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20. 死者の魂
しおりを挟むシャーロットとなったオフィーリアは、リチャードの闇落ちを食い止めるための健康管理に気を付けつつ、自らはシャーロットの使っていた黒魔法を使いこなすため、日々練習を重ねていた。
初めのうちは慣れない黒魔法の操作に苦労していたが、そこは魔法の操作に長けていたシャーロットの体である。あっという間に使い方にも慣れ、今ではかなり緻密な操作でも可能になっていた。
「それにしても、シャルの魔力って底なしよねぇ。これだけ毎日練習しても疲れひとつでないなんて、どんだけ魔力オバケだって感じよ。私なんて聖魔法で五人も治療すればヘトヘトになってたのに、今じゃエリアハイヒールだって出来ちゃうもの。これなら私が大聖女ですって名乗ってもすんなり認められちゃうんじゃないかしら?」
能天気なオフィーリアの台詞を聞いて、ニコル姿のハンナが呆れた顔をする。
「お嬢様、黒魔法使いで有名なシャーロット様がいきなり聖魔法を使ったら、それこそいつぞやの旦那様のように驚く方が大勢いらっしゃいます。そのような目立つことをしてはなりません」
「はい、はい。それくらいわかってますよ。少し感心したから言ってみただけじゃない。ハンナは昔から固いんだから」
「ニコル…でございます、シャーロットお嬢様」
「そうだったわね、ニコル。若いくせに台詞が叔母様方のようでしてよ?」
「それは精神年齢相当という事でございます。因みに、お嬢様はとんだお転婆娘になられました」
「……まぁ!」
「うふふ」
「あははっ」
こんな風に笑ったのはいつ以来だろうか。毎夜、使い魔のマビルより、リリスの事、巷で暮らす聖女候補のこと、王宮の様子など、様々な報告がオフィーリアの耳には入っており、その都度暗いニュースに心を痛めていた。
「この体になって、精神年齢まで引きずられたのかしらね? 何だか随分活発になった気がするの」
「そうですね。私個人としては、以前のお嬢様も好きでしたが、今のお元気な姿も見ていて安心できます」
「そう? なら良かった。魔法を使うのにも慣れたし、そろそろ街に出てみようとおもうのだけど、どうかしら? ニコルの方は、殺された聖女候補の方々のご家族にもう会えたの?」
「えぇ、全てのご親族や周囲の方にお会いしております。お嬢様のご厚意で生活費を寄付させて頂いたら、大変お喜びになられました」
「なら良かったわ。今度私もお伺いしたいから、ジャンの都合を確認しておいてくれるかしら?」
「はい。かしこまりました」
翌日、オフィーリアはニコルとジャンを伴い、最初に被害に遭った聖女候補のアイシスが務めていた教会を訪れた。
初めはそのような所へ行くのは危ないと渋っていたハインツだったが、シャーロットに強く希望され、已む無く危ない事はしない約束で訪問を了承した。
事件のあった首都イーヴェ近郊にあるサントという町は、小麦の生産が盛んな穏やかな場所だった。その中心部にあるサンチェス教会は小さな孤児院と治療院を併設しており、小さな門を潜り抜けると、中は子供たちの賑やかな声で溢れかえっていた。
子供たちの身なりは質素で、お世辞にも綺麗とは言えない出で立ちではあったが、それでも汚れているわけではなく、体格もガリガリにやせ細っているわけではない。貧しいながらも、人々の善意で温かくやりくりされている様子がうかがえた。
「お姉ちゃんは、お姫様? キレイだねぇ~?」
「ホントだ! お城から来たの?」
珍しい貴族のお客様に、子供たちが珍しがってどんと集まってくる。
「これこれ、お客様に失礼ですよ? あの、この孤児院のシスターをしておりますブランと申します。子供たちが何か失礼なことは致しませんでしたか?」
「いえいえ、とんでもない。とても可愛らしいお子さんたちですね?」
「それは安心しました。ところで、お嬢様方は本日はどのようなご用件で?」
すると、オフィーリアの後ろに控えていたニコルが徐に前に出て、にこやかにあいさつを交わす。
「ブランさん、先日はお邪魔させて頂き有難うございました。こちらはスタイン侯爵家のシャーロットお嬢様でございます」
「あらまぁ、先日は多額の寄付を有難うございました。大変ありがたく使わせて頂いてます。何しろこの大所帯なので、食料はいくらあっても足りないぐらいでして。おかげさまでパン用の小麦が大量に手に入りました。それでお嬢様は、今日はどうなさったのですか?」
オフィーリアは、瞳に魔力を集約すると、視覚の異なった室内をぐるりと見まわした。そして何かに気付いたようにニコリと微笑むと、視線を向けた方向へと歩き出す。
「こんにちは。その子はどうしたのかしら?」
「あ、これはお嬢様、みっともない所をお見せして申し訳ございません」
そこにはまだ一歳にも満たない乳飲み子が、指をしゃぶりながらぐずっていた。
「いえいえ、まだこんなにも小さい子なんですもの。ぐずるのも仕方ない事ですわ」
