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22. 罠

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※後半、やや残酷な表現がございます。
苦手な方はブラウザバッグをお願い致します。




* * * * * *





 王都の東部に位置する聖ヨント教会では、聖女候補であるサーヤに姿を変えた女性騎士が朝の礼拝の準備を行っていた。ここはシスターが多く、神父以外は神官見習いの少年が数人いるだけの警備に薄い場所だ。


 リチャードたち屈強な騎士が警備に入れば、守りが固められていると警戒されてしまうため、彼らは不本意ながらも外働きの下男の恰好をしつつ、様々な場所に身を潜めていた。ここでもシャーロットからもらった黒魔法グッズは大活躍で、身に着けるだけで気配を消すという代物は、今後も隠密行動が必要な場合に定期的に卸してもらおうという話まで浮上した。



「奴らは本当にここへやって来るんですかね?」



 下男の恰好で警備に当たっていたカインがリチャードに声をかける。



「シャルの情報に間違いはないだろう。それにしても、この教会も朝の礼拝の準備はシスター一人でするのか? 随分手薄だな」

「町の教会なんて、全部こんなモンですよ。孤児院も併設しているとなると、そちらにも手を取られますし、朝は一番忙しい時間帯ですからね。おそらく順番制で彼女に回ってくる日を調べたんでしょう」

「そうか。聖教会側のスケジュールなら、あの女の一声でどうにでもできるからな」

「えぇ、それを聞いた時は背筋が凍り付きましたよ。なんつー恐ろしい女なんだろうってね。要は聖教会の神官共は皆あの女の言いなりってことですもんね。それも知らぬ間に操られてるって、鳥肌モンですよ」

「あぁ、それも操られている最中のことは本人も殆ど覚えていないっていうところがたちが悪い。お前も餌食にならないように、十分に気を付ける事だ」

「うわぁ~怖い、怖い」



 そんな話をしているうちに、礼拝堂に一人の男が訪れた。フードを深くかぶり、隠してはいるが腰に帯剣をしている様子が伺えた。骨格から察するに、普通の仕事をしている平民には見えない。おそらく平民を装った聖騎士ではないかと思われる。



「来たぞ」



 密かに目配せをしていると、サーヤに扮した女性騎士が燭台を抱えて礼拝堂に入ってくる。その後ろから薄汚れたローブを身に纏った小柄な女性が、彼女の背後に立った。



「あら、おはようございます。お祈りの方ですか?」

「えぇ、まだ少し時間的に早かったでしょうか?」

「そんなことはないですよ? 朝早く見えてお待ちになる方もいらっしゃいますので、宜しければお掛けになってお待ちください」

「ありがとうございます」



 短い会話の後、女性騎士が女に背を向けた途端、女が懐に忍ばせていた短剣を取り出したのが見えた。あわや背後から短剣で襲われると思いきや、そこは訓練で鍛え抜かれた騎士である。あっという間に女性の手を掴んでひねり回すと、その女の上に馬乗りになった。


 すると今度は、先に礼拝堂に来ていた男が腰の剣を抜いて二人の方へと駆けていく。



「そうはさせるかっ!」



 柱の影に隠れていたリチャードたちが飛び出し、男と剣での応酬となる。カンカンと激しく剣がぶつかり合い、力量で勝るリチャードたちが男の剣を弾き飛ばすと、もう一人の騎士が手早く男を取り押さえた。



「そこまでだ! 連続殺人鬼ども、観念しろ!」



 聖教会きっての騎士にしてはあまりに手ごたえがない。悪い予感がしたリチャードが急いでフードを外し男の顔を確認すると、そこにいたのはルクスではなく、見た事もない男だった。



「おい! すぐに女の顔を確認しろ!」



 リチャードに大声で指摘され、女性騎士が女の顔を確認すると、そこにいたのはやはり見ず知らずの女性であり、狙っていた聖女リリスの姿ではなかった。



「くそっ! やられた!」



 こちらの裏をかかれたと悟ったリチャードは、すぐさま公爵家の離れにいるサーヤの無事を確認するように伝令を送る。まさかとは思うが、こちらの情報が敵に漏れていた可能性が高い。



「聖女候補の無事が確認でき次第、騎士団全員を公爵家の練習場に集めろ!」

「はい! リチャ―ド様、まさかとは思いますが……」

「そのまさかだ! 騎士団の中に内通者がいる」

「…っ!!」



 それしか考えられなかった。シャーロットからサーヤの情報を得たのは僅か二日前だ。そんな短時間でこちらの行動内容が相手につつぬけになるのはおかしい。おそらく騎士団内の誰かが、無自覚のうちにあの女の手駒にされているに違いない。


 リチャードは今後の行動の妨げにならないように、仲間内からその内通者を探し出さなければならない。



「問題は、どうやってその内通者を洗い出すかだな……」

「無自覚なら、吐けと言って吐くことも出来ねぇしな。ここは、不本意でもまたお嬢さんの力を借りるしかねぇんじゃないか?」

「まぁ、最悪の場合はそれしかないだろう」



 今回の犯人である男女二名を縛り上げ、リチャードは公爵家の離れがどうだったかを心配していた。









 所変わって、ここはディスモンド公爵家の離れにあるサーヤが匿われている部屋のすぐ傍である。


 聖教会で禊の間にいるはずのリリスは、ここで女中の恰好をし、給仕の制服を着たルクスと共にサーヤの部屋を訪れようとしていた。


 リリスが部屋をノックすると、鈴を鳴らしたようなか弱い女性の返事がドア越しに響く。



「おはようございます。朝食をお持ち致しました」

「あら、もう朝ごはん? 早いですね。どうぞお入りください」

「失礼いたします」



 リリスが部屋に入ると、簡素な修道服を身に纏った女性が窓際に越しかけていた。食事の乗ったトレイをワゴンで運ぶそぶりを見せながら、飲み物をトレイに乗せたルクスを部屋に招き入れる。



