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14. シャーロットの奮闘

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 リチャードの婚約者であるスタイン侯爵令嬢シャーロットは、幼い頃に黒魔法の才能を開花させ、一躍注目を浴びた。


 そんな折に、ディスモンド公爵家の令嬢オフィーリアと王太子オズウェルとの婚約が決まり、公爵家にリチャードが養子として迎えられる。家柄やその魔法の資質から彼女がリチャードの婚約者として内定するまでそう時間はかからなかった。


 しかし、シャーロットには一つだけ周囲とは違う点があった。それが、彼女の持つ『前世の記憶』だ。


 彼女の前世は小田美幸という、日本のごくごく平凡な一般家庭に生まれた女の子だった。どちらかと言えば内気で人見知り。それが基盤となり、高校に入学する頃には立派なオタクになっていた。


 ゲームからアニメ、小説に至るまで趣味のジャンルは幅広かったが、その中でも彼女がハマっていた小説は『薔薇と聖杯と心臓』という小説だ。やがてその小説がベストセラーとなりアニメ化されると、彼女は聖域巡りを始め、グッズ集めやイベント参加と精力的に活動を開始するようになる。


 特に美幸の押しは、小説の主人公である英雄ハインツよりも、クーデレ、ヤンデレキャラのリチャードで、彼女は生粋のリチャラーとして財産のすべてを彼に注ぎ込んで生きていた。


 そんな彼女が事故に巻き込まれ、この世界にシャーロットとして転生することになる。初めはそのことを理解できていなかったが、婚約者選定の茶会でリチャードと会い、そこで前世の記憶を思い出す。


 あまりの感動に何もできずにいるうちに、あれよあれよと前世の押しキャラだったリチャードの婚約者に収まってしまったのだ。


 そしてここに、生粋のリチャラー故に、婚約者の顔も直視できない侯爵令嬢シャーロットが誕生した。



「あぁ、リチャード様っ! 尊い、尊すぎるっ!」



 二次元の世界ではなく、三次元使用の生きた押しをナマで見ることができる生活は、シャーロットにとって楽園以外のなにものでもなかった。



「あぁ、ここは天国ですか? もう昇天してもいいですかっ?」



 得意の黒魔法で、愛しい婚約者のブロマイドを念写しまくり、リチャードが使用した物は何でも黒魔法で手に入れて、聖遺物としてコレクションしまくった。


 当のリチャードが義姉のオフィーリアにぞっこんである事など百も承知なため、いくら冷たくされようとも、彼女にとってそれはクーデレのクーに過ぎず、ご褒美以外のなにものでもない。加えてオフィーリアも彼女の中では推しとセットの好感マックスなキャラであり、この二人が揃った絵面は今でも重要聖遺物としてクローゼットの神棚に奉納されていた。



「ほぉぉぉぉ~~、今日のリチャード様も素晴らしかったっ! オフィーリア様へのデレシーンスチルもゲットしたぜっ! あの照れながら頬を染めるリチャード様は永久保存版だっ!」

 

 今日見たリチャードとオフィーリアのツーショットは、まさに福眼であった。思わず侯爵令嬢であることを忘れ、口から涎を垂れ流してしまいそうになって焦りまくった。



 リチャードの婚約者が自分であるにも拘わらず、当の押しは自分など眼中にない。その事実は少しばかり寂しくもあったが、『押しが幸せであればそれが自分の幸せ』だと言うのが彼女のポリシーなため、敢えて自分の方を向いて欲しいとも思わなかった。



 そんな幸せな真っただ中の彼女にも、ある日転機が訪れる。


 
 それは、レーヴェン王立魔法学園へ入学した日の事だった。学園の中庭で何やらキャーキャーと騒がしい集団がいることに気付く。そこには薄桃色の綺麗な髪をなびかせながら、数人のイケメンを周囲にはべらし、騒ぎまくるリリス・ダイベス男爵令嬢がいた。



(あ、あれはっ! 聖女リリスっ! ん~~、見た目は可愛いけど、性格がチョー最悪なのよねぇ……)



 彼女に気付いたシャーロットは、この世界が『薔薇と聖杯と心臓』を舞台にしており、このリリスこそが全ての人々を地獄に陥れる犯人だという事を知っていた。そして、今まで甘んじていた幸福な世界が、あの悪魔のせいで全て壊されてしまう事も思い出してしまった。



 いや、実はかなり前から全て知っていたのだ。頭の中では理解していたのに、なぜか心がそれを拒否していた。このまま何も起きなければ、自分は最愛の押しを愛でながら、いつまでもぬるま湯のような幸せを享受していられると思い込んでいたのだ。




