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21. 次の獲物
しおりを挟むディスモンド公爵家に、リリスが次に狙う聖女候補の情報が上がってきたのは、スタイン公爵家のシャーロットからだった。ここ最近、彼女は護衛のジャンを伴ってリリスの被害者の元を訪れていたらしい。彼女の黒魔法により、死者の魂から様々な情報を得ているというのだから反則技だ。
「お嬢様に死者の魂と会話ができると聞いた時は、私も初めは信じられなかったです。なら証拠を見せてあげると言われ、魔法で死者の姿を見せられた時は、情けない事に腰が抜けそうになりましたからね」
ジャンがそう言うと、周囲の人間はそりゃそうだろうと同情的な視線を彼に向けた。オフィーリアの事件以降、毎日ディスモンド公爵家を訪れていた二人が、最近は少し顔を出すだけですぐに何処かへ出かけてしまう。その理由は分かったが、自分であれば同伴は遠慮したいと密かに思った。
ただし、そんな皆の心境とは裏腹に、リチャードだけはどこか腑に落ちない表情をしている。
「シャルの黒魔法が情報収集能力に優れているのは分かったが、ジャンとニコルとの三人だけで外に出ていたというのは、少し不用心ではないか?」
「まぁ、そんなことはございませんわ。私の黒魔法もそうですが、ニコルも黒魔法の使い手としては一流ですのよ。そこいらの破落戸など足元にも及びませんわ。それにジャンの実力は、リチャード様も良くご存知でしょう?」
「それはそうだが、相手はあの女だぞ。どんな卑怯な手を使ってくるかわからない。聞けば危うくあの女と鉢合わせしそうになったって言うじゃないか」
「ならば、これからは我が家の護衛も同伴させますわ。それなら宜しいでしょ?」
リチャードがシャーロットの身を案じているのは間違いない。間違いなのだが、不思議とそれだけでは片づけられないモヤモヤとした何かがそこにはあった。
ここ数日、シャーロットと二人で過ごす時間が少ないのも気に入らないのだが、それ以上にジャンと常に行動を共にしていることが気に入らない。リチャードは自分の中に渦巻く得体のしれない感情を持て余していた。
「お嬢様、リチャードはお嬢様の事が心配である以上に、お嬢様の傍に他の男がいるのが気に入らないんです」
「なっ!」
「え? それはどういうこと?」
シャルとリチャードのやり取りを見ていたジャンが、ついつい二人を揶揄ってしまう。
「要するにやきもちですね。『嫉妬』とも言います」
「えっ? リチャード様が私にやきもちを?」
「そうですよ。さっきから聞いてると、駄々っ子のわがままです。それに私に向ける視線に敵意がこもってますしね」
「ジャンっ!」
からかい半分の指摘にもかかわらず、リチャードは思い切り顔を赤面させた。
「リチャード様が、私に、嫉妬っ……!」
『嫉妬』という言葉に感動したシャーロットは、両掌を組みジーンと感動したように宙を見上げる。
「リチャード様、それが本当でしたら私は感動ですわ。氷の貴公子と言われるリチャード様が嫉妬だなんて! あぁ…神様、生きていて良かったですわ。確かにそうですわよね。ジャンと言えども男性ですものね。婚約者が他の男性と一緒では気になるのは仕方ありませんわ。私としたことがそこまで配慮が出来ていなかったですわね」
「お嬢さま、いくら私が眼中にないからと言っても、その言い方は少し傷つくのですが」
「あら、そう?」
傍から見れば主人と護衛の気安いやり取りに過ぎないが、リチャードはそれすら距離の近さを感じてしまって、なぜか面白くない。
「とにかく、男性だけでは入れない場所もあるだろう。できるだけ女性の騎士を護衛に付けるといい。そちらで女性騎士が不足しているなら、こちらから派遣するが?」
「まぁ、本当ですの? では、宜しくお願い致しますわ」
「了解した。あと、今度のターゲットに関してはこちらで厳重に警戒態勢をとるので、シャルはくれぐれも近寄らないようにな。放っておくと、無茶なことをしそうで怖い」
「それは、私のことを心配して下さっているの?」
「当たり前だろう。シャルに何かあったら、自分でもどうなるかわからない」
「…っ!」