「えぇ、実はこの子、亡くなったアイシスを自分の母親のように慕っていたんです。ミルクも彼女の手からしか飲まなくて。さすがにお腹がすいたのか、最近は他の者からでも少しずつ飲むようになったんですが、それでもこうしてずっと機嫌が悪いままなんですよ」
「まぁ、そうだったんですね。それは気の毒な話ですね」
「それで、あの、お嬢様のご用は何でしょうか?」
「えぇ、今お話しにあったアイシスさんの持ち物を何か一つ譲って下さらないかと思いまして。もちろん、御礼はきちんとさせて頂きますわ」
「アイシスの持ち物ですか? 生憎、大したものは残っておりませんが、それでも宜しければ…」
「是非お願い致しますわ」
教会の裏側にあるシスター用の部屋まで案内されると、オフィーリアはアイシスの私物の一つである髪留めを一つ譲り受ける。そしてもう一つの遺品であったハンカチに魔法をかけた。
「こちらには精神を落ち着かせ、気持ちを安定させる魔法をかけてあります。あの子供に持たせてあげて下さい。きっと安心してミルクを飲むようになると思いますよ。あとこれは遺品を頂いた御礼です。お使いください」
オフィーリアはこの規模の孤児院であれば、一年は余裕で暮らせるほどの多額の金額を寄付した。本来、聖女候補のアイシスがいれば、人手としては勿論だが治癒魔法の使い手として治療院でも費用を稼げたはずだからだ。この教会にとっては二重の痛手だ。
「まぁ、そんな貴重な魔法をかけて頂いた上に御礼まで。本当にありがとうございます」
「いいえ、大切なシスターを一人亡くして、気落ちしてしまうのは当然のことですから。私でできる事でしたら、いつでもご協力致しますわ」
「本当に、本当に……有難うございます」
シスターは余程有難かったのだろう。オフィーリアの手を握り涙を流しながら感謝の言葉を述べた。
帰り際、馬車の中でハインツがオフィーリアに声をかける。
「お嬢様は、本当に慈悲深い方なんですね。正直、感動しました。私は復讐ばかりに気が向いてしまって、孤児院のみんながしている苦労になど考えも及ばなかったです」
「それはジャンと私の立場の違いではないかしら。貴族女性なら誰でも気づくはずよ? あと、私の場合は他にも理由があるから仕方ないのよ」
「他に理由ですか? それは何かお伺いしても?」
「そうね。今ここで話すのは難しいから、それについてはまた今度改めてお話ししましょう」
「はい。わかりました」
ハインツと離れ、ニコルと共に自室に戻ったオフィーリアは、いつものように彼女に目配せをする。すすと彼女は徐に部屋に施錠し、窓のカーテンも閉め切った。
「じゃあ、始めるわよ」
そう言って先ほど手に入れたアイシスの髪飾りを掌に載せる。
「暗き闇夜に惑いし魂魄、我が求めに応じて顕現せよ」
オフィーリアが言葉に魔力を乗せて唱えると、アイシスの髪飾りから何やら黒いモヤのようなものが浮き上がる。それは紛れもなくアイシスの姿をしていた。
そんなアイシスの魂にオフィーリアが話しかける。
「アイシスさん、ここでは初めまして。さっき孤児院ではお会いしましたわよね?」
『私が見えるのですか?』
「ええ、さっきはずっとぐずっていた赤ん坊の側に立っていたでしょう?」
『あの子は、私にしか懐かなかったからつい心配で。あのままミルクを飲まなければ餓死してしまうでしょう? 私がこんなことになってから不安定で、夜泣きも酷いし、日中もぐずってばかり。どうしたものかと困っていたんです』
「あなたの形見のハンカチに、あの子が落ち着く魔法をかけたわ。だからきっともう大丈夫よ?」
「はい。ありがとうございます』
アイシスはホッとしたように小さく微笑んだ。だがすぐに真顔になっては悔しさを滲ませる。
『私はあのリリスにという女に殺されました。初めは誰か分からなかったんですが、つい昨日またあの女が協会に現れたんです。まさか、私を殺したのが聖女様だったなんて今でも信じられません。私の体を切り刻んだのは、あのルクスとかいう聖騎士です!お願いです。あの女と男に復讐して下さい』
「そうなのね。分かったわ。後は私に任せて。あなたの無念を百万倍にして返してあげるから。でも、いざという時は、あなたの力も貸してくれる?」
『もちろんです!私の力でよければいくらでも使って下さい』
「ありがとう。よろしくね?」
オフィーリアは黒魔法を使い、リリスに殺された聖女候補たちの元を訪れては、その魂から情報を聞き出して協力を取り付けた。どの魂もリリスに対する怨みを抱え、その復讐を強く望んだ。
そして彼女たちから、リリスが次に狙っていた王太子妃の心臓を手に入れ損ねて焦っていること、そして今また次の獲物を物色して歩いている事も聞いた。
( え? 私と子供の亡骸はあの後消えてしまっていたの?)
オフィーリアは自分の体がふと何処に消えてしまったのか、不思議に思うのだった。
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