「あぁ、このまま何も起こらなければ、リチャード様もオフィーリア様も幸せに……とはいかないかなぁ。やっぱり」




 そんなうまい話がある訳ない。この世界にあの女がいる限り、これから始まる悪夢は確かに現実のものとなるのだ。その事実を認識し、シャーロットの世界は180度反転した。



 まず、あのリリスという女は、元をただせば人類の天敵である魔族の血を引いている。たまたま母親が人間であったため、母の特徴を色濃く受け継ぎ、魔族特有の容貌を示していないだけだ。



 彼女は人間が魔王を打ち滅ぼす際に使われるという聖杯の力を奪うため、この人間界に送り込まれた最終兵器である。彼女の武器は『人心掌握』であり、人の心を意のままに操ることができる能力を持っているのだ。それは古来より危険視されている「魅了」という魔法とは異なるため、魅了阻害の魔道具でも防ぐことが出来ない能力だった。



 これからリリスが行う事。それは聖魔法を使う聖女候補たちを殺し、その聖力を奪う事。彼女たちの心臓の壁に宿る聖力の核、いわゆる聖核を喰う事で、自らが聖魔法を操ることが可能となる。



 但し、それだけでは聖教会が厳重に管理する聖杯に近づくことはできない。



 聖教会に入りこみ、怪しまれずに聖杯に近づくためには、自らが聖女になるしかない。そのためには聖女候補の聖核を十個以上取りその身に取り込む必要があった。



 手始めはこの学園内にいる聖魔法の使い手たち。そのすべての聖核を喰らいつくしてもおそらくまだ足りない。最後には聖魔法の使い手である王太子妃オフィーリアを殺すのだが、その手法がえげつなかった。



 そして、最愛の義姉を亡くしたリチャードが復讐を誓うのだが、その途中で闇落ちしてしまう。闇落ちする事で強い魔力を失った彼が、その後魔王に殺されるという結末が待っているのだ。



(そんな小説通りの結果になるのは嫌っ! 何としてでもリリスの計画を阻止してやるんだから!)



 シャーロットは『薔薇と聖杯と心臓』の中では、リチャードに冷たく扱われるだけの婚約者という、どちらかというモブ寄りの立ち位置だった。だがこれからは、今までのように推しの鑑賞のみに時間を費やしているわけにはいかない。リリスの計画を阻止し、押しの闇落ちからの死亡ルートを絶対に防いでやるのだと覚悟を決めるのだった。





* * * * * * * * * * 






 13歳から入学可能なレーヴェン王立魔法学園に於いて、リリス・ダイベス男爵令嬢はシャーロットより3年早く入学していた。この3歳という年の差は、シャーロットにとってはかなりのハンデになっていた。



 既に、有名貴族の子息たちはリリスの毒牙にかかっており、彼女の取り巻きと化していた。貴族子息たちにはそれぞれの婚約者がいたため、女生徒からは毛嫌いされていたが、男性生徒からは絶大な支持を受けている。



 リリスが使う人心掌握という能力は、全ての人の心を思うままに操れるものではなく、あくまでも彼女に好意を抱いた者にのみ、その能力が発揮される。それは恋愛感情だけではなくほんの些細な好意で構わない。例えば互いに笑顔であいさつを交わした、落とした物を拾ってもらった。そんなもので良いのだ。



 逆に、彼女に悪意や嫌な感情を持つ者には通用しない。そんな危うい能力だった。



 だからこそ彼女は、自分に好意を向けやすい男性生徒を先に味方につけたともいえる。世の男性が、いかに単細胞で欲望に素直なのかがわかるというものだ。



 だが、リリスが聖女候補たちを本格的に殺し始めるまではまだ2年ある。それまでに何とかリリスの弱点を見つけ出し、殺人を未然に防がなければならない。



「まずは既にリリスに篭絡されている人物の把握と聖女候補たちの割り出しね」




 リリスに篭絡されている人物、それはすなわち自分の敵とみなされる。



 次に学園に通っている聖魔法の使い手、いわゆる聖女候補たちの把握である。シャーロットは何としてでも彼女たちとの繋がりを持ち、彼女たちが殺されることを未然に防がなければならない。そのためには、リリスに敵意を持つ女生徒たちと親しくなるのが手っ取り早いと考えた。



「婚約者を取り巻きにされた彼女たちなら、リリスを嫌っているはずだからこちらに引き込めるわね。それにはまずリリスと敵対するのが一番早いかしら?」




 まずは中庭で貴族令息を侍らしているリリスに、一言物申して敵対する。




「あらまぁ、公共の中庭を占有しているのは、一体どなたかしら?」

「そういうあなたは誰なの?」

「私は、シャーロット・スタインと申しますわ。本日から学園にお世話になる新入生ですの? こちらの中庭が学園の名所とお聞きして来てみれば、たくさんのご子息方とあなたがここを占領しているではありませんか。もう少し、周りの方々へのご配慮も必要ではなくって? ねぇ、そちらの先輩方もそう思われるでしょう?」




 リリスたちを遠巻きに見つめながら、彼女に鼻の下を伸ばす婚約者に苦い思いを抱いていたご令嬢方が、シャーロットの問いかけに対してハッと息をのむ。



 確かにシャーロットの言う通りである。なぜ男爵令嬢如きに遠慮をして、自分の婚約者を放置しておかねばならないのか。はしたないものははしたないと、なぜ声に出して言わなかったのかと今更ながらに気が付いた。



「そ、その通りですわ! ここは学園の公共の場です。そこで女性一人が多くの殿方を侍らすのははしたないですわ!」

「今日入学したばかりの新入生に、こんな当たり前のことを指摘されるなんて、先輩としてお恥ずかしいですわ」

「そうです! もう少し自重なさってくださいませ!」




 シャーロットの台詞に乗ってきたのは、他でもない取り巻き令息たちの婚約者であった。ローズ侯爵令嬢、アイリス伯爵令嬢、ルピナス伯爵令嬢の3名がそれぞれリリスと婚約者を交互に見つめ、今まで言えなかった台詞を繋ぐ。



「そんな、酷いわっ。お昼休みに中庭でおしゃべりしてただけなのに」




 リリスが大きな瞳を潤ませ、か弱げに訴えれば、それに対して取り巻きの子息たちも声を上げる。



「そうだぞ! ほんの少し中庭に居ただけで、そんな言い方はないだろう!」

「そうだ! みんなリリス嬢が可愛らしいから嫉妬してるだけだろう」

「そうだっ! 見苦しいぞっ!」



 取り巻き令息たちがリリスを庇い、シャーロットたちに叫び出したところで、逆方向から突如それを諫める声がする。



「素直な疑問を伝えた新入生を、よってたかって上級生が虐めているのか?」

「え?」



 声の主はこの学園で王族の次に地位の高いリチャードだった。彼は公爵家の養子ではあるが、元々王兄を父に持つサラブレットである。まさにシャーロットにとってはヒーローの登場だ。



 リチャードに対して、取り巻き令息たちがこれ以上何か意見をできるわけもなく、さっきまでの多勢に無勢な雰囲気はすぐさま消滅してしまう。



「リチャード様っ!虐めるなんて、そんなっ!……ひどいです」



 そこで今度は敢えて雰囲気を読まないリリスが声を出す。リチャードにまで両手を顎の下で組み、見上げるポーズで小首を傾げて擦り寄ろうとするリリスだったが、オフィーリア至上主義のリチャードにそんな小細工が通用するわけもない。


「シャーロットが入学したばかりだから、今日はこれから学園内を案内しようと思ってな。シャル、時間は大丈夫か?」


 リリスをまるっと無視し、婚約者のシャーロットに視線を向けたリチャードは、どうやらシャーロットをこの場から連れ出すことにしたらしい。



「えぇ、勿論です。宜しくお願いします」

「えっ、リチャード様、行ってしまわれるんですか?」

「君はダイペス男爵令嬢だったか? 親しくもないご令嬢に名前を呼ばれる謂れはない。遠慮してもらえるかな?」

「そ、そんな……」




 プラチナブロンドから覗くアメジスト色の瞳が、容赦なくリリスを突き放す。ただでさえ冷たい印象のリチャードが、実際に周囲の温度を下げはじめた。




「それと君たち、大勢で一人の女性を取り囲む姿は、あまり見栄えの良いものではないね。自重することをお勧めするよ」

「「「「は、はいっ!」」」」

「では失礼。シャル、行こうか?」

「はい! リチャード様」



 リリスの睨みと令嬢たちの羨望の眼差しを同時に受けながら、リチャードはシャーロットを連れてその場を後にした。



 学園内の廊下を歩きながら、リチャードは珍しくシャーロットに先ほどの言動の真意を聞く。



「シャル、学園に入学してすぐに他の生徒に苦言を言うなど、君らしくない行動だね?」

「そ、そ、そ、そんなことはないですっ!」

「そうか? まあ、シャルがそう言うなら構わないが、学年が違うからいつも今みたいに助けられるとは限らない。あまり無理をしないようにな」




 リチャードの心配も虚しく、その後も幾度となくリリスとシャーロットの衝突は続いた。そのお陰で婚約者をリリスに骨抜きにされた令嬢たちの心は鷲掴みにすることができ、対リリス戦略のために様々な情報を収集していくことができたわけだが、世の中そんなに甘い訳がない。




 この後、リリスの策略により、シャーロットの立場はどんどん追い込まれていく事になるのだった。



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