でしょう? ご協力頂けませんかね?」
カガールがそう言ったところで、リチャードはジャンへと視線を向けてこう告げた。
「それは構いません。師匠も弟子が増えれば喜ぶでしょう。丁度今回の事件で気落ちしている所です。ジャン殿、早速で申し訳ないが、ちょうどこれから騎士団長に会いに行く所だったんだ。良ければ一緒にどうかな?」
ジャンがシャーロットにチラリと視線を向ける。形式上、彼は今シャーロットの護衛騎士なのだから、その指示を待つのは当然だった。ジャンもといハインツの父はこのディスモンド公爵家の騎士団長である。今回の事件で爵位をはく奪された当事者であるが、息子が獄中死したと聞きかなり憔悴しているに違いない。リチャードは一刻も早く、彼を父親に会わせてやりたかった。
「ジャン、ぜひお言葉に甘えたらどう? 他にも護衛はおりますし、まだ昨日の今日ですもの。お父様、よろしくて?」
「あぁ、構わない。ジャン、今日はこれで非番とする。あまり無理はしないように」
「有難うございます」
おそらく、これから場所を変え、ハインツから詳しい事を聞きたいのだろうと思ったスタイン侯爵とシャーロットは、彼を公爵邸へ残していく事を決めた。
ディスモンド公爵家から帰る際、オフィーリアはリチャードに向かって、挨拶がてら話を切り出す。
「リチャード様、このような時に申し訳ございません。実は最近、ひどく頭痛がするようになりまして、日の光を浴びると症状が悪化しますの。今日付けているベールを、今後しばらくは着けさせて頂きますので、ご了承くださいな」
それは、シャーロットの体に入り込んだ際に、その瞳の色が変わってしまったことに対する防御策でもあった。カガールの魔法で瞳の色を変えてもらえるとはいえ、いつ何時瞳の色の変化を気取られるかわからない。
昨夜、カガールと話し合い、瞳の色が変わったことを外部の人間に気付かれぬよう、しばらくの間はベールを顔に纏うことにしようと決めた。万が一瞳の色が変わったと疑われても、シャーロットの母親であるミシェルの瞳が濃い赤紫なので、何とか上手く言い逃れが出来るだろうとアドバイスをもらったのだ。
その打ち合わせ通りにリチャードに伝えたのだが、なぜか彼の歯切れが今一つ悪い。
「それは構わないが、調子はかなり悪いのか?」
「ええ、少し……。ですからしばらく外出は控えさせていただきます。リチャード様も今は大変な時期だと思いますので、私の事は気になさらず、問題の早期解決にご尽力くださいませ。ですが、くれぐれもご無理はなさいませんよう」
「ありがとう。シャルも体には気を付けて。あと……」
「あと?」
「彼なら大丈夫だとは思うが、男性の護衛を傍に置くんだ。くれぐれも距離感を間違えないようにな? シャルは私の大事な婚約者なのだから」
「は、はいっ!」
日頃彼女に対して、どちらかと言えば氷対応なりチャードが、自らシャーロットに労りの言葉をかけた。すると、オフィーリアの中で『トクン』と大きく心臓が脈打ったのを感じる。
オフィーリアは、儀弟であるリチャードに対し、あくまでも年若い婚約者として慎ましく対応することを心がけていた。しかし、やはりそこはシャーロットの体だからなのだろう。彼女の潜在意識が、リチャードに心配してもらえたことを喜んでいた。
(まぁ、リチャードの一言でこんなにドキドキしてしまうなんて、シャルの身体は案外素直なのね。でも、それだけシャルがリチャードを大切に想ってくれていた証拠なのかしら…)
オフィーリアはリチャードに別れの挨拶をすると、ハインツを彼に預け、カガールと共にディスモンド家を後にするのだった。
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