思いがけないリチャードの告白を聞いてシャーロットが赤面する。言ったリチャードもそれを見て口が滑ったと自覚する。どうにも居たたまれない甘い空気が漂う室内に、再びジャンの一言が水を差す。
「お嬢様は自分が女性であると言う自覚を持ってください。本当に危なっかしくて見てられない。相手は周囲の人の心を自由に操る魔女なのですから」
「そうね。確かに油断はできないわね。そういえば、彼女が動くときは、必ず聖騎士のルクスという男が先に動いているわね。あの男は操られていると言うより、自ら率先してリリスに協力しているし、行動に悪意を感じるの。実力も相当だというから、皆さまお気を付けて下さいね」
「ルクスか。わかった、気を付けよう。シャルも危ない行動はくれぐれもしないように。身の回りには充分気をつけてくれ」
「ありがとうございます」
それからリチャードたちは、リリスが次に狙うであろう聖女候補に秘密裡に面会を求めた。彼女の名はサーヤと言い、つい最近聖魔法の才能を見出され教会に勤めるようになったばかりの少女である。
ここ最近続いている連続殺人の次のターゲットが彼女であることを素直に告げて、彼女にできうる限りの協力を求める。
彼女は、最初のうちは驚きと同時に酷くおびえていたが、巷をにぎわせている事件の事は良く知っていたためか、比較的すんなりと協力を承認してくれた。
なによりリリスの話をすると、つい先日彼女がこの教会を訪れたばかりだという。その時はそんな気配は微塵も感じなかったそうで、それ故に彼女は余計恐ろしく感じたのかもしれない。
事件が解決するまでの間、彼女はディスモンド公爵家の離れで匿われる事となった。そして肝心の彼女の代わりは、女性騎士が黒魔法で姿を変えて対処する事となる。
「で、最終的にはこれが役立つわけか」
リチャードは懐からシャーロットに預かった一つの魔石を手に取った。この魔石には、聖魔法が込められていて、リリスが持っているという魔道具対策であり、聖魔法の保有者として反応する仕組みが施されているという。
これも具体的にはシャーロットが魔石に聖魔法を込めたのだが、その事実は誰も知らない。魔道具の情報も本当は死んだ女性たちの霊から聞いた事なのだが、使い魔を使って事前に仕入れた情報だと言うことにした。
「本当にシャルほど優秀な密偵はいないな。俺たちが血眼になって探していた犯人とその協力者の情報を、いとも簡単に探り出してしまうのだからな」
「確かに。時にその実力が恐ろしく感じてしまう事もあるが、あの黒魔法一族のスタイン家のご令嬢なのだから当然と言えば当然か。あのお嬢様と一緒になるお前は、悪い事をすればすぐにバレちまうな。俺には無理だわ」
騎士団副長のカインがリチャードをそう言って揶揄うが、リチャードの方は何食わぬ顔だ。
「なに、悪いことをしなければいいだけの事だ。義姉様亡き今、俺にはシャルしかいないからな」
「あぁ、それはそれでお嬢さんがちぃとばかり気の毒に思えるな」
「うるさい。それより、今はあのクソ女の犯行を防ぐのが先だ」
「あぁ、それは違いねぇ」
リリスが行動を起こすのは明日の早朝。朝の礼拝でリリスは聖女代表として禊の間に入る。その間は神官といえど禊の間に入る事は許されない。格好のアリバイ工作が出来るタイミングという訳だ。
調べてみてわかったが、なぜ今まで気づかなかったのかというほど、リリスが禊の間に入っていた時間と連続殺人事件の発生時刻が同じだった。完全な盲点だったわけだ。
「明日こそ、あの女に目にもの見せてやる」
リチャードはその瞳の奥に暗い光を灯した。
一方シャーロットの方は、明日の朝に向けて、ニコルと共にある策略を練っていた。使い魔のマビルにその準備を依頼していた彼女は、マビルを呼び出し事の次第を確認する。
「で、マビル……準備はどうかしら?」
『はい。滞りなく。準備は既に終わっております』
「そう。なら良かった。せっかくあの女を罠に嵌めるだもの。歓迎の儀式は手厚くしなきゃね」
『御意』
あの女を罠に嵌めるのは明朝である。今度こそリリスが連続殺人犯である証拠をつかんで捕縛したい。彼女と一緒に、その裏にいる連中を芋づる式に洗い出せることを願うばかりだった。
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