「まぁ、お二人そろってようこそおいでくださいました。そちらの朝食はどちらからお持ちになったの? まさか厨房から盗んできたわけではないですよね? 人殺しの上に泥棒だなんて、マジでわらえませんわ」

「なっ! あんたは誰よ! サーヤとかいう女じゃないわね?」

「あら、私のこと覚えてません? まぁ、それも止む無し……ですか。私の方は一日たりとも忘れたことはございませんのに。なんか寂しいですわね」



 揶揄い交じりにそう微笑む姿は、修道服を身に纏いつつも平民とは比べ物にならないほどの気品を感じる。



「あんた、だれよ?」

「まぁ、そんな下品な質問にお答えする義理はございませんことよ? あとでじっくり考えてみて下さいな?」


 
 何処かから細身の剣を抜きだしたルクスが、リリスの前をすり抜けてシャーロットの前に躍り出る。目の前のシャーロットを切り付けようとしたその時。



「……ぐっ!」



 恐ろしいほどの力が、自らの身体の自由を奪う。振り上げた剣を振り下ろすことも、足を前に踏み出すことも、後ろを振り返ってリリスに注意を促すことも何一つできはしない。



「ルクス?」



 目の前で剣を振りかざしたままのルクスを訝しく思ったリリスが問いかけるも、ルクスは黙したまま微動だにしない。



「くそっ! 罠かっ」



 口汚くそう罵ったリリスは、自らの身体に巻き付こうとする黒い影を、お得意の聖魔法の力技で薙ぎ払うと、ルクスをそのままに自分はドアを蹴飛ばし、風魔法で廊下にあった窓を壊して逃げ出した。離れの周囲を警護していた騎士たちがリリスの存在に気が付き捕えようとするも、その素早さにあっと言う間に出し抜かれ、姿を見失ってしまう。



「くそっ! 逃げられたか!」

「邸内全てに警戒網を引け!」

「周囲も探させますか?!」



 騎士たちが上へ下への大騒ぎの中、シャーロットが何食わぬ顔で声をかける。



「皆様、ご安心ください。あの女には既に監視を付けております。行先も予想が付いておりますので慌てずともじきに捕まりますわ」

「本当ですか! それは助かります!」

「離れに一人お仲間を捕まえておりますの。リチャード様たちがお帰りになるまで魔法防御付きの独房に入れておいて下さるかしら?」

「それはっ、重ね重ね申し訳ない!」



 騎士たちが独房を準備している間、シャーロットはルクスを捕えている使い魔のマビルに指示を出す。



「マビル、この男を魔法具で拘束して、地下牢に放り込んでおいて。後でうちの蟲毒房に転移させるから」

『蟲毒房でございますか?』

「そう。あそこに入って正気を保った人、見た事ありませんもの。あそこで一日も様子を見れば素直にお話ししてくれるでしょ?」

『一日ですら長いのでは? 下手をすると壊れてしまうかと』

「あら、そうしたら回復させればいいじゃない。今ならお安い御用よ?」



 明るく答えるシャーロットに、マビルは我が主ながら恐ろしいと思った。蟲毒房とは文字通り毒虫が部屋中に溢れかえっている部屋で、目から、鼻から、口から、穴と言う穴から虫が体に入り込んで来る場所だ。

 
 人間は息ができなければ死んでしまうので、鼻や口という空気の通り道を開けずにはいられない。そこを狙って毒虫が入り込んで来る。ものの数分で体中が痛み出し、麻痺してくる。体が弛緩してきたあたりで、今度は下から虫が入り込んでくるからたまらない。あまりの不快感と痛みと恐怖で、普通の人間なら小一時間もすれば精神に異常をきたしてしまうのだ。


 目の前で身動きできずに転がるルクスを見て、シャーロットが優しく微笑む。



「ねぇ、あなたも今まで殺してきた女性たちの身体を切り刻んで来たのでしょう? 体の内と外から切り刻まれる苦痛を、今度は自ら体験してみるといいわ」

「……っっ!」



 ルクスは声にならない悲鳴を漏らした。それもそのはず彼女の背後には、自分が今まで殺してきた女性たちが血塗れの姿でこちらを睨みつけていたからだ。



『私たちを殺したお前に制裁を』

『この世のものとは思えない地獄を』

『お前の家族友人、全ての者に呪いを』

『『『『お前に未来永劫の苦しみを!』』』』



 あまりの恐ろしさに、ルクスは失禁したまま白目を向き気絶してしまう。



「あらまぁ、だらしないこと。あんなに無残に人を殺しておいて、幽霊が苦手だなんてとんだ茶番で笑っちゃいますわ。マビル、臭いままで申し訳ないけど、この男をお願い。あと、リリスが例の場所に入ったら、また教えて頂戴」

『かしこまりました』

「あと例の内通者は逃げられないようにしてある?」

『既に対処済みです』

「さすがに仕事が早いわね。助かるわ。ありがとう」

『お褒めの言葉、恐縮です』



 今回の聖女候補襲撃のシナリオは、全てシャーロットが立てた筋書き通りに事が進んだ。まるで先の出来事が全て手に取るように判っているかのような計画に、マビルは驚きを隠せない。そしてその後の冷酷な対応も、まだ十代の少女が考えるような穏やかな内容ではない。


 窓辺で気楽に鼻歌を歌いながら、楽しそうに外を眺めるシャーロットを見て、我が主にだけは絶対に逆らうのは止めようと心に誓うマビルであった。





 
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