【完結】一緒なら最強★ ~夫に殺された王太子妃は、姿を変えて暗躍します~

竜妃杏

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18. 近づく距離

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 ディスモンド家では、オフィーリア殺害事件について、王家とリリスが実行犯であると言う証拠を集めるために奔走していた。


 様々な証拠を集める中で、ここ数年間でリリスの言動がかなり怪しい事、中でもいつも傍に仕えている聖騎士が何らかの事情を把握しているのではないかという結論に至っている。


 リチャードはオフィーリアの死後、ろくに睡眠も取らずに走り回っていた。義姉の存在が大きかった彼にとってその喪失感は酷く、時折自分の身体が自分のものではないように感じたり、呼吸もうまくできないと感じる事すらあった。彼が精神的に不安定だという事は見た目にも明らかで、父のデカルドは彼に休むように声をかけていた。


 それでも中々休もうとしない彼に、今度は婚約者のシャーロットを使い、無理にでも休ませようとする。


 幸いハインツが毎日ディスモンド家を訪れていたため、彼と一緒にシャーロットにも訪問してもらえるように依頼した。その依頼をシャーロットは快く受け入れてくれた。





 今日もデカルドに休むように言われたリチャードは、ここ最近毎日我が家を訪れる婚約者に、無理やり手を引かれて談話室に連れ込まれていた。以前はリチャードと視線も合わせられない女性だったはずなのに、今はやたらと世話を焼きたがり、まるで別人のように思える。


 確かに以前から、リチャードに対する好意は感じていた。それは婚約者としてはありがたい事だと思っていた。ただ、リチャードが義姉に密かな想いを寄せていたために、シャーロットを大事にしなければなないとは思いながらも、どうしても足が遠のいてしまっていたのは否めない。


 時折、義姉から彼女を大事にしなさいと説教じみた注意を受けていたので、彼としては失礼にならないように気を付けていたし、将来の妻としての認識はしていた。


 もちろん義姉に対する想いも決して実らないものだと判っていたので、好意を悟られるような真似はしてしない。王太子にも気持ちを気取られないよう、過度な触れ合いも避けてきた。義姉の幸せこそが彼の望んでいたものだったから、自分がその妨げにならぬよう、行動は徹底していた。


 そんな彼の願いも虚しく、義姉のオフィーリアは帰らぬ人となった。しかも、愛しい相手と添い遂げて子供まで授かったのに、その愛する夫の手によってである。悔しいなどという言葉では片付けられないほどの憤りを感じる。義姉の希望を、幸せを奪った奴等を決して許すことはできない。奴らが義姉に与えた苦しみの何十倍もの屈辱と痛みを返してやらなければ気が済まないと思った。


 しかしながら、ここ最近の自分が普通ではないことも理解している。父や周囲の仲間が自分を心から心配してくれているのも良く分かる。婚約者のシャーロットも、自分を心配して毎日屋敷を訪れてくれているのだろう。だが、彼女性格の変わりようは、それだけでは到底理解できないものだった。


 今日も談話室で甲斐甲斐しく茶を入れ、手作りのクッキーやサンドウィッチを嬉しそうに並べる彼女に、やや皮肉交じりのニュアンスでこう告げる。



「……で、シャルは暇なのか?」

「まぁ、ヒマとは失礼ではなくて? 一刻も早く悪人共をギャフンと言わせるために、こうしてジャンを連れてきてあげてるのに」



 確かにリリスと王太子に復讐するため、今はシャーロットの護衛と身分を偽っているハインツと色々打ち合わせする必要はある。だからと言ってなぜ、彼と一緒にシャーロットが毎日やって来るのか。



「だが毎日朝から晩までこの家にいる必要はないだろう? 護衛は他にもたくさんいるんだ。自分の護衛はその連中に任せてもいいだろう。それに、この間は体調が悪いと言っていなかったか? まぁ、それだけ元気ならば、元気であることに越したことはないんだが…」

「だって、私がこうやってジャンと行動を共にしてた方が怪しまれないでしょ? 可愛い婚約者が最愛のリチャード様の元を訪れるのに、何の不都合がありまして? 周囲の人たちだって、微笑ましいとは思っても、はしたないと思う人はいませんわよ。リチャード様はお姉様の死を悼んで寝込んでいる事になっているんですもの。婚約者がお見舞いに訪れるのも当然ですし、色々と計画を練っている事だって、こうしていればバレにくいでしょう?」

「そ、それはそうだが…」



 こんなにもスラスラと話す女性だったろうか。その上、ああ言えばこう言うというふうに、理屈では最近いつもシャーロットに負けてしまう。悠長な話し方も、有無を言わせぬ態度も、優しい聖母のような仕草も、全てが以前のシャーロットとは似ても似つかない。



「まるで、今のシャルはお義姉様のようだな」

「えっ?」


 義姉のオフィーリアがいた頃は、毎日がこんなやり取りが続いていた。リチャードの持論が利発なオフィーリアに敵う訳もなく、いつも言葉では言い負かされてしまっていた。彼はそんなやり取りも楽しくて仕方なかったわけだが、今となっては懐かしすぎて涙が出そうだ。


 それにシャーロットがさりげなく『最愛のリチャード様』などと言い放つものだから、思わず恥ずかしくなってしまう。彼女は全く意識している様子がないが、最近の彼女の行動は以前に比べてかなり積極的なのだ。


 シャーロット自らが入れてくれる紅茶も、手作りだというお菓子やサンドウイッチの味も、昔義姉が作ってくれたものとそっくりで、リチャードの気持ちをくすぐるには充分なものだった。



「なぁ、シャル」

「はい? なぁに、リック」



 おまけに最近は、無意識に幼い頃の愛称を呼んでくる。リックというのは、義姉やハインツが彼をそう愛称で呼んでいたものだ。確か、シャーロットも幼い頃はみんなと一緒にこの愛称で呼んでくれていたはずだが、いつの間にかかしこまった呼び方に変わってしまったのだ。それを少しだけ寂しく思っていたのだった。


そのせいもあり、ここ最近の婚約者の変わりように、リチャードは不本意ながらも心臓をザワつかせる回数が多くなっていた。






 一方、シャーロットの姿をしたオフィーリアは自分の素の行動に疑問を抱くこともなかったし、ここ何年かは王太子妃としての窮屈な行動をしいられていたため、シャーロットの体に憑依してからの解放感が凄まじかった。まさに水を得た魚とでも言える自由を謳歌している。


 勿論シャーロットの記憶もあるので、毎日ジャンと共にディスモンド家を訪れているのは、リチャードの暴走と闇落ちを止めるためである。


 物語りの中の彼は、オフィーリアが殺されてからというもの、寝食もおろそかにして復讐劇を繰り広げていたからだ。どんどん人間離れした形相となり、眼光が鋭くなっていく様は、推しとしてそれはそれで魅力的ではあったのだが、闇落ちした途端、魔王に惑わされあっさり殺されてしまうのだけは見過ごせない。とにかくリチャードの闇落ちを防ぐのが第一の目標だ。



「食事と睡眠、これ大事。絶対!」



 そう小さく呟いて拳を握りしめる彼女には、小田美幸時代、超ブラック企業で食事も睡眠も疎かにしていたという記憶があり、それらの大切さが身に染みているからである。


 シャルの記憶から提供されている情報ではあるが、寝なければ判断力も理性も低下するし、食事をしなければ脳が栄養不足に陥り視野が狭くなる。それが日常化してしまえば、知らず知らずのうちに自分の命を縮めてしまうのだ。


 だから彼女はリチャードの傍で彼のサポートに徹する。食事を与え、計画を事前に知り、危険を取り除く。何なら、帰り際には眠りに着く黒魔法付きだ。


 そのお陰か、ここ最近のリチャードは少しづつ健康を取り戻しつつある。



「はい、リチャード様、ど~ぞ!」



 昼時を過ぎても、目の前の計画書から目を離そうとしないリチャードの口元に、シャーロットがサンドウイッチを近づける。



「お、おい!」



 考え事をしている最中に、急に食べ物を口へと運ばれたリチャードは、驚いて手を口元に運んだ。その際、思わずシャーロットの帽子に触れてしまい、ベールと一緒に払い落してしまった。



「あっ!」

「え?」



 すぐ目の前にあったのは、懐かしく愛しい、澄んだ紫色の瞳。いや、それよりはやや赤みがかっている気はするが、大好きだった義姉と同じ紫水晶の光を放っていた。



「シャル、お前、目が……」

「えっ、えぇ。実は、以前頭痛と眩暈が酷かった頃から、瞳の色が母様に似てきてしまって。急に変わったら、皆さん驚かれるでしょう? だから、ベールを付けていましたの」

「悪い病気とかではないのか?」

「えぇ、それは大丈夫ですわ」

「そ、そうか。なら良かった」



 リチャードは自分の心臓がドキドキと妙な音を立てている事に気付いた。それと同時に何とも言えない感情が自分の中で渦巻きだす。ふと、目の前にいるシャーロットの頭を無意識に撫でていた。



「リ、リ、リ、リチャード様っ?」

「ん? どうした?」

「そ、そのっ、私の頭に何か付いておりますか?」

「あぁ、最近何となくシャルが別人のように感じていたが、こうしていると元のままだな」



 目の前で真っ赤になって目を泳がせているシャーロットの姿に、つい懐かしくなって撫でる手を止められない。遂には、彼女の長い髪を指で梳くようにその感触を確かめだす始末だった。



「なぜだろう? シャルとこうしていると、無性に安心するんだ。そうだな、これからは二人で共に過ごす時間を増やすのもいいかもしれないな」

「さ、さっきと言ってることが真逆でございますよ?」

「いいじゃないか。どうせ結婚すれば、もっと長い時間一緒にいることになるんだ。その予行演習だと思えばいい」

「リ、リチャード様っ!」



 リチャードの中で、シャーロットに対する愛しさがこみ上げてくる。それが婚約者に対する愛なのか、恋なのか、はたまた愛しかった人への思慕なのか。自らの心の内ですら、まだしっかりと理解できない。ただ、彼女と一緒にいると呼吸が楽にできた。自分の中にあった荒れ狂う何かが静まっているのだけは確かだった。


 かくいうオフィーリアも、義弟のリチャードを前にしてドキドキしてしまうシャーロットの身体を持て余していた。


(静まれ。心臓よ、落ち着いて……お願いだから!)


 毎日これでは心臓が持たない。そう思いはするものの、自分の復讐を果たそうとしているリチャードを今一人には出来ない。以前はオズウェルの事を思い出すと悲しくて涙を零さずにはいられなかったが、今は憎いとは思っても、愛しかったという欠片も思い出すことができずにいた。


(私はこのまま彼を忘れて、いずれリチャードと結婚するのかしら?)


 そう考えると愛しさなのか罪悪感なのか、何とも言えない感情が体を支配するのを感じる。


(でもまずは、リチャードの命を助けなきゃ! それがシャルの願いだもの!)


 シャルへの誓いは忘れない。絶対にリチャードを救って幸せになってもらう。それがシャルの夢であり、自分の望みでもあるのだから。


 リリスの陰謀で自分が命を落としてしまったこと、大切なお腹の子まで殺されてしまったことは悔やんでも悔やみきれないし、殺したいぐらい憎らしい。だがその復讐は、いずれ父やハインツがしてくれるだろう。だから今の自分の最優先課題はリチャードを救う事だと、改めて心に誓うオフィーリアなのであった。






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