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19. 愚王の選択
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王太子オズウェルは酷い悪夢にうなされていた。
この世で一番愛おしい妻とそのお腹に宿った我が子に向かって、鬼のような形相をした自分が剣を振り下ろす夢だ。妻が何やら泣きながら訴えてきているが、その内容まではわからない。
何がそんなに悲しいんだ。どうして辛そうな顔をしているんだ。愛しい我が妻を泣かせる奴など絶対に許せない。それこそ不敬罪で私自らの手で懲らしめてやろう。だから泣き止んでおくれ。リアが泣いたら私が一番辛いのだから。
そう囁いて愛しいオフィーリアの涙を拭おうと手を伸ばす。すると目の前にいたのは、眼窩に恐ろしい闇を纏った、全身血塗れの化け物だった。化け物は割けた腹から赤子の骸骨を取り出すと「これが、あなたの子よ?」と自分に差し出す。ふと差し出された赤子に目をやると、そこには胸から下がない金髪の赤子がいた。
赤子の半身から流れ出るおびただしい量の血液が、今度はオフィーリアの姿を形どる。
『どうして私を殺したの? あなたを愛していたのに……』
『どうしてこの子を殺したの? 大事なあなたの子供なのに……』
『パパ…パパ…自分はいらない子なの? だから殺したの?』
『痛いよ…辛いよ…寂しいよ…ココはドコ? パパはどうしてコッチにきてくれないの?』
足元から血だらけのオフィーリアと赤子が何人もオズウェルの足を掴み、上半身へと這い上がって来ようとする。どんどんとその重みが増し、自らの体がどす黒い血の海へと引きずり込まれていく。
『オズウェル様、オズウェル様、私の愛しい、オズ…』
『ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない』
何人ものオフィーリアの手が伸びる。振りほどこうとも振りほどけず、やがてその手が首へと周り、口内へ鼻へと入り込み息ができなくなる。
「うわ、うわぁぁぁぁぁぁ~~~っっ!!」
大声を張り上げ汗まみれで目を覚ますと、そこは自分のベッドで、いつも寝起きを共にするリアの姿が見当たらない。
「リア? リア? リアはどこだ? どこにいる!」
『何を言っている? 彼女はお前が殺したじゃないか?』
「嘘を言うな! 私が愛する妻を殺すわけがない!」
『では、お前は毎晩、誰を抱いて寝ていたのだ?』
「それはリアだ! リアしかいないではないか!」
『ほう……、では、コレは誰なのだ?』
よく見ると、ベッドの中には歪な笑みを浮かべた知らない女がいる。
「お前は、だれだ?」
『まぁ、オズウェル様、私をお忘れになりましたの? つれないお方ですわね? あんなに激しく求めあいましたのに』
「うそだ! うそだ! うそだぁ~~~!!!」
誰がリアを殺した。私がリアを殺した。誰が我が子を殺した。私が我が子を殺した。誰がリアを貶めた。私がリアを貶めた。リアはどうしてここに居ない。私がリアを殺したから。私が自分の手で、リアと我が子を殺したから…。
「ちがう、ちがう、ちがう! 私はリアを愛しているのだ! 我が子が生まれてくるのを楽しみに待ち望んでいたのだ! なのにどうしてっ! どうしてっ! どうし、てっ…」
自室で叫んでいると誰かが自分を抑えつける。得体のしれない液体を口の中に入れられて意識がもうろうとする。なぜだ。私はリアを探しに行かねばならないのに。どうしてこんな理不尽なことをする。私は王太子だ。なぜいう事を聞かない。なぜだ。なぜだ。なぜだ。
沈み込む意識の中で、愛する愛しい妻が、光り輝く眩しいほどの赤子を大事そうに抱いている姿が見えた。
(あぁ……リア……、そんなところにいたんだね? 待ってて、すぐに迎えに行くから)
大きく窪んだ瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
王太子妃が亡くなってから、王太子が錯乱状態になっている。眠りもせず、食事もせず、目を覚ませば王太子妃の姿を探し回る。その姿はもう以前の穏やかで聡明なオズウェルの面影は微塵もなかった。
「あぁ、あの男はもうダメね。まぁ、捨て駒にはちょうど良かったかしら」
窓の外、オズウェルの叫び声を聞いてリリスがそう吐き捨てる。一国の王太子と言えど所詮もろい人間に過ぎない。ほんの一時の夢を見せてあげたら、いとも容易く操られ、見事に踊ってくれた。もう使い捨ての駒に用はない。
「さて、次は誰を使おうかな?」
恐ろしい笑みを浮かべる彼女には、聖女の面影すらない。これが本来の彼女の姿であることを、この王宮に居る人間はまだ誰も想像すらできずにいた。
レーヴェン王国の王宮内は、王太子妃オフィーリアの死を悼み、誰もが喪に伏している真っ只中だった。普段は煌びやかな内装と花々で飾られた廊下も、艶やかな女性たちの笑い声が響き渡っていたサロンも、どこもかしこもが寂寥感に包まれている。
王の間で玉座に座るフェルナルド王は、この騒動に頭を悩ませていた。それもそのはず、王太子のオズウェルが他の女に入れあげ、世継ぎを妊娠中の王太子妃を殺めてしまったのだから。
王太子妃の死は公には病死とされたが、王宮内の者はハインツがオフィーリアを殺害したと思っている。おそらくその噂はすぐに城下にも広まるだろう。連続殺人犯も彼であり、その彼が獄中死したと聞いたフェルナルドは、すぐにその責任をサーフェン伯爵家になすりつけた。これで一件落着だと胸を撫で下ろしたところへ、本当は王太子がオフィーリアとその侍女を殺めたのだという報告が影から上がったのだ。
これにはさすがのフェルナルドも頭を抱えた。幸いにも事件の発生が夜遅い時間だったために、極一部の者しかその事実を知らないが、これがバレたら王室の存在そのものが危ぶまれる。
事件以降、肝心の王太子は気がふれたようにオフィーリアの名を呼び、侍医が鎮静剤を使って凌いでいるという。これではまともに話すら聞けない。
「はぁ、まったくどうしたものか…」
ここしばらくは宰相のデカルドも登城しておらず、娘の死にショックを受けているという理由で宰相の役を辞したいと言い出す始末だ。あの知恵者のことだから、おそらく今回の事件の真相も既に知っている可能性が高い。だとすれば娘を殺した王家に仕える気が失せるのは当然だ。
「しかし、このまま大人しく見過ごしてくれる奴でもないか」
今回の事件の真相を知れば、ディスモンド公爵家の王家に対する信頼は失墜するだろう。私設の騎士団も大きく、その武力は王国でも随一だ。味方でいるうちは心強い相手でも、敵に回ったら恐ろしい事この上ないが、まさに後の祭りである。
この際、公爵家には正直に真相を告げ、素直に謝罪してしまおうかとも考えた。だがそうした場合、今度問題になるのはサーフェン伯爵家と聖教会である。息子を獄中死させてしまった上に、既に爵位と領地は取り上げてしまった。リリスを矢面に立たせれば、今度は聖教会が黙ってはいないだろう。
「こっちを立てればあちらが立たずか。オズウェルもとんでもないことをしでかしてくれたものだ。仕方ない。このまましばらく様子をみるか…」
宰相デカルドのいないフェルナルドは、まさに愚王であった。のちにこの判断が己の身を滅ぼすことになるとは、露程も知らなかったのである。
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