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11. 違和感の正体
しおりを挟むディスモンド公爵のデカルドとリチャード、そしてジャンことハインツは、屋敷の訓練場近くにある宿舎の一室に居た。その部屋にはリチャードが幾重にも隠蔽魔法をかけ、周囲に会話が漏れないように配慮されていた。
そこへ何も知らない騎士団長、前サーフェン伯爵・ロイドが訪れる。昨晩は眠れなかったのだろう。目の下に真っ黒な隈をつくり、一晩で人相が変わるほど疲労が色濃く見える。
そんな彼にデカルドが声をかけ、王宮の地下牢で死んだはずのハインツが、昨夜スタイン侯爵に救い出されていた事を伝えると、ロイドはこれ以上ないほど瞳を大きく見開き、大粒の涙を零した。
「ハインツ、よく無事でっ!」
「っっ、大変心配をおかけしました。そして私が不甲斐ないばかりに、オフィーリア様が、謂れなき罪で王太子にっ」
「それは、真実なのか?」
「はい。私がこの目ではっきりと見ました」
ロイドは急に嗚咽を堪えて涙をこぼすハインツの手を強く握る。幼少期より護ると誓っていた相手を目の前で殺されたのだ。その痛みがどれほどのものなのか、自分には想像もできない。
ハインツの言葉を受けて、今度はリチャードがその真相を確かめる。
「ハインツ、義姉上は懐妊を心の底から喜んでいたんだぞ? 王太子もそうだったはずだ。なのに何故?」
「私は、昨日の昼、オフィーリア様に用があるからと呼び出され、王宮に出向いたんだ。そこで睡眠薬を盛られ、気が付いたら拘束されていた。彼女の部屋に連れていかれるなり、殿下に腹の子はお前の子だと不貞を疑われ、そのような事実はないと泣きすがるオフィーリア様を、殿下が自ら殺めた」
「なんて惨いことを」
「それは、あの女の!聖女の入れ知恵なのかっ?」
「おそらく間違いない。それに」
ハインツは、王宮で睡眠薬を盛られて拘束されている中、部屋の前で聖女が何やら話しているのを聞いた。『あともう少し、あともう少しなのよっ!』と聖女が誰かにまくし立てていた。そこへ王太子が訪れ、聖女が耳元でなにやら囁いた途端、殿下の様子が一変したという。理知的で国民を慈しんでいた王太子の姿はそこにはなく、彼は醜く目尻を吊り上げた鬼人のような形相になり果てていた。
王太子はあれほど愛していたはずのオフィーリアに対し、罵詈雑言を叩きつけ、殺そうと剣を抜いた。それを庇おうとした侍女のハンナを殺め、慈悲を希うオフィーリアに切りつけ、その腹を切り裂いた。人とは思えない所業だったという。
その後、眩い光に辺り一帯が包まれ、ハインツは気を失った。気が付いたら自分は地下牢に繋がれており、聖女の指示で酷い拷問を受け続けた。度重なる拷問に気を失い、もう死んだと思っていたが、目が覚めたら、そこはスタイン家だった。
「結局は、あの聖女と聖教会の企みの可能性が高いわけか。だが、義姉上を殺めた殿下も、決して許さない」
「あぁ、勿論だ! 何としても奴らの企みを暴き出し、オフィーリアの仇に報いよう」
「はい。私も一緒に戦わせてください! 息子を陥れ、一族の未来を奪った奴らを痛い目に合わせねば気がすみません」
「俺は死んだことになってますから表立った行動はできませんが、陰で動かせてもらいます。スタイン様も協力を惜しまないと仰せでした」
「そうか、それは心強い!」
こうして彼らの弔い合戦の幕は開けた。
一通り今後の打ち合わせをし、スタイン家に帰ろうとするハインツに対し、リチャードは今日不思議に思ったことを問いかける。
「なぁ、ハインツ。シャルのことなんだが、なんとなく違和感を感じないか?」
「そう言われても、お嬢様と話したのは夕べが初めてだったしなぁ」
シャーロットがリチャードの婚約者だという事は知っていたが、いつも無口で、自身なさげに俯いている場面しか思い出せない。ハインツはオフィーリア至上主義であったため、彼の婚約者のことなど眼中になかった。昨夜初めて対峙し、思っていたより綺麗で優しい令嬢だという印象を抱いたばかりだ。
「で、具体的にどこが変だと思うんだ?」
「う~ん、何というか、全体的に仕草が優雅になった。あとは物おじせずに私と会話をする。それと、あのベールが気になる」
「ベール?」
「そうなんだ。確かに日の光を浴びると頭痛と眩暈が酷くなるとは言っていたが、今日は曇りで、室内でなら、別に日の光は関係ないだろう? それに、彼女は私の顔が好みだと言って、いつもこちらを凝視するんだ。何の用かと視線を向けると、恥ずかしがって俯いてしまうのだが、幼い頃からその行動は変わらなかった。その彼女がだぞ? 一度もベールを上げず、私に視線を向ける事もなかったんだ。違和感だらけだろう?」
「そうか?」
ハインツは、『それは惚気か?』と内心思ったが、オフィーリア第一主義の彼が、婚約者の事もきちんと気にかけていたという事実に僅かばかり安心した。彼女の死は受け入れがたいが、いずれ彼もその事実を受け入れ、乗り越えていかなければならない。
自分もまだ全くオフィーリアの死を受け入れられていないが、それはこの復習を果たしてから考えればよい。それまではシャーロット嬢の護衛をしつつ、スタイン家お得意の諜報活動に参戦させてもらうつもりだった。
「そういえば、確かに印象は違ったな。俺は以前少し目にした程度だったから、シャーロット嬢がどういうお人なのかは良く知らないが、優しくて、しっかりした女性だと思ったな。何となくオフィーリア様に雰囲気が似ている」
「な、義姉上とっ? それはない。絶対にない!」
「そうか? リチャードはいつも傍でオフィーリア様とシャーロット嬢を見ていたから、違いが判るのかもしれないな。俺には、見た目以外は似ている所が多いように感じた」
「義姉上とシャルが?」
「あぁ、昨晩スタイン家に救い出してもらって目が覚めた時、一瞬彼女がオフィーリアに見えたぐらいだ」
「そんなバカな。きっとあんな事件の後で、気が動転してたんだろ」
「まぁ、そうかもしれないがな」
確かに今日感じた違和感は、婚約者の雰囲気があまりにも変わっていたからかもしれない。ただ、婚約者のシャーロットがオフィーリアに似ているとは思えない。
ふと最愛の義姉が本当にこの世からいなくなってしまったという事実に、心が押しつぶされそうになる。その時、リチャードは以前オフィーリアに言われた言葉を思い出した。
『遥か遠い東の国の言い伝えに、人と人の出逢いは一期一会だというものがあるそうよ。それは人との出逢いは一生に一度だけの機会で、生涯に一度限りであること。生涯に一回しかないと考えて、大切にしないさいという意味らしいわ。失ってから後悔しても遅いのよ? だからあなたは、あなただけを見つめてくれるシャーロットを大事にしないといけないの』
あの時は、婚約者よりも義姉を優先しがちな自分へのお説教だと思っていたが、確かにオフィーリアやハインツを失ったと知った時、どうしてあの時ああできなかったのか、こうしていなかったのかと、今更どうにもできない後悔ばかりが先に立った。ハインツが助かったと判った今でも、オフィーリアに対してそんなことばかり考えてしまう。
だが、何かの拍子にシャーロットすら失ってしまうかもしれない。なぜかそんな危機感が自分の中に芽生えている。リチャードの心の中で彼女に対する認識が、少しずつ変わりつつあった。
確かに今の自分にとってオフィーリアの復讐が第一優先だ。だがこれからは、シャーロットに対する態度も改めていかねばならない。もっと彼女の事も考えて、歩み寄ろう。彼女が何に喜ぶのか、何が好きで嫌いなのか、もっと彼女を知って大切にしよう。義姉上に言われた通り、失ってからでは遅いのだから。
そう思ったリチャードはまだ知る由もない。
シャーロットが自分を救うため、その身を代償にしたことを。そして、彼がたった今大切にしようと思った彼女は、もうこの世界にはいないのだということを。
彼が感じた違和感は、既に全てが遅かったのだという事実を、残酷にも彼に伝えていたのだった